もうひとりの男
やあ、レオン・マイヤーだよ。
よい子のみんな、初対面の人に挨拶をしたらたまに怒声とともに殺気全開で跳び蹴りをされることがあるから気をつけようね。
もちろん蹴りを飛び込み回避した後は余勢を駆って床を一回転したあとすばやく膝立ち姿勢に移行しつつ追撃に備えることも忘れないようにね!
「な……なにすんだよあんたはっ!?」
――そういう訳で、俺は膝立ち姿勢のまま金髪男へ怒鳴り返していた。だが当の飛び蹴り金髪男は殺気を鎮める気配も見せない。
「うるせぇっ!! 理解できたぞっ!! 貴様だなっ!? 貴様だったんだな、アアッ!?」
「なにが――」
と問おうとした声を、背後から噴出されるもうひとつの殺気が押しとどめる。
首を向けると、凍てつく吹雪のような気配を放つアズが今まさに金髪男へと飛びかからんとする姿が映った。
俺が止める間もない。アズの身体が木目床の上を疾駆。一瞬で距離を詰め、固く握り締めた右の拳を金髪男へと突き出す。
「っとぉっ!!」
が、金髪男は寸前で回避。アズの拳が男の青い上着を掠める。アズの攻撃を避けるとは。なかなか動きが素早い。
アズは無言で追撃しようとする――その前に俺はすぐさま動き、彼女を羽交い締めにする。
「待てアズッ!! 落ち着けっ!!」
「止めないでくださいレオン様っ!! この無礼者は今すぐこの場で成敗せねばなりませんっ!!」
「「「――どっ、どうしたんだよムラサメ君!!」」」
俺がアズを止めているあいだに、金髪男のほうも駆けつけた三人組の男に取り押さえられていた。三人ともまったく同じ顔と体格。ひと目で三つ子と知れた。
「ええいっ、離せっ!! ――おい貴様ぁっ!! 貴様ちょっと僕にシメ上げられろやぁっ!!」
「いい度胸ですねっ!! あなたこそ私とレオン様からそれぞれ三回ずつ頭を潰されなさいっ!!」
「オーバーキルにもほどがあるっ!!」
俺はそんな猟奇的行為に参加したくない。
そうこうしているうちに周囲には人だかりが出来ていた。ギルド職員の姿も見える。このままでは強制的に外へ放り出されされかねない。とにかく場を収めよう。
「ほら、アズ落ち着いて! 俺はこのとおり無事だから! ……そっちの君もまず事情を聞かせてくれ! 俺がいったいなにをしたって言うんだ!?」
「すっとぼけるなっ!! こちとらもう気づいてんだよっ!!」
「だからなにが――」
「"女神像の台座"っ!!」
金髪男から放たれた言葉に、身体が硬直した。
「"センタ十番街道女神像の台座"だっ!! これの意味が分かるよなぁっ!!」
分かる。
なにしろ俺は数時間前、そこに隠されていた『ふしぎなコイン』十枚を回収したのだから。
「あんた……」
「そういう事だっ!! 僕が目をつけてたってのに抜け駆けしやがってっ!!」
……どうやら疑う余地はないらしい。
この金髪男は俺と同じ存在――転生者だ。
ひとまずは混乱した場を収め、『潰させろ』と息巻くアズをなんとかなだめ――現在、俺と金髪男はふたりだけで対峙していた。
場所は冒険者ギルドから五分ほど離れた路地裏。表の喧騒がかすかに届く、狭くて薄暗い通路である。
周囲に人の気配がないのを確認してから俺は切り出した。
「……あんた。俺が"ユーザー"からなんて言われているか分かるか?」
「"クズ男爵"だ。"カラルリン、クレザード、メレイア"と遭遇する予定の」
"こちら"では通用しない単語を出すと、"作中では使われない表現"が返ってくる。ついでとばかりに挙げられたのはラスボス一味の名前である。やはり間違いない。
「……あんたも転生者か」
「ああ。日本のゲーマーだった。前世の記憶は階段からすっ転んだところで途切れてる。気がついたらこっちの世界で赤ん坊になっていたよ」
「俺の場合は歩道に車が突っ込んで来た」
前世はそれが原因で死亡したのだろう。そうして肉体から抜け出た魂がこちらの世界にやってきた――おおかた、それが転生の理由だろう。
「ちなみにそのキャラは?」
もうひとりの転生者――金髪に緑の瞳を持った男を指して尋ねる。
「僕がキャラメイクした主人公。名前は『ムラサメ』だ。……つまりここは僕が主人公の、僕のために用意された世界ってことだよ。……だってのにお前、コイン勝手に取って行きやがって……」
恨めしそうな目で金髪男――ムラサメは大層傲慢なことを言う。
どうやら俺のタイミングが一足ほど早かったらしい。おそらくあの場で待っていれば、このムラサメと鉢合わせていただろう。
「ウキウキ気分で台座を漁ったらもぬけの殻だ。一体なぜ、と思っていたら"原作"じゃ絶対にあり得ない礼儀正しいレオン・マイヤーがいた。それですぐに気づいたよ。『あいつも転生者で、あいつが僕のアイテム持って行きやがった』って。……気づいたらついカッとなって蹴りカマしてた。反省など微塵もしてやるつもりはない」
なんちゅう身勝手な言い分だ。だいたいあのコインは誰のものでもない。所有権は完全に"早い者勝ち"だ。
……いや、俺だって『俺以外の転生者がいる可能性』くらい考えたことはあるよ?
けど考えたところで確認する手立てなんてない。そんな状態で『他の転生者に悪いからゲーム知識の使用を控えろ』ったってそりゃ無理がある。ひとまず自分優先で行動するのが妥当だ。
「……そちらの事情は理解したが……だからっていまさらコイン寄越せって言われても嫌だからな。……俺がいずれどうなるかは当然知っているだろう」
「ああ。カラルリンたちに殺される。つーかとっとと殺されてコイン落として僕に回収されろ」
「あいにくだが俺はその運命を変えてやるつもりだ。そのためにもコインで交換できるアイテムはぜひとも活用したい」
「だがな――」
「強いて言えば、二枚」
なおも食い下がろうとするムラサメに、俺は指を二本立てて見せる。
「最大限譲歩して二枚。それがお前の取り分でどうだ。挨拶代わりって意味もある。それに『アテが外れた』って落胆も想像はできる。俺だってゲーム知識が通用しないと知れば同じように落胆していただろうな」
二枚くらいは許容範囲だ。それに、ふしぎなコインは魔物が落とす分も含めれば理論上無限に入手できる。希少ではあるが、取り返す機会は十分にある。
「言っとくが本来なら渡す義理なんてないからな。ただ、無用な恨みを買いたくないから譲歩しているんだ。ゴネるつもりなら即ご破産だからな」
ムラサメは観察でもするように無言で俺を眺める。
やがて、腑に落とすようなため息を吐いた。
「……分かった。それで手を打とう。コイン取られたのは腹立たしいが、まあ僕だって鬼じゃないからな。ゲーム知識の優位を活かして"こっち"のレオンを煽り倒して倒して倒しまくったあと、トドメに奴が無様に死ぬ辺りで『ざまあ』と言ってやる予定が狂ったのはムカつくが……まあそれもこの調子じゃ期待できないから我慢しよう」
十分鬼だよ。よくお前そんな捻くれまくったモチベーションを前世から引っぱり続けられるな。
「どうせ先に取られたのもそれくらいだろうし。……くそっ、畑仕事さえなけりゃ僕ももっと自由に村を出られたんだが……」
………………。
「……おい貴様。なぜ目を逸らす」
いきなり口をつぐんだ俺に、ムラサメが詰問する目で迫る。
「おい。僕の方を向け。いいから向け」
「…………まず第一に人間は他者と視線を合わせるのにストレスを感じることが普通であり、目を合わせる時間の長短はその日の体調や気分に左右される事もあり、従って目を逸らす行為が必ずしも嘘ややましさに結びつくとは限らず、むしろFBIでは捜査官の目から一切視線を逸らそうとしない者こそ逆に怪しいと――」
「どうでもいい。"まず"と"第一"が重複してるのも含めてどうでもいい。黙ってこっちを向けレオン」
「…………」
「……答えろ。他にゲーム知識で入手したアイテムやスキルはないか?」
「…………仕方……なかったんだ……」
「……答えろ」
「四年ほど前にアルスティアのところに行って〈不撓不屈〉取りました。指南書のポイントで習得余裕でした。それとつい最近までアルスティアとの模擬戦でLv上げしてました」
ムラサメは無言で回し蹴りをしてきた。
俺は、ティアに鍛えてもらった敏捷性を活かして避けた。
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