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59 違和感

 その日は朝から本当にいい天気だった。空気は気持ちよく、太陽の光も心地よい。

 本当に、気持ちの良い朝だった。にもかかわらず真紀の心が沈んでいたのは、昨夜見た、蓮也の態度が原因だ。彼は相変わらず、肝心なことは何も話さない。何かを聞いても、平気だよとか、気にしないでだとか、そんな返事しかもらえない。


 そして今も、彼は飄々とした態度をして、真紀に心配を掛けまいとしている。


『僕も、いつかちゃんと説明するよ。約束する』


 彼はそう言っていたけれど、本当に話してくれる日が来るのだろうか。

 一体、蓮也は何に苦しんでいるのか。何が蓮也を縛り付けているのか。

 説明できないのなら、それでもいい。でも、それを説明できない理由くらいは教えてくれてもいいではないか。

 そんな風にもやっとしたものを、真紀は胸の中に感じていた。


 そして真紀以上にもやっとしたものを抱えている人物が、今この場にはいた。


「ちょっと隆弘、いつまでそんな顔してんのよ」


 いつものように呆れた様子で、莉愛は隆弘に声を掛けている。


「だって、あいつが」


 と、隆弘はアルベルトを睨み付けた。

 アルベルトは大変にこやかな様子で、祈りの間に入ろうとする恵子と何かを話している。

 ようやく次の神殿に辿り着けたというのに、なんだか嫌な空気だった。


 この日の朝、旅の続きをするためにアルベルトの屋敷を発とうとした時、彼が突然「僕も同行するよ」と言い出したのだ。そして隆弘が文句を言うよりも先に、「私が彼に頼んだの」と恵子が微笑みながら語った。

 隆弘は愕然としていた。

 アルベルトの強さはよく知っているから、彼の申し出は真紀たちにとって本当にありがたいことだった。それこそ、彼を一方的にライバル視している隆弘以外からしたらとても都合がよかった。


 それから次の神殿にはすぐに辿り着いた。

 町を旅立ってすぐのところにある、美しく幻想的な森の中。白い大理石で彩られた壮麗な建物が、太陽の光に照らされていた。

 周囲の木々も青々と輝き、鳥たちの囁きが心地よい。木漏れ日が地面を彩り、幻想的な景色が広がっていた。


 これまでよりも神聖な空気を感じ、自然と背筋が伸びてくる。気品あふれる美しい光景が、訪れる旅人たちの心を穏やかに包み込んでいた。


「それじゃあ、行ってくるね」


 やや緊張した表情を見せつつ、恵子は祈りの間へと入っていく。真紀たちはその姿を見送った後、いったん神殿の外へと出た。

 樹木がやさしく揺れ、鳥たちの歌が風に乗って響く中、空気は清らかで澄み切っていた。


「以前、彼女は祈りの邪魔をされたそうだね。でも今回は僕がいるから大丈夫だよ」


 アルベルトが静かにそう口にすると、隆弘が不機嫌さを隠さずに答える。


「俺らじゃあいつのボディーガードとして頼りないってことかよ?」


「そういう意味じゃないよ。でも英雄としては、聖女には安心して役目を果てしてほしいと思っているから」


 隆弘は舌打ちする。


「確かに藤木はお前のこと信頼しているかも知れねーけど。俺らだって女神に選ばれてんだよ。そもそもあいつを守るのは俺らの役目なんだから、あんま出しゃばったりするなよ」


「うん、わかっている。もしもの時は協力し合おうね」


 彼の爽やかな態度が気に食わないのか、隆弘はますます嫌そうな顔をする。


「わー、やっぱりイケメンって中身の方もイケメンなんだなぁ」


 二人の様子を眺めていた蓮也は、いかにものんきな口調で言っている。真紀からの視線に気付かないふりをして、わざと隆弘の方へ注目しているのだろうとすぐにわかった。


「……ねぇ、レンヤ」


 エリィがこそっと蓮也に話し掛けた。


「あの人のこと、どう思う?


 彼女の問いに、蓮也は首を傾げる。


「質問の意図にもよるかなぁ。好みかどうかで言うと、嫌いではないけど交際したいと言うほどでもないし」


「私はそんな意図で質問していない」


 エリィは冷たい眼差しになった。


「ごめんって。つまり、彼が怪しいかそうでないかを聞きたいってことでしょ」


「そう。アルベルトは、何か隠している気がする」


 言って、エリィは警戒に満ちた目でアルベルトの方を見やる。

 彼はいつの間にか隆弘との会話を終えて、神殿の人たちに挨拶をして回っていた。やはり英雄が来てくれるのは神殿の人間にとっても喜ばしいことなのだろう、彼の存在は、神聖な場所に更なる輝きを与えていた。


「ったくよーほんとあいつはよー」


 ぶつくさ言いながら、隆弘は莉愛と一緒に真紀たちの方へとやって来た。


「そんなに嫌なら彼よりも強くなればいいだけでしょ。あんたって藤木さんのこととなるとすぐそういう態度を取るんだから」


 莉愛に文句を言われて、隆弘はしかめっ面になってしまう。


「ねぇ、あなたたちは彼をどう思う?」


 突然エリィに問われ、隆弘と莉愛は不思議そうな顔をする。


「あ? なんだよ急に」


「私はなんとも思ってないわよ。藤木さんはどうかわからないけどね」


 莉愛が意地悪く言うものだから、隆弘はますます顔をしかめた。


「そう言えば、恵子もアルベルトのことを気にしていたよね」


 真紀が思い出して言う。昨日の夜、恵子の真紀に同じことを尋ねて来たのだ。すると隆弘が不機嫌そうに言った。


「どいつもこいつもアルベルトかよ。お前らああいうのが好みなのか?」


 という隆弘の発言に、エリィはジト目になった。さっき蓮也に向けたものよりも、さらに冷たい眼差しである。同じように莉愛もジト目になって隆弘を睨んでいた。


「エリィ的には、アルベルトくんがなんか怪しく見えるんだって」


「え、マジかよお前見る目あるな!」


 蓮也の言葉を聞いて急に手の平を返す隆弘に、莉愛はうんざりとした目になった。


「私には、彼はすごくいい人に思えるよ。多くの人から慕われているし、私たちだって彼には何度も助けられているもの」


 真紀が慎重に答えると、横で蓮也もうんうんと頷いた。


「姉さんの言う通り、実際にいい人だよねー。あんな綺麗なお屋敷にただで泊めてくれたし、彼の優しさには本当に感謝してるよ」


 けれどそこで、蓮也は少しばかり警戒した表情を見せた。


「恵子ちゃんだって、それは理解していると思う。それならなぜ、そんな質問をしてきたのだろうね」


 蓮也は静かに問い掛けてくる。だが、真紀にも彼女の考えはさっぱりわからなかった。

 恵子もエリィも、なぜだかアルベルトを気にしている。それはもちろん異性としてではなく、彼に何か裏があるのではないか、という不思議な予感によるものだろう。


「……少なくとも、ケイコは彼に恋愛感情を抱いてはいないはずよ」


 隆弘を見上げながらエリィは言う。その眼差しは容赦なく隆弘を刺している。


「な、なんだよその目は」


「あなたが一番気にしているのはその部分でしょう?」


 短く答え、エリィは彼から視線を外す。隆弘は何か言いたげな目でエリィを見ていた。何も言わなかったのは、横にいる莉愛の反応を気にしてのことだろう。さすがにこれ以上、莉愛から睨まれるのは嫌だったようだ。


「もういいや、いこーぜ莉愛」


 と言って、隆弘はどこかに歩いていく。


「あ、こら待ちなさい」


 勝手に行ってしまう隆弘を、莉愛が呆れながら追いかける。


 残された三人は、退屈しのぎに神殿の周囲を少しお散歩することにした。

 風がそよぎ、木々がざわめき、小さな生き物たちの鳴き声が聞こえる。足元には綺麗な花が咲き誇り、光が差し込むと地面がキラキラと輝く光景が広がっている。


 ――それから数時間が経過した。

 これまで、祈りには時間がかかっていた。けれどさすがにこの行為に慣れたのか、恵子は今までよりも早く祈りを終えて神殿の広間に戻って来た。


「お待たせ。今回も無事に終わったよ」


 恵子は穏やかに微笑んだ。

 これまでは祈りを終えた後はふらふらしていたのだが、今回はいつもより顔色もよく、しっかりと自分の足で歩けている。


「お疲れ様。大丈夫だった?」


 心配になって問いかける真紀に、恵子はこくんと頷く。


「ありがとう。私は大丈夫だから、心配しないで」


 本人の言っている通り、恵子の表情には余裕があるように見えた。恵子の様子に、一行はホッと胸をなでおろした。特に隆弘は彼女のことが気掛かりだったのか安堵の笑みを浮かべている。


「ならよかった。この調子で残りも終わらせちまおうぜ」


「うん。そうだね」


 彼らの間に和やかな空気が流れた。

 真紀は安堵しつつ、仲間たちの様子を眺めた。


(……あれ?)


 真紀は首を傾げる。

 気のせいだろうか、アルベルトが恵子を見る際に意味深な表情を浮かべているように見えた。けれどすぐ、彼はこちらの視線に気が付いて優しく微笑んだ。


「どうしたの?」


「ううん。なんでもないよ」


 真紀は咄嗟に誤魔化した。今のは、気のせいだったのだろうか。

 次に真紀は恵子の方へ視線を向ける。彼女はいつものように、穏やかに微笑んでいる。だけどその眼差しに、どうしてだか違和感を覚えてしまった。

 彼女の瞳は、まるで夢を見ているかのように静かでぼんやりとした光を湛えていた。


 祈りの後だから、つかれてぼんやりしているのだろうか。

 きっとそうだろうと思い、真紀は胸の中に芽生えた言い知れない不安を押し殺した。


 ――だけど、それは決して無視してはいけない物だった。

 そのことに真紀が気付いたのは、一夜を神殿で過ごし、朝を迎えてからだった。


 恵子は、忽然と姿を消してしまったのだ。

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