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やせいのアイドルがあらわれた!

「……すぴぃ……すやぁ……」


 平らな岩の上で小柄な少女がのんきに寝息を立てていた。


 明るい桜色をしたショート髪。透き通るような白い肌。可憐に整った顔立ちこそ文句なしの美少女であったが、口元を幸せそうに流れるひと筋のヨダレがすべての印象をかっさらっていた。


「……ただの一般人……ではないでしょうね」


 アズがつぶやく。


 確かに。可愛らしい雰囲気のスカート姿ではあるが、革製と思しき胸当てなどところどころ防具が装着されている。


 どう見ても戦闘を見越した装いである。兵士や騎士には見えないし、冒険者だろうか?


「完全に熟睡しているようですが……アレは放っておいてよろしいのでしょうか?」


「う~ん……」


 いちおうここは魔物が出現(ポップ)しない地点(エリア)ではあるが、外部からやってくる可能性がない訳ではない。比較的治安のいい地域とは言え荷物を盗まれる可能性もある。


 仲間がいれば見張りを立てればいいだけだが……安全なキャンプ地点とはいえ、ひとりで眠りこけるには少々無警戒である。


「……念のため起こしてやったほうがいいよな」


「ですね」


 さすがに見張りをしてやる義理はない。俺は少女に近づき声をかける。


「……お~い君、起きろ~」


「……すぴぃ……」


「こんなとこで寝るのは危ないぞ~。起きろ~」


「……あと五分……」


「ダメ。今すぐ起きろ~」


「……せめて三分……」


「三十秒以内に起きないと無理にでも起こすよ~」


「……もうひと声。一分……」


「っていうかもう起きてるよね?」


 わざわざ指を一本立てる辺り。


 桜髪の少女はのっそりと上半身を起こす。長めの前髪がはらりと垂れ、緑色の瞳を覆い隠すした。


「……なんですか。ボクのおうちになにかご用ですか」


 少女は寝ぼけ眼をこすりながら言う。


 ……なんかいま、場にそぐわない奇っ怪な単語が聞こえたような……。


「……おうち? どこが?」


「ここが」


 少女は自分の下にある岩をペチペチ叩く。


「それ、おうち?」


「これおうちです」


 さも当然のように答える。


 なに言ってんだこの娘……と口にする前に、彼女の前髪の切れ目から覗く左目がギラリと光った。


「……ははあ。さてはあなたたち、美少女アイドル系冒険者であるボクのファンですね? 参りましたねぇ、ついにボクもサイン目当てに自宅にまで押しかけられるようになるとは……」


「……レオン様。私にはこのちんちくりんの言っていることがまったく理解できないのですが」


「……俺もだ」


 小声でささやき合う。


 意味は分からないが……ひとまず会話を続けてみよう。


「あのね。いちおう言うけ――」


「あ、もしかして色紙忘れちゃいましたか? でしたら大丈夫。ここの葉っぱでしたら自由に使い放題ですよ」


「それはいらない。それより、それはどう考えても家じゃないよね。それはただの岩――」


「"それ"が多いですねぇこの方。そんなに指示代名詞が好きなんでしょうか。……ああボクですか? ボクは特別な思い入れはありませんね。便利なのはその通りなんですけど……あれ? やだなぁ、ひょっとしてお兄さんボクのこと口説いてます? ダメですよー、そりゃあ確かに超絶美少女アイドル系冒険者であるボクこと坪庭(つぼにわ)ひなたちゃんとおつき合いしたいのは分かりますがあいにくボクはみんなのアイドルですからね!」



 可憐な唇から吹き荒れる情報の嵐。鈴を転がすような声にかき乱される耳と脳。


 俺が二の句を継げずにいるのを尻目に、眼前の自称アイドル少女は薄い胸をどーんと得意げに張っていた。


「……いかがいたしますかレオン様。この減らず口を封じるのであれば埋めるのが一番手っ取り早いかと思いますが……」


「アズ、ステイ」


 一方の我が従者はすでに話を打ち切るための算段を立てていた。


 そんな物騒な発言を前にしても、アイドル少女は名前通り春の陽気を思わせる笑みを浮かべていた。


「過激なファンもいますねぇ。ダメですよー、怖いこと言っちゃ。でもそんなファンでも受け入れちゃいます。なにしろボクは心の広い超絶美少女アイドル系冒険者こと坪庭ひなたちゃんですから」


「さいですか。……それでその、坪庭ひなたさん、だっけ?」


「はい。目隠れはアイデンティティ、美少女アイドル系冒険者こと坪庭ひなたです。質問はひとつずつお願いしますねー」


 勝手に仕切られている。が、ようやくまともに話ができそうなのでおとなしく乗っかっておく。


「まず君は冒険者なんだよね」


「あ、そこちょっと盛りました。正確にはこれからバレンシアに向かう冒険者兼アイドル志望の女の子ですー」


「そうなんだ。……なんで街道じゃなくこんな森の中を?」


「こっちの方が近道だからです」


「だけど乗り合い馬車を使えば快適じゃない?」


「ボクの実家にそんなお金はありません!」


 なぜか力強くふんぞり返られた。


「……でさ、君が寝てたそれは岩であって家ではないと思うけど」


「でも屋根ありますよね?」


 桜髪少女ことひなた嬢は頭上――崖から突き出た岩盤を指す。


 家の基準が極限レベルに緩い。神獣(ティア)なら不足もなかろうが、人としていいのかそれで。


「……頭大丈夫ですかねこのボクッ娘は」


「もちろんです。なにしろアイドルですから! 事実、昨夜は快眠そのもの。さっきお母さんに起こされるまで二度寝してたくらいです!」


「こらっ! だれがお母さんですか!」


「なんだかんだで受け入れてしまわれるとは。さすがはレオン様です」


「しかもここ水は飲み放題で雑草は食べ放題、そのうえデザートに野イチゴまであるんですよ! 最高じゃないですか! どうですか、昨日見つけたボクの自慢のおうちは!」


 めっちゃドヤ顔である。『ふんすっ』とこちらに届きそうな鼻息まで鳴らしている。


 なにが最高かまったく理解できない。というか住み始めて一日も経ってないじゃんそのおうち。


 自信満々な片目隠れ少女を前に、アズは肩をすくめてみせた。


「……まったく。おうちなどと、ようは野宿を無理やり取り繕っているだけではないですか。かえってみじめですね」


「……むっ。ボクのおうちを侮辱するとはさすがに聞き捨てなりません。そんなこと言う悪い子にはサインあげませんよ」


「結構です。そもそもアイドルだってただの自称でしょう」


「これから有名になるんですー! 有名になればたくさんお金も入るんですー! いまに見ててください、いつかボクはアイドル系冒険者としてバレンシアの町に一大旋風を巻き起こしてやりますから! ここに蚊帳がついてから悔しがったってもう遅いんですからね!」


「旋風起こしたあとも住み続ける気だこのアイドル!」


「それがなんだと言うのですか! まったく羨ましくありませんね! なにしろこちらは三食レオン様付きの暮らしをしているんですよ!?」


「こっちはこっちで主への忠誠心が歪!」


 俺の突っ込みなど意に介さずふたりはヒートアップしていく。早いとこ止めたほうがいいか――


 ……と、そう考えた時。


 上方からなにやら異音がするのに気づいた。


「なにをー! 誰になんと言われようと、ボクのおうちは立派なんですからねー! ……見てください、この落ち着いた色合い!」


「……アズ」


「……はい」


 従者に目配せすると、うなずきが返ってくる。


 空耳ではないらしい。やはり音が鳴っている。


 具体的には張り出した岩盤から『ピシ……ミシ……』という感じの音がする。ついでに細かい土がパラパラ落ちてくる音もする。


「小さくてかわいいこの姿! 平らでなめらか、玉のお肌を傷つけないこの心遣い! 健やかなる時も病める時も常に主のそばにあり、たくさんの思い出を刻んでくれる憩いの場所。それが……それが――」


 だんだん音が大きく激しくなる。まとまった土まで落ちてくる。


 これは――



「――それが、ボクの自慢のおうちなのですっ!!」


「逃げろっ!!」



 俺はひなた嬢の身体を抱えて即座にその場から待避。


 直後、頭上の岩盤が派手な音を立てて崩落。


 ひなた嬢が寝ていた岩が大質量の土砂と岩石に押し潰され、真っ二つに叩き割れた。



「おうちいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――――――――っ!!」



 もうもうと広がる土ぼこりを前にひなた嬢の絶叫が響く。


 危ないところだった。あと一歩遅ければ三人とも巻き込まれていたかも知れない。


 ……いや。


 どうやら危機はまだ去っていないらしい。


 俺とアズは土ぼこりの向こうにゆらめく影を見据える。


 視界が晴れる。


 そこには、一頭の巨大な鹿が立っていた。

お読みいただきありがとうございます。

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