クルルと若者
若者は苦しさのあまり死にたくて山中へ行きました。
そこで、若く美しい人間になりたい老女キツネのクルルと出会います。
青い青い大空の下、小高い山のふもとに老女キツネのクルルが住んでいました。
秋には銀色のススキがあたり一面に輝き、春には山の谷間に黄色や白色や桃色の花々が咲き匂うのでした。
クルルが芽吹いた新緑光る山々をながめ小鳥のさえずる声を心地良く聞きながら、ふもとをのんびりお散歩していると、山桜咲く木の近くで敷物に座り、語らいながら食べ物を仲良く分け合う若い男女六人の姿がありました。
クルルは近づいて太いの木の幹に隠れ、そっと様子を見てみました。
若い男女のきれいな黒髪、柔らかそうな肌、ほんのり桃色のほほも、笑顔こぼれる白い歯も、生き生き輝く黒い目も、自分達仲間の姿と違うと、クルルは心奪われてしまいました。
なんと美しく素敵な姿、自分もあのような人間になりたいと思いながら山の中をお散歩していると、澄んだ泉があったので自分の姿を映してみました。
「ぁぁぜんぜんちがう、どうしてこんな姿なの」
クルルは悲しくなってしまい、あのようになりたいと願うばかりでした。
「クルルさん、このごろ元気ないね、何かありましたの?」
友だちキツネがたずねると、クルルは目に涙をためながらお話しました。
「私もあのよぅな美しい人間になりたいわ」
「そぅね、むつかしい願いだわ、人間は特別世界の高級生き物だもの」
友だちキツネは困って、もぅ何も言いませんでしたが、こっそりお話を聞いていた山から山へ旅しているキツネのカッポンが、一人でぼんやりしているクルルの前にあらわれました。
「魔法を使って人間になって、本物の人間の生命をいただくといいわ。でも、魔法を使いすぎると身体に負担かかって命尽きるから用心してね」と、おじいさんから聞いた秘伝の魔法を使う方法を教え「心込めてすれば何でも出来るからね」と慰めるように言いました。
「ありがとう」クルルは自信なげな声でこたえました。
するとカッポンが言いました。
「ためしに、できるかどうか、してみて」
クルルが素直に立ち上がって、教わった通りの呪文を小声で唱えると
「わぁっ、人間ね、うまくできたね!!」
カッポンが拍手しながら満面笑顔でクルルの頭の上から足のつま先までシッカリ眺めてから
心の中でつぶやきました。
( 姿は変えられても年齢は変わらないのね )
クルルは笑顔のカッポンに「ありがとう」と深く頭を下げて、自分の姿が見たくなって
「泉へ行ってきます」と泉へ駆け飛びました。
はずむ気持ちで泉に来て、澄んだ水面に写る人間の姿を見ました。
( わぁ~ほんとうに人間だわ )
感激しながらよくよく姿をながめ、顔をじっと見ました。
( 髪が白髪交じり、顔のお肌がしわしわだわ…… )
残念な気持ちになって元の姿に戻り、家へ帰りました。
桜の花が散って葉桜満開になり、山つつじの花が満開になったある日、山へ草分け入って登っていく一人の若者の姿がありました。
クルルは後を追い、草の茂みに隠れて若者を見ていましたが、何やらしょんぼり悲しそぅなのでカッポンに聞いたとおり魔法を使って姿を変え、声をかけました。
「ようこそ、この山へ」
人などいない山奥で声かけられて若者がはっとして、声の方を振り向むと、身なりきれいな背の低い老女が微笑んでおりました。
こんな所に人がいたのか、若者は一瞬安心した顔になりましたが、すぐに暗い目をして山奥を見ました。
「この先の高い所には、草に隠れてる崖があるので危険です」
老女の顔にも声にも親切心があふれ若者は不意に涙をこぼしました。
「いいのです、死にたくて来たのです」
クルルは、せっかく人間に生まれたのにと、驚いて言いました。
「あなたを大切に思ってくれる人が心配します」
すると若者が悲しみを吐くような声で
「子供の頃から仲良かった娘が結婚して行ってしまうのです」
と言ってうつむき、心の内を語りました。
「父は僕が子供の時事故で亡くなって、この二年間入退院を繰り返す母のお世話をして、その娘にいつか結婚申し込みたかったのに嫁ぐ日が決まったと、婚約者の家は裕福だと聞かされて僕は自分が傷つきたくなくて『おめでとう』って言ってしまったのです。どうしてこんなに苦しいことばかり、もぅ生きてるのが嫌になったのです」
「貴方には、貴方でなければならないと言ってくれる人が、きっと、どこかにいますからね」
クルルは若者の苦しい気持ちをやわらげたいと思いました。
どう、この若者を慰めたらよいのでしょう。せめて元気が取り戻せるよぅにお金持ちにしてあげたいと思いました。
クルルは若者と一緒に山から落ちて流れる滝川に来ました。
滝は白いしぶきを散らしながら滝坪に落ち、澄んだ清い水が川に流れてきます。
クルルが冷たい川の流れに両手を入れて川底の砂利と小石をすくいあげると両手から水がしたたり流れ、ぴかぴか輝く砂金と金のかたまりが現れました。
「どうぞ」とクルルが若者に差し出したので、若者はあわててシャツを脱いで広げ金を受け取りました。
クルルが川底から両手を上げるたびに水がしたたり落ち金色に輝く砂金と金のかたまりが乗っているのでした。金がシャツの包み一杯になると、クルルは山の岩をなでて青緑色の透き通った卵一個ほどの石を取り出し、若者が受け取るとずっしり重たいのでした。
これは翡翠かエメラルドの原石、若者は驚喜で死にたい気持ちが吹っ飛んで、これだけあれば大金持ちになれる、いくらになるだろうと欲が膨らみ、喜び高鳴る気持ちをおさえて言いました。
「これ、僕がいただいてよいのですか」
「ええ、どうぞ」
クルルは若者の気持の変化を見逃しませんでした。
優しい気持ちが消えて、残酷な気持ちがわいてきました。
若者はこれで幸せになれるでしょう、私の悲しみはどうしたらいいの。
「あのね、私にも欲しいものがあります」
「欲しいものってなんでしょう」
若者が持っているのは、着古した下着と古くて傷んだ靴だけでした。
「ほほほ、貴方の若い命です」
若者は耳を疑いました、若さって、命って、あげられるものではない。
冗談かと思い直し、機嫌よく笑みを浮かべて言いました。
「ええ、いいですとも、僕は二十三歳、まだ若いです」
「ほんとに良いのですね」
クルルに念を押され、若者は一瞬不安になりましたが
「はい、どうぞ」と返事してしまいました。
二度の返事に、クルルは迷うことなく両手を上げて若者の頭いただきを見上げて手を合わせ、手を左右に開いて足元で手を合わせ、それから若者の胸に右手を当て、左手をわが胸に当て何やら小声で言い「えい!!」と声を発しました。
若者はもぅ一刻も早く帰りたい気持ちになって、お礼を言って木と木の間の草道を縫って急いで山道を下りたのでした。
若者はずっしり重たいお宝の荷物を持ち胸弾ませながら家路に向かいました。
古い木戸を開けて裏口から台所に入ると、コップに注いだ水を一気に呑んで一息つきました。
そして洗面所の鏡で顔を確かめました。
目は輝いていましたが随分やつれて見えました。
昨夜は苦しくて眠れず、朝もお昼も食欲なく歩きまわっていたせいだろう、と思いました。
包んで縛っていたシャツをを広げ金と透明で美しい青緑の原石を確かめました。
夢じゃない、現実なのだ。地獄から天国に変わったのだ。
布団の中で寝ている母のまくらもとに座って若者が言いました。
「お母さん、僕はお金持ちになる。お母さんが喜ぶような家を建てて、暖かい最高の羽毛布団も買うよ。栄養たっぷりのお食事も用意できるし、お金の心配はもぅいらない。高いお薬も買えるよ」
そぅ言って山で出会った老女のお話をすると母が涙ぐみ、やわやわ身体を起こして涙声で言いました。
「もし、それが本当ならどうするの、若さはどんなお宝にも代えられない宝物だからね。金銀財宝は一生懸命働けば得られても、若さはお金を山ほど積んでも買えないお宝だから。和男の気持は嬉しいけど、立派な家よりもお母さんは和男が元気で生きてくれたら、それだけで充分だから」
一生懸命話す母の気持が身にしみ、病気の母に余分な心配かけたらいけないと思いました。
「わかったよお母さん、明日、山へ行って返してくるから」
と言ったものの、中蓋のある土鍋で母のお粥を炊くガスコンロの火を弱火にして、野菜と玉子のご飯支度をしながら、あれは一体いくらになるだろう、と考えました。
「和男が炊いたお粥はいつも美味しいわ。梅干しも美味しいし。和男は何でも上手ねぇ」
母がやさしい声でほめて「母さん元気がでたよ」と言いました。
「お母さんの説明が上手だから。僕は言われた通りしてるだけだよ」
穏やかでささやかな夕食が終わると、ひと月先に結婚式を迎える幼馴染の珠美に会いに行こうと和男は家を出ました。
すでに日が暮れ暗くなった夜道、珠美に自分がお金持ちになったと伝えたらどうだろうかと思いながら向かいました。
珠美の家の生垣の前にくると門の向こうに窓の灯りが暖かく見え、家族の笑い声がしました。
門を入りづらくなり迷っていると、玄関が開いて珠美と婚約者がお庭にでてきたので、見えないように生垣に身を寄せました。
二人が仲良くお星光る夜空を見上げて「結婚式の日も今日みたいに良いお天気になるといいね」と珠美の声がして「ああ、そうだね」と婚約者のおだやかな声が聞こえました。
そうなんだ、珠美は幸せなんだ、と和男は悟りました。
珠美の後を追いかけてはいけい。二人は幸せなんだ。僕は、僕も幸せになる。
和男はキッパリ心を決めると、静かに生垣を後にして家に帰り、お風呂でゆっくり身体を温め清め、鏡をよくよく眺めました。だいじょうぶ、僕は僕のままだ。安心すると母の部屋に行き母の穏やかな寝顔を見て、自分も床に入りました。
翌朝、爽やかに目が覚め母と自分の朝食をすませると、都会の宝石店へ行こうと一着しかないスーツを着ました。
きれいな風呂敷とビニール袋を用意して、金と原石のシャツの包みをほどき開いてあっ!!となり頭の中が真っ白の空白になり和男はしりもちつきました。
砂利と小石ばかり一つだけ卵の大きさの岩がありました。
しばらくぼんやりしましたが、あのおばあさんの金と宝石はおかしかったのに僕が認めたくなかっただけだ、昨日の自分はどうかしてた、と、ようやく母の言葉を思い起こし和男は我に返ったのでした。
「クルル、クルル」「姉さん起きて」
昨夜、滝川からすぐ近くの草むらで倒れ意識を失ったクルルが、何度も呼ばれてよぅやく今朝になって目をあけました。人間の真似して緊張して後ろ足二本で歩き、冷たい川の水に何度も両手を入れたのですっかり身体が冷え、老いた身体に無理と疲れが重なって若者が去った後すぐに倒れてしまったのでした。
昨日の日暮れ、倒れているクルルをお隣のおじさんキツネが見つけて、弟キツネと友達キツネがかけつけて一晩中見守って心配したのでした。
「ああ良かった良かった」「良かったわ、助かった」と、目を開けたクルルを見て、弟キツネと友達キツネが喜びました。
「私、美しくなれなかった、若い人間になれなかった、もぅならなくていい」
と、クルルはゆっくり起き上がりました。




