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33 穏やかな旅

 翌朝、真紀は目が覚めると真っ先に蓮也の様子を見に行った。

 少しでも目を離したらその隙に彼がいなくなってしまうような気がして、怖くて仕方ない。だからいつもより早く起きて彼の泊っている部屋へと向かったのだ。


「おはよう姉さん」


 彼はすでに起きていた。それどころかすでに着替えを済ませて支度を整えている。真紀は涙で潤んだ瞳のまま、蓮也をぎゅっと抱き締めた。


「よかった……蓮也……」


 蓮也は真紀の背中に腕を回して彼女を慰めるように頭を撫でてくれた。それだけで心が安らぎ、安心感に包まれる。


「おーい、朝っぱらから何いちゃついてんだよ」


 真紀は驚いて顔を上げる。部屋の中には隆弘もおり、呆れたような表情を浮かべていた。


「こ、香坂くん、なんでここに!」


「なんでも何も俺はこいつと同じ部屋に泊っていたんだから当然だろ」


 隆弘はベッドの端に腰掛けながら、馬鹿にするような顔で真紀を見ている。


「姉さん、そんなに僕が心配だったの?」


 蓮也はからかうような口調で尋ねてくる。真紀は頬を赤くして、彼から身を離した。


「心配に決まってるでしょ。あんたは、大事な弟なんだから」


 真紀が答えると、蓮也は嬉しそうに微笑んだ。

 そんな姉弟のやり取りを目の当たりにした隆弘は、大きな溜め息を吐く。


「もういいから、さっさと支度しろよ」


 彼はそう言うと、部屋を出て行ってしまう。真紀は蓮也と共に部屋を出ると、朝食を済ませてから宿を後にした。


 次の町へ向かう馬車の中で、蓮也が真紀の隣で色々と話しかけてきた。


「この指輪さ、どういう仕組みなんだろうね」


 蓮也は自身の右手に嵌めた指輪をまじまじと見つめながら呟いた。この指輪については、確かに真紀も気になっていた。こんな小さな石に武器が収納されるという仕組みは、真紀達の常識では考えられないことだ。


「ただね、この石の色にはちょっとした意味が込められているんだって」


 蓮也はにこにこしながら語り始めた。


「例えば赤い石は『力』を、青い石は『正義』を象徴している。それに緑色の石は『慈愛』や『平和』を意味しているらしい」


「へぇ、面白いね」


 真紀はしげしげと自分の指にはめられた指輪を眺める。

 そう言えばと思って恵子のしている指輪を見ると、彼女の指輪には緑色の石が嵌められていた。恵子らしいな、と真紀は思う。

 隆弘の指輪は青色だから、『正義』を意味するものだ。


「隆弘が正義? なんからしくないわね」


「それはどういう意味だ? 俺だって正義くらいわかるっつーの!」


 鼻で笑う莉愛に隆弘は反論する。恵子は二人の様子を微笑ましそうに眺めていた。


「私達の世界の宝石言葉とは、また違うみたいだね。色だけで区別するのならわかりやすいね」


「でも蓮也の指輪についている石は……黒みのかかった赤だよね?」


「うん。黒は確か、『破滅』とか『支配』だったかな。すっごいマイナスなイメージがあるけど、その分強い魔力を持っているんだってさ」


 蓮也は指輪を光にかざして眺めながら言った。


「だから僕のこの指輪も、黒みがかかっている分ちょっと強いみたいだ」


「……確かアルベルトくんの指輪には、青い石が嵌められていたよね」


「そうだったか?」


 恵子の言葉に、隆弘は興味がなさそうに答える。恵子は少し心配そうに眉を寄せた。


「アルベルトくん、今頃どうしているのかな。無事だといいけど」


「別にどうでもいいだろ。英雄様なんだし、何かあっても自分でなんとかできるだろ」


 アルベルトを毛嫌いしている隆弘は、わざと素っ気ない口調で答える。


「先輩ったら可愛いですねぇ」


 茶化すように蓮也が言うと、隆弘は苛立ったように彼を睨み付ける。


「何だよその目は」


「だってぇ、恵子ちゃんがちょっと英雄の名前を出しただけで、そんなに目くじら立てるんだもの」


「だから何だよ! 文句あんのか!?」


 隆弘が激昂すると、蓮也は意地悪そうな笑みを浮かべて彼を見た。


「もっと素直になってもいいと思うんだけどなぁ」


「てめぇ」


「二人とも、いい加減にしなさいよ」


 莉愛がうんざりした様子で止めに入る。隆弘は舌打ちをするとそっぽを向いてしまった。


「僕も、エリィのことが心配だなぁ。あの子は強いから滅多なことはないだろうけど、うまくやっているかな」


「そういえば、今は別行動中なのよね」


「うん。『リスタ』って町で落ち合う約束なんだ。ちょうど神殿を巡る旅で立ち寄るところだよ」


「そっか。なら私も、エリィに会えるかな」


 真紀は期待を込めて蓮也に尋ねる。


「彼女もきっと喜ぶと思うよ。姉さん達のこと、とても心配していたから」


 蓮也はにっこりと笑って答えた。それを聞いて真紀は少し嬉しくなる。けれど、その会話を聞いていた莉愛がどこかつまらなそうに視線を逸らしたのを、真紀も蓮也も見逃さなかった。


「樋口先輩、どうしたの?」


 蓮也が尋ねると、莉愛は露骨に嫌そうな顔をして彼を睨んだ。


「別に……なんでもないわよ」


 莉愛は不機嫌そうに窓の外に顔を向ける。


「エリィのこと、気にならないの?」


 真紀が首を傾げると、莉愛はうんざりした様子を隠さずに答えた。


「そういう瀬川さんは、あの子が気になるわけね。そりゃあそうよね。エリィは可愛い子だったし」


 なぜか皮肉っぽく言う莉愛に真紀は困惑してしまう。

 けれど莉愛は何も答えてくれなかったので、真紀もそれ以上追及することはできなかった。




 それからしばらく馬車に揺られていると、やがて次の町へとたどり着いた。蓮也は楽しげな様子で馬車を降り、辺りをきょろきょろと見回した。


「なんだかわくわくするな。僕はずっとあいつらに捕まっていたし、異世界の街を観光できるなんて貴重な体験だよね」


 目をきらきら輝かせながらも彼は周囲を観察している。その無邪気な様子に、真紀は思わず笑みを零した。


「遊んでいる暇なんてないわよー。こっちには聖女様がいるんだからね。さっさと神殿に行って、祈りをしないと」


 莉愛が意地悪そうに言うと、恵子はちょっと俯きがちに答える。


「そうだね。神殿はすぐそこだし、早く行って祈りを捧げよう」


 恵子の言葉に、真紀も蓮也も頷いた。


 神殿は町外れにあり、とても静かだった。白い大理石でできた建物で、以前立ち寄った神殿と似たような外観をしている。


「へぇ。ここが女神様の神殿か! 綺麗なところだね」


 蓮也は感心した様子で神殿を見上げる。建物の内部からは厳かな雰囲気が漂っていた。蓮也はやはり興味深々と言った感じに神殿内をふらふらと歩き回る。


「こら蓮也、あんまりうろうろしないの」


「はーい。姉さんは真面目だなぁ」


 蓮也は笑いながら言い、真紀はそんな弟を呆れた様子で眺めていた。


「恵子ちゃんも、こんな所で祈りを捧げるなんて大変だよね」


「そうだね……でも、それが魔女を倒す為に必要なことだから仕方がないよ」


 恵子の言葉に、真紀は表情を曇らせてしまう。

 自分達の戦うべき相手である魔女は、真紀の親友だった少女なのだ。そのことは誰にも言えないけれど、とても辛いことだった。


「ねぇ瀬川さん、どうしたのよ?」


 莉愛に声を掛けられて、真紀は我に返った。


「なんでもないよ」


 慌てて取り繕うと、莉愛は怪訝そうな表情を見せる。しかしそれ以上追及されることはなかったので、真紀はほっと胸を撫で下ろした。


「あら、あなた達は」


 聞き覚えのある声がした。振り返ると、そこには一人の女性が立っている。

 彼女はタンクトップとジーンズというラフな格好をしているが、その頭にはとんがり帽子がのっていた。


「ルクスさん!」


「久しぶりね、みんな」


 ルクスはにっこり微笑んだ。蓮也は首を傾げて彼女を眺めつつ、真紀に尋ねる。


「姉さん、知り合い?」


「うん。前にお世話になった魔法使いさんだよ」


「へぇ、そうなんだ。はじめまして、瀬川蓮也です」


 蓮也が挨拶すると、ルクスは興味深そうに彼を見つめた。


「あなたは初めて見る顔だね」


「私の弟なんです。以前まで、深淵の民に捕まっていたのですが――」


 真紀が説明すると、ルクスは納得したように頷いた。そして蓮也の顔をまじまじと見つめる。


「そっか……キミが彼女の弟くんだね。無事に助かって良かったじゃないか」


 そう言ってルクスは微笑む。


「自己紹介をさせてもらうよ。私はルクスという者だ。魔法の研究をしながら旅をしている、しがない魔法使いさ」


「つーかあんた、ここで何してんだよ?」


 隆弘が問い掛ける。


「確か魔物の凶暴化が気になるからって、調査をしていたんじゃなかったか?」


「そうだね。今もまだその調査をしている最中なんだけど」


 ルクスはそこで言葉を区切ると、真紀達を見回した。


「立ち話もなんだし、ちょっと場所を変えようか」


「あ……でも、私はそろそろ祈りをしないと」


 恵子が困ったように呟く。


「もう日が傾いている時間だよ。今日のところはゆっくりと旅の疲れを癒して、明日、祈りをすればいいさ」


「そうだよ藤木、無理はしない方がいいぞ」


 隆弘がルクスの言葉に同意して、恵子に言う。


「そう、ですね。わかりました。そうします」


 恵子は申し訳なさそうに、頷いた。


「じゃあさっそく移動しましょう。ゆっくりお茶でもしながら、色々と話しましょう」


 ルクスはそう言って神殿の奥へと歩き出し、真紀達もその後へ着いて行くのであった。

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