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ラブコメ短編

ダウナー系な女子の持ってるアクセサリーがイカれてた話

作者: 忍者の佐藤

 9月、二学期が始まると同時に僕はこの坂口高校へ転校してきた。

「ま、松本颯太です。これからよろしくお願いします」

 僕が緊張する中挨拶すると、まばらな拍手が帰って来た。

「えー、松本くんの席はあそこに用意しといたから。座って」

 眼鏡をかけた先生が後ろの方を指をさす。確かに誰も座っていない机があった。しかし一つ違和感を覚える。

 歩いて行って、僕はその正体に気付いた。違和感とは隣にいた女子が、先生の真前にも関わらず堂々とスマホを使っていたからではない。

  違和感というのは、その女子の机に「白い百合の入った花瓶」が置かれていたことだった。




 転校してきたのは親の都合が原因だった。父さんは職業をプロゲーマーだと名乗っていたが、実はただのフリーターだと知ったの最近のことだ。

 一応大会には毎年出場しているようだが、直近10大会のうち、9回は初戦敗退。残り一回は対戦相手が腹痛で棄権したため不戦勝であった。



 結局、母さんが出て行ったあとマンションの家賃を払えず、家賃の安いこの場所まで流れてきた。荷ほどきしていた父さんは「新しいバイト見つけないとな」と言いながらゲームをしていた。

 こいつはもう駄目だ。


 ここに引っ越してくるまで、僕は夜6時から10時までレジ打ちをして働き、得たお金は全部家に入れてきたが、どうやらここでも同じサイクルを繰り返さないといけないようだ。


 幸い、父は飲食店のアルバイトをピンボールのように跳ね回り続けたため、料理にだけはこだわりがあるようだった。そのため出される食事は非常に美味しいのだが、何故その情熱を1%でも正社員になることにむけられないのか、とため息がつきたくなる。



 高齢フリーターの話はさて置き、僕は違和感を感じたまま席に腰掛けた。先生が連絡事項を話している最中もずっと隣が気になって、ほとんど内容を覚えていなかった。



 ホームルームが終わって、教室内が賑やかになる。僕は何となく

「これからよろしくね」

 と隣の女子に話しかけてみた。

 その瞬間、教室がピタッと静かになった。

 びっくりして見回すと、眉根をひそめたクラスメイト達が、一斉に僕の方を見ている。僕に話しかけようと近付いて来ていた生徒たちも凍り付いたように動きを止めていた。


 唯一、隣の女子だけが頬杖をついたまま僕を正視している。

 彼女は金色の髪に黒いメッシュの入ったショートボブの髪型で、黒いマスクを着けていた。顔立ちはかなり整っていた。


 普通なら胸の高鳴るタイミングだが、残念ながら今は別の要件で既に脈が速くなっていた。何たってクラスのみんなから注目を浴びているのだから。

 え、ナニコレ? どっきり? インド映画みたいに音楽が掛かって、次の瞬間全員踊り始めるパターンとかじゃなくて?


「君さ」

 女子にしては少し低いがしっとりした、どこか気だるげな声だった。

「私に話しかけない方が良いよ」

 僕は机の上に置かれたものと、クラスメイトたちの表情を交互に見た。何となく、このクラスで起こっていたことが把握できた気がした。

「その花、嫌じゃないの」

 一瞬だけ、再びスマホをいじり始めていた彼女の手が止まった。

「んー、別に……」

 少女は再びスマホをいじり始める。


 僕は無言で花瓶を取ると、後ろにあるロッカーの上に移動させた。

 先程まで静かだったクラスの中がざわついた。

 ここまで来てしまえば引き返せない。僕は一度汗を拭ってから、彼女に手を差し出した。


「僕は松本颯太。改めてよろしく」

 するとマスク女子は一度ため息を付いたあと

「柊 涼」

 と言った。





 そんなことがあってから、僕と柊さんはポツポツ話すようになった。というより、その1件があってから他の誰からも話しかけられなかったので、柊さんと話すしかなかったのかもしれない。


 その日、いつものように弁当をかっこんで机にふせっていると、首筋にするどい感覚が刺さった。

「痛っ!」


 トノサマバッタのように跳ね上がった僕はまたもクラス中の注目を集めることになった。

 恥ずかしい。でもこう何度も何度も注目の的になるということは僕にもスターの才能がむくむくなのかもしれない。

「君、反応面白いね」


 柊さんが頬杖を付いて、僕の表情を観察している。

「松本くん、リアクション芸人かAV女優になれるよ」

「何だよその二択……」


 彼女の手には手のひらサイズのハリネズミ? の形をしたぬいぐるみが握られていた。犯人はお前だ!

「柊さんでしょ刺したの。で、それ何?」

「『チクチク』っていうヤマアラシのキャラクター。可愛くて好きなの」

 話を聞くと、俺の首筋をチクチクしたチクチクというキャラクターは今若い女性の間で非常に人気のチクチクらしいが僕はチクチクより乳首の方が好きだ。


 改めてみると確かにぬいぐるみのようだが、トゲの部分はソフトビニールでできていて、尖っているので刺さったらチクチクするはずだ。

「何で刺したの」

「そこに首筋があったから……」


 純然たるサイコパスの犯行動機。

「ねえ、チクチク可愛いでしょ……?」

「まあ……」

「だから光栄に思って……」

「何で刺しといて上から目線なんだよ」


 僕は一息をついて聞く。

「他にどんなぬいぐるみ持ってるの?」

「ピクピクっていう仲間のもある……」

「ピクピク」

「そう。チクチクが抱きつこうとして、間違ってピクピクの頭をプスプスしちゃった時のぬいぐるみ……」


 グロさが擬音の可愛さで中和しきれてない。

「スイッチを入れたら。ピクピクの四肢がぴくっ、ぴくっ、て動く……」

「グロくない?!」

「スイッチを『強』にしたら、胴体が回ってポータブル扇風機になる……」

「そんな風で涼みたくないよ!」

「結構首が千切れやすいから、風速を『強』にしない方が良い……」

 色んな意味で欠陥商品過ぎる。

「あとカサカサ」

「何か、よく台所で出るアレの予感しかしないんだけど」

「違う。カサカサは持ってる傘で刺してくる……」

「この世界刺すか刺されるか過ぎない?」

「あとプクプク……」

「それは普通に可愛いっぽい」

「プクプクはずっと水に浮いてて動かないんだよ……」

「水死体では?」

「ぬいぐるみも水の上に浮かべておくと、徐々に広g」

「おいやめろ!」

「あとネチネチ……」

「ネチネチ?」

「ずっと嫌味を言ってくるおじさんなの……」

「精神的ネチネチ?!」

「あとブチブチ……」

「グロい予感しかしない」

「ブチブチは知恵の輪をブチブチ引きちぎるの……」

「急にパワー系の化け物出てきた!」

「あとパクパクもいる……」

「えっと、それはどんなキャラクター?」

「いつも捕まってる……」

「パクられる方!? 何の罪で?」

「人の頭をちくちくした罪」

「そいつチクチクだろ!」



 現代女性の闇を垣間見た気分だった。

 机にふせった柊さんは眠そうな目でこちらを見る。

「はあ……昼から授業めんど……」

「あと2コマだから頑張ろうよ」

「御飯食べるのもめんど……」

「そんなこと言ってると栄養失調になるよ」

「呼吸するのめんど……」

「もうこの世の終わりじゃんそれ」

「私の代わりに生きて……」

「死ぬ時のセリフじゃん」



「松本くん、代わりに呼吸しといて……」

「柊さんは酸欠になるけど大丈夫?」

「方法はあるよ」

 柊さんは黒いマスクを顎まで下げた。いつもは見えない赤い唇が目を奪う。その唇を釣り上げ

「口をつけて人工呼吸したらさ、片方呼吸するだけで良くない?」


 と柊さんは舌を出して笑った。初めて見るその表情にドキッとする。彼女の舌には銀色のピアスが光っていた。


 転校早々他のクラスメイト達から無視されるのはキツいが、柊さんと一緒なら、何とか乗り越えていけそうだと僕は思った。


 おわり


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