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3 この世界について

 クレアという妖精の少女に促され、真紀達は移動を開始した。

 辺りには枯れた木々以外にたいしたものは見えず、どんよりとした空からはとうとう雨が降り出して来た。


「ねぇ」


 小走りで森の奥へと進みながら、真紀は隣にいる蓮也に話しかけた。


「クレアってさ、明美にそっくりだと思わない?」


「うーん……言われてみればそうかも」


 蓮也は走りながらも考える仕草をする。


「でもただの偶然じゃない?」


「それは、そうかもしれないけど」


「ほらほらあんた達、こっちだよこっち。はーやーく!」


 クレアに急かされて速度を上げる。

 しばらく進むと小さな神殿のような建物が見えてきた。古びてはいるが、どこか神秘的な雰囲気を感じる建物だ。

 古い石壁には蔦が這い回り、入り口付近には苔が生えていて、長い間人の手が入っていないように見える。


「ここだよここ!」


 クレアは嬉しそうな声を上げて建物の中に入っていった。

 その後に続いて真紀達も中に足を踏み入れる。多少濡れてしまったが、これくらいならすぐに乾いてくれるだろう。

 神殿の中は薄暗く、壁や天井は石造りになっていてひんやりとしている。居心地がいいとは言えないが、あのまま濡れ鼠になるよりはマシだろう。


「姉さん、あれ見て」


 蓮也が指差す方向を見ると、神殿の壁に不思議な絵が描かれているのがわかった。どうやら戦いの場面を描写したもののようで、人々が剣を手に魔物と戦っている様子が描かれている。

 何よりも目を引くのは先頭に立つ一人の女性の存在である。彼女が手に持っている杖のようなものが光を放っており、それが人々の士気を高めているように見えた。

 そしてもう一人、この絵の中で一際目立つ存在がいる。

 魔物達の後方でまるで彼らを操りでもしているかのように宙に浮かんでいる女がいた。黒いドレスに身を包み、長い髪が風に揺れている。


「この世界の歴史が綴られた壁画だよ。遥か昔、この世界には悪い魔女がいて人々を苦しめたんだ。そこへ現れたのが聖女様。彼女はみんなのために戦ってくれたんだよ」


 クレアが得意げに説明してくれた。

 なんでも、その悪しき魔女というのが恐ろしい魔物を生み出して世界を恐怖に陥れていたらしい。それに立ち向かったのが女神に選ばれた聖女とその仲間達であり、彼らは魔女を打ち倒して世界に平和をもたらしたらしい。

 その伝説は何百年も語り継がれており、今では誰もが知る物語となっているのだという。


 クレアの説明をすかさず蓮也に伝えてあげると、彼は目を輝かせてその話を聞き入っていた。


「なんかゲームみたいだね。もしかして僕達、RPGの中に入り込んでたりしない?」


「そんなわけないでしょ」


 真紀は呆れてしまうが、蓮也は楽しそうな表情を浮かべたままだ。


「でもねぇ、実は魔女は完全に倒されてはいなかったんだ。彼女は何度でも復活をして、その度に世界に混沌をもたらしている」


 クレアはそう言って、少しだけ暗い顔をした。


「何度も復活しているってことは、裏を返せばその度に倒されているのよね?」


「そういうこと。それでも魔女はしぶとく生き続けては悪さを続けているんだ。ま、だからあんた達をここに呼んだんだけど」


「え?」


「女神様があたしに命じたんだ。『異世界から聖女とそのお供を召喚するから、迎えに行け』ってさ。それであたしはここまでやって来たってこと」


 クレアの言葉に真紀と莉愛は当惑してしまい、彼女の言葉を理解できない蓮也は首を傾げるばかりだった。


「というのもね、今から五年くらい前に魔女は何度目かの復活を果たしていてさ。奴は少しずつ力を取り戻して来て、最近は魔物が狂暴化するようになったの。さっきあんた達を襲った化け物も魔女が作った存在なんだよ。魔女は今もなお世界の何処かに潜んで、自分の手下を増やし続けている」


 そんな風に真剣に話をしているクレアを、莉愛は疑わし気な目で睨んでいる。どうやら彼女は本気でこれがドッキリか何かか、あるいは夢だと思っているのだろう。

 否、この状況を受け入れられないせいでそう思い込みたいだけなのかもしれないが。


「そういえばあんた達の名前を聞いていなかったね。なんてゆーの?」


 クレアの問いに真紀が答える。


「私は真紀。こっちは弟の蓮也よ」


「マキにレンヤ……で、そっちのあんたは?」


 クレアは莉愛に視線を向けて尋ねた。彼女は不機嫌そうに答える。


「莉愛」


「リアかぁ。よろしくね」


 クレアは愛想よく言うが、莉愛は冷たくあしらうだけだ。


「それより、早く家に帰りたいんだけど」


「簡単に帰すわけにはいかないってば。あんた達は別の世界から来たんだよ。帰るには、選ばれし者が役目を果たさなければならない」


「役目って、つまりその魔女を倒すことでしょ? でも正直言って、いきなりのことすぎて話についていけないよ」


 真紀が不安を訴えるが、クレアは笑みを浮かべるだけだった。


「大丈夫! あたしがついてるからさ!」


 クレアは元気良くそう言って真紀の周りをくるくると飛び回る。

 彼女の声や表情はやっぱり初恋の少女とそっくりで、真紀の胸はざわめいてしまう。

 けれど彼女の言っていることも今現在のこの状況も現実離れし過ぎていて、そう簡単に受け入れることなどできなかった。


「女神様は別世界……つまりあんたらの世界から、四人の人間を召喚した。一人は聖女。そしてそのお供が三人。お供として選ばれたのは男子が一人、女子二人という組み合わせなんだ。だからあんた達が聖女様のお供で間違いないってことだね」


「なんで私達がそんな物に選ばれてるのよ?」


 莉愛が口を挟んでくる。


「それは女神様に聞かないとわからないけど、なんか意味があると思うよ」


「何よそれ、最悪。どうしてそんな面倒なことに巻き込まれないといけないわけ?」


「あーうるさいなぁ。もう決まったことなんだから、いい加減現実を受け入れなって」


 不満そうな声を上げる莉愛を見てクレアはどこか馬鹿にするような態度だ。


「けど、まさか肝心の聖女様がいないとはねぇ。これはちょっと想定外かな」


「そんなのんきに言わないでよ」


 真紀は困り果ててしまう。

 おそらくだが彼女の言う選ばれし聖女というのは、あの時不思議な光を見た恵子のことだ。

 だけど、当の恵子が今どこでどうしているのかはわからない。彼女を危険な目に遭わせたくはないが、もしも彼女が役目を放棄してしまえば、自分達は永遠に元の世界に戻れない可能性がある。


 真紀は不安と焦燥で俯いてしまい、莉愛は腕を組んでクレアを睨んでいる。


「姉さん、どうしたの?」


「あぁ……あのね」


 真紀はクレアに言われたことを蓮也に伝えた。

 彼は驚きに目を丸くすると、困惑した様子で言う。


「異世界ってそんな世紀末なことになってるの? もうすぐ世界が滅んじゃうとかそういうこと?」


「それは……そういうこと、じゃないかな?」


 真紀は同じく困惑しながら、クレアを見上げて答えを求める。


「クレア、このまま魔女を放っておいたらどうなるの?」


「そりゃもちろん、この世界に災厄をもたらし続けることになるよ。人間はあいつに蹂躙される。その先にあるのは支配か破壊か……どちらにしろ、ろくな未来じゃないだろうね」


「はぁ……なんなのよ。こんな意味わかんないことに巻き込まれるなんて」


 ここまで聞いてもなお、莉愛はクレアの話を受け入れようとはしなかった。

 クレアもそれ以上莉愛に言っても無駄だと悟ったのか、肩をすくめながらふわふわと浮かんでいる。

 真紀は真紀で混乱しきっており、この話にまだ納得がいっていなかった。正直言ってクレアに説明されたことを自分の中で消化しきれてはいなかったのだ。


「……とりあえず、少し休もうよ。色々ありすぎて疲れちゃった」


 蓮也の提案に反対する者はおらず、一行は少しだけ休憩を挟むことにした。

 蓮也は壁にもたれかかり、真紀はその隣に座った。クレアは真紀の肩の上にちょこんと乗っかってくる。

 莉愛は少し離れたところで膝を抱えており、一人で何かを考え込んでいるようだった。


(――まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったよ)


 異世界に召喚されて、魔女の手下に襲われて、今はこうして不思議な妖精と共にいる。

 あまりにも突然すぎる出来事に頭が追いついていない。


(本当に、夢なら覚めてくれないかな)


 心の底からそう願ってしまうほどには、今の状況は異常すぎた。

 だがこんな風に悩んでいる場合ではない。

 恵子が今どこにいるのかはわからないけれど、なんとかして捜しださなければならない。

 クレアの言っていることが本当なら彼女はとても危険な状況に置かれている。一刻も早く恵子と合流して、彼女の力にならなければ。


 けれど真紀がそんなことをあれこれ考えていると、突然神殿の扉が勢いよく開いた。


「え、な……何?」


 驚いて入り口の方を見ると、何人もの怪しい人物が神殿の中に乗り込んで来た。彼らは黒いローブを身にまとい、顔全体を覆い隠す仮面をつけていてその表情は窺えない。


「なんだ、こいつら?」


 蓮也は声を上げつつも真紀のことを背中に庇う。

 黒装束達の中で、一番先頭にいた男が杖を向けてきた。


「動くな! お前達を拘束する!」


 男が鋭い声で言った瞬間、相手の持っていた杖が不気味に光り出した。その光が三人に向かって放たれ、鎖のような物が体にまとわりついてくる。


「ちょっ……なにこれ?」


 体を拘束されて、真紀達は慌てふためいてしまう。


「これでしばらく動けまい。大人しくしていろ」


 真紀は必死に鎖を振りほどこうとするけれど、それはびくともしない。

 その間にも黒ずくめの連中が次々と神殿の中へと入ってくると、真紀達を取り囲むように並び立つ。

 人数は十人程だろうか。全員が不気味な雰囲気をまとっていて、ただならぬ殺気のようなものを感じる。


「痛い思いをしたくなければ我々に従いなさい。あなた達に危害を加えるつもりはない」


 今度は別の男が言った。その言葉には有無を言わせない威圧感があり、真紀達は抵抗を諦めざるを得なかった。


「あ、あの……僕達をどうするつもりですか?」


 おずおずと蓮也が尋ねると、男は不思議そうに首を傾げた。


「ふむ……おかしな言語を使うな。女神に選ばれたのではないのか?」


 真紀の耳には確かに男がそう言ったように聞こえたのだが、蓮也はやはり相手の言葉が理解できないようで、不安そうな表情を浮かべている。

 そして相手の方もまた蓮也の言ったことがわからなかったのか、怪しげな様子でこちらを見つめていた。


「あなた達は何者なの?」


 今度は真紀が尋ねた。


「おや、そちらの娘は我々の言葉を話せるようだな。だがあいにく、のんびりとお喋りをしている時間は無くてね」


 男の冷たい態度に、莉愛の苛立ちは募っていく。


「さっきから何よあんた達。そんな変な格好して、気持ち悪いんだけど」


 莉愛が震えながらも挑発的なことを言うが、当然相手にしてはもらえない。


「お前達は異世界からやって来たのだろう?」


 男の言葉に真紀は目を見開いて驚く。


「女神のすることなどお見通しだ。異世界の人間が召喚されると、その魔力の残滓を感じることができる。しかし」


 男は意味ありげな態度で、真紀達三人の姿を眺めた。


「この中に『聖女』はいないようだな。が、なかなか面白そうな者もいるではないか」


 そう言って男は蓮也の方に向き直る。


「本来なら異世界からの客人を丁重にもてなしてやりたいところだが……残念ながら、そうもいかない事情があってね」


 男はそう言うと蓮也に杖を向けた。


「とりあえず、彼には眠ってもらうとしよう」


 次の瞬間には男の放った魔法が蓮也の胸を貫いた。彼は声も出せずにその場に倒れ込んでしまう。


「蓮也!?」


 真紀は悲鳴を上げる。

 男は倒れた蓮也を見下ろしていた。


「安心しろ、殺してはいない」


 蓮也に縋りつこうとする真紀を、別の男が引き留める。


「離して! 蓮也!」


「お嬢さん、少し落ち着きなさい。彼を悪いようにはしない」


 男の声は穏やかだが、その表情は仮面に隠れていて読み取ることができない。それが余計に真紀を不安にさせた。


「ここに聖女がいないのは残念だが、この少年は使えるかもしれない」


「何を言っているの? お願いだから、蓮也にひどいことをしないで」


「それはお前達次第だ。この少年の無事を保証してほしいのなら、大人しく従うことだ」


 そう言われてしまえば、もう真紀にはどうすることもできない。

 恐怖と不安と悔しさに歯噛みしながらも、彼女は小さく頷くしかなかった。

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