ラスボス襲撃
「――レオン・マイヤーだな」
灰色の髪に、紫色の肌。左右の側頭部から一本づつ巻き角を生やした長身の悪魔
――カラルリンが言った。
手にした杖の先端部――頭蓋骨をかたどった水晶からは、いましがた空を切ったばかりの青白い魔力の刃が伸びていた。
「間違いねェぜ旦那ァ。オレの"眼"に狂いはねェからよォ」
小柄な体躯を黒い外套ですっぽり覆った悪魔――クレザードが言った。
あの黒衣の下には全身至るところに『遠隔を見通す』能力を秘めた無数の眼が開いている。
「ま、たとえ違ったとしても殺すのに変わりはないけどねぇ」
額から一本角を生やした赤い肌の女悪魔――メレイアが言った。
手には長くしなやかな鞭。あの鞭と魔力によって作り出された鎖によって標的を拘束し、じわじわと痛めつけて仕留めるのが彼女の戦法である。
……見間違うはずがない。姿も能力も戦法も、すべて俺の記憶に刻みつけられている。
奴らこそ、俺の魂を奪う三人組の悪魔だ。
「……まさか……悪魔?」
「なっ!? なんで悪魔がこんな場所にいるんですかっ!?」
「ウソでしょっ!?」
にわかに騒然とするアズ、ひなた、コレット。その混乱が俺にはどこか遠くに聞こえていた。あり得ないはずの光景に、ただ愕然としていた。
彼らが俺の前に姿を現すのは本来であれば終盤に差しかかるころのはずだ――
(……いや)
同時に、陰鬱な納得も心の奥から湧き上がってくるのも感じていた。
"運命を変える"――転生してこれまで、俺が散々試みてきたことだ。
そのためにゲーム知識を活用した。〈不撓不屈〉を先行入手し、隠しボスと接触して協力を得た。
本来の手順を無視して"ふしぎなコイン"を入手もしたし、いまだって本来なら中盤に立ち入るはずのダンジョンに突入している。
"原作通り"は変えられる。
"現実化"したこの世界において、レオン襲撃イベントの発生が前倒しされない保証などそもそも存在していなかったのである。
「どうした人間。私が恐ろしいか?」
ひと言も発しない俺にカラルリンは冷ややかに問うてきた。
だがそれでも俺は答えない。
「――ひなたっ!! ムラサメたちを呼べっ!!」
代わりに、悪魔たちからもっとも離れた位置にいる仲間へそう叫んだ。
一瞬迷いを見せたひなただが、すぐに背を向けて駆け出す――
「逃がさねェよォ?」
――その寸前、クレザードは俊敏な動作で飛び上がり、空中で両手を振りかぶる。
それぞれの手には"原作"通りに鎌が握られていた。内向きに湾曲した刃が、赤く輝いている――それが振り下ろされる。
「……ぴゃっ!?」
それぞれの刃から魔力の斬撃が鋭く射出される。とっさにひなたは身をかがめる。直後、彼女の進路をふさぐように斬撃が飛来し、床がX字に斬り裂かれた。
ひなたはその場にへたり込む。だが幸いケガはない。もう少し駆け出すのが早ければ斬撃の餌食になっていたかも知れない。
「あらあら。助けを呼ぶのは早いみたいね。みっともない」
戦慄する俺たちをメレイアはせせら笑い、
「けどね、無駄なのよレオン・マイヤー。あんたはここで死ぬの」
続けて冷酷に言い放った。
「……悪魔がなぜレオン様の名を……」
「なァに、オレの"眼"はちょいと特殊でなァ。遠く離れたものでもくっきり見ることができるのよォ」
「その眼と私の能力を合わせ、あるものを求めていた」
クレザードの言葉をカラルリンが引き継ぐ。
「それは魂だ。我らが執り行う"秘儀"に適合する魂」
秘儀、すなわち"魔界の道"を開くための術である。
「そのために大陸中を探り続け、そしてようやくふさわしい魂の持ち主を見つけた。それこそが貴様だ、レオン・マイヤー。……貴様の魂、我らがもらい受ける」
そう言ってカラルリンは杖を構える。先端部から噴き出る魔力の刃が、より一層勢いを増して伸びる。
(……どうする……どうする……)
静かな殺気を向ける悪魔たちを前に、俺は無理やり思考を走らせる。
――逃げるか? あるいはなんとかムラサメたちに助けを求めるか?
だがその隙がない。
ならば戦って隙をひねり出す以外にない……だが相手になるのか?
クラウンエネミーを相手にした時とは危険度のケタが違う。ティアとの戦いもあくまで訓練であり、彼女の手加減によってようやく成り立っていたものだ。
対して眼前の悪魔たちは物語終盤のボスキャラ。特にカラルリンはラスボスだ。作中屈指の強敵たちが、俺の魂を目当てに本気で殺しにくる。
おそらく防戦を維持することさえ困難であろう。〈不撓不屈〉の効果で瞬殺を免れるのがやっとだ。
(……どうする……)
しかも俺がここで死ぬのは、すなわち"魔界の道"解放までのスケジュールが大幅に早まることを意味する。
"原作"においてその計画は主人公たちによって阻止された。それは彼らが"レオン襲撃イベント"を間近で目撃しており、その結果カラルリンたちが悪事を目論んでいるのを察知できていたからだ。
だがその現場を主人公が目撃しないまま俺たちが殺されてしまえば。残された俺たちの死体を見て『乱入した魔物によって殺された』と解釈されてしまえば。
最悪、悪魔たちの計画は誰にも察知されることなく遂行されてしまう。仮に察知できてもタイミングが遅れてしまう。それだけムラサメたちは不利になってしまう。
しかも本来、襲撃イベントが発生する時期は終盤に差しかかるころ。その時点で主人公たちの実力は十分に育っているし、冒険者としての実績ポイントも相応に蓄積されている。
つまり計画阻止に動くための素地は備わっている。だからこそ"禁足地"への立ち入り許可も早急に得ることができたし、強敵だらけの禁 足 地を突破して最奥部のカラルリンを討伐できたのである。
だがいまは時期的に序盤も序盤。冒険者になったばかりのムラサメたちに禁足地への立ち入り許可など下りるはずがない。強引な無断侵入に踏み切ったところでLv不足で返り討ちに合うのがオチだろう。
(……どうする……)
いずれにせよ最悪だ。"魔界の道"が開かれてしまえば"人魔大戦"の悪夢が再現されることになる。それだけは絶対に避けなければならない。
最悪でもこのことをムラサメに知らせる必要がある。
そのためにはなんとか俺が盾となって、仲間の誰かをムラサメの元へとたどり着く時間稼ぎをしなければ。
そして、なんとかアズたちだけでも生き延びさせなければ。それが彼女たちを巻き込んだことに対する最低限のケジメだ。
たとえ俺が殺されても――
「――バカか俺はっ!!」
気がつけば一喝していた。アズたちが驚き、カラルリンたちが怪訝そうな表情を浮かべるが、まるで意に介さなかった。
バカか俺は。なに当然のように負けて死ぬ前提の思考をしてやがる。
たかが絶望的な状況ごときでなにを狼狽えてやがる。はなから俺の運命は絶望的だろうが。
そうと知ったうえで、俺はこれまで散々あがき続けてきたんだろうが。
だったら全員で生き延びるために頭を使え!
鍛えた実力を! 頭の中の知識を! 手持ちの札を駆使してこの状況を切り抜けてみせろ!
運命を変えてみせろ! レオン・マイヤー!
「……ああいや。突然悪かったな」
俺はゆっくりと口を開いた。
「捜索ご苦労さん。だがあいにく、お前らにくれてやる魂は持ってないんだ。諦めてとっとと帰れ、カラルリン」
名乗っていないはずの名を言い当てられ、ラスボスは眉をひそめた。
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