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60 女神の泉

「どういうことだよ、なんで藤木がいねーんだよ!」


 朝っぱらから隆弘は大声で騒いでいた。

 恵子は部屋から忽然と姿を消していたのだ。それこそ最初は、お手洗いか朝のお散歩に行ったかだと思っていた。

 それなのにいつまで経っても恵子は戻ってこないのだ。


 心配になってみんなであちこち捜したけれど、彼女はどこにも見当たらない。神殿の人たちにも捜索を手伝ってもらったのに、恵子を見つけ出すことはできなかった。


「誘拐、とかじゃないわよね?」


 莉愛が不安げに言う。


「まさか、お前らのせいか!?」


 隆弘は蓮也とエリィに詰め寄った。けれど二人とも首を左右させて否定する。


「そんなわけないでしょー。ていうかむしろ、こういうことが起きないように僕ら気を付けてたつもりなんだけど」


 疑われたことにむかっ腹が立ったのか、蓮也が少し生意気な口調で答える。


「おそらくだけど、深淵の民がやったわけではないわ」


 一方、エリィは冷静な態度でそう答えた。

 だがどちらの回答にも、隆弘は納得がいっていない様子だった。


「そんなの信じられるかよ」


「そう言われてもそれが事実なんだからしょうがないじゃん」


 睨み合う男子二人を、真紀が慌てて止めに入った。


「ちょっと! 言い争っている場合?」


「そうだよ先輩言い争っている場合じゃないよ」


「あんたは黙ってなさい」


 しつこく生意気な口を叩き続けようとする蓮也を、真紀が呆れ顔で叱りつける。

 するとそこへアルベルトがやって来た。


「残念ながら彼女の目撃情報はなかったよ。もしかしたら、この辺りにはもういないのかも」


 その言葉を聞いた途端、隆弘の怒りの矛先はアルベルトの方へ向いた。


「つーか、お前英雄だろ。なんでお前がそばにいたのに、こんなことになってんだ」


「それは、すまなかった」


「謝って済む問題かよ。くそ、マジで役に立たねえな」


 そう言っている隆弘自身も、聖女を守るために女神に選ばれた存在である。本当のところは、自分自身の不甲斐なさが何よりも腹立たしかった。

 だがやりきれない怒りを彼にぶつける以外に、この感情を処理する方法が見つからなかったのだ。


「とにかく、藤木さんを見つけないと」


 隆弘をなだめつつ、莉愛が提案を出す。


「見つけるにしたって手がかりもないんじゃ話にならねーだろ」


「じゃああんたはここで一生そうやって文句言いながら待ってるの?」


「いや、そういうわけじゃねーけど」


 そんな二人の様子を眺めつつ、真紀はエリィに問いかける。


「ねえ、どうにか悪魔……いえ、守護者? の力で、恵子を捜すことはできない?」


「あー例えばわんちゃんに恵子ちゃんの匂いを嗅がせて捜してもらうとか」


 口を挟んで来た蓮也の言葉に、真紀は頷く。


「そ、そう。そんな感じ。それ以外にも、何か不思議な力とかがあるんでしょ」


 姉弟が期待に満ちた目でエリィを見つめる。けれどエリィは難しそうな顔をした。


「そもそも、あれは犬じゃないよ。狼の姿を取っているんだよ」


「ああうん。犬でも狼でもいいからそういうことはできないわけ?」


「私もそう思って、やってみたの」


「やってみたの!?」


 いつの間にそんなことをと蓮也は驚く。


「でも、駄目だった。何かが邪魔をしてケイコの気配を探れなくなっている」


「え、何それどういうこと? もしかして誰かが恵子ちゃんを誘拐して、誰にも探せないような場所に閉じ込めてしまったとか」


 蓮也がふと思い付いたように呟いた。


「そんな」


 真紀はショックを受けるが、蓮也の言葉を引き継ぐようにエリィも答える。


「仮に彼女が自分から出て行ったのだとしても、何者かの思惑があってそうしたのだと思う。どちらにしろ私の力では、彼女を捜索することはできない」


 真紀は落胆してしまう。大切な友人が行方をくらませてしまったのに、何もできないなんて悔しくて仕方がない。

 真紀の頭に、五年前に目の前からいなくなった少女の顔が浮かぶ。明美が消えてしまった時も、胸が張り裂けそうなくらいに悲しかった。

 まさかあの時と同じように、恵子までもがいなくなってしまうのだろうか。


 そう考えた途端、真紀はたまらなく怖くなった。


「……そうだ、もしかしたら」


 何か妙案を思いついたのか、アルベルトが口を開いた。


「一つだけ、あてがあるよ」


「本当かよ? お前の言うことを信じろってのか?」


 隆弘は半信半疑でアルベルトを見つめる。アルベルトは構わずに話を続けた。


「この神殿から更に森の奥へと進んだところに、ある泉があってね。そこは女神の力に満ちていると聞いたことがある。歴代の聖女はみんな、その泉で身体を清めてきたらしい」


「え……お、お前それって」


 何かを想像したらしい隆弘が顔を赤くして、口をもごもごとさせる。


「あんた何考えてるの? いやらしい妄想するんじゃないわよ」


 莉愛が軽蔑の眼差しで隆弘を見た。


「とととにかく、そこに藤木がいるのか?」


「ああ、彼女は女神の力に引き寄せられてそこに導かれた可能性がある」


「よ、よし。じゃあそこ行ってみようぜ」


 隆弘が決断すると、他の仲間たちも頷いた。どうせ他にあてもないのだから、行ってみるしかないだろう。




 一行はさっそく、森の奥にあると言う泉に向かった。

 道中は魔物に出くわすこともなく順調に進んでいくことができた。そしてやがて、森の中にひっそりと広がる美しい泉が見えてきた。


「わぁ……!」


 真紀は思わず感嘆の声を漏らした。水面は透明で澄み渡り、底にある石まではっきりと見えるほどだ。辺りの空気まで神秘的なものに包まれているような気がして真紀はうっとりとした。


「こんな綺麗な場所があったなんて」


 感動のあまり、真紀は胸の前に手を当てる。他のみんなも、その神秘的な景色に見とれているようだ。


「なんて言うのかしら……このまま、吸い込まれちゃいそうというか」


「だよな。けどなんかこう、引き込まれる感じがして。ちょっとこえーというか」


 莉愛と隆弘も、恍惚とした表情で言葉を交わす。このままこの水に沈んだら、心まで浄化されて魂まで消えてなくなってしまうような、そんな気分にさえなってきた。


「ちょ、駄目だよみんな。自分をしっかり持って!」


 蓮也が慌てて呼びかける。その声で、一同ははっと我に返った。


「え? あ、私、何考えてたんだろ」


 真紀は我に返ると、不思議な感覚を振り払うように頭を軽く振る。


「あぶねー。危うく引き込まれちまうところだった」


 隆弘が冷や汗を流しながら呟く。莉愛も大きく息を吐いていた。


「ほんと、なんか変だったわ。どうなってるのよ」


「おそらくはあなたたちが、女神に選ばれた者だからだよ」


 エリィが静かに言葉を発する。


「この泉からは確かに、女神の力を感じる。その力によってあなたたちは一種の催眠状態になりかけていたのよ」


 そんな風に言われても、あまり納得がいかなかった。


「……あなたたちは女神から聖女を守るための力を授かったのでしょう。この泉の魔力に魅了されてしまったのは、その力を体に宿しているからよ」


「いやますますわかんねーよ。なんで女神の力で俺らが洗脳されんだよ」


 隆弘が反論すると、今度は蓮也が答えた。


「女神の力を持っている分、その力に当てられちゃうってことだよ」


「蓮也は、平気なの?」


 真紀が尋ねると蓮也はあっさりと頷いた。


「僕は女神の加護を受けていないからね。巻き込まれてこっちに来たわけだし、姉さんたちとは明確に違うんだ」


「そう、なんだね」


 蓮也は明るい声で言っているが、そのせいで彼はこちらの世界で酷い目に遭ったのだ。真紀は改めて罪悪感を覚えた。


「つーか、藤木はここにいるんじゃなかったのかよ」


 隆弘が不満げな顔で言う。

 恵子は泉に導かれてここに来た、という可能性があるから足を運んだのに、彼女の姿はどこにもない。


「残念だったね香坂先輩。恵子ちゃんの水浴びが見れなくて」


「べべ、別に、そんなこと考えてねーよ!」


「えぇー聖女が身を清める場所だって聞いて、真っ先に恵子ちゃんの裸体を想像したものだとばかり」


「やっぱお前一回ぶん殴ってやろうか」


 男子二人がいつものように喧嘩を始めた。

 いい加減にするようにと莉愛が注意をして、真紀とエリィはやれやれと肩を竦める。


 そんな彼らの様子になど見向きもせずに、アルベルトは泉の前に立ってスッと手をかざした。途端に泉の水面が光り輝き始める。


「え、な、なにこれ」


 真紀は思わず呟くが、アルベルトは何も言わない。ただ目の前の泉を静かに見つめている。そして彼はゆっくりと口を開いた。


「みんな、こっちへ来て」


 アルベルトは穏やかな視線を真紀たちに向けて、手招きをする。

 首を傾げつつも一同は言われた通りに彼の側まで近寄った。けれどその途中で、蓮也とエリィはハッと立ち止まる。


「姉さん、待って!」


 蓮也が鋭い声で真紀を制止する。けれど、遅かった。


「きゃあッ!」


 突然真紀たちの足元が光り輝き始める。わけもわからず混乱している内に、彼女たちは結界のような何かに捕らわれてしまった。


「な、何よこれ!」


「おいテメーどういうことだ!」


 莉愛と隆弘が叫ぶ。アルベルトは表情を変えることなく淡々と答えた。


「キミたちにはしばらくの間、そこにいてもらうよ」


 不穏な調子でアルベルトはそういう。

 蓮也はエリィは咄嗟に杖を取り出すと、同時に行動に出た。二人は杖を振ると、アルベルトに向かって魔法を放った。けれど彼はその攻撃をあっさりとかわしてしまう。


「……キミさ、どういうつもりなの?」


 冷静な声で蓮也が尋ねる。だがアルベルトは答えない。


「やっぱり、ケイコを連れ去ったのはあなたなのね!」


 エリィが厳しい声で言い、アルベルトを睨みつける。

 彼らの会話に真紀たちはついていけていなかった。

 まさか恵子が行方不明になったのは、アルベルトの仕業だったというのか? だが彼は一体なぜそんなことをするのだろう。疑問ばかりが浮かんで来て、混乱してしまう。


「姉さんたちをどうするつもりだ?」


「すぐに解放するよ。ただ、今は少し大人しくしていて欲しい」


 そう言ってアルベルトは魔法の構えを取る。


「待って、恵子は無事なの?」


 真紀が慌てて問いかけるが、やはりアルベルトは答えてくれない。ただ蓮也とエリィの方をじっと睨みつけていた。


「キミたちには、何の恨みもないけれど」


 彼は小さく呟き、魔法を放つ。蓮也は冷静に魔法を撃って彼の攻撃を相殺する。


「ここで僕らを倒すつもり? なら、やってみなよ。英雄の力がどれほどのものなのか、見せてもらおうか」


 蓮也は挑発するように言い、エリィもまた杖をアルベルトに向けたまま、鋭い視線で彼を睨みつけるのであった。

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