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32 黒い宝石

 宿に戻ると、夕食の準備が始まっていた。

 真紀達は食堂に集まり、恵子達と合流する。そして一緒に食事を摂ることにした。

 明美のことは、みんなには黙っておくことにした。下手をしたら自分が魔女と繋がっていると疑われるかもしれない。

 そうでなくともみんなに余計な心配をかけるのは気が引けるし、何より真紀自身が明美の話題を口に出すのが辛かった。

 自分はただ、明美を止めるために旅を続けるだけなのだ。明美が一体、何を考えているのかを知りたかった。


(大丈夫、きっとなんとかなるはず)


 それはともかく、食事中に蓮也は自分の身に何があったのかを説明してくれていた。


「僕が姉さん達と離れ離れになった後、あの組織の奴らに捕まったわけだけどさ。まあまあ丁寧に扱ってもらえたよあいつら嫌な奴だったけど。出されたご飯は美味しかったよあいつら嫌な奴だったけど」


 蓮也はまるで世間話をするかのような軽い口調で話している。それから一口水を飲むと、再び話し始めた。


「で、あいつらの本部に連れていかれたの。意外とちゃんとした建物でさ、結構綺麗なところだったよ。そこで僕は彼らの教祖様に会ったんだけど」


 そこまで語ると、蓮也は物凄く嫌そうな表情を浮かべた。どうやら、あまり思い出したくないことを思い出しているらしい。


「僕は教祖のところに連れていかれて、色々と実験をされたんだ。血液を採られたり、変な薬飲まされたり、魔法みたいなもの掛けられたり」


 弟の口から語られる話に、真紀は顔を青くしてしまった。そんな姉を安心させるように蓮也は続ける。


「正直言ってご飯が美味しくなかったら耐えられなかったかも。でもまぁ、実験以外ではそこまで酷い目には遭わされていない。外には、出してもらえなかったけど」


「そうなんだ」


 彼の話を聞きながら真紀は複雑な思いを抱いていた。蓮也が実験と称して酷い目に遭っていたことを思うと、心が痛んでしまう。


「僕はこちらの世界の言語を理解できなかったわけだけど、ちゃんと会話ができるようにしてくれたんだ。それは間違いなく、教祖のおかげだった。そのことには感謝しているよ」


 蓮也は少しだけ、嬉しそうに語る。

 教祖とやらはまず蓮也と意思疎通ができるように、彼に魔法を掛けたそうだ。おかげで彼はこちらの世界の住民と問題なく話せるようになったらしい。


「教祖は僕が魔法を使えるようにもしてくれたし、この世界のことを教えてくれた。女神や魔女についてもね。まあ、ほとんどは『女神は忌まわしい存在だ』みたいなことを延々と聞かされていたんだけど」


「蓮也くん。そもそもあの人達は、何がしたいのかな? 女神様を嫌っているようだけど、かと言って魔女の味方なわけでもない。どちらのことも敵視しているよね」


 恵子が不思議そうに尋ねる。


「彼らは彼らで、この世界の為に行動しているつもりなんだよ。だけど手段を選ばないというか、とにかく自分が正しいと思い込んでいるところがあるんだ」


 蓮也は苦々しい表情で答えた。


「だから自分の意見に合わない人らに対しては容赦がないんだよ。魔女は人間達を苦しめようとしているから、敵だとみなしているのはわかる。けれどなぜ女神を嫌っているのかは、よくわからなかったな。たぶん宗教上の理由だとは思うけど、女神は別に悪事を働いているわけでもないのにね」


「でもあんた、連中から女神様について色々聞いてるわけでしょー? なのに、随分曖昧な言い方をするのね」


 蓮也の言葉に、莉愛が眉を顰める。


「だってしょうがないじゃん。教祖が女神をとにかくめちゃめちゃ嫌っているのだけは伝わって来たけど、そこまで嫌悪感を抱いている具体的な理由は教えてもらってないもん。自分達が信じる『守護者』が一番正しいと考えているのか、それとも他に何か理由でもあるのか」


 蓮也は手に持ったフォークを弄びながら、つまらなさそうに呟く。


「まあでも、僕は女神がどんな相手なのかは知らないからね。もしかしたらあの教祖が思っているように、悪い奴だったりするのかもね」


「お前さっきから意味深なこと言ってるけど、結局肝心なことは何も言わないんだな」


 隆弘が蓮也を睨みながら刺々しい口調で言う。すると蓮也はわざとらしくおどけて見せた。


「あれぇ、先輩って思ったより勘が鋭いんですね。意外だなー」


「喧嘩売ってんのかよてめぇ」


「落ち着いてよ隆弘」


 莉愛が呆れ顔で隆弘を宥める。


「でもまあ残念ながら、僕自身もそこまで詳しいことを聞かされたわけじゃないからね。こればっかりは仕方がないよね」


 蓮也は笑いながら肩をすくめた。隆弘はやはり納得がいかなそうな表情である。


「そもそも、なんでそいつらはお前を捕まえてたんだよ?」


「やっぱり僕のポテンシャルに目を付けたんじゃないかな。実際に僕、優秀だし!」


 自信満々な蓮也の言葉に、隆弘はげんなりした表情を浮かべた。


「まーさすがに今のは冗談だけどさ。どうやらこちらの世界の住民からしたら、僕らの世界の人間って強い魔力を持っているらしいんだ。だから彼らは、僕の力を利用しようとしたんじゃないかな」


 蓮也は淡々と語るけれど、真紀は不安な気持ちを抱いていた。

 明るく振る舞ってはいるけれど、蓮也だって本当はとても苦しかっただろうし、怖かったはずだ。それなのに、無理して笑っているような気がしてならなかった。

 それにしてもまだ、わからないことがある。


「あの人達に捕まっていたんだよね。なのに今は、こうして再会することができている。どうしてなの?」


 真紀が尋ねると、蓮也はコップの水を飲み干してから答えた。


「ああ、そうだ。その辺のことを話すのを忘れてた。あいつらに捕まっている間、僕はずっとエリィに助けてもらっていたんだ」


「エリィに?」


「うん。姉さんと樋口先輩も覚えているよね。あの金髪の女の子。僕の身の回りの世話をしてくれたし、話し相手になってくれていたんだ」


 蓮也は嬉しそうに語り始めた。

 いきなり異世界へやって来て、姉とも引き離された蓮也を、エリィは献身的に支えてくれたらしい。

 蓮也が毎日実験をされ、酷い扱いを受けている間もずっと、彼の味方でいてくれた。辛い時には励ましてくれたり、優しい言葉を掛けてくれたり、とても親切にしてくれたそうだ。


「本当に感謝しているよ。あの子がいなかったら、僕は今頃どうなっていたかわからない」


 蓮也はしみじみとした口調で語った。

 彼にも味方になってくれた人がいると知り、真紀は少しだけほっとした。


「その子は信頼のおける相手なの?」


 エリィの素性を知らない恵子が、蓮也に尋ねる。


「うん。あの子は信頼できるよ。たぶん悪い子じゃないと思う。なんならちょっと前まで、僕と一緒に魔物退治をしていたくらいだし」


「え?」


 真紀は目を丸くする。

 だがそういえば、最近男女の魔法使いの噂話を耳にしたことを思い出す。どちらも年若く、男性の方は黒っぽい宝石の付いた銀色の杖を持っているという話だった。


「もしかして、最近噂になっている魔法使いってあんたのこと?」


 莉愛が尋ねると、蓮也は満面の笑みで頷いた。


「僕とエリィのことだよ」


 蓮也はあっさりと答える。


「エリィはあの組織のことをあまりよく思っていないようだったからね。僕があそこから逃げ出す手伝いもしてくれたんだ」


「それで自由になれたのね!」


「いいや。普通に失敗して二人とも捕まった」


「えぇ?」


「その後が大変でさー。あいつら、僕が逃げ出したことにすごい怒ってさ。特にねちねち説教してきた奴がいたんだけど、そいつ実はエリィに気があるみたいでね。僕に嫉妬していたみたい。あれは見ていてちょっと面白かったなー」


「……ねぇ、蓮也。その部分は重要な話なの? そうじゃないなら飛ばしてくれる?」


「あー、ごめんごめん。とにかくさ、僕は逃げるのに失敗して捕まったわけ。それでまた教祖の元へ連れていかれたんだ」


 蓮也はうんざりした表情で再び語り始めた。


「どうせまた何か変な魔法でも掛けられるんだろうなー。洗脳の魔法でも使われるのかなー。嫌だなーって、内心怯えていたんだけど、でもそうはならなかった」


 蓮也は溜め息を吐くと、困ったような表情を浮かべる。


「あいつさ、僕を解放するって言ったんだよ」


「解放?」


「最初は疑ったよ。僕を油断させておいて、また何か酷いことをするつもりじゃないかって。けど、あいつは本当に解放してくれたんだ」


「それで蓮也は、自由になったのね」


 真紀は胸を撫で下ろすが、しかしすぐに首を傾げることになった。一体なぜ、教祖は蓮也を逃がすような真似をしたのだろうか。


「あいつが何を考えていたのかは、僕にもわからない。でも、この指輪をくれたんだ」


 蓮也はそう言うと、右手にはめた指輪を見せてくれた。彼の指に合わせて作られたようにぴったりと嵌まっており、銀色のリングにどす黒い赤色の宝石が嵌め込まれている。


「それにお金もくれたし情報もくれた。何より、エリィをガイドとして僕につけてくれたんだ」


「それで、二人は一緒に行動していたのね。エリィは今どこにいるの?」


「ちょっと別行動中。あいつらが魔物で変な実験をしようとしているのを見て、怒ってさ。今は彼らの動向を探りに行っているよ」


「そいつだってあいつらと同じ組織の奴なんだろ?」


 と、隆弘。


「そうだけど、あの魔物達の実験については彼女も知らされていなかったみたいでね。見過ごせなかったみたいだ。僕は僕で姉さんと合流したかったから、エリィと別行動をすることにしたんだ」


「お前の言うこと、いまいち信用できねーんだよなぁ」


 隆弘は険しい表情を浮かべながら、蓮也を睨み付ける。


「だってお前、あいつらの仲間だろ?」


「仲間じゃないよただ捕まっていただけなんだから」


「どうだかな。お前もあの羽虫みたいに、スパイとして送り込まれてきたんじゃないのか?」


 隆弘は険しい表情のまま、低い声で呟いた。


「疑うのはよくわかるけど、僕は敵じゃない。それだけ理解してくれればいいよ」


「信用できねーって」


「ならそれで構わない。とにかく僕はあいつらから解放された。後は知っての通りだよ」


 蓮也はそこで話を区切ると、食事の続きをした。

 どうして教祖とやらが蓮也を解放したのかは謎のままだし、その辺りのことが曖昧なのもあって隆弘は蓮也を信用しきっていない。

 隆弘は彼を睨み付けているが、蓮也は気にせず食事を続けていた。


「とにかく、蓮也くんが無事でよかったよ」


 恵子は穏やかな表情を浮かべ、蓮也を労った。


「ありがとう恵子ちゃん。僕も、こうして再会できて嬉しいよ」


 蓮也はにっこりと笑いながら恵子にお礼を言った。

 彼が恵子と親し気に話しているのを目の当たりにして、隆弘はますます蓮也に警戒心を露わにした。蓮也が本当に害のない相手なのか否かを見定めようとしているのだろう、隆弘は彼を鋭い目で観察し続けた。




 それから一行は食事を終えて、それぞれ自分達の部屋に戻っていった。

 当然のように蓮也も真紀達の旅についてくることになったので、隆弘は最後まで不満気な態度を崩さなかった。


「どうやら香坂先輩は恵子ちゃんが好きみたいだね。でもあの人って樋口先輩の彼氏だと思っていたから、ちょっと意外だな」


 蓮也と真紀は、宿の外で星を眺めつつ話をしていた。

 こんな風に姉弟二人、穏やかでのんびりとした時間を過ごすのは久しぶりだ。真紀は涙が滲みそうになるのを堪え、彼の横顔を見つめる。


「蓮也……本当に、会えてよかったよ。あいつらから嫌な目に遭わされていたみたいだけど……それでも、あんたが無事に解放されてよかった」


「ありがとう、姉さん」


 蓮也はにっこりと笑った。けれどその直後には、彼の表情は曇ってしまう。


「でも、これが本当に『無事に解放された』という状態なのか、甚だ疑問だけどね」


「どういうこと?」


 真紀が尋ねると、蓮也はぽつりと話し始めた。


「僕の肉体はまだ、奴らの支配下にあるってことだよ」


 蓮也は俯きながら、深刻そうに言った。


「これ、見て」


 彼は自分の服に手を掛けると、胸元を開けて見せた。彼の胸には、黒い宝石のようなものが埋め込まれている。大きさは直径三センチくらい。ちょうど心臓の真上辺りだ。

 宝石の周囲にはまるで血管のように赤い筋が何本も走っていて、どくんどくんと鼓動しているようにも見えた。


「何よ、これ」


「教祖が僕を解放する時に、無理矢理埋め込んだ物なんだ。僕と完全に一体化していて、引き剥がすことができない」


 真紀は蓮也の胸で輝く宝石を見つめる。そこから感じるものは、ただ不気味で禍々しいものだった。


「これがある限り、僕はあの人の奴隷なんだってさ。だからあの人が、僕に自由を与えてくれたって言えるかは疑問だよね」


 真紀はあまりのショックでくらくらしてしまう。やはり彼はまだ囚われの身なのだという事実を改めて突き付けられたような気がして、不安に押し潰されそうになる。


「どうすれば……どうすればいいの? あんたはこれから、どうするの?」


 真紀は縋るような思いで蓮也に尋ねた。


「なるようになるんじゃないかな。とりあえず、僕は姉さんと行動したい。もう離れ離れになるのは嫌だから」


「うん……そうだよね」


 真紀は蓮也の手をきゅっと握る。彼の存在がすぐそばにあることを確かめるように、その手の感触をしっかりと刻みつけるために。

 蓮也もまた、真紀の手を握り返してくれた。彼の温もりが、真紀の心を落ち着かせてくれた。

 だが、この状態はいつまで続くのだろうか? 蓮也はずっとこのままなのか? それとも何かきっかけがあって、彼は自由になれる日が来るのだろうか?


 そんな不安を、真紀は心の片隅に抱えていたのだった。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

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