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これぞ寝台「特急」

 特急とは、特別急行の略称、だそうだ。

 では、なにが特別なんだろう。

 特別に、急いで行くから。

 特別な、車両で運転するから。

 一般的には、そんなイメージだろうか。

 特急は急行より停車駅が限られ、急行より速く、そして特別な専用車両で運行される。


 では、特急はどれほど速いんだろう。

 昭和53年当時、国鉄の特急列車は表定速度が60〜80km/hほどといったところ。

 速いのは複線電化区間を走る電車特急で、東北本線の「はつかり」「やまびこ」「ひばり」や北陸本線の「雷鳥」は表定速度80km/hを超える。

 一方で、非電化単線区間を走るディーゼル特急や、機関車が牽引する客車特急には表定速度60km/h台が少なくない。

 特に寝台特急は、ブルートレインと呼ばれた客車列車が主流だったため、電車のような加速力はなく、最高速度が遅いこともあって、東北本線や北陸本線のような複線電化路線でも、昼間の電車特急とは所要時間に明らかな差があった。


 寝台特急が昼間の特急より遅くとも、特急料金に変わりはない。

 所要時間に差があるにも関わらず、同額の特急料金を取るとは、これ如何に。


 しかし、寝台特急でありながら、昼間の電車特急に並ぶ所要時間で駆ける列車が、東北本線にあった。

 上野と青森を結ぶ「はくつる」と「ゆうづる」がそれ。もっと正確に言えば、「はくつる」と「ゆうづる1・3・5・10・12・14号」である。

 では、なぜ、そんなに速く走ることができたのか。

 それは昼間の電車特急と同じ車両を使っていたからだ。583系寝台座席兼用交直流電車である。


 昼間の座席車両は夜になれば車庫で休んでいる。

 夜の寝台車両は昼は車庫にいる。

 増大する旅客需要に対応するには車両がいる。しかし、昼の車両と夜の車両を別々に作っていたのでは、使わない時間帯に車両を留置する膨大な場所がいる。国鉄とて大きな土地を全国で確保するのは難しい。そこで考えられたのが、昼間は座席車として、夜は寝台車として、両面で使える車両の開発だった。これなら、車両は恒常的に走り続けているので、車庫のための用地は少なくて済む。


 そうした思惑で試行的に投入されたのが、大阪と博多を結ぶ寝台特急「月光」と大阪と大分を結ぶ昼間特急「みどり」だった。昭和42年のことである。その翌年の昭和43年10月に583系は大増備され、大阪と九州を結ぶ昼夜特急と上野と青森を結ぶ昼夜特急に配備された。


 ただ、山陽本線と東北本線とでは、同じ583系の使い方にも、違いがあったようだ。

 列車本数も停車駅も多い山陽本線では、持てる性能を活かして高速走行している雰囲気ではない。多様な列車に混じって、足並み揃えてといった走り方だ。

 一方、東北本線は大宮を出れば、空いた線路をぶっ飛ばしてゆける。停車駅も限られ、頻繁に減速を強いられることがない。


「ゆうづる1号」は上野を19時50分に出て常磐線経由で青森に5時3分着。所要時間は9時間13分。

「ゆうづる3号」は上野19時53発、常磐線経由、青森5時8分着。所要時間9時間15分。

「ゆうづる5号」は上野21時40分発、常磐線経由、青森7時5分着。所要時間9時間25分。

 下り「はくつる」は上野22時21分発、東北本線経由、青森7時11分着。所要時間8時間50分。

「ゆうづる10号」は青森21時10分発、上野6時35分着。所要時間9時間25分。

「ゆうづる12号」は青森21時15分発、上野6時52分着。所要時間9時間37分。

「ゆうづる14号」は青森23時35分発、上野9時1分着。所要時間9時間26分。

 上り「はくつる」は青森23時58分発、上野9時18分着。所要時間9時間20分。


 昼間の特急「はつかり」は東北本線経由で所要時間8時間50分ほど、常磐線経由の「みちのく」が9時間ほどだったから、昼行特急に対して全く遜色ない走りと言えよう。これなら、同じ「特急」料金を払う納得感がある。


 これがブルートレインと呼ばれた客車特急になるとどうなるか。

「ゆうづる7号」上野21時53分発、青森8時51分着、所要時間10時間58分。

「ゆうづる9号」上野22時16分発、青森9時15分着、所要時間10時間59分。

「ゆうづる11号」上野23時発、青森9時50分着、所要時間10時間50分。

「ゆうづる13号」上野23時5分発、青森9時55分着、所要時間10時間50分。

「ゆうづる2号」青森18時50分発、上野5時24分着、所要時間10時間34分。

「ゆうづる4号」青森18時54分発、上野5時38分着、所要時間10時間44分。

「ゆうづる6号」青森19時15分発、上野6時着、所要時間10時間45分。

「ゆうづる8号」青森19時20分発、上野着6時8分着、所要時間10時間48分。


 所要時間の差は1時間では済まない。

「ゆうづる7号」は「ゆうづる5号」のわずか13分後に出て、終着駅に着くのは1時間46分後。30分近い後発の「はくつる」にも、かるがる抜かれて1時間40分後に着く。

 同じ目的地に着くまで、ここまでの差があるにもかかわらず、「特急」料金が同一とはちょっとないと感じる人は少なからずいたのではないか。


 ところで、583系「はくつる」「ゆうづる」は当時、チケットの取れないことでは有名だったらしい。宮脇俊三氏の著作にも当日の窓口で入手しようとして、窓口係員から「これは取れないですよ」と言われながら発券機を操作してもらって、案の定、取れなかったシーンが出てくる。583系には座席のグリーン車が1両あるが、これも満席だったというから、よほどの人気列車だったと見える。


 新幹線のない時代、9時間もかかる青森まで行くのに、昼行特急「はつかり」に揺られて丸一日を潰すくらいなら、寝てる間に運んでくれる寝台特急はありがたい存在だったと思われる。「はつかり」なら朝一番の上野発に乗っても、青森に着くのは夕方の16時を回っている。季節によってはすでに暗くなっているだろう。

「はくつる」や「ゆうづる」なら、残業を終えて軽く一杯やってから、あとは寝ていればいい。朝から夕方までしっかり現地視察をして、打合せをして、しっかり飲みニケーションまでやっても、翌朝には東京のオフィスで報告できる。

 航空機という選択肢もあったろうが、当時、東京と青森間には片道2便しかなく、東京と三沢間も片道3便にすぎない。


 時刻表のアタマのページには青い紙に刷られた「連絡早見表」がある。各方面に列車で行くにはどの列車を乗り継げばいいのか、ひと目でわかるようになっている。

 そこに「東京から北海道方面へ」があり、上野から青森、青函連絡船を介して、函館から札幌どころか網走、根室、稚内に至るまでの乗り継ぎが一覧となっている。

 誰がいったい鉄道だけを乗り継いで東京から網走や根室や稚内まで行こうと思うだろうか。

 しかし、ここには大真面目に、見事な乗り継ぎが記されている。


 それによれば

 上野7時33分発の「はつかり1号」は青森16時22分着で、同17時ちょうど発の連絡船で函館に20時50分着。

 だが、この接続はここで終わり、その先を継ぐ列車はない。

 上野次発の「はつかり3号」は青函連絡船との接続さえない。

 その次の「はつかり5号」は上野を10時3分に出て青森に19時4分着、同19時25分発の連絡船で23時15分函館着、そこから23時40分初のA・B寝台車付き急行「すずらん5号」で札幌に翌朝6時8分着。

 札幌からは7時ちょうど発の網走行特急「オホーツク」と7時5分発釧路行急行「狩勝1号」に接続し、それぞれ12時42分と13時47分に着く。

 しかし、これを北海道連絡の本命とは国鉄も考えていなかったと見える。「はつかり5号」の列車番号25Mと連絡船の便名27が合致していないこと、「はつかり5号」が数ある「はつかり」の中で最も遅い9時間超もかけていること(これは寝台特急「はくつる」より遅い)、札幌での接続に間があることなどからも推察できる。


 北海道連絡本命の「はつかり」は上野15時30分発の「11号」だ。この「11号」だけが20番台の列車番号を付けられた他の「はつかり」と異なり、1Mの列車番号を授けられたことからも明らかだ。停車駅も少なく、8時間43分の所要時間は最短で、遠距離旅客への配慮と言える。


 余談ながら、53年10月ダイヤ改正前の1M「はつかり5号」は上野16時ちょうど発青森0時15分着の所要時間8時間15分でもっと速かった。停車駅は宇都宮、福島、仙台、盛岡のみで、郡山や八戸さえ相手にしなかった。表定速度89.6km/hは当時の在来線最速であった。上野00分発は仙台行エル特急「ひばり」の枠だが、16時だけはその枠を押しのけて1M「はつかり5号」に与えられた。1Mは数ある東北特急の中でも特別な位置づけだった証左であろう。その改正前の1Mの時刻は、53年10月号の時刻表では「全国ダイヤ改正のあらまし」が書かれた黄色のページ、「10月1日発 夜行列車の時刻表」欄に記載されている。


 話を「11号」に戻す。青森では連絡船「1便」0時35分発につながり、函館4時25分着。函館では釧路行特急1D「おおぞら1号」4時45分発、山線経由旭川行特急11D「北海」と連絡する。札幌には8時54分、帯広12時56分、釧路15時2分、小樽8時41分にそれぞれ着く。釧路で急行「ノサップ3号」に継げば根室には17時55分着。

 1M〜1便〜1Dと1でつながる連絡ダイヤは、少し早めに仕事を切り上げて、上野15時30分に乗れば、翌日の札幌での10時からの会議には間に合うダイヤということであろうか。

 ちなみに1Mには11でつながるサブ便があり、上野14時48分発の11M常磐線経由特急「みちのく」は23時50分に青森に着いて、0時10分発の連絡船「11便」で函館4時ちょうど着。そこから上記「おおぞら1号」「北海」につながる。1Mが満席の場合、ちょっと早めに出る補完便があるということだろう。


 青函連絡船「3便」に接続するのは、上野を20時前に発車する5013Mと13Mの「ゆうづる1号・3号」でそれぞれ青森に5時過ぎに着き、5時25分発の連絡船で9時15分に函館。9時35分発の3D「おおぞら3号」で札幌13時44分着、旭川15時36分着、釧路19時41分着。さらに釧路で急行「ノサップ5号」に連絡して根室22時21分着。

 函館での10時からの会議や札幌での夕方からの会議には間に合いそうだ。


 次の連絡船「5便」は北海道連絡全体の本命だったのかもしれない。

 上野21時40分発の15M「ゆうづる5号」、22時21分発の5M「はくつる」は青森に7時過ぎに着き、連絡船「5便」7時30分発で函館11時20分着。函館からは最果てを目指す3本の列車に接続する。11時40分発5D釧路行特急「おおぞら5号」、45分発15D網走行特急「おおとり」、50分発305D山線経由の稚内行急行「宗谷」の3本である。釧路着は21時55分、網走着は21時56分、稚内着は22時46分。

 東京を寝台特急で発てば、翌日夜遅くには最果てに辿り着ける。24時間前後、列車を乗り通して最果てを目指す客がどの程度いたのかはよくわからない。わからないが、東京と最果てを直通する列車を設けておくことは、日本国有鉄道としての使命であり、矜持であり、存在意義であったのかもしれない。


 連絡船「7便」は北海道連絡をほとんど顧慮しない。

 そもそも「ゆうづる」との接続がわるい。函館で接続する列車もない。

 電車寝台より遥かに鈍足のブルートレイン「ゆうづる」では、北海道連絡の速達性に劣る。客車特急「ゆうづる」の主目的は岩手、青森の夜行需要を満たすことにあったと思われる。


 ひとつ、疑問がある。それは「ゆうづる9号」の列車番号の「7」だ。

「はつかり11号」は1M、「はくつる」は5Mでひと桁番号は東北本線経由の列車に付与されている。

「3便」に接続する「ゆうづる3号」は13Mで、他に「みちのく」は11M、「ゆうづる5号」は15Mだから、常磐線経由の特急は10番台である。「ゆうづる9号」の列車番号は「17」が適当ではないのか。

 実は「17」列車は他にある。「ゆうづる13号」がそれ。「17」便の連絡船につながる。

 連絡船の10桁便はひと桁便の補完便の位置づけのようなので、連絡船「17」便は「7」便の補完便と言える。その「17」便に接続する「ゆうづる13号」に「17」列車が振られたのだろう。結果、「7」便に接続する「ゆうづる9号」は常磐線経由ながら「7」列車になった。と推察される。


 疑問はまだある。

 そもそも連絡船「7」便は、連絡船として機能していたのだろうか。

 上野をほぼ同じ時刻に発った電車寝台は2時間も前に青森に着いて、「5便」を介して最果て行の3つの列車に接続する。

 ところが鈍足の客車寝台は遥か遅くに着きながら、青森で出航まで延々待たされた挙句、函館ではつながる列車もない。連絡船「7」便につながる列車は、よく言えば時間的余裕があり、わるく言えば冗長なのだ。

 しかも、25分後には補完便の「17」便が出航する。こちらは本州側、北海道側ともに列車接続がいい。これなら、「17」便に一本化する方がいいように思える。当然、便名は「17」よりも「7」がふさわしい。


 国鉄としては、寝台特急2本分に連絡船1隻が標準的輸送量だったものと見える。

 ただ、電車寝台特急と客車寝台特急とでは、ダイヤからして目的が違っている。そもそも北海道連絡を想定していない列車に対して連絡船を用意する必要があるとは思えない。

 青函連絡船「7」便はきっといつも空いていただろう。がらんとした船内で、なんの気兼ねもなく、のんびりと過ごす3時間50分は贅沢極まりない。北海道に渡るには、列車接続のわるい便のほうが案外よかったのかもしれない。


 話が脱線した。

 遠距離を可能な限り速達することを目的とする電車寝台の本領を発揮したのは、東北の「はくつる」「ゆうづる」だった。

 まさに寝台「特急」だったのである。

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