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運命への反撃

 ――では、これは私からの餞別です。


 神獣アルスティア(ティア)との訓練を終えた際に手渡されたアイテム。"原作(LOA)"では彼女を撃破した際に入手できる一品。


 それが『スキルベラム〈群狼蹂躙(フェンリルパック)〉』である。


 特殊な羊皮紙に込められた魔力によって、俺の周囲に無数の赤い狼が出現する。


「な……っ!!」


「――行けぇぇっ!!」


 魔力で生成された狼の群れが、驚愕に目を見開く悪魔たちへと一斉に襲いかかった。


「ぐ……ゥ……ッ!!」


「っ、人間のくせにっ!!」


 雪崩(なだれ)を打って襲い来る狼たちを悪魔たちはそれぞれ獲物を振るって迎撃する。


 俺とアズも訓練で散々経験してきたこと――しかしこれは実戦だ。安全第一の訓練とは違い手加減がまったくなされていない。狼の数も、動きの凶暴さも、一体一体の力も、まるで別次元の代物であった。


 カラルリンが杖の魔力刃で一体の胴体を上下真っ二つにするも、魔力で生成された狼は上半身だけで動き、そのまま食らいつく。


 狼たちがクレザードを全周囲から取り囲み、集団で一斉に襲う。凄まじい猛攻を前に両手の鎌と作中で発揮した"眼の魔力を応用した回避能力"ですら捌ききれず、黒衣の悪魔は手傷を負っていく。


 メレイアは鞭を流麗かつ荒々しく操り、狼たちを迎撃する。だがそれすらもすり抜けた複数の狼が次々に牙と爪を立ててゆく。


 悪魔たちは完全に防戦一方である。それはさながら深紅の嵐であり、狂獣の洪水であった。さしもの終盤ボスであろうと御しきれるものではない。


 もっとも、これだけで倒せるなどとは微塵も思っていない。十分なダメージは与えられてもワンパンで勝利などさすがにムシが良すぎる。


 しかもこれだけの大技だ。使用コストも相当に重い。現にたったの一発で俺のMPは枯渇してしまっている。


 最初からハッタリだ。ゲーム知識を利用した精神攻撃で冷静さを奪い、想定外の大技で相手に警戒心を覚えさせて引き下がらせる――そういう博打であった。


 博打の勝率を高めるため、さらにダメ押し。


 俺は取り出していたもうひとつのアイテム、魔力回復薬(マナボトル)を一気にあおる。


 半分ほど飲んで床に放る。MPはほとんど回復していないが、スキル一発分は確保できた。


「動くなよみんなっ!! ――っおおおおおっ!!」


「レオン様っ!?」


 俺は裂帛の気合いとともに、未だ荒れ狂う〈フェンリルパック〉の渦へと飛び込んだ。アズの声を背後に浴びるも、振り向かない。


 さすがに使用者にまで見境なく襲うことはないが、それでも誤爆の危険はあり得る。だが畳み掛けるならいまだ。度胸を振り絞ってカラルリン目がけて突進する。


「ぐ……舐めるなぁ人間ッ!! 〈冥府の(いざな)い〉ッ!!」


 カラルリンが専用スキルを発動。振るわれた杖から青白い死霊が飛ぶ。


 死霊が伸ばした右手が、鎧を透過して俺の胸へと突き入れられる。


 痛みもなければ血も出ていないが、不快な寒気が全身を走る。


 そのまま死霊に心臓を掴まれ、握り潰される感覚。


 〈冥府の誘い〉は対象を即死させるスキルである。単体攻撃とはいえ成功率が高く、こちらの戦略を崩し回復のリソースを削ってくる厄介な攻撃であるが――


「……るぅああああああッ!!」


「ッ!?」


 あいにく、俺にはユニークスキル〈不撓不屈(ふとうふくつ)〉がある!


 即死判定を引き当てようが、初回だけは確実にHP1で踏みとどまれるんだよ!


 そのまま足を止めず、カラルリンに接近。


「――〈シールドスマイト〉ッ!!」


 わずかなMPを絞り出しスキル発動。左手の盾を振り上げる。


 狙いはカラルリン――右側頭部の巻き角!


 悪魔たちの角は魔力・能力を増幅するための器官である。


 同時に悪魔たちにとっては種の象徴であり、誇りでもある。


 良心の呵責なく平然と嘘を吐ける彼らでさえ、『人間になりすますために己の角を隠す』ことはできない。悪魔にとって角を隠す行為は、人間で言えば『公衆の面前で全裸になる』レベルの耐え難い屈辱なのである。


 その誇りに向け、情け容赦なく凧型盾を振り下ろす。


「ッがァァッ!?」


 狙いあやまたず、突端部が直撃。カラルリンの口から苦悶の声がほとばしる。


 物理的な意味でのダメージはさしたるものではないだろう。さすがに互いの実力(Lv)差が開きすぎている。


 が、精神的には相当な衝撃を受けたであろう。


 平常時であれば間違いなく逆鱗に触れているはず――だが、これまで散々に精神を揺さぶり立てているのだ。戦意を喪失、とまでは行かずとも減衰させるには十分なはず。


「はっは――っ!! たかが人間と舐めてるからだっ!!」


「き、さ……レオン・マイヤーァァ……ッ!!」


 〈フェンリルパック〉が収まるなか、背後へと距離を取る。だがカラルリンの追撃がない。呪詛めいた声を発するだけである。


 相当に堪えているらしい。


 ここで、こっそり打っておいたダメ押しの一手が成功してくれれば――


「――おいっ!! なにがあったっ!!」


「「「ま、待ってくれよムラサメ君っ!!」」」


 ……成功してくれたよ、っしゃあっ!!


 俺たちのいる広間へムラサメたちが駆けつけてくるのに、俺は胸中で快哉を叫んだ。


 ドサクサに紛れて〈フェンリル・パック〉の狼を一体、こっそりこの広間の出口へと向かわせていたのだ。


 その先はムラサメたちとの待ち合わせ場所。転生者であるムラサメなら『魔力で形成された赤い狼』の姿を見て俺が〈フェンリルパック〉を使用したことに気づいてくれるはず。


 もちろん気づかずにスルーされる可能性もある。そもそも待ち合わせ場所にまだ到着していない可能性だってある。


 不確実な一手ではあったが――結果はこの通りであった。


「なにが――カラルリンだとッ!?」


「……ッ!?」


 単なる援軍、というだけではない。新たに乱入してきた人間にまで名前を言い当てられ、悪魔たちは完全に浮き足立つ。


 これだけの精神的揺さぶりと不確定要素を叩きつけられ、それでもなお向かってるか――いや。


「お……おい、旦那ァ……」


「これ、まずいんじゃない……?」


「黙っていろっ!! ……く……っ!!」


 ギリリ、と歯ぎしりの音がこちらへ届きそうなほど、カラルリンは顔を歪める。


「……やむを得ん、撤退だッ!!」


 やがて、憎々しげな捨て台詞を吐き、悪魔たちは通路の奥へと撤退していった。

次回で最終回です。

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