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36 大蛇

 莉愛と一緒に神殿の前にたどり着くと、何やら様子がおかしかった。

 人々が恐怖と混乱に満ちた表情を浮かべて、神殿から次々と逃げ出していたのだ。


「何があったんだろう?」


 真紀は不安になって、近くにいた女性に声をかける。


「すみません、どうしたのですか?」


「神殿の中に魔物が現れたのよ! あなた達も早く逃げた方がいいわ!」


 そう答えた女性はそのまま駆け足で去って行ってしまった。


「魔物って、マジで?」


 莉愛は愕然とした様子で言葉を失っている。

 真紀も動揺を隠せないが、ひとまず神殿へと入ることにした。魔物が現れたのならば、中にいる恵子や隆弘のことが心配だ。


「きゃあああっ!」


 中に入るなり、悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 見ると大きな蛇のような化け物が神殿の広間で暴れまわっていたのだ。


「ひいぃッ!」


「いやーッ!」


 真紀と莉愛も思わず悲鳴を上げてしまう。神殿の広間には、すでに数人の神官達が倒れていた。どうやらあの蛇型の化け物にやられたらしい。


「何よこいつ! なんで神殿の中に魔物なんかがいるのよ!」


 莉愛は今にも泣き出しそうな悲鳴混じりの声で叫んだ。

 巨大な蛇の化け物を見て二人とも恐怖に駆られていたが、彼女達は神殿の奥にいる恵子と隆弘の存在に気付く。隆弘は頭から血を流しており、腕の中にぐったりしている恵子を抱きかかえていた。


「け……恵子!」


「隆弘ッ!」


 隆弘は真紀と莉愛に気付くなり、ハッとした様子で顔を上げた。


「お前ら逃げろ! こいつ、俺らの手に負えない!」


 隆弘は声を張り上げるが、蛇型の化け物はすでにこちらを睨みつけていた。


「キシャアアーッ!」


 不気味な鳴き声を発しながら、その化け物はこちらに向かって突進してくる。真紀は慌てながらも杖を出し、相手に対して魔法を放った。


「えい!」


 真紀が杖を掲げると、光の玉が出現して大蛇の体に直撃する。大蛇は大きく怯んだようだが、すぐに体勢を立て直して再び襲いかかってくる。


「樋口さんも!」


「わかってるわよ!」


 二人が敵の気を引いている間に、隆弘は恵子を抱きかかえたままその場から逃げ出そうとしていた。真紀はそちらを気にしつつも再び杖を振るう。


「今度はこれ!」


 するとまた光球が現れ、大蛇めがけて飛んでいく。相手は再び怯んだ様子を見せたが、すかさずその攻撃を避けて真紀の方へと突っ込んでくる。


「きゃああああッ」


 真紀は悲鳴を上げて大蛇の攻撃をかわす。

 あと少しのところで、頭から食べられてしまうところだった。いくら魔法の力があるとはいえ、さすがにこのサイズの化け物に丸飲みされれば、ひとたまりもないだろう。

 化け物は怒った様子で暴れまわっていた。蛇というだけでも気味が悪くて怖いのに、これだけの巨体で暴れられては、恐怖に足がすくみそうになる。


「うぅ……どうしよう……」


 真紀はついつい弱気になってしまう。

 莉愛も同じく顔を引きつらせているし、隆弘は意識のない恵子を抱えて逃げている。彼自身も怪我をしているせいかあまり動くことはできない様子だ。

 それでもどうにか隆弘は恵子を連れて、無事に神殿の出口へとたどり着くことができた。


「お前ら、早く逃げるぞ!」


 隆弘は苦しそうに顔をしかめながらもそう叫ぶ。しかしその直後、彼は恵子を抱きかかえたままその場に倒れ込んでしまった。


「ちょっと! しっかりしなさいよ!」


 莉愛が慌てて駆け寄ると、彼の腕を自分の肩に回して起き上がらせようとする。一方で真紀も蛇の化け物の注意を引くために再び杖をかざした。


「今度こそ!」


 真紀の放った魔法が大蛇に直撃し、大きな悲鳴が聞こえた。しかしまだ相手は倒れそうにない。


「きゃあッ!」


 蛇型の魔物の尻尾が莉愛に襲いかかる。彼女は隆弘を連れて逃げることができず、その場に倒れ込んでしまう。


(このままじゃ樋口さんが!)


 真紀は慌てて杖を掲げるが、その次の瞬間には蛇の化け物は突如として現れた光の網に捕らえられていた。


「えっ?」


「あなた達、しっかりしなさい」


 真紀が振り返ると、そこには杖を掲げているルクスの姿があった。彼女は真紀の元へと駆け付けると、網に捕らえた蛇の化け物をじっと睨み付ける。


「まったく、ちょっとランチへ出かけた隙にこんなことになっているなんてね」


「あの……これは一体?」


 状況が理解できない真紀は、困惑した表情でルクスを見上げた。するとルクスは真剣な眼差しで蛇を見つめる。

「気を付けなさい。あれは魔物じゃない」


「え?」


「あれは、悪魔だよ」


 そう答えると、ルクスは杖を光らせて蛇の化け物に魔法を放つ。大蛇を拘束していた光の網が一気に縮小し、敵の体をぎゅうぎゅうに締め付ける。


「さぁ、今の内に彼らを!」


 ルクスが叫ぶと、真紀は頷いた。そして莉愛と一緒に隆弘達を引きずって神殿の外へ出る。


「ルクスさん!」


「こいつは私が引き受ける」


 そう答えるとルクスは再び杖を掲げる。けれど蛇の化け物を拘束していた光の網が、音を立てて弾けた。

 ルクスは悔しそうな表情を浮かべると、杖に力を込める。蛇はルクスめがけて襲いかかってきた。


「おっと」


 彼女は大蛇の攻撃をかわすと、再び魔法を打ち込んでいく。しかし蛇はしつこくルクスに狙いを定め、彼女を攻撃しようと牙を見せながら大きく口を開けた。


「しつこい蛇だね」


 苦戦するルクスを追いまわしながら、大蛇は彼女めがけて突進する。ルクスが神殿を飛び出てくるのと同時に、敵もまた神殿から飛び出してきた。


「これならどうかな!」


 ルクスは杖を掲げると、今度は氷の粒が出現した。いくつもの鋭い氷が蛇の化け物に直撃し、その巨体が地面に倒れ込む。


「ルクスさん、大丈夫ですか?」


「かなり厳しいね。手伝ってもらえる?」


「は……はい!」


 真紀は返事をすると、杖を掲げる。そしてルクスと一緒に大蛇に向かって魔法を放った。二人の攻撃が直撃し、蛇の化け物はその場で大きく身もだえた。


「わ、私も手伝うわ」


 へっぴり腰ながらも、莉愛も杖を掲げる。


「よし、いい子だ。キミ達にはおまじないをかけてあげよう」


 そう答えると、ルクスは真紀と莉愛に向かって魔法を放つ。すると一瞬だけ二人の体が光り輝き、力が湧いてくるような感覚がした。


「そいつは一時的に能力を向上させる魔法だよ。ただし持続時間は短いから、一気に畳みかけよう」


 そう言って、ルクスは杖を構える。真紀と莉愛も覚悟を決めると、すぐに蛇の魔物へと魔法を放った。


「キシャアアーッ!」


 三人の攻撃が直撃し、敵は再び悲鳴のような叫び声を上げる。先ほどよりも激しい痛みに苦しみながら、蛇の化け物はその場で暴れまわる。


「まだまだ!」


 ルクスに言われるまま、真紀と莉愛は攻撃を続ける。

 やがて、蛇の化け物は力尽きたのか、その場に倒れ込んでしまった。ようやく退治することができたのだと安堵したその矢先、大蛇は急に起き上がった。


「そんなぁ……!」


 あまりのしぶとさに真紀は戦慄する。あいつはまだ戦うつもりでいるのだろうか。

 ――けれど、蛇の化け物は急に力を失ったように再び地面へ崩れ落ちて、そのまま光に包まれて消えてしまった。


「え……なに、どういうこと?」


 何が起こったのかわからないまま、真紀は呆然と立ち尽くしていた。莉愛もわけがわからず混乱している様子だったが、ルクスは「ふぅ」とゆっくり息を吐いた。


「どうやら、逃げられたらしいね。だが……無事に撃退できたことは喜ばしいことだ」


 そう話すと、ルクスは静かに笑った。


「あ……そうだ、恵子は?」


 真紀は思い出したように、慌てて恵子のもとへ駆け寄った。彼女は未だ隆弘の腕の中で、意識を失っている。


「香坂くん、一体何があったの?」


 困惑しながら真紀が尋ねると、苦虫を噛み潰したような顔をして隆弘が答える。


「さっきの蛇がいきなり神殿の中に現れてよ。騒ぎを聞いて藤木も祈りの間から出てきたんだ。で、俺はとにかく藤木を逃がす為に戦っていたんだけど、あいつすっげー強くてさ」


 話をしながら、隆弘は恵子の顔を見下ろす。恵子は苦しそうに眉を寄せて、小さく呻いていた。


「俺……何もできなかった。それどころか、藤木は俺を庇って怪我しちまったんだ」


 悔しそうに唇を噛みながら、隆弘は目を伏せた。莉愛も心配そうに恵子を見つめている。


「とにかく今は彼女を休ませよう。話はそれからだ」


 ルクスの言葉に頷き、真紀達は神殿の中へと戻ることにした。

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