クエスト出発
冒険者登録を済ませ、もうひとりの転生者と出会ったその翌日。
「――さあ、俺たちの初仕事だ。さっそく行こうか」
ギルドロビーにて、俺たちは依頼を受けていた。
メンバー募集の張り紙を出したとはいえ、その条件は『ユニークスキル持ち』である。さすがに昨日の今日で見つかりはしないだろう。
という訳で、今回はふたりで攻略を行うことにした。
"原作"――『聖樹伝説アガスティア』の基本的な流れは冒険者活動を通じて"実績ポイント"を稼ぐことである。
"実績"を一定値貯めることで冒険者としての格が上昇していき、より上位のクエスト受注や高難易度のダンジョン探索などが可能となる。
そして最終目的が『禁足地への立ち入り許可を得て、賢者の秘宝入手を目指す』というのはこれまで何度も触れた通りである。
当然、俺たちのような実績皆無の新人はまず簡単なクエスト、低難易度ダンジョン探索などで地道に実績ポイントを積み重ねていく必要がある。
という訳で、今回受けたのはゲーム序盤で受けられる『"大将の牙"の納品』依頼。
バレンシアの町から西の森に出現する『ベニダイショウ』というヘビの魔物から取得できる素材を持ち帰る内容である。
「はい。お任せください」
俺の隣で準備万端のアズがうなずいた。
現在、俺たちはマイヤー男爵家に用意してもらった冒険者用の装備を身に纏っている。
俺は"原作"のレオンとまったく同じ黒い金属鎧。左手には黒い金属盾を装備し、腰には長剣を佩いている。
防御力を重視した全身鎧であるが、ある程度の軽量化のために部品を取り外している箇所も多い。
兜も視界を優先して装備していない。何度か装備した状態で訓練を行ったことはあるのだが……戦えはするが、どうにもしっくり来なかった。
一方のアズはもっと軽装だ。胸や肩、脛などの限られた箇所にのみ銀色の金属鎧を装着している。
背中には両手持ちの戦 槌。ものによっては頭部の片側がピック状をしているが、彼女が持つものは両側とも平らな形状をしたものだ。
そして、俺たちの手首にはそれぞれ『ストレージリング』が装備されている。これは魔力を利用した道具のひとつで、内部に生成された異空間へ荷物を預けて持ち運べるものだ。
いわゆる『アイテムボックス』的な存在である。こちらの世界では一般にも普及している、さして珍しくはない道具だ。
もっとも容量は無限ではない。実際、"原作"においてもキャラひとりが持てるアイテムの数には限りがある。
つまり大量のアイテムを持ち込めばその分容量を圧迫し、戦闘や採取で得た素材系アイテムを持ち帰れなくなってしまう。逆も然りで、素材の入手を優先しアイテムを持ち込まなかったせいでイザという時に危機に陥る可能性もある。
その辺りのさじ加減を考慮したり、容量を増やす〈拡張〉スキルを習得したり……というのがゲーム攻略における重要ポイントのひとつである。
ついでを言えば人間など生物を持ち運ぶことはできない。内部に満ちる魔力が生物の精神に作用し、乗り物酔いに似た症状を引き起こすためだ。
この性質は防犯――例えば腕輪内部に刺客をブチ込んで消したい王侯貴族の寝室や手荷物へポイ → 深夜に出てきてお仕事遂行、のコンボを防ぐ役割も果たしてくれている。
ということで、俺たちはさっそくクエストへ出発した。
――"センタ西の森"。バレンシア西の"センタ山"ふもとに広がる森である。
だいたい序盤を過ぎた辺りで挑むことになるフィールドであり、基本的にそこまで手強い魔物は出現しない。
ましてや、隠しボスによる訓練を含めこれまでずっと鍛錬を重ね続けてきた俺たちにとっては楽勝もいいところだった。
「はッ!!」
ベニダイショウの赤いウロコを俺の長剣がたやすく切り裂く。体長二メートルほどの赤いヘビは断末魔のうめきを上げ、黒土の地面へ倒れ込む。
死体となった魔物の身体と流れ出る血液がみるみるうちに赤黒い灰へと変化していき、そのまま虚空へとかき消えていく。あとに残されたものはヘビの口元から生えていた牙のみであった。
この世界の魔物は、別次元に存在する"魔界"から少しずつにじみ出てくる魔力によって誕生する。このにじみ出る魔力量が多いほど強力な魔物が出現しやすくなり、"聖樹の加護"はその魔力量を抑制することによって魔物の出現を防ぐ仕組みなのである。
魔物の命が尽きるときに身体を構成する魔力が霧散していくが、例外的に強い魔力を持った部位だけはその場に残ることがある。これが魔物が落としものをする理由である。
「うりゃあああああっ!!」
俺から少し離れた場所ではアズが吠えていた。踏み込みによって黒土と落ち葉を飛散させつつ、戦槌を鋭く横薙ぎに振るっていた。
赤い胴体へとまともに金属塊がめり込み、ベニダイショウは勢いよく吹っ飛ばされる。歪に伸びる樹木の太い幹へと強く叩きつけられ、そのまま力なく根本へと落ちていった。
「……ふー……」
周囲の安全を確認し、俺は剣を鞘へ収めた。
「これで"大将の牙"は七つ目。そっちはどうだ?」
いましがた魔物が落とした牙を拾い上げつつ声をかける。
「……残念ながらハズレでございます」
樹木の根本を確認していたアズが首を横に振った。まあ魔物を倒しても一〇〇%素材を落とすとは限らないし、そういうこともある。
「さすがはレオン様、『運も実力のうち』の言葉通りですね。凡人たる私と幸運の星の元に生まれたあなた様との違いを見た思いです」
「いやいや、そんな事はないよ」
だってもし本当に運がよければクズ男爵には転生してないから。
「それよりそろそろ休憩にしようか。ギルドで得ておいた情報によると、少し先に魔物が出現しづらい場所があるらしいから」
森の奥へ続く道を指しながら言う。
冒険者ギルドの名を出したが、実際にはゲーム知識である。
フィールドには魔物が出現しないエリアが存在する。画面上のインフォメーションメッセージでは『キャンプ地点』と表示される場所だ。そこではセーブやテント系アイテムを使った休 息を行うことができる。
「なるほど。情報収集に抜かりがないとは、さすがはレオン様」
「……アズ。前々から思ってるけど、隙あらば持ち上げるのやめよう?」
そんなことを話しつつキャンプ地点へと移動する。付近に崖がそびえており、そこから小さな滝がパタパタと小気味よい音を立てて流れ落ちている場所だ。
「おや? 先客がいますね」
アズが崖の一角、岩盤が屋根のように張り出した箇所を指さす。
その屋根の下には平たく大きな岩があり、
「……すぴぃ……」
そこをベッド代わりに、桜色の髪の少女が幸せそうな寝息を立てていた。
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