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63 意外な人物

 隆弘のおかげで真紀たちは逃げ切ることに成功したが、問題は山積みである。


 町には手配書が貼られていて、真紀たちの顔や特徴が知れ渡ってしまっている。だからこの町にずっと留まるのは危険なのだが、と言って町の外には魔物が出没している。真紀と莉愛の力だけでは太刀打ちできるかどうかわからない。


 それに、やはり隆弘を放置して町を離れるなんて考えられなかった。


「で、これからどうするの?」


 莉愛は真紀に尋ねてきた。その表情は不安げで、心細そうだ。無理もないことだ。こんな状況では誰だって冷静ではいられないだろう。


「どうにかして人のいないところに行って、そこでしばらく身を隠すしかないんじゃないかな」


「ええ、そうね。で、人のいないところって具体的にどこかしら?」


 真紀は口ごもる。

 自分で提案を出しておいてなんだが、すぐに思い浮かぶような場所はない。そもそもここは初めて訪れる場所で、どこに何があるのか把握できていなかった。


「わかんないけど……でも、このままじっとしていても状況はよくならないよ」


 莉愛は真紀の言葉を聞いてうんざりと肩を落として見せた。


「もう、本当にどうすんのよ」


 莉愛は周囲に気を配りながら、ゆっくりと歩いている。幸いなことに、道行く人たちは指名手配犯が町をうろついているとは思っていないようで、こちらを気にする様子はない。


「香坂くんもうまく逃げ出せていたら、なんとか合流して神殿へ戻れないかな」


「あんなとこに戻ってどうすんのよ」


「だって、蓮也とエリィは私たちを逃がそうとしてあの場に残ったんだよ」


 真紀は弟たちの身を案じ、表情を曇らせた。

 あの二人は自分たちを守るために、神殿に残って神官の相手をしている。言われるがまま逃げて来てしまったが、やはり二人を置き去りにしてしまったことは悔やまれる。


「でもあの子たち、私たちよりずっと強いじゃない。滅多なことにはならないでしょ」


 相変わらずのキツイ口調で莉愛は言う。

 彼女の言う通り、蓮也とエリィの実力ならばあの場を切り抜けることもできるかもしれない。でもそれは二人の体調が万全であった場合の話だ。

 莉愛だって、二人が心配でないはずがない。それでも今は前に進むしかないのだ。


「とにかく何か方法を考えないとね。服装や髪型を変えたりすれば、多少なりとも誤魔化せるかもしれないけど」


 真紀は提案をしてみたものの、自分でもあまり現実的だとは思えなかった。変装をするのなら、それなりの準備が必要になる。今の状況では、とてもじゃないがそんな余裕はない。


「悪い考えじゃないと思うけど、やっぱり難しいわよ」


 莉愛は険しい表情で言う。

 だが他に良い方法が浮かぶはずもなく、二人は途方にくれてしまった。


「ねえねえそこのお二人さん、ちょっといい?」


 不意に声をかけられて、真紀たちは振り返る。そこには軽薄そうな男が二人立っており、こちらをにやにやとした表情で眺めていた。


「この辺じゃ見ない顔だね。観光かい?」


「良かったら俺らが案内してやるよ。キミら可愛いし、色々と楽しませてあげるよ」


 男たちはいやらしい目つきで真紀と莉愛のことを舐め回すように見ながら、そんなことを言ってくる。


(嘘でしょ、こんな状況なのにナンパなんて)


 真紀はげんなりとしてしまう。

 今はそれどころではないのに、本当に勘弁してほしい。莉愛の方もそれは同じらしく、眉間にしわを寄せて男たちを睨んでいる。


「遠慮しておくわ。私たち、忙しいの」


「えーいいじゃん。ちょっとくらい付き合ってよ」


 莉愛の言葉など気にも留めず、彼らは真紀たちの前に回り込んできた。


「ちょ、ちょっと本当にやめて」


 真紀は思わず後ずさる。すると男はいきなり手を伸ばし、真紀の腕を掴んだ。


「きゃっ……!」


 予想外の出来事に真紀は悲鳴を上げてしまう。


「何やってんの、離しなさいよ!」


 莉愛が男の腕を掴み返して引きはがそうとするが、相手の力が強くて振りほどけない。


「はいはい、キミの相手はこっちだよ」


 もう一人の男が莉愛の肩を掴んでくる。

 けれど彼らはすぐ、その表情を凍り付かせた。


「おい、この指輪」


 真紀の腕を掴んでいた男が、彼女のしていた指輪を見て顔色を変えた。


「まさか、こいつら手配書の……!」


 男がそう叫ぶ。

 あの手配書には真紀と莉愛の特徴として深淵の民の指輪を付けていることが記されてある。


「えい!」


 莉愛が咄嗟に指輪から杖を取り出して、男たちに電撃を喰らわせた。男たちは悲鳴を上げてその場に倒れこむ。


「逃げるわよ!」


 莉愛は真紀の手を取ると、そのまま走り出した。


「ま、待て!」


 男たちはすぐに追いかけて来た。二人は咄嗟に物陰に隠れたが、いつ見つかるとも限らない。どうしようと二人は頭を悩ませる。

 あの男たちがすぐ近くまで迫っている気配があった。見つかるのも時間の問題かもしれない。


「おいそこのあんた、こっちに女が二人逃げてこなかったか?」


 不意に、そんな声が聞こえた。男たちが近くを通りかかった人物に尋ねているようだ。


「ああ、それなら向こうへ走って行ったよ」


「そうか、ありがとな」


 男たちの足音が遠ざかっていく。

 真紀と莉愛が驚いていると、通りすがりのその人物はこちらに話しかけてきた。


「さぁ、出てきなさい」


 真紀と莉愛は恐る恐る物陰から顔を出す。

 そこにいたのは、自分たちよりもいくつか年上に見える男だった。背が高く、とても綺麗な顔立ちをしている。金色の髪を後方に撫でつけた男は、切れ長の目で二人のことを見つめていた。


「大丈夫かね、お嬢さんたち」


 彼は微笑を浮かべながら尋ねてくる。

 間違いなく、美男子だと思う。声も低くて耳に心地いいし、立ち居振る舞いも洗練されていて紳士的だ。


 にもかかわらず、なぜだか嫌な感じのする人物だった。


「ええ、ありがとうございます」


 お礼を言いながらも、真紀たちは警戒を解かずに相手の様子をうかがっていた。黒っぽいローブを身にまとっており、おそらく魔法使いなのだろう。


「どうして私たちを助けてくれたの?」


 莉愛が問うと、男はふっと口元に笑みを浮かべた。


「困っている女性を助けるのは当然だろう?」


 どうにも胡散臭い男だ。

 莉愛もそう思ったのか、眉根を寄せて彼を見ている。


 それにしてもこの男、どこか見覚えがあるような気がする。というより、聞き覚えのある声をしていると言った方が正しい。

 どこかで会ったことでもあるのだろうか。これだけの美形なら一度会えば忘れるはずがないのだが。


「追われているのだろう。助かりたいのなら着いて来なさい」


 男に促されて、真紀たちはひそひそと相談する。


「どうするの? こいつ、怪しいわよ」


 莉愛が小声で尋ねてくる。真紀もそれは同感だった。

 正直言って、嫌な予感しかしない。彼が漂わせている空気が独特なせいだろう。とにかく得体がしれないのだ。

 なにより、この男とは関わりたくないと本能が告げている。


 だが今は彼の厚意にすがるしかないかもしれない。このまま逃げ続けていてもいずれは捕まるだろうし、今は彼を信じるしかなかった。


「わかりました」


 真紀が答えると莉愛も渋々ながら頷いてみせる。

 男は満足げに微笑むと、背を向けて歩き出した。真紀と莉愛は慌てて彼の後に続く。


「ねえあんた、どこ行くつもり?」


 たまらず莉愛がそう尋ねる。すると男は振り返りもせず答えた。


「黙って歩きなさい。あまり騒ぐとまたさっきのような輩に見つかるぞ」


 真紀たちは仕方なく口をつぐみ、彼の後を着いて行くことにした。

 けれど彼がどんどん人気のない方へと進んでいくものだから、真紀たちは次第に不安を覚えた。


 本当にこの男は自分たちを助けてくれるのだろうか。まさかとは思うが、味方のふりをして油断させたところで、自分たちを捕らえるつもりなのではないだろうか。


「……ていうか、そもそもあんた何者なのよ」


「黙って歩けと言ったはずだが?」


「いいから答えて。あんた、私たちに何をするつもり」


 莉愛が噛みつくように尋ねると、男は足を止めて振り返った。


「私はただ、キミたちを助けたいだけだ。それがそんなにおかしいかね」


「だってあんた怪しいもの」


 莉愛がきっぱりと言い切ると、男は小さく肩をすくめた。ますます胡散臭くて仕方がない。


「やっぱり、信用できない」


 莉愛は真紀の手をぎゅっと握ると、そのまま踵を返して走り出した。


「樋口さん!」


「あんな奴の言うことなんて信用できないわ!」


 莉愛は真紀の腕を引いて、ひたすらに走り続ける。だが二人が路地から抜け出そうとしたその時だった。


「あ、いたぞ!」


 先程の男たちの声がして、二人はぎくりと体を強張らせた。


「もう逃がさねえぞ!」


 男たちがこちらに向かって駆け寄って来る。真紀たちは慌てて引き返そうとしたが、男たちの方が早かった。


「大人しくしろ!」


 真紀と莉愛は男たちに取り押さえられてしまう。必死に抵抗しようとするが、さすがに力の差がありすぎた。


(どうしよう、このままじゃ)


 真紀は泣きそうになりながらも、莉愛の方を見る。彼女もまた絶望に満ちた表情を浮かべていた。

 けれど二人が諦めかけたその時だった。


「ぐわぁッ!」


 突然、真紀たちを取り囲んでいた男二人の体が吹き飛んだ。

 何が起きたのかわからないまま呆然としていると、あの黒ローブの男が悠然と歩いて来た。


「だから言ったではないか、お嬢さんたち」


 男は真紀たちのことを見下ろしながら、口元に笑みを浮かべる。口調そのものは穏やかだが、表情はあまりにも嫌味っぽい。


「て……てめぇ、そいつらの仲間か!」


 男たちの一人が叫ぶ。だがローブの男は無視をした。


「うるさい小蝿どもだな」


 ローブの男は面倒くさそうに言うと、片腕を軽く上げる。

 真紀はその時、男が見覚えのある指輪をしていることに気がついた。血のような赤い石のはめられたその指輪。彼が手を振るうと、そこから魔法使いの杖が出現した。


「な……ッ、お前、まさか深淵の民の……!」


 男たちが動揺する中、ローブの男は杖をひと振りした。途端、光の球が男らに向かって飛んで行く。


「ぐわああッ!」


 男たちは苦悶の声を上げて倒れる。相手が完全に気絶したのを確認し、ローブの男は真紀たちの方へ振り返った。


「これで静かになっただろう。さあ、行こうか」


 男はにこりと微笑んだ。


 ――この男を知っている。何度か会ったことがある。

 これまで彼は仮面をつけていて、素顔を見たことがなかった。だがこの声と、あの指輪を見て確信する。莉愛も同じことを考えていたのか、はっと息を呑んでいた。


(どうしてこの人が、私たちを助けてくれるの?)


 真紀は呆然としながらも、男の顔を見つめるのであった。

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