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28 再会

 明美はずっと「ヒカリ」という双子の片割れのことを気にしていた。幼い頃から仲が良く、二人はいつも一緒だったという話だ。

 その話を聞いた時から、真紀の中に少しばかりの嫉妬心が芽生えていた。

 とは言え明美がヒカリを大切に思っていることは伝わってきたし、決してその想いを蔑ろにするようなことはなかった。


「ヒカリってさ、どんな子だったの?」


 真紀の問いに明美は少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、その顔はすぐに悪戯っぽい笑みへと変化した。


「どうしたんだよ真紀。ヒカリがそんなに気になるの?」


「だって……明美が双子だなんて知らなかったもん。気にもなるでしょ」


 明美の方が姉なのか妹なのかはわからないが……彼女の双子の片割れであるその人物は、明美より可愛くてお上品で頭がいいとのことだ。

 だけど真紀は、それ以上のことが知りたかった。


「ヒカリは優しい子だったよ。あたしが落ち込んだ時はいつも励ましてくれたし。代わりに宿題をやってくれたり、色々助けてもらったんだよねぇ」


 明美は昔を思い出しながら語る。その表情から、ヒカリとの思い出が大切なのだということが伝わってくる。


「あたしと違って性格もよくてさー、誰にでも好かれてたんだよね。おまけに成績優秀でスポーツ万能。ま、運動神経はあたしの方がもっと良かったんだけど」


 明美は楽し気に語っている。

 どうやらヒカリは優等生であると同時に、クラスでも人気者だったらしい。

 真紀はそんなヒカリのことを、少し妬ましく感じてしまう。大好きな少女の心の中にいる人物に、どうしてもヤキモチを焼いてしまうのであった。


(やっぱり私じゃ、ヒカリの代わりにはなれないよね)


 頭に浮かんだその考えを、真紀は慌てて打ち消した。


「ヒカリって子は、どうしていなくなっちゃったの?」


「さあね。あたしにもよくわかんない。急に、消えちゃったんだもん」


 明美はそれ以上のことをどう語って良いのか、自分でもわからないようだった。彼女は俯き、溜息を吐く。


「お父さんもお母さんも、ヒカリのことはもう諦めているみたい。でもあたしは、まだ諦めきれないんだよね」


 明美は悲しそうな表情で呟いた。


「もしもヒカリを取り戻せるなら、あたしはどんなことだってするよ。それが例え悪いことだったとしても」


 明美は強い決意を込めた瞳で、ここではないどこか遠くを見つめていた。


「あたしは、ヒカリに会いたい」


 明美の願いは切実なものだった。それが叶うのなら、彼女は本当に何でもしてしまうだろうということが、真紀にもよく伝わって来た。


「会えるといいね」


 それは、真紀の本心から出た言葉だ。


 だけど今はもう、真紀の隣に明美はいない。

 その事実があまりにも悲しくて、真紀は涙を堪えきれなかった。




「う、うー……うぐっ」


 真紀は目を覚ました。

 どうやら、固い地面の上にうつ伏せに倒れていたみたいだ。

 彼女はゆっくりと体を起こし、周囲を見回した。ここは森の中のようだ。近くには川があるのか、水の流れる音が聞こえる。


「いたた」


 体のあちこちが痛む。幸い大きな怪我はしていないようだが、頭がぼーっとして上手く働かない。

 確か魔女の影と戦っていて、風の魔法で空中に吹き飛ばされたはずだ。それからどうなったのか、真紀はよく覚えていなかった。


「みんな……どこ?」


 真紀は不安げに呟く。

 仲間の姿がどこにも見えなかった。

 そもそもあれからどれくらいの時間が経過したのだろう。今が何時なのか、どれくらいの間気を失っていたのかさえわからない。

 空は暗いが、夜というわけでもなさそうだ。もしかしたらすでに日が昇っており、時刻は朝方なのかもしれない。

 だが頭上はどんよりとした雲で覆われている。雨が降るかもしれない。

 真紀は立ち上がり、ふらふらと歩き出す。どこへ向かうべきなのかは、まるでわからないけれど。


「はぁ……もしかして、どこか遠くに飛ばされちゃったのかな」


 真紀は重い足取りで歩き続ける。

 このままみんなと合流できなかったら、どうすれば良いのだろう。

 魔物に見つかるかもしれないという恐怖もあるが、それ以上に仲間と離れ離れになってしまったことが辛かった。


「ッ!」


 真紀は茂みの向こうから聞こえてくる音に気が付いた。ガサガサという物音が近付いて来る。嫌な予感がして、彼女は恐る恐る振り返る。


「きゃあッ!」


 真紀は悲鳴を上げた。茂みの中から、大きな影が飛び出してきたのだ。それは、どうやら先程まで魔法陣に閉じ込められていた魔物のようだった。


(さっきの魔物が、ここまで逃げて来たの?)


 真紀は恐怖でその場に立ちすくむ。魔物は彼女を見つけると、牙を剥き出しにして襲い掛かってきた。


「や……やめて!」


 真紀は杖を振りかざし、必死に抵抗する。

 何発かは命中してダメージを与えることができたが、それでも魔物の動きは止まらない。諦めまいと、真紀は必死で抵抗を続ける。


「ううっ……!」


 魔物が振り下ろしてきた爪を、彼女は間一髪で避けることができた。だがそれによって体勢を崩し、地面に倒れ込んでしまう。


(まずい!)


 真紀は大慌てで起き上がった。

 後少しでも判断が遅れていたら、魔物の爪が真紀の肌を切り裂いていたことだろう。

 相手も力を吸い取られて弱っている様子だったが、体格差もあってこちらが不利だ。それに自分だってさっきまで戦っていてへろへろなのだ。


(どうしよう)


 真紀は焦燥感に駆られる。一人では厳しい戦いなのは明らかだ。

 この状況を打開しなければ、自分の命は無いだろう。だがそうこう考えている内に魔物の爪が再び振り下ろされる。


「うあああぁっ!」


 真紀は悲鳴を上げて地面を転がった。魔物の攻撃が彼女の右腕をかすめたのだ。

 痛みと恐怖で頭が真っ白になりそうになるが、彼女は歯を食いしばって必死に耐えた。


「う……うぅ……!」


 真紀は震える手で杖を握りしめて立ち上がる。

 早く次の魔法を撃たなければ、自分が殺されてしまう。

 わかっているのに痛みで集中することが困難だ。自分には、治癒魔法を使うことができない。仮に扱うことができたとして、恵子ほどの回復力は見込めないだろう。


(ここまでなのかな)


 真紀は悔しくなった。

 自分がここで倒れたら恵子はどうなるのだろう。莉愛や隆弘と、うまくやれるだろうか。

 それに、蓮也のことが気掛かりだ。大切な弟なのに、蓮也を見つけることも叶わないまま死んでしまうのだろうか。


(そんなの、嫌だよ)


 真紀は唇を噛み締める。

 魔物の爪が、すぐそこまで迫ってくる。真紀は恐怖で身がすくみ、身動きが取れなくなる。


「恵子……蓮也……」


 無意識の内に、彼女の口からは大切な人達の名前が零れていた。


「明美……」


 最後に初恋の少女の名前を呼んで、彼女はぎゅっと目を閉じた。


(せめてもう一度、あなたに会いたかったよ)


 ――その時、耳をつんざくような爆発音が響き渡った。


 真紀は驚いて目を開ける。何が起こったのかわからなかったが、魔物が悲鳴を上げて勢いよく吹き飛ばされるを目撃した。


「な、何?」


 真紀は唖然としてその場に立ち尽くしていた。何が起きたのか理解できず、彼女は目をぱちくりとさせるばかりであった。


「よかった、間に合ったみたいだ」


 背後から聞こえた声に真紀は驚いて振り返る。そこに一人の少年が立っていた。

 彼は先端に黒っぽい宝石の付いた長い銀色の杖を握っている。落ち着いた色のコートを着た、背の高い少年だ。整った顔には人懐っこい笑みが浮かんでおり、真紀を見つめる瞳は優しい。

 真紀は呆然とした眼差しで彼を見つめていた。

 それは、まるで夢を見ているかのような感覚だった。


「れん、や?」


 真紀は掠れた声で呟く。

 そこに立っていたのは紛れもなく、離れ離れになってしまっていた弟だった。


「大丈夫?」


 彼は真紀に向かって手を差し伸べた。その手は温かくて、力強いものだった。

 その温もりに触れた瞬間、彼女の瞳に涙が溢れた。熱いものがぽろぽろと零れ出し、頬を伝って流れ落ちていく。


「れんやぁ……!」


 真紀は勢いよく彼に抱き着いた。彼は真紀を抱き留めると、優しい手つきで頭を撫でてくれた。


「よしよし、姉さんは泣き虫だなぁ」


 泣きじゃくる真紀に対して、彼は少しばかりからかうような言葉を口にする。


「心配してたんだからぁ……!」


 真紀は嗚咽交じりに答える。


「うん、ごめん」


 蓮也は真紀をぎゅっと抱きしめ返してくれた。

 彼の腕に抱かれながら、真紀はやっと再会できた喜びを噛みしめていた。もう会えないかもしれないと思っていた弟と、こうして再び巡り合えたのだ。


「本当に、無事でよかったよ」


 真紀は涙を拭いながら、震える声で口にする。


「もう大丈夫だよ、姉さん。後は僕に任せて」


 彼はそう言うと地面に倒れ伏した魔物の方に向き直った。魔物はまだ死んでおらず、ふらふらと立ち上がるところだった。


「はぁ……あの魔物も可哀想だよね。あいつらの実験に使われて、苦しい思いをさせられてさ」


 蓮也は悲し気にそう呟くと、魔物に向かって杖をかざした。


「だけど姉さんに手を出したことは許せないな。それにこのまま放置しておくわけにもいかないし、仕方ないよね」


 蓮也はじっと魔物を睨み付ける。

 真紀も彼の隣で杖を構えて、魔物の様子を窺った。


「蓮也、戦えるの?」


「今の魔法見てたでしょ? 結構強いんだからね、僕」


 彼は自信たっぷりにそう答えると、杖に魔力を込めていく。


「行くよ、姉さん」


 真紀は頷いて、蓮也と共に魔物に立ち向かうのであった。

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