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55 魔物との対峙

 アルベルトたちがそこへ駆けつけた時、蓮也が一人で魔物と対峙していた。


「これは」


 アルベルトは愕然とする。そこにいた存在に、隆弘とエリィも目を丸くしていた。


「なんだ、こいつ?」


 隆弘は怪訝顔で、魔物を見つめた。

 そいつは半透明なゼリー状の体をしており、ふわふわと空中に浮いている。大きさは三メートルはあるだろうか。体の中心に青い光が揺らめいており、なんだか不気味な気配が感じられた。


「でかくて空飛ぶ……スライム?」


 隆弘が首を傾げていると、蓮也がこちらを振り返った。


「先輩たちやっと来たぁ! 遅いよ!」


 彼は安堵したような笑顔で言う。


「つーかなんだよあれ? もしかしてこいつがこの森に出るって言う例の魔物かよ」


「恐らくそうだ。けど」


 アルベルトは魔物を観察する。巨大なスライムは体をぶるんと震わせると、光弾のような攻撃を放った。


「あっぶね」


 間一髪で攻撃を避けた隆弘は、素早く剣を取り出して相手に斬りかかった。彼の剣は魔物の体に突き刺さったが、しかしすぐにするりと抜けてしまう。


「こいつ、まるで手応えがねえぞ」


 隆弘は舌打ちすると、一旦間合いを取った。その間にエリィも杖を振って魔法を放つ。だがそれも魔物の体にぶつかると弾けて消えてしまった。


「そんな、全然効いていない」


 エリィは驚いたように言う。アルベルトも苦い表情で魔物を見上げた。


「これは厄介だな」


「そうなんだよー。僕もさっきから色々と攻撃してるんだけど、全然効かなくってさぁ」


 と、蓮也が言い終わる前にスライムが攻撃を仕掛けてきた。彼らは素早く散開して攻撃を避ける。


「で、どうすんだよ?」


 隆弘はアルベルトに問いかける。


「こいつは普通の魔物ではない。強力な魔力のかたまりとでも言うべきか。とにかく、一筋縄ではいかないようだ」


「あーもう! めんどくせえな!」


 隆弘は苛立った様子で叫ぶ。エリィも杖を握りしめたまま険しい顔をしていると、魔物の体から魔力の霧が発生し始めた。


「あ、やばい! みんな、これやばいから気を付けて!」


 蓮也が三人に呼び掛けた。魔物の体から発せられた霧が一同を包み込むように広がっていく。


「おい、この霧はなんだ? 毒ガスかよ」


 隆弘は焦って周囲を見回すが、次の瞬間には体から力がぬけていくような感覚に襲われた。


「な、なんだこれ」


 隆弘は膝を折ってその場に崩れ落ちる。彼と同じ感覚に襲われたのか、エリィもその場にうずくまってしまった。


「くっ……」


 アルベルトもまた、地面に膝をついて額に汗を滲ませる。


「ああー言ってるそばからー」


 蓮也はあたふたとしながら、アルベルトの顔を覗き込む。彼は額を手で押さえて苦しそうに顔を歪めていた。彼も他のみんなと同じように、体に力が入らないようだ。


「なんだ、これは?」


「たぶんあの魔物、幻覚を見せる力があるんだよ」


「幻覚……なるほど」


 アルベルトは冷静に答えると、そのまま目を閉じた。


「え、ちょっと、アルベルトくん?」


 蓮也は慌てて声をかけるが、彼は返事をしない。彼も幻覚にとらわれてしまったのだろうかと、蓮也は心配になった。

 けれどそれは杞憂だったようで、アルベルトはすぐにぱちりと目を開けた。


「キミは大丈夫なのか?」


「え? うん」


 蓮也は戸惑いながらも返事をした。アルベルトは頭を横に振って意識をはっきりさせると、立ち上がって魔物の方を見た。

 宙に浮く巨大なスライムは、そのままふよふよとどこかへ移動しようとしている。


「逃がさないぞ」


 アルベルトは手に魔力を集中させると、いくつもの風の刃を魔物に向かって放った。スライムの体はあっさりと切り裂かれ、その場に崩れ落ちていく。


「わぁ、すごいね」


「いやぁ、それほどでもないよ」


「謙遜することないって。それに、幻覚からも自力で抜け出しちゃったわけだし。英雄って呼ばれるのも納得だよ」


 蓮也は目を輝かせてアルベルトを褒めちぎる。彼も満更でもなさそうな様子で「照れるなぁ」とか言っている。

 けれど、倒したはずのスライムの体が再生を始めていることに気が付き、二人は息を呑んだ。


「やはり一筋縄ではいかないようだ」


 アルベルトは苦い表情になる。

 だがスライムが再びこちらへ向かってくることはなく、そのまま森の奥へと消えていく。


「僕はあいつを追う! キミはみんなのことを頼む!」


 それだけ言い残してアルベルトは走って行ってしまう。


「あー、うん。気を付けてねー」


 蓮也は手を振りながらアルベルトを見送ると、視線を四人の方へと向けた。


「さて、どうするかなぁ」


 蓮也は困り果てて頭をかく。姉も莉愛も未だに放心状態だし、隆弘とエリィも地面に座り込んでしまった。

 とりあえず、一番近くにいた隆弘に話し掛けてみる。


「香坂先輩しっかりして」


 蓮也が肩に手を置いて揺さぶるが、彼はぼんやりとした眼差しで蓮也のことを見ただけだった。


「せんぱーい」


 呼び掛けながら、頭をぺちぺちと叩いてみる。すると彼は虚ろな表情でぼんやりと呟いた。


「恵子……綺麗だよ……」


「うわー恵子ちゃんの幻見てるの?」


 蓮也は呆れながら隆弘を軽く蹴りつけてみたり頬をつねったりしてみたが、彼はされるがままで反応がない。これは重症だ。


「ねー先輩起きてよー。いや、これ起きている状況と考えていいのかな」


 蓮也が途方に暮れていると、恵子の幻を見ていると思しき隆弘は妙なことを口走り始める。


「なぁ恵子、実は俺……ずっと、お前のことを」


「先輩、そういうことはちゃんと本人に言ってあげた方がいいと思うよ?」


 という蓮也の言葉も聞こえていないらしく、隆弘は一方的に話し続ける。


「お前の笑顔を見る度に胸が苦しくなって……どうしようもないくらい、愛しい気持ちになるんだ」


 隆弘はうわ言のように呟きながら恵子の幻に縋る。なんだか面倒臭くなっていると、やがて隆弘は彼女の幻影を抱きしめるような仕草を見せ始めた。


「嬉しいぜ! 俺たち両想いだったんだな!」


 隆弘は感極まった様子で叫ぶ。どうやら幻の中の彼は無事に告白成功したらしい。


「俺がお前を幸せにしてやる!」


「だからそういうのは本人に言いなよ!」


 とうとう蓮也は痺れを切らし、隆弘に向けて杖を構えていた。


「かなり痛いけど我慢してね」


 そう言って蓮也は魔法を放つ。直撃を受けた隆弘は「ぎゃー!」と叫んで飛び起きた。


「はっ、俺は何を?」


 彼は頭を振って今の状況を把握しようとしている。蓮也は苦笑して彼に声をかけた。


「先輩、大丈夫?」


「あ、今のはてめーの仕業かよ!」


「せっかく起こしてあげたのに酷い言いぐさだなぁ。まあそっちからしたらせっかく恵子ちゃんに告白できたのに邪魔されて不服だろうけど」


「はぁ!? なな、何言ってんだよ! なんで俺が、藤木なんか」


 隆弘は顔を赤くして動揺し始める。相変わらずのわかりやすさに蓮也が噴き出すと、彼はさらに怒り出した。


「ぶっ飛ばすぞコラ!」


「それだけ元気があるのならもう安心だね」


 蓮也は悪戯っぽく笑う。隆弘は舌打ちしながら立ち上がってズボンの埃を払った。


「……で、何があったんだ?」


「覚えてない? さっきのスライムみたいな奴に幻覚を見せられてたんだ」


 そう言って、彼はまだ幻に囚われている仲間の方を見る。


「莉愛!」


 隆弘は莉愛のもとへ駆け寄ると、彼女の体を揺さぶった。


「おい、しっかりしろ! 大丈夫か?」


 彼は軽く頬を叩きながら莉愛に呼び掛けている。とりあえず彼女のことは隆弘に任せて、蓮也はエリィの方へ近づいた。


「ほら、エリィ。そろそろキミも正気に戻って」


 エリィの肩を揺さぶりながら蓮也は優しく問いかける。だがエリィはどこか悲し気な表情のまま遠くを見ているだけだ。


「……」


「ん、なに?」


 エリィがぼそぼそと何かを呟いたような気がして、蓮也は彼女の口元に耳を寄せる。するとエリィは、小さな声で囁いた。


「お……とう、さん」


「!」


「信じてたよ、お父さん……また、一緒に……」


 彼女の目にはうっすらと涙がにじんでいた。蓮也はかける言葉が見つからず、ただ彼女を見つめることしかできない。


「エリィ」


 蓮也はそっと彼女の手を握った。エリィはぼんやりとした瞳で蓮也のことを見つめ返すが、やはり何も反応してくれない。


「……エリィ」


 もう一度、蓮也は呼び掛ける。


「起きなさい、エリィ」


 その声は冷たくて、威圧感と畏怖を感じさせる響きを孕んでいた。


「!」


 エリィはびくりと体を震わせて目を見開くと、慌てた様子で蓮也と距離を取った。それから怯えた表情で後ずさりをするが、すぐに樹木に背中が当たって動けなくなる。


「あ……っ、レンヤ……あなた……」


 青ざめながらエリィはこちらを見つめてくる。先程自分の口から出てきた言葉に、蓮也自身も動揺していた。


「あ、うん。おはよう?」


 戸惑いながら挨拶すると、エリィは唇を震わせながらもこくんと頷く。


「一体何があったの?」


「さっきの魔物のせいで幻を見ていたんだよ」


「幻……そっか、そうだよね」


 エリィはどこか寂し気な様子で呟いた。

 すぐそばには、真紀と莉愛がいまだに幻に惑わされている。隆弘は莉愛を正気に戻そうと懸命に声をかけている。


「おい莉愛、聞こえるか? おーい」


「だめ、だめ……このままじゃ、だめ。みんなに知られる、みんなに気付かれる……私、どうしたら」


 莉愛は涙声で呟きながら首を横に振るばかりだ。


「っ、莉愛」


 隆弘は苦々しい表情を浮かべると、力強く莉愛を抱きしめた。


「落ち着け莉愛、大丈夫だ」


 隆弘は莉愛の背中をさすりながら言い聞かせるように告げる。


「俺が守ってやる、何があっても俺だけはお前の味方だ!」


 隆弘の言葉に、莉愛はぴくりと反応する。やがて彼女はゆっくりと顔を上げた。


「隆弘?」


 それまでの虚ろな表情が嘘のように消え去り、莉愛はしっかりとした目で隆弘を見つめていた。


「莉愛、気が付いたか?」


「隆弘? 私、何をして……?」


 莉愛は不思議そうに首を傾げる。


「お前はずっと幻を見ていたんだよ」


「……ああ、そうだったんだ」


 莉愛はまだぼんやりとしているようだが、正気に戻ったようだ。蓮也もほっと胸を撫で下ろした。


「あとは姉さんだけだね。けど」


 蓮也はアルベルトが走って行った方を見る。


「アルベルトくん、無事かなぁ」


「そういやあいつどうしたんだ?」


「アルベルトくんなら、さっき魔物を追っていったよ」


「あいつ一人で大丈夫なのかよ?」


「へー、心配するなんて優しいところもあるんだねぇ」


「お前はいちいち俺をからかわないと気が済まないのかよ」


 さすがに怒るのも面倒になってきたらしく、隆弘は呆れ顔だ。


「いくら彼が英雄とは言えさすがに一人じゃ心配だし、僕が様子を見に行くよ」


「あ? 瀬川を放って行くのかよ?」


「どうも僕はあの魔物の幻に抵抗力があるみたいなんだよね。だからみんなより早く幻から抜け出せたわけだし」


「どういう理屈かはわかんねーけど、俺もついてくぜ。なんかお前らだけに活躍されるのはムカつく」


 隆弘がそう言い、エリィもそれに続くように立ち上がった。


「レンヤが行くのなら私も同行するよ」


「よし。それじゃあ樋口先輩は姉さんのことをお願いね」


「えっ?」


 と、驚く莉愛を置いて三人はさっさとアルベルトを追いかけていく。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


「お前はそいつのそばにいてやれ!」


 隆弘が叫び、そのまま走り去ってしまう。残された莉愛は呆然とその背中を見送っていたが、やがて真紀の方へ視線を向けた。


「まったく! 私一人に瀬川さんの面倒見ろってわけ?」


 ぶつぶつ文句を言いながら、莉愛は真紀に呼び掛ける。


「ほら、しっかりしなさい瀬川さん!」


 軽く揺さぶってみても、こちらの声は彼女に届いていないらしい。真紀はうっとりとした眼差しをしながら、ここではないどこかを見ているようだ。


「もう、明美ったら」


 幸せそうな真紀の顔を見て、莉愛は歯痒い思いでいっぱいになる。


「……誰なのよ、明美って」


 莉愛の呟きは誰の耳にも届かないまま、森の中にひっそりと消えていくのであった。

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