49 気になる存在
真紀達は豪華な食事をごちそうになり、ふかふかのベッドでぐっすりと眠った。それから翌日にはアルベルトの好意で用意してもらった綺麗な服を身にまとい、みんなで町へと出かけて行った。
町の人々は快く真紀達を迎えてくれた。特に聖女である恵子は大人気で、握手を求められたり話しかけられたりと大変そうだった。
そんな彼女の側で、隆弘はいつものように番犬のごとく睨みをきかせている。
「あいつ、ほんと相変わらずなんだから」
莉愛はそう言ってぎろりと隆弘を睨んでいたが、それからすぐに一人でどこかへ行ってしまった。
真紀は蓮也やエリィと一緒に町を見て回ったのだが、途中でエリィがふらりと図書館に立ち寄ったまま帰ってこなくなってしまったので、仕方なく蓮也と二人で町を散策することにした。
「エリィは静かな場所が好きなんだって。一人でゆっくり過ごしたいんだと思うよ」
蓮也がそう言うのだから、そうなのだろう。
二人は話しながら通りをのんびりと歩いていく。この町の景色はどこもかしこも幻想的なもので、まるで映画の世界にでも入り込んだかのような気持ちになる。
「ねぇ、蓮也」
「ん?」
真紀は隣を歩く蓮也に声をかける。
「この前の、魔女の影との戦いの時のことなんだけど」
蓮也は緊張した様子で真紀の顔を見る。
真紀は先日の出来事を思い返しながら言葉を続けた。
「あの時は本当に、ごめん。明美のことを思い出しちゃって……それで私」
「謝らなくていいよ。明美ちゃんは姉さんにとって大切な相手だったもん。仕方ないよ」
蓮也は穏やかな様子で真紀に笑いかけた。彼の優しい言葉に、真紀はかえって胸が痛くなってしまう。あの後自分は気絶してしまい、丸一日以上も眠っていたのだ。その間、仲間達には随分心配をかけてしまった。
それでも蓮也は、こうして真紀を気遣ってくれる。
彼は唯一、真紀の事情を全て理解してくれている人物だ。だからこそ、真紀は余計に申し訳ない気持ちになってしまうのだが。
「そんな顔しないでよ。僕ら、血を分けた姉弟だよ」
明るく笑いながら言う蓮也に、真紀は弱々しく頷いた。
「……そういえば、あんたの方は大丈夫なの?」
問いの意味がわからなかったのか、蓮也は首を傾げた。
「ほら、あんたあの戦いの時にいきなり苦しみだしたでしょ」
「ああ。あれね」
蓮也は苦笑いを浮かべた。
「今はもう大丈夫だよ」
「どうして急にあんなことになったの?」
「それは……前にも言った通り、魔法を使い過ぎたせいで疲れちゃっただけで」
「本当にそれだけなの?」
真紀は真っ直ぐに蓮也の目を見つめる。蓮也はしばらく黙り込んでいたが、よほど言いづらいことでもあるのか、やがてゆっくりと首を横に振った。
「聞かないでほしい」
「えぇ? どうしてあんたはいつもそうなのよ」
「それは、ごめん。でも今は話せないんだ」
蓮也は申し訳なさそうに言う。そんな暗い顔で言われてしまっては、これ以上追求することもできないではないか。
「はぁ、わかったよ」
真紀は仕方なく引き下がることにした。
安心したように蓮也は微笑む。だがその表情の裏に、何か隠していることがあるのは明らかだった。
一体弟は、何を抱え込んでいるのだろう。
その後も真紀達は町の散策を続けようと通りを歩いたが、途中で女性の悲鳴が聞こえてきた。
「今の声は」
蓮也が緊張した様子で言う。まさか、魔物が現れたのだろうか。
二人は大急ぎで声のした方へと走り出した。
騒ぎの元はすぐにわかった。
通りの真ん中で、一人の少女が倒れていたのだ。その傍らにいる少年が必死の形相で彼女に呼びかけている。
「おい藤木、しっかりしろ!」
それは香坂隆弘だった。
真紀達は驚いて彼の元へ駆け寄る。倒れているのは恵子だったのだ。彼女は苦しそうな表情を浮かべており、額にはびっしりと脂汗をかいていた。
「恵子!? 一体どうしたの?」
「わかんねぇよ! いきなり倒れちまったんだ」
真紀の問いに隆弘は叫ぶように答える。騒ぎを聞きつけたのかそこに莉愛とエリィも駆けつけてきた。
「ちょっと、何があったのよ?」
莉愛が険しい声音で問いかけると、隆弘は苛立ち混じりに舌打ちをした。
「藤木がいきなり倒れたんだよ。さっきまでは元気そうだったのに」
恵子は荒い呼吸をして苦しそうな表情をしている。とてもじゃないが、ただ事ではない様子だった。
「――とにかく、彼女を屋敷へ運ぼう」
そう提案を出したのはエリィだった。彼女は冷静に恵子の様態を観察している。
「あ、ああ。そうだな。おい、立てるか?」
隆弘は恵子に肩を貸して立ち上がらせた。
「あ……ごめんね……」
「いいから」
隆弘はぶっきらぼうな態度ながらも、しっかりと恵子を支えて歩き出した。真紀達も彼に続いて、アルベルトの屋敷へと戻っていった。
恵子は屋敷の一室に運ばれた。
すぐに医者が来てくれたおかげで、今はだいぶ落ち着いているようだった。
「ごめんねみんな。心配かけちゃって」
ベッドに横たわった恵子は、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ううん、気にしないで。それより本当に大丈夫なの?」
恵子は弱々しく笑った。
「うん……ただちょっと、疲れちゃっただけだから」
「本当にただ疲れただけ? 何か、悪い病気とかじゃないよね」
真紀が問いかけると、恵子は静かに頷いた。
「心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だよ」
恵子は笑顔を浮かべたが、どこか無理をしているように見えた。そこへアルベルトが心配そうに顔を覗かせた。
「どうかな、もう平気かい?」
「うん。ありがとうアルベルトくん」
恵子が微笑みを返すと、アルベルトはホッとした表情を浮かべた。
「キミに何かあったらどうしようかと思ったよ。今日はゆっくり休んでね」
「うん、そうする。じゃあみんなも、今日はありがとう」
恵子は一同を安心させるように笑い掛けた。
今日のところは彼女の言う通り、ゆっくり休ませてやるべきだろう。
真紀達は恵子の部屋を後にしたが、やはり彼女のことは少し気掛かりではあった。特に隆弘は彼女のことが心配でたまらないらしく、落ち着きを無くしている。
「くそっ……俺がもっとしっかりしていれば」
「もう、ちょっとは落ち着いたらどうなの?」
苛立った様子の莉愛が声を上げると、隆弘はますます苛立ちを募らせた。
「大丈夫、彼女はきっとすぐに良くなるよ」
アルベルトが穏やかな口調で言うと、隆弘は彼を睨み付けた。
「お前に藤木の何がわかんだよ!」
「えぇ……そんなことを言われても」
アルベルトは苦笑いを浮かべ、隆弘は不機嫌そうに彼から顔を背けた。その様子を眺めていたエリィは、ふと何かを思いついたように口を開く。
「もしかして、タカヒロはケイコに好意が?」
「なっ!」
隆弘は顔を赤くし、慌てた様子で反論する。
「べべべ、別にそういうのじゃねーよ!」
「そうなの? なら、良かった」
と言ったのはアルベルトだった。
まさかの返答に隆弘は面食らった様子で目を丸くしている。隆弘だけでなく、真紀も莉愛も思わずぽかんとしてしまった。
「うわー豆鉄砲食らった鳩が一斉に誕生したよ。なかなか貴重な絵面だね」
なぜか感心した様子で蓮也がマイペースに呟く。
みんなから注目されてしまった為か、アルベルトは照れ笑いをしながら頬をかいた。
「えっと、ごめん。変なこと言って」
「お……おいてめぇ! まさか、藤木のことを!?」
わなわな震えながら隆弘は問いかける。アルベルトはやはり照れ笑いを浮かべながら、こくりと小さく頷いた。
「このだけの話……彼女は、気になる存在なんだ」
隆弘は絶句してしまい、彼の様子を莉愛が相変わらずの呆れ顔で眺める。
真紀はふと蓮也の方へ視線を向けた。こういう時、蓮也は面白がって茶々を入れたりするのだが、なぜか今は真面目な表情を浮かべてじっとアルベルトの方を見つめていた。
「どうしたの、蓮也」
声をかけると彼は何事もなかったかのように真紀の方へ視線を向けた。
「ううん、何でもないよ」
そう言って蓮也はへらりと微笑む。真紀は不審に思ったが、すぐに彼は疲れたからと言ってその場から立ち去ってしまった。
結局その日は他にすることもなく、それぞれ部屋で休むことになった。




