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6 魔女の影

「う……ん?」


 目を覚ました時、真紀はどこか知らない場所にいた。


「瀬川さん、大丈夫?」


 すぐ傍から声がして、そちらに目を向ける。

 心配そうな表情をした莉愛がこちらを覗き込んでいた。慌てて起き上がろうとすると頭に鈍痛が走り、真紀は思わず顔をしかめた。


「うぅ……樋口さん、ここは?」


「あのローブの連中の野営地よ」


 言われてここがテントの中だと気付く。

 自分は床に寝かされていたらしく、頭の下には柔らかいクッションが敷かれている。


「ずっと目を開けないから、死んじゃったかと思ったじゃない。まったく」


 莉愛は怒ったように言いながらも、その声には力がない。どうやら内心では真紀が無事に目を覚ましたことを安堵しているみたいだ。

 真紀はふと自分の手首に違和感を覚えた。

 そこには銀色の手枷が嵌められており、莉愛の手首も同じように拘束されている。まるで囚人のような扱いに真紀は眉を寄せた。


「何よこれ」


 そしてテントの入り口へと視線を向けると、そこには見張りが二人も立っていた。彼らは無言で佇んでいるだけだが、その威圧感に真紀は気圧されてしまう。


「あーあ、ほんとさいてー。いきなり異世界に迷い込んで、変な連中に捕まっちゃうんだもんね」


 莉愛はわざとらしく息をつく。


「ねえ、あんたらって何者なの?」


 莉愛は見張りに尋ねるが、彼らは何の反応も示さない。


「無視って酷くない?」


 莉愛が不満げに呟くが、やはり返事はなかった。


「ムカつく」


「もうほっときなって」


 真紀が言うと、莉愛は不満げながらも黙った。

 莉愛が最初に言っていた通り、これは夢か何かではないかと真紀は現実逃避する。

 自分達が別世界から召喚された人間だとか、魔女を倒して世界を救わないと元の世界に帰れないとか。その上あんなよくわからないローブの連中に捕まってしまうなんて、あまりにも荒唐無稽すぎるではないか。

 なにより今は連れて行かれた蓮也のことが気掛かりで仕方がない。

 弟は一体どこへ連れていかれたのか……なぜ自分達がこんな目に遭わなければならないのか。

 真紀の心は不安と焦燥感に支配されていく。


「そういえば、あのエリィって女の子は?」


「知らない。あいつらに逆らっていたみたいだけど、結局私達は捕まっちゃったし。杖も取り上げられちゃった」


 言われてみれば確かに、エリィから貰ったあの不思議な指輪がなくなっていた。


「私達のために彼らを説得しようとしてくれたよね。あの子、無事だといいけど」


「何よ、あの子がそんなに気になるの?」


「そりゃそうだよ。助けになってくれたし」


「ふん」


「樋口さん?」


「あの子、本当に私達の味方なの?」


「疑っててもしょうがないよ」


「へぇ……随分肩を持つのね」


 なぜか莉愛は機嫌が悪そうだ。

 こんな状況だから八つ当たりでもされているのだろうか。真紀はもやっとしてしまうが、言い返す気も起きなかった。

 これからどうなるのだろうか。

 せめて、蓮也が無事でいてくれたらいいのだが。


「う、ぐぅ」


 突然、見張りの男が苦しみだした。

 一体どうしたのかと思ってそちらを向くと、彼らは胸を押さえて倒れ込むところだった。その向こう側には見覚えのある人物が立っている。


「二人とも、大丈夫?」


 そう言ってエリィが駆け寄ってくる。

 心配そうな声音で尋ねながら彼女は真紀達の拘束を解いてくれた。


「助けてくれるの?」


 エリィはこくんと頷いた。

 仮面のせいでその表情は見えないが、声色からは彼女の優しさが伝わってくる。


「ごめんなさい、あなた達をこんな目に遭わせちゃって」


「まったくよ。まぁ……助けてくれるなら、文句はないけど」


 莉愛はぶつくさと言うけれど、言葉とは裏腹にその表情はどこか安心したように緩んでいた。

 エリィはそっと外の様子を伺ってから、真紀達に手招きをする。


「今なら大丈夫。ついて来て」


 促されるまま、真紀達は急いでテントから出た。

 外はすっかり夜になっていて、雲の隙間から月明かりが差し込んでいる。この世界へ来てすぐに雨が降り出してしまったが、幸いにも今は止んでいるようだ。


「あの人達は?」


「眠らせただけ。しばらくすれば起きると思うわ。それより、早くここを離れましょう」


 エリィは真紀達を先導するように歩いていく。

 周囲にはいくつかのテントが並んでいるが、外に見張りの姿は見当たらない。


 そのまましばらく歩いて行くと野営地の隅に出た。そこには少し大きめのテントが建っていて、中には何人かの人影が見える。

 エリィは口元の前に人差し指を持ってくる。

 静かにしていろ、ということなのだろう。


「ここに、レンヤという子が捕らわれているわ」


 真紀は思わず声を上げそうになった。

 そっとテントの傍に近付いて聞き耳を立てると、中から男の声が聞こえてくる。


「――これが異世界から呼び出された人間か。見たところ普通の少年のようだが、あの少女達とは違い女神の忌まわしい力を感じないな」


 どうやらその声の主は、先ほど真紀達が出会ったローブの男らしい。

 真紀は恐る恐るテントの中を覗き込む。そこには気を失ったように倒れている蓮也の姿があり、その周囲をあのローブの連中が取り囲んでいる。


「くれぐれも丁寧に扱うようにと教祖様から仰せつかっている。傷一つ付けようものならば、我々もただでは済まないぞ」


 男はそう言うと蓮也から離れてテントから出ていった。

 他の者達もそれに続き、最後の一人が見張りとしてテントの中に残る。


「今なら、助けられるかも」


 エリィが小声で囁くと、そっとテントの中へと入っていく。そして手際よく見張りを魔法で眠らせると、真紀達に手招きをした。


「蓮也……!」


 真紀は急いで蓮也に駆け寄る。

 呼びかけても返事はないが、胸はゆっくりと上下していて呼吸はしていることがわかる。


「蓮也、蓮也しっかりして」


「……ん、ん」


 何度か呼び掛けると、ようやく反応があった。

 だがまだ意識がはっきりしていないのかぼんやりとした様子でこちらを見上げてくる。


「姉、さん?」


「うん、そうだよ。よかった、無事なんだね」


 真紀はほっと安堵する。


「ここは?」


「あの変な連中のキャンプ地だよ。私達も捕まっちゃったんだ」


「あー……そういや僕、いきなり気絶させられて……それから記憶がないんだよなぁ」


「とりあえず、今はここから逃げないと。立てる?」


 蓮也は小さく頷いて立ち上がるが、ふらりとよろめいてしまう。


「大丈夫?」


「なんとかね。でもちょっとフラつく」


「じゃ、肩貸すよ」


「ありがと」


 そう言って真紀は蓮也に肩を貸して歩き出す。


「こっちよ」


 テントから出てすぐにエリィが森の方へ向かっていき、真紀達もそれに続く。

 辺りの木々は相変わらず陰鬱な雰囲気を放っており、不気味さが一層増していた。


「エリィ、どうして私達を助けてくれるの?」


 森の中を進みながら真紀が尋ねると、エリィは立ち止まることもなく答えてくれた。


「私はね、自分の組織のしていることが正しいとは思えないの。でも、それを止めることもできない。だからせめてあなた達の手助けがしたくて」


「ってゆーか、マジであんた達は何者なの? 魔女と戦っているとか言ってたけど」


 莉愛が苛立ったような口調で言う。


「それを説明するには、時間が足りないわ。ごめんね」


 エリィはそれだけを言ってまた歩みを進める。

 その態度に莉愛はますます不満げな表情を浮かべると、彼女の細い手首を掴んだ。


「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ!」


「ちょっと、樋口さん」


「だってこの子、肝心なことは全然教えてくれないじゃない! それに、謝るのならその不細工な仮面外して人の目を見て謝罪しなさいよ!」


 熱くなる莉愛に対して、エリィは冷静だった。

 掴まれた腕をそっと振りほどくと、彼女は仮面に手をかけてそれを取り外した。


「!」


 現れたのは、思っていたよりも幼い顔立ちの少女だった。

 その年齢は真紀達よりも少し下くらいだろうか。おそらくは十三か、十四歳かその程度……自分達の世界で言えばまだ中学生といったところだ。

 相手が少女であることは理解していたが、こんなにも若いとは思っていなかった。


「本当にごめんなさい。あなた達に迷惑をかけてしまって」


 エリィはフードを外して、月明かりに金髪を晒しながらじっとこちらの目を見据えている。その瞳は深い緑色をしており、吸い込まれてしまいそうなほど綺麗なものだったが、同時にどこか悲しげでもあった。

 莉愛はばつの悪そうな顔でそっぽを向いてしまう。


「……これ、あなた達が持っていて」


 そう言ってエリィが手渡してきたのはあの指輪だった。


「いいの?」


「ええ。きっと、あなたの役に立つはず」


「ありがとう」


 真紀はお礼を告げてから右手の指にしっかりと嵌めた。

 莉愛も渋々と言った様子で指輪を装着し、蓮也はぼんやりとしたまま彼女達のやり取りを眺めている。


「さ、早く行きましょう。ここから離れれば、しばらくは安全だと思うから」


 再びエリィは先頭に立って歩き始める。

 しかし真紀達がその後を追いかけようとした直後のことだ。


「待て!」


 後ろから声が聞こえてきた。

 振り返るとそこにはあの男達の姿があり、彼らは杖を構えてこちらに向かってくる。一同は慌てて走り出すが、あれよあれよという間に包囲されてしまった。


「ちょっと、離してよ!」


 莉愛は必死に暴れるが、力の差は歴然でどうすることもできない。真紀と蓮也も抵抗するが、やはり多勢に無勢で逃げ出すことも叶わない。


「や、やめて! 三人に酷いことをしないで」


「エリィ……いくらキミでも、これ以上のわがままは見過ごせないな」


 男は冷酷な態度のままそう言い放つと、手に持った杖を振り上げようとした。


 ――その時、突然冷たくて嫌な空気が周囲を包み込んだ。

 これには真紀達だけでなく、ローブの集団も驚いたように動きを止める。

 そして次の瞬間、辺りの木々が揺れ始めたかと思うと、凄まじい風と共に何かが空中に現れた。


「あ、あいつは」


 ローブの男達が一斉にどよめき、エリィは顔を蒼白させて甲高い悲鳴を上げた。そこにいた存在に、誰もが恐怖を感じずにはいられなかった。


「あれは、何?」


 真紀は震えながら呟く。

 空中に佇む『それ』は一見すると女性のような姿をしているが、明らかに人間とは異なる存在だとすぐにわかった。

 彼女の長い髪も、肌も、身にまとっているドレスらしき衣服も闇のように真っ黒で、瞳だけが爛々と輝いている。彼女が纏う異様な雰囲気がただならぬものだと真紀は本能的に感じ取っていた。


「あ、ああ……そんな、どうして」


 エリィが呆然とした様子で呟き、ローブの男達がざわめき始める。


「まさか……『魔女の影』がなぜここに!?」


「なにそれ? どういうこと?」


 真紀は聞くが、彼らにはその疑問に答える余裕もないようだった。影のような女性はゆっくりとこちらへ視線を向けると、口元に笑みを浮かべた。

 その微笑に真紀はぞっと背筋が凍るような感覚を覚える。


「危ない!」


 ローブの男達は杖をかかげて結界のような物を展開する。次の瞬間には、真紀達の頭上にいくつもの黒い槍のような物が降り注いできた。


「きゃあああああッ!」


 あまりの衝撃に真紀達は悲鳴を上げた。

 結界のおかげでなんとか助かったものの、攻撃を防ぎきるのは難しいらしく結界は今にも破られそうだ。


「くそっ、このままでは」


 男達が焦りを見せる中、相手の攻撃は勢いを増していく。やがて激しい爆発音とともに炎が吹き荒れると、ついに結界が破壊されてしまった。


「なんて奴だ」


 男が悔しげに言う。

 魔女の影はこちらを嘲るように高笑いをしており、その姿はまるで悪魔そのものに見える。

 ローブの男達は杖を振りかざして巨大な火の玉を放つ。しかし魔女の影はそれを簡単に避けてしまうと、今度は両腕を大振りした。その動作に合わせて無数の黒い矢のようなものが出現して襲いかかってくる。


「ぐあああああぁ!」


 彼らに魔法が叩きつけられるのと同時に、魔女の影は再び腕を振るって闇の塊のような物をいくつも生み出し、それをこちらへと飛ばしてくる。


「嫌あああぁぁぁッ!」


 悲鳴を上げながら真紀は必死に避けようとするが、そのうち何発かをくらってしまう。幸い威力自体はそこまで強くなかったが、それでも全身に強い痛みを感じた。


「うぅ……ッ」


「姉さん、大丈夫?」


 蓮也が声をかけてくる。

 真紀は返事をする力はなかったが、どうにか首を縦に振る。蓮也も苦痛そうに顔を歪めており、あまり動けそうもない様子だった。莉愛に至ってはもう意識がないのかぐったりとしてしまっている。

 絶望的な状況の中、魔女の影と呼ばれていた女が再び攻撃を始める。今度は両手を天に掲げ、空に大きな魔法陣を展開させた。


「まずい、みんな逃げろ!」


 男達が叫ぶと同時に魔法陣が輝き始めた。途端に激しい風が吹き荒れて、真紀達の体が宙に浮かぶ。


「きゃあッ」


「な、なんだこれ!」


 蓮也が驚いていると、魔女の影は楽しげに笑って見せた。真紀は懸命にもがいたが、いくら両手をじたばたさせてもどうすることもできない。


「蓮也ッ!」


 真紀の声が聞こえたのか、蓮也が手を伸ばしてくる。

 だが無情にも彼の手が触れる前に、真紀は上空へと運ばれていく。


「蓮也……蓮也あぁーッ!」


「ねえさああん!」


 蓮也と真紀は互いに手を伸ばすが、届くはずもない。

 魔女の影が勝ち誇ったような高笑いをしたのが耳に届いたのを最後に、真紀は意識を手放した。

 お読みいただきありがとうございます。

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 面白かったら星五つ。そうでなかったら星一つお願いいたします。

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