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48 英雄のいる町

 ゆっくり休んだおかげで真紀の体力もだいぶ回復した。

 それからすぐに旅を再開させ、一行は次の町へ向けて出発することになった。幸い天候にも恵まれて、馬車の旅は順調に進んでいる。


「体調はもう大丈夫なの?」


 馬車に揺られながら、莉愛が真紀に問いかけてきた。


「うん。もうすっかり大丈夫だよ」


「そう」


 彼女は素っ気なく言うと、窓の外へと視線を向ける。相変わらずツンツンしているが、その表情にはどこか安堵の色が見えた。


「そういえば、次の町は英雄の故郷だって聞いたよ」


 蓮也が思い出したように呟く。


「英雄って、アルベルトくんのこと?」


 恵子が期待に満ちた目をする一方、隆弘はつまらなそうな表情を浮かべた。


「あいつの地元かよ。なんか気が乗らねーな」


「……あなたたち、彼と知り合いなの?」


 エリィが不思議そうに聞いてくる。


「僕が姉さんたちと合流するより先に、一緒に旅をしていたんだって」


「へぇ……そうだったのね」


 なぜか意味ありげな様子でエリィは頷いた。彼女も英雄について何かしら知っているのだろうか。


「もし彼が故郷へ帰っているのなら、会えるといいな」


 恵子の言葉に真紀も同意する。

 アルベルトとは、たいした挨拶もできないまま別れてしまった。また会えるのであれば、是非とも挨拶しておきたい。


 それからほどなくして、一行はその町へとたどり着いた。


「うわぁ……綺麗な町」


 馬車から降りてすぐ、真紀は感嘆の声を漏らしていた。

 そこは木々に囲まれた緑豊かな町で、至る所に花が植えられている。それだけなら絵本の中に出てくるようなのどかな風景なのだが、その町の植物はみんな淡い輝きを放っていた。どうやらそれらは魔力を帯びているらしく、町全体が不思議な雰囲気に包まれており、なんだか幻想的な気分になった。

 旅人が多く訪れるのか、町は活気に満ちている。多くの露店が立ち並び、観光客で賑わっていた。


「こんなに素敵な町があるなんて知らなかったよ」


 真紀はうっとりとした表情で呟く。

 きっと蓮也ならこういう場所に興味を持って大はしゃぎをするだろう。そう思って視線を向けてみたところ、いつの間にか隣から彼の姿は消えていた。


「あれ、蓮也は?」


 辺りを見回すと、彼は少し離れたところで露店の店主と会話していた。


「あんた何やってんのよ?」


「見ての通り情報収集だよ。今ちょうどこの町に英雄が帰ってきているって」


「そうなんだ。じゃあもしかしたらアルベルトくんに会えるかも!」


 嬉しそうに恵子が言うと、隆弘はやはり面白くなさそうに舌打ちをした。


「いいからさっさと宿を探すぞ」


「はいはい」


 隆弘が露骨に苛立っているのを察し、莉愛は面倒くさそうに返事をした。一行は宿を探していたのだが、途中で立ち寄った町の広場でふと足を止めた。


「ねぇ、あれを見て」


 恵子がある物を指さした。

 広場の中心に大きな像が建っており、その周囲に多くの見物客が集まっている。それは男性の形をした銅像で、立派な剣を手にして堂々と立っている。


「英雄アルベルトの像……だってさ」


 像の台座に刻まれた文字を読み上げながら、蓮也は興味深そうに呟く。


「アルベルトくんってもっとこう、王子様みたいな感じの人かと思ったけど、なんかイメージと違うっていうか」


 蓮也は像の容姿を見ながら首を傾げている。彼に倣って像の顔を見上げていた真紀たちも、つい怪訝顔になってしまう。


「この人……アルベルトくんじゃない、よね?」


 恵子が戸惑ったような声を出す。

 確かに、その顔には見覚えがない。自分たちの知っているアルベルトはもっと若い青年だったはずだ。だがその像は三十代くらいに見える男性で、どちらかというと武骨な面持ちをしていた。


「本当だ。あいつじゃねーな」


「あんたもそう思う?」


 隆弘と莉愛も同意する。


「この人は先代の英雄だね」


 それまで黙っていたエリィが口を開いた。


「この像の人は、あなたたちの知っているアルベルトの父親だよ」


 なるほどそうだったのかと真紀も納得をする。けれどすぐに次の疑問が湧いてきた。親子なのに、二人とも同じ名前なのはどうしてだろうと。


「そこのお若い方々」


 不意に後ろから声をかけられた。振り返ると、白髪交じりの頭をした初老の男性が立っていた。男性は立派な白髭を生やしており、温和そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。


「あなた方は、聖女様ご一行ではありませんか?」


 恵子が驚きに目を見開く。

 困惑する一同をよそに、男性はさらに話を続けた。


「突然声をかけてしまい申し訳ありません。異世界より聖女様が召喚されたとの噂を耳にしましたので、もしやと思い声をかけさせて頂きました」


 確かに、聖女が召喚されたという噂は広まっているかもしれない。だがどうしてそれが恵子のことだとわかったのだろう。


「失礼ですがあなたは?」


 真紀が問いかけると、男性はにっこりと笑った。


「申し遅れましたな。私はアルベルト様の使いの者でございます」


「アルベルトくんの?」


 思わぬ人物の登場に、一同は驚く。


「左様でございます。私はアルベルト様の命で、あなた方のお迎えに上がりました。ぜひとも我が主人の屋敷までご足労願いたいのですが、よろしいですかな?」


「あ、はい。もちろんです」


 代表して恵子が返事をすると、男性は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。それではこちらへどうぞ」


 男性は踵を返して歩き出す。真紀たち一行は戸惑いながらもその後をついていくことにした。


 町の大通りをしばらく歩いていくと、やがて美しい屋敷が見えてきた。

 門の中へ入ると噴水の周りに綺麗な花壇があり、色とりどりの花が咲き誇っている。それらの植物も、やはり淡い光をたたえている。

 一行がその光景に見惚れていると、屋敷の方から一人の若者が駆けてきた。


「みんな、来てくれたんだね!」


 こちらの姿を見るなり、若者が嬉しそうな声を上げる。以前会った時と変わりない、短い黒髪に、切れ長の黒い瞳。優しそうな雰囲気もそのままで、違っているとすれば服装くらいだろうか。

 真紀たちと旅をしていた頃は黒い外套の下に銀色の鎧を身に着けていたが、今は清潔そうなシャツにベスト、ズボンという格好をしている。


「アルベルトくん!」


 恵子が嬉しそうに駆け寄った。


「よかった、元気そうで」


「うん。キミたちも変わりないようでなによりだ」


 再会を喜ぶ恵子とアルベルトだが、すぐに隆弘が仏頂面で二人の間に割って入った。


「つーか、お前なんで俺らがこの町にいるってわかったんだよ」


 アルベルトは相変わらず穏やか笑みを浮かべながら答える。


「キミたちからしたらあまりピンとこないかも知れないけど、聖女の力を感じたからね」


「聖女の力?」


 隆弘が怪訝そうな表情を浮かべる。


「うん。波動と言うか、気配とでも言えばいいのかな? 口で説明するのは難しいんだけど……そういう力を感じたから、キミたちがこの町に立ち寄ったのかと思って迎えをやったんだ」


 彼はそう言うと、今度は蓮也とエリィの方へと視線を向けた。


「ところでそっちは、初めて見る顔だね。それに、その指輪」


 言いながら彼は二人の指に嵌められた指輪を見つめる。


「……色々と、事情があるみたいだね」


 何かを察した様子でアルベルトは呟く。だがそれ以上は問い詰めることはせず、彼は穏やかに微笑んだ。


「立ち話もなんだから、屋敷の中へおいでよ。色々と話したいこともあるし」


 そうアルベルトに促され、一行は屋敷へと足を踏み入れた。

 通された部屋は広くて豪華な部屋だった。ふかふかのソファに腰掛けながら、真紀は部屋の中を見渡す。壁には立派な絵画が飾られており、ガラス細工の置物なんかも飾られていて、どれも質の良さそうなものばかりだ。


「キミたちをこの屋敷に迎えることができて光栄だよ。ゆっくりしていってね」


「うん。僕も英雄と会うことができてとても嬉しいよ」


 そう言って蓮也は彼に握手を求め、朗らかな様子でアルベルトもそれに応えていた。けれどすぐに彼は複雑そうな表情を浮かべる。


「キミは、なんというか不思議な子だね」


「え、そう?」


「うん。キミからは普通の人にはない力を感じるよ。いや、キミが普通の人間じゃないって意味ではなくて」


「どういうことさ?」


 首を傾げる蓮也に、アルベルトは苦笑する。


「すまない、今のは忘れてくれ」


 余計に気になる発言をされ、蓮也はますます困惑したようだ。そんな彼を宥めるようにアルベルトは言葉を続けた。


「まずはお茶でも飲んで旅の疲れを癒して」


 アルベルトはメイドを呼ぶとみんなの前に飲み物を用意してくれた。

 それぞれカップを手に取り、真紀も紅茶を口に含んだ。口の中に甘い香りが広がって、とても優しい味わいがした。


「……そう言えば、前に一緒にいたあの妖精の子は?」


 アルベルトの問いかけに、真紀はぎくりと身を硬くした。蓮也が心配そうにこちらを見ているのがわかる。それに、恵子や莉愛でさえも少し緊張した面持ちをしている。


「えっと……あの子とは色々あって」


 言葉を濁しながら答える真紀に、アルベルトはどこか不安げな表情を浮かべた。


「もしかして、何かあったの?」


「いや……まぁ……」


 思わず口籠もってしまう真紀を見かねたのか、恵子が口を開いた。


「真紀、私から説明するよ。実はあの子……クレアは」


 言いかけて恵子は言葉を詰まらせる。


「あの子は、魔女の使い魔だったのよ」


 彼女の代わりに莉愛が静かに告げると、アルベルトは驚いたように目を見開いた。

 それから簡潔にクレアのことを説明する。全てを聞き終えたアルベルトはしばらく暗い表情をして黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……そうか。僕がもっと早く、そのことに気付いていればよかったね」


「はぁ? 今更何言ってんだ?」


 隆弘が不機嫌そうに声を上げると、莉愛が苛立った様子で彼を睨み付ける。


「ちょっと、喧嘩腰にならないでよ」


「いや、いいんだよ。本当にその通りだと思うし」


 アルベルトは少し悲しそうに答えると、苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


「今はキミたちと無事に再会できたことを喜びたい。そうだ、今日はここに泊まっていってよ。長旅で疲れているだろうし、ゆっくり休んで」


「いいの?」


 アルベルトの言葉に、恵子が嬉しそうに答える。


「もちろんだよ。それにこれからの旅も大変なものになるだろうし、必要な物があったらいくらでも用意するから」


「そこまでしてくれるなんて、本当にありがとう」


 恵子は喜んでいたが、隆弘はやはり嫌そうな表情を浮かべている。

 とはいえこの申し出がありがたいことに違いはないし、ここは素直に甘えさせてもらうことにした。

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