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徒花の園~世界を壊す二人~  作者: 空音りん子
明美への思い編
47/64

47 莉愛の涙

 真紀のすぐ隣で、明美が笑っている。

 彼女はいつものように自分の手を引いて歩いていた。

 明美は真紀にとって一番の親友であり、大切な人だ。他の誰よりも彼女のことが大好きで、かけがえのない存在だった。

 だけど真紀は、明美のすべてを知っているわけではない。

 彼女はいつも明るく振る舞っていたが、時折寂しげな様子を見せることもあった。彼女にそんな顔をさせる人物の存在に、どうしても嫉妬の感情を止められない。

 真紀は明美にとっての一番でありたかった。彼女のことなら何でも理解したかったし、頼られる存在でいたかった。

 だけど、明美の一番は自分ではないのだと理解していた。


『ヒカリに会いたい』


 彼女の瞳には、いつも真紀ではない別の人物が映っていた。そのことが悔しくて、でも真紀にはどうにもできなくて。

 真紀は自分の気持ちを押し殺して、いつも笑っていた。彼女のそばにいられるだけで幸せなんだと自分に言い聞かせて、心の奥底に眠る感情を押さえ込んでいたのだ。

 だけど、彼女はいなくなってしまった。真紀を残して、どこかへ行ってしまったのだ。


(あなたはどこにいるの?)


 明美がいなくなったことで、真紀の気持ちは行き場を失くしてしまった。ぽっかりと空いた穴を埋める術がわからなくて、今も苦しんでいる。


(明美……会いたいよ)


 心の中で何度も呼びかけた。

 彼女を失った悲しみは、今も真紀の心を蝕み続けていた。


「――ん」


 真紀は目を覚ました。

 重い瞼を開けると、ぼんやりとした視界に人影が見えた。まだ意識が覚醒しきっていないため、頭がうまく働かない。視界に映る人物が誰なのかもわからない。だがその影が、こちらをじっと見下ろしていることだけはわかった。

 蓮也だろうか。それとも、恵子か。もしかしたらエリィかもしれない。真紀がぼんやりとしていると、その人影はそっと声をかけた。


「瀬川さん、大丈夫?」


 聞き馴染みのある声に、真紀はきょとんとしてしまう。徐々に意識がはっきりしてくると、その人影が誰なのかが認識出来た。


「樋口さん?」


 真紀は驚きで目を大きく見開いた。彼女はほっとしたように微笑んでいる。


「よかった。ずっと目を覚まさないから、このまま死んじゃうのかと思った」


 少し怒っているような口調で莉愛は言うが、その頬には涙の軌跡が残っている。真紀はまだ状況が呑み込めずに困惑してしまう。


「ここは?」


 周囲を見渡すと、そこは真紀達が宿泊していた宿屋の一室だった。


「私達が泊っている宿屋よ。それより瀬川さん、体は大丈夫? どこか痛むところはない?」


 莉愛が心配そうに聞いてくる。そういえば体の節々が痛い。だがこれといって大きな怪我はしていないらしく、動くことに支障はなさそうだ。

 真紀はゆっくりと上体を起き上がらせる。


「心配かけちゃってごめんなさい」


「まったくよ! まぁ、無事だったみたいでよかったわ」


「うん……もしかして、ずっとそばにいてくれていたの?」


「別に、そういうわけじゃないけど。たまたま様子を見に来たら、あなたが目を覚ますところだっただけ」


 真紀が何気なく問うと、莉愛はぶっきらぼうに答えた。心なしかその頬が少し赤くなっているように見える。


「ありがとう」


 素直にお礼を言うけれど、彼女は何も答えなかった。だけどその表情がいつもより柔らかい気がして、真紀はちょっとだけ嬉しくなる。


「あのさ、瀬川さん」


 不意に莉愛が口を開いた。


「明美って、誰?」


 突然の問いかけに、真紀は思わず固まってしまう。


「な、なんのこと?」


「……あなたが寝言でずっと名前を呼んでいたわ」


 真紀は動揺を隠せなかった。確かに彼女の夢を見ていたが、まさか寝言で明美の名前を口にしていたとは思わなかった。


「昔の友達だよ。明美とは何年もあっていなかったし」


「クレアに似ていたの?」


 真紀はどきりとした。心の中を見透かされたような気がする。


「ど、うして……そのことを?」


「前にクレアを見ながら、明美って呟いてたことあったでしょ」


「そ、そうだっけ?」


「あなたがそこまで夢中になるなんて、どんな人なのかしらね?」


 莉愛の声色が少し低くなったような気がした。

 だけど真紀は何も答えられない。明美が初恋の相手であり、今でも忘れられない人だということ。そして、彼女は魔女としてこの世界の人々を苦しめる存在になってしまったなんて。


「その人ってさ」


 真紀が考え込んでいると、莉愛が再び口を開いた。


「藤木さん以上に、特別な相手なわけ?」


 予想外の台詞に、真紀はどう答えれば良いのかわからなくなってしまう。なぜ莉愛はこんな質問をぶつけてくるのだろうか。


「それは……樋口さんには関係ないことだよ」


 突き放すような言い方になってしまったが、他に言葉が思いつかない。

 怒らせてしまっただろうかと不安になるが、莉愛はどちらかというと傷ついたような、悲し気な表情をしていた。そんな顔をされるのは想定外で、真紀は動揺してしまう。


「……ふーん、私には言えないことなんだ」


 莉愛はそれだけ言って部屋から出て行ってしまった。一人残された真紀は、彼女が出て行った扉を見つめながら呆然としていた。

 彼女の真意がわからずに、ただただ困惑してしまう。


(どうして、あんなことを聞いたんだろう)


 真紀は先程の莉愛の言葉を反芻する。だがいくら考えても彼女の真意はわからなかった。

 真紀が考え込んでいると、廊下からばたばたという足音が聞こえてきて、それからほどなくして部屋のドアが開いた。


「姉さん、目が覚めたの!?」


 ドアを開けたのは蓮也だった。彼は真紀の顔を見るなり、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「うん……心配かけてごめんね」


 真紀が弱々しく微笑むと、蓮也は安堵と悲しみが入り混じった表情を浮かべた。


「本当によかった。姉さんさ、あれから丸一日寝込んでたんだよ。ずっと目を覚まさなくて、本当にどうしようかと思ったんだ」


「そんなに時間が経っていたの? ごめんね。もう大丈夫だから」


 蓮也を安心させようと真紀は笑顔を浮かべる。


「ていうか、あんたは大丈夫なの? 苦しそうにしていたけど」


「僕は大丈夫だよ。あの時のあれは、魔法を使いすぎたせいで体が疲れちゃっただけだから」


 蓮也はそう説明する。だが真紀には納得できなかった。蓮也の胸には黒い石が埋め込まれており、それによって彼が苦しむような事態が起きたのではないか。


「そうだ、あの戦いの後のことなんだけど」


 真紀が考えている最中に蓮也が次の言葉を発したので、思考が中断されてしまった。


「魔女の影は、ちゃんと倒したよ。デイルって奴いたじゃん。あいつの召喚した守護者はマジで強かったね。あれがなかったら、たぶんやられていたと思う」


「そうなんだ」


 あの黒い獣は、魔女の影をも上回るほどの強さがあったようだ。真紀は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような痛みを感じた。


「大丈夫だよ、姉さん」


 蓮也が気遣わし気な目でこちらを見てくる。


「あれは飽くまでも使い魔だ。明美ちゃん自身じゃない。だから姉さんが気に病む必要はないんだよ」


「わかってるよ。理屈では理解してる。でも」


 でもあの時、苦し気にうめく魔女の影を目の当たりにした真紀は、そこに彼女の姿を重ねてしまったのだ。


(明美……!)


 真紀は胸を押さえて、ぎゅっと目を瞑った。瞼の裏に浮かぶのは、彼女の優しい笑顔だった。


「姉さん?」


 心配そうな蓮也の声が耳に届く。


「ごめん、なんでもない」


 真紀は力なく微笑むと、そのまま俯いた。

 けれどすぐに顔を上げて蓮也に問いかける。


「そうだ、あのデイルって人はどうしたの? 恵子のことを狙っていたけど、恵子は無事なの?」


「あぁ、あいつなら帰ったよ」


「帰った?」


「うん。あの後も相変わらずカッコつけながら偉そうなこと色々言ってたんだけど。影との戦いで消耗していたのもあって、結局はバテてたからね」


 ちょっと小馬鹿にするような、意地の悪い笑みを浮かべながら蓮也は言う。


「それで、いったん出直すことにしたみたいだ」


「それじゃあ恵子は無事なんだね。よかった」


「と言っても、また来るって言ってたから油断はできないんだけど。でもその時はちゃんと僕が追い払うから心配しなくていいよ」


 蓮也は自信たっぷりにそんなことを言う。その様子を見て真紀は思わず笑ってしまった。真紀の笑顔を見て、蓮也も安堵の表情を見せる。


「それにしても、姉さんが目を覚ましてくれて本当によかった。あの後、気絶した姉さんを宿屋まで運んでくるのが大変だったんだよ」


「本当にありがとう。心配かけてごめんね」


「別にいいよ。でも樋口先輩にはすごく責められてさ」


「え?」


 予想外の名前が出てきたことに、真紀は驚いてしまった。


「すっごいキーキーしながら『あんたが一緒だったのにどうしてこんなことになったのよ!』って、凄い剣幕で怒られてさ。僕、正直ちょっと怖かったよ。でもそれだけ姉さんが心配だったんだね」


 蓮也はその時のことを思い返しながら苦笑するが、真紀には彼の言葉をすぐに信じることができなかった。だってあの莉愛が、そこまで自分を心配してくれるなんて。


「樋口先輩さ、付きっきりで姉さんのこと看てたんだよ。恵子ちゃんが心配して休憩するように言ったんだけど、絶対に動こうとしなかったもん」


 真紀の知らないエピソードを聞かされて、胸のあたりがざわつくような感覚を覚える。

 確かにさっきまで、莉愛は真紀のそばにいてくれた。涙を流した跡が彼女の頬に残っていたのを思い出してしまい、なんだか落ち着かない気持ちになる。


「樋口さん、さっき泣いていたみたいなんだ」


「へぇ、意外。あの人は姉さんを嫌ってると思ってた」


「……うん。私もそう思ってた」


「でも、旅の仲間だもんね。もしかしたら姉さんと仲良くしたいって思っているのかも」


「そんなこと、あるわけないよ」


 真紀はふるふると首を横に振る。


「……とりあえず今はゆっくり休んでよ。お腹減ってたら、何かもらってくるけど?」


「ありがとう、それじゃあお願いね」


「おっけー」


 蓮也は真紀の頼みを聞くと、部屋から出て行った。

 ベッドに再び体を横たえながら、真紀は天井を見上げる。


(後で樋口さんにちゃんとお礼を言っておかないと)


 莉愛は気が強くて、辛辣な態度を取ることも多い。だがそんな彼女が本気で真紀の身を案じてくれていたことに、少し複雑な感情が胸に湧き上がってくる。

 蓮也の言うように、真紀と親しくなりたいと思ってくれているのだろうか。もしそうだとしたら嬉しい。

 なんせ危険の多い旅だ。道中で心が折れてしまうこともあるだろう。そんな時に互いに支え合える仲間がいるのはありがたいことだ。

 元の世界にいた頃の莉愛は、何かと真紀や恵子を馬鹿にするような態度を取っていた。だけどこの旅を通じて、多少なりとも真紀に対する態度が変化しているのかもしれない。

 それを想像すると、なんだかくすぐったいような、不思議な気分になる。


(まぁ、樋口さんが本当のところどう思っているかはわからないけど)


 少なくとも、嫌われていないのならそれでいい。

 それよりも今は、体を回復させることが先決だ。

 真紀はそう考えながら、空腹感で鳴り出したお腹をおさえるのであった。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

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