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リセナと愉快な仲間たち

溺愛幼馴染は我慢ができない

作者: 甘糖めぐる

※長編の派生作品ですが、単品でもお読みいただけます(詳細はあらすじ欄に)

【オープニング】我慢してください


 王太子は、ものすごく嫌そうな顔で、レオンルークス・ライランドに尋ねた。

「どうして、貴殿までここにいるんだ? あなたの()()()()と結婚しました、と、挨拶にでもきたのか?」

 レオンは、ものすごく嫌そうな顔で、一応口の端だけ持ち上げて答えた。

「本日は、次期ライランド領主としてうかがいました」


 城の応接室。ライランド領に拠点を置く、シーリグ商会の一人娘――そしてレオンの妻であるリセナは、重苦しい空気の中、口を開く。

「殿下。今日は、交易の打ち合わせの前に、ひとつお願いがありまして……」

「なんだ。言ってみろ」

「はい。わたくし共が計画しております、東のスラム街に孤児院及び学校を建設する事業なのですが――」

「却下だ。支援はしない」

 話の途中で断られ、リセナは瞬時に黙り込む。


 そしてレオンは、瞬時に声を上げた。


「なんでだよ!? 話くらい聞いてくれても――! き、聞いていただけませんでしょうか?」

「はあ……さしずめ、シーリグ商会とライランド領の財源だけでは厳しいとでも言うのだろう。慈善事業だから、国として初期費用を支援しろと」

「……はい」

「スラム街の識字率の低さ、犯罪率の高さは私も問題だと思っている。だが、金を回す先にも優先順位がある。今は技術革新に投資をするべきだ。――わかったら、リセナ、早くそちらの話をしてくれ。エルフの里との交易交渉はどうなっている?」


 結局、支援の話は断られてしまった。

 ライランド領への帰りの馬車の中で、レオンはまだぐちぐち言っている。


「あいつ、オレとリセナが結婚したのが気に入らないんだよ。自分から婚約破棄しておいて、やっぱりきみが惜しくなったんだ」

「いや、殿下の言うこともわかりますし……これまで通り、地道に魔物討伐で稼ぎましょう? というか、レオ、王族に食ってかからないでください。ちゃんと我慢して」

「きみは我慢しすぎだよ。というか、あいつ……きみのこと、いやらしい目で見てた」

「気のせいでしょう?」

「いいや、見てたね! もう、心配だなあ。他の男に触らせないでよ?」


 初夏の昼下がり。リセナのすぐ隣に移動した彼は、彼女の手に触れ、嫉妬全開の顔をしてなでる。

 幼馴染で初恋の人であるリセナと結ばれるまでに、彼は、それはもう色々あった。王太子からの妨害や、顔の良い男たちによる奪い合いをなんとか乗り越えて、ようやく彼女を勝ち取り一緒に住み始めたばかりなのだ。もう既にタガが外れている。


「あの、レオ……?」


 自分をなでる彼の手が、肩まで上がってきて、リセナは困惑する。レオンはそのまま体を寄せて、彼女の頬に何度もキスをした。


「わっ、ちょっ、レオ……! こんなところで――」


 彼はリセナの体に手を回して、抱きつきながらささやく。


「大丈夫だよ、外までは聞こえない」

「で、でも……家まで待ってくださいよ……」

「待てない。きみが駄目って言ったらやめるから。ね?」


 甘えたがりの子犬のような目で、彼は見つめてくる。まだほんの少し、あどけなさの残る顔。昔と変わらない、はねたオレンジ色の髪に、同じ色の太陽みたいな瞳。それでも体は大人の男性に近付いていて、リセナは彼の変化に戸惑ってしまう。


 沈黙を了承と受け取ったのか、レオンは彼女の体をさすりながら顔をうずめた。


 一緒に育ってきて、彼のことはなんでも知っているつもりだったのに。レオンは元気で、無邪気で、いくつになっても子どもっぽくて――そう思っていたのに、こんな濃密なスキンシップをしてくるなんて、少し前までは思いもしなかった。


 どうしたものかと、リセナは頭を悩ませる。

 ――たしかに、ずっと忙しくしてたから、あんまり構ってあげられなかったけど……でも、こんなところで……っ。


 止めよう、と思うのに、優しくなでられた体は拒否することを拒否してしまう。


 ――うぅ……ちゃんと我慢してたのに……。こんなにされたら、流されちゃう……。


 レオンがこちらをのぞき込む。

 彼はついにリセナの唇に口づけると、自分からやっておきながら、


「っ……」


 恥ずかしそうに、顔をまた彼女の体にうずめて隠した。


 我慢を覚えさせなきゃ、と、リセナはその頭をなでながら思う。


【前編】異変


 二人の新居――早く一緒に住みたいからと、新築ではなく空き家を掃除して住んでいる家は、ライランド邸とシーリグ邸のちょうど中間地点くらいにあった。


 リセナたちが家の前で馬車から降りると、玄関の前に見知った男性が二人立っていた。一人は、長い金髪をひとつにくくった中性的な美男子――エルフのメィシー。もう一人は、鎧と同じ黒い髪を無造作に後ろへなでつけた、大柄な美丈夫――暗黒騎士のグレイ。

 はじめはそれぞれの目的のために、リセナの魔力増幅(アンプリフィエ)の能力を得るため現れたのだが――レオンいわく『簡単にリセナに惚れて恋路を邪魔してきた顔の良いクソ野郎』である。


 レオンが思いきり顔をしかめる。

「うわっ、なんでお前らがいるんだよ!」


 メィシーが、レオンではなくリセナに答える。

「今日は、あなたのお父様と打ち合わせがありまして。シーリグ邸へ向かう前に、ご挨拶をと思って立ち寄ったんです」

「ああ、今日でしたね。父も、エルフの里長と直接話せるって楽しみにしてました」

 彼は、これまでの閉鎖的なエルフの里長とは打って変わって、人間と協力して技術を発展させていこうとしている。それで(リセナが好きなので)シーリグ商会と交易や知識の交換を行っているのだ。


 隣にいるグレイは、リセナが見上げてもなにも言わない。彼は話しかけないと、なかなかしゃべらないのだ。


「えっと、グレイも、おかえりなさい。実家の方で部屋を空けてあるので、直接そっちに行って大丈夫ですよ」

 彼は、元魔王軍の暗黒騎士だが、魔王亡きあとはリセナの騎士として(彼女は平和的に解決してほしいと思っているが)魔物や魔族を制圧して回る旅をしている。それで、たまに、彼女の元へ休養に帰ってくるのだ。


 どちらも、レオンは、気に入らない。


「じゃあ、さっさとシーリグ邸へ行ってくれ」

 冷たく吐き捨てるレオンに、メィシーは肩をすくめた。

「まあまあ。きみたちの為になりそうな話を持ってきたんだ。お金が入り用なんだろう」

「それは、そうだけど」

「国が出してる、新しい討伐依頼を耳に挟んでね。南へ向かう街道で、ゴーレムの群れが道を塞いで困っているらしい。大勢で挑まないといけない分、賞金はかなりの高額だったよ」

「ゴーレムか……。オレの魔力、炎属性だから、ああいう岩っぽいやつと相性悪いんだよなあ」


 すると、リセナの“直接実家に行って大丈夫”には答えなかったグレイが、彼女に手を差し出す。

「魔力を回してくれ。……そいつらなら、魔力増幅(アンプリフィエ)さえあれば殲滅できた」

「えっ、一人で挑戦したんですか!? ただでさえ各地で戦って回ってるのに、無茶しないでくださいよ」


 魔力増幅(アンプリフィエ)を使うには、対象者に触れる必要がある――リセナが彼に触れようとする手を、レオンがつかんでやめさせた。


「えっ、レオ?」

「触っちゃダメ。オレが倒すから。メィシー、詳しい場所を教えろ」

「それはいいけれど……グレイを連れて行かなくて大丈夫かい? 僕はあまり時間がないから、同行できないよ」

「お前らの助けなんかいらないよ。最近は、オレとリセナの二人でちゃんと魔物討伐できてるんだから」

「そう……。くれぐれも、彼女に無理をさせないようにね」

「言われなくてもわかってる!」


 リセナを二人から隠すように抱きしめて、ふんと鼻を鳴らすレオン。

 相変わらず仲が悪いなあと、彼女は苦笑した。


 ◆


 岩で出来た巨人が、十体、そこかしこにいる。


 それを遠目に確認して、リセナは栗毛馬から降りようとするのを一旦やめた。

「ちょっと多くないですか……? グレイが五体倒したって言ってましたけど、その倍ですよ?」


 彼女の前にいたレオンは、ぴょんと馬から飛び降りる。

「とにかくやってみようよ! ヤバかったら逃げるからさ」

「じゃあ、あと、もうちょっと。あなたの容量ギリギリまで魔力増幅(アンプリフィエ)を使わせてください」


 リセナがレオンの手をにぎる。リセナもそうだが、彼は精神状態が魔力の巡りに直結するタイプなので、彼女と結婚してからは別人のようにやたらと強くなっているのだ。


「じゃあ、行こうか!」


 レオンが、腰に差していた柄だけの剣を抜いて魔力を流す。たちまち炎の剣身が現れると、彼は身体強化の魔法をかけてゴーレムの方へと走り出した。


 リセナも、戦闘の巻き添えにならない範囲で、いつでも彼が後退してこられる距離まで付いていく。立ち止まって開戦を見守っているとき、彼女は、ふと自分の異変に気づいた。


 ――あれ……心臓が、まだ、ドキドキしてる。()()だ。


 魔力増幅(アンプリフィエ)により、大量の魔力を循環させる必要があるとき、心臓はその鼓動を早める。走った後も頻脈が続くように、短時間であればこれは普通のことなのだが。


 ――最近、多いなぁ。そんなに無理してないのに……。でも、お医者さんに診てもらっても、命に関わるような異常はないって言われたし……。


 少し離れたところでは、レオンが、思ったよりも簡単にゴーレムを倒せてはしゃいでいる。


「リセナ! これ行けそう! 魔力ちょうだい!」

「はい!」


 平気なふりをして、彼女は答えた。


 ――まあ、レオも楽しそうだし。長くても数分で元に戻るし、放っておいていいか……。


 その、三十分後。全てのゴーレムを倒したレオンは、歓喜してリセナを振り返った。


「ははっ、やったよリセナ! なんだ、大したことないじゃん!」

「ええ、おつかれさまです」


 返される微笑みが、なんだか弱々しいことに、彼はようやく気付く。


「リセナ……? どうしたんだ?」

「ちょっと、動悸が、元に戻らなくて……」

「えっ!?」


 彼女の呼吸が荒い。レオンは血相を変えてリセナを抱え上げると、遠くに待機させていた馬のところまで走った。


【後編】反省


 シーリグ邸の前に馬を止めると、二階の部屋から見ていたのか、グレイが足早に外へ出てきた。そして、レオンから引ったくるようにしてリセナを抱え上げる。


 異変に気付いたメィシーも、すぐに駆け出てきた。

「リセナ……!? なにがあったんだい」

 レオンが動揺したまま答える。

「わからないんだ。魔力増幅(アンプリフィエ)を使ったあと、動悸が止まらなくなったみたいで。もう一時間以上、続いてる」


 メィシーは、すぐに彼女の手を握る。

「リセナ、大きく息を吸って。十秒止めて。僕と一緒に――はい、一気に吐いて。もう一度、」

 しばらくそれを続けると、リセナの呼吸が安定しだした。彼女は、ほっと胸をなでおろす。

「もう、大丈夫そうです……。すみません、驚かせてしまって。無理をしたわけじゃないんですが、最近、短時間だけどこういうことがあって……」

「ご病気ですか……?」

「いえ、医者からは、問題ないと言われました」

「なるほど。では、体質でしょうね。最近、仕事でストレスを溜めていませんか? 自律神経が乱れているときは、魔力増幅(アンプリフィエ)が発作を誘発しかねないので、気をつけてくださいね」

「はい……ありがとうございます、メィシーさん。グレイも、心配して出てきてくれたんですね」


 彼女を抱えたグレイは「……ああ」とだけ答える。


 なにもできず立ち尽くしていたレオンを見やることもなく、メィシーはグレイに指示を出す。


「彼女を部屋へ運んであげて。――リセナ、疲れたでしょう、ゆっくり休んでくださいね」


 シーリグ邸へ運ばれる時、リセナはレオンを見たけれど、彼は今にも泣き出しそうな顔でそこに立ったままだった。


 ◆


 一時間ほど眠ったあと、リセナが目を覚ますと、レオンが自分をのぞき込んでいた。


「あっ、リセナ、気分はどう?」


 若干ぎこちない笑顔の彼は、いつの間にか、頬に大きなアザを作っていた。


「殴られてる……!? もしかして、グレイにやられたんですか!?」

「うん、まあ、そう。無言だったけど、大分怒ってた」

「ちょっと、彼、どこに行ったんですか? 注意しておかないと――」

「いや、いいんだ。きみのこと、ちゃんと見てなかったオレが悪いから」

「レオ……」


 いつもなら殴り返しに行くような彼なのに、今は明らかにしょんぼりしている。まあ、殴り返したところで体格が違いすぎて全然届かないのだが。


 後ろの方に座っていたメィシーが、立ち上がってリセナに微笑む。

「では、僕はご両親に報告してきますね」


 リセナと二人きりになったレオンは、彼女の目をじっと見つめた。

「ごめんね、リセナ……オレ、敵を倒すことにばっかり気を取られてて……」

「いえ……私が、ちゃんと言わなかったのがいけないので。今度から気をつけますね」


 これでも、まだ、彼の表情は晴れない。


 言葉で駄目ならと、リセナはベッドに腰かけて、彼の頬に軽くキスをしてみた。


「っわ、リセナ……!?」

「ねえ、レオ。私は大丈夫だから、元気出してください」


 彼は、ぱちぱちと目を瞬いたあと、彼女の隣に腰かけた。


「え、待って、きみからしてくれるのが珍しすぎて……。もう一回、して?」


 戸惑いながらも、先ほどと同じ場所を指差さすレオン。言われた通りまたキスをすると、彼は、みるみる頬を紅潮させていった。


「っ~~リセナ……好き!」


 彼が感動のあまり抱きついてきて、勢い余って押し倒される。


「ちょっ、レオ……!?」

「ねえ。今度は、口にして」

「え、あ、の……」

「じゃあ、オレからしていい?」


 ねだるような視線を向けられ、リセナは、答える代わりに目を閉じる。そうしてレオンが、彼女の唇に口づける――


 その、直前に。

 部屋の扉が開いて、メィシーとグレイが入ってきた。


「―――」


 気まずい空気の中、四人で、無言で見つめ合う。


 一番最初に、メィシーが、リセナを押し倒したままのレオンに言った。作り笑いすら、浮かべないまま。

「ねえ。もう少し、休ませてあげなよ」

 間髪入れずに、グレイがレオンを睨む。

「死にたいのか」

「…………」

 そろりとリセナの上から退くレオン。もうすでに、ここが地獄かもしれない。


 メィシーが大きなため息をつく。

「大体ね、彼女が我慢強いのは知っているんだから、きみが気をつけてあげないと」

 グレイも「お前には任せられない」とつぶやく。


 二人からチクチクくどくど半分くらい私怨で小言をいわれている最中、レオンは、なにも反論せずにじっとうつむいていた。好き勝手言われている悔しさよりも、不甲斐なさで沈痛な面持ちをしている。


 その様子を、リセナは、ベッドに座り込んで口をつぐんで見つめていた。なにか言わなければと思うのに、言葉が出ない。色んなことを我慢してやり過ごすのが彼女の癖で、未だに抜けきらない悪習だった。

 だが、今は、自分ではなくレオンが辛い状況に立たされている――。口を挟むのには勇気が必要だったけれど、彼ばっかりが責められていることに耐えかねたリセナが、ついに声をあげた。


「あ、あの……っ! その、私たち、ちゃんと話し合いました。気づかってくれて、ありがとうございます。私たちなら、大丈夫です……!」


 彼女の真摯な瞳に、グレイは「……そうか」とだけつぶやいて押し黙る。メィシーも、困ったように微笑んだ。


「あなたが、そう言うのであれば。討伐の後始末や手続きは、僕が帰るついでに済ませておきますから。今日はもう、自宅へお戻りになってください」

「はい、ありがとうございます……!」


 リセナはレオンと顔を見合わせる。彼はまたしょげていたので、帰ったら、励ましてあげないといけない。


【エンディング】たまには、


 その日の夜。自宅の寝室、二人のベッドに腰かけて、リセナはレオンの頬を指でつつく。

 顔のアザは魔法で治してもらったけれど、彼の気持ちの方は相変わらずベコベコにへこんでいた。


「レオ、元気出してくださいよ」

「リセナ……オレ、いま、反省してるから。今日はそっとしておいて……」

「私は大丈夫だって言ってるじゃないですか。むしろ、お昼寝できて元気です!」

「いやもう本当、ゆるして……。ただでさえ自分が情けないのに、かばってくれたきみが格好良すぎて、情緒がぐちゃぐちゃになってるところだから」


 両手で顔を覆うレオン。しかし、昼間にあれだけじゃれついて来て、急にそっとしておいてと言われても困ってしまう。


「レオ……私、最近忙しかったから、ぎゅってするのとか我慢してたんですけど……。あなたとくっついてたら、ストレスとかもなくなると思うなぁ……」


 耳元でささやいてみると、レオンの肩がぴくりと跳ねる。そして、手をずらして、彼はちらりとこちらを見た。


「……それ、本当?」


 あと、もう一押しだ。


 完全に催促になるから、自分からこれを言うのは、かなり、勇気が必要だけれど。


「本当です。私に、まだ、我慢させるんですか……?」


「……っ」


「ねえ、レオ?」


「っ~~~!」


 がばりと、彼は彼女を押し倒して、その体に顔をうずめる。恥ずかしくて隠しているのだ。


「ねえ、ちょっと、きみからおねだりしてくるの反則でしょ……かわいすぎる……」


 彼は自分を落ち着けるために深呼吸するが、彼女に顔をうずめたままなので、まるで匂いをかいでいるみたいになってしまった。

「レオ? なにしてるんですか……!?」

「え、良い匂いがする……オレと同じ石鹸なのに、なんで?」

 今度は、純粋な好奇心で、脇や耳の横など意識的に匂いをかがれる。

「ひゃっ……!? ちょっ、それは、やめ――!」

「――はっ、ごめん、気持ち悪かった……!?」

「いや、その、くすぐったいというか……恥ずかしいというか……」

 目をそらして、リセナは小さく答えた。

「やっぱり、あなたなら、いい……です」

 レオンは数秒、言葉を失う。

「……本当に? あいつらにも、こんなことさせない?」

「え――当たり前じゃないですか。もう……まだ、そんな心配してるの? あなたとの結婚を決めた時から、ずっと、あなただけのもの……の、つもりですけど」


 熱くなった顔で彼を見やると、レオンは、ごくりと喉を鳴らした。


「ねえ、リセナ……オレ、ちゃんと我慢できないかも。もっと、くっついてもいい?」

「えっ? あの、その……節度を持っていただければ……」

「うん、それは大丈夫。だからさ、」


 言葉の途中で、レオンはリセナの唇にキスをした。舌先が触れ合うかどうかくらいの浅いキスの雨を、何度も何度も、音を立てて降らせて――恍惚とした表情で、彼女の頬に触れる。


「はぁ……かわいい……。きみも、我慢しないで……もっと、オレに甘えて?」


「っ……」


 羞恥心が邪魔をして、彼女は、なにかしゃべることも、うなずくこともできない。


 レオンはいたずらっぽく笑うと、彼女にぴったりと体をつけて、またキスの雨を降らせた。


 体の芯をくすぐられるような心地よさに、リセナは小さく身をよじる。その手に指を絡ませて、彼女の頬に手を当てて、レオンは本当に愛おしそうな眼差しをリセナに注いでいた。


 そうやって、初夏の夜は更けていく。


 ◆


 朝日が部屋に差し込んで、リセナが目を開けると、レオンがまぶしい笑顔でのぞき込んできた。


「あっ、おはよう!」


「んん……おはようございます――」


 彼女は、むくりと体を起こすと、ふといつもと違うことに気がつく。


「あれ、なんだか……体が軽いというか。すごく気分がいいです」

「でしょ!?」


 レオンが、うんうんとうなずく。


「やっぱり、たまには我慢せずに、好きなことをするのがいいんだよ。我慢のしすぎは体によくないからね」

「……うーん……」


 昨晩のことを少し気恥ずかしく思いながら、彼女が考え込んだ矢先、レオンが前のめりになる。


「だから、ねっ!? オレは毎日でもいいくらいなんだけど!」

「えっ!? いや、毎日はさすがに……」

「うわぁあ温度差を感じる!!! 新婚なのにぃ!!!!!」


 昨晩のちょっと大人な感じはどこへ行ったのやら、騒ぎ立てるレオンをリセナが慌ててなだめにかかる。

「いやっ、そんな、嫌ってわけじゃないですから……!」

「じゃあ、今日もしていい!?」

「う、う~ん……」

「渋られてる!!!!」

「はいはい、よしよし……!」


 幼馴染で夫の頭をなでながら、彼女は思うのだった。


 ――まあ、たまには、私も……我慢せずに、甘えてもいいかなぁ。


 たったそれだけで元気がわいてくる自分がなんだかおかしくて、くすりと笑いながら、彼女はレオンのはねた髪をもっとくしゃくしゃにした。

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