27 戦いからの逃走
真紀達一行は、再び魔女の影と対峙していた。
彼女をどうにかしなければ、この状況を脱することは出来ないだろう。真紀達は苦戦を強いられながらも、必死に戦っていた。
「彼女の相手は僕が引き受ける! キミ達は、魔物の方を頼む!」
アルベルトが真紀達に指示を出す。
確かに英雄である彼なら、あの女とも互角に渡り合えるだろう。彼が任せろと言うのなら、きっと大丈夫だろうという確信もあった。
真紀達は、アルベルトの言葉に従って魔物達の方へ向かう。隆弘が前衛に立ち、他のみんなは後衛でサポートに回る形となった。
「おらぁっ!」
隆弘は剣に魔力を込めて魔物達を斬り付ける。
彼の一撃を受けて、魔物の中の一体が倒れる。しかしすぐに別の魔物が襲って来て、隆弘は攻撃を受け止めざるを得なくなった。
「このっ……!」
苦戦する隆弘を見て、真紀も負けじと杖を振るった。魔法の刃が飛び交い、魔物を裂いていく。さらに莉愛の放った魔法が直撃し、魔物は力尽きた。
「やった!」
真紀が歓声を上げる。
だが残った魔物達は怒り狂いながら、真紀達へと迫って来た。
「グオオォ!」
雄叫びを上げながら突進してくる魔物に、隆弘がとっさに剣を振るう。しかし力負けして弾き飛ばされてしまった。
「うわああッ」
倒れ込む隆弘を見て、恵子は慌てて治癒魔法をかける。
「香坂くん、大丈夫!?」
「あぁ、平気だ!」
隆弘は立ち上がって剣を構える。彼は意識を集中させて、再び剣に魔力を込める。
「これでも喰らえッ!」
隆弘は勢いよく剣を振り、衝撃波を放つ。その攻撃で何体かの魔物が吹っ飛ばされた。
真紀も莉愛も必死に杖を振るい続け、次々と襲い来る魔物達に応戦する。だが魔物はいくらでも立ち向かってくるものだから、さすがにこちらも疲労が溜まってくる。
「はぁ、はぁ……」
真紀は肩で息をしながら周囲を見回す。
隆弘はまだまだ行けそうだが、自分も莉愛も体力的に限界が近い。恵子には戦う力が無いので、彼が倒れれば打つ手が無くなる。
「まずい、このままだとやられちゃう」
真紀は呟く。このまま戦いが長引けばこちらが不利になる一方だ。
早いところアルベルトが魔女の影を倒してくれれば良いのだが、彼の方もまた苦戦を強いられているようだ。
「く……なかなか、手強いな」
アルベルトは苛立たしげに呟いている。
魔女の影は素早くて手強い。彼も何とか隙をついて攻撃を仕掛けているが、なかなか決定的な一撃を与えることが叶わないようだ。
「これならどうだ!」
アルベルトは魔女の影に向けて魔法を放った。
彼女は余裕そうに攻撃を避けるが、これは飽くまでも囮だ。アルベルトは素早く女の背後に回り込むと、後ろから剣を振り下ろした。
彼女は咄嗟に回避しようとするが、間に合わずに腕を切り裂かれる。
魔女の影は呻き声を上げると、アルベルトから距離を置こうと飛び退いた。
「逃がさないぞ!」
アルベルトは追撃しようと試みる。しかし魔女の影もただでやられるつもりはらしく、ニヤリと笑みを浮かべると、霧のような物を周囲に展開した。
「ぐっ、これは……!」
アルベルトは苦しそうに顔を歪める。
霧がアルベルトの体にまとわりついて、その動きを封じていた。
「アルベルトくん!」
彼の様子に気付いた恵子が叫ぶ。
「僕は大丈夫! キミたちは、そっちの魔物を頼む!」
アルベルトは苦しそうにしながらも指示を出す。彼が食い止めている間に、自分達は残りの魔物を片付けなければならない。
「ったく、カッコつけやがって」
隆弘は悪態をつくと、再び魔物の群れに斬りかかった。
真紀もそれに続くようにして杖を振るい、莉愛もまた攻撃魔法を放った。恵子も必死に回復魔法や結界を張って援護してくれるが、それでも魔物達の数が多すぎる。
「うぅ……このままだと、まずいよ」
真紀は苦悶の表情を浮かべる。このままではジリ貧だ。アルベルトが魔女の影を倒してくれるのを祈るばかりだが、そう上手くいくとは限らない。
(駄目、ここで諦めるなんて嫌!)
真紀は歯を食いしばると、再び杖を振りかざした。
敵を倒しきることはできなくとも、せめてあの野盗達を檻から解放して、みんなでこの場から逃げ出すことさえできればいい。
真紀は杖を振り、魔力の刃を飛ばす。それは一体の魔物を切り裂き、野盗達の捕まっている檻の一部を破壊させた。
「やった!」
真紀は歓喜の声を上げる。
野盗達は我先にと檻の外へ飛び出した。
「助かった! ありがとう、お嬢ちゃん!」
野盗達は真紀に礼を言うと、そのまま一目散に逃げ出そうとする。しかし彼らの前に魔物が立ちはだかった。
「ひいぃ!」
情けない声を漏らす野盗達を莉愛が庇いに向かう。
「世話掛けさせるんじゃないわよ!」
莉愛の杖から魔法の光が放たれ、魔物に襲い掛かる。そのままの勢いで、彼女は次々と魔物達に攻撃をしていった。
「俺が魔物を足止めするから、みんなはそいつらを連れて早く逃げろ!」
隆弘が真紀達に向かって叫ぶ。
「香坂くんだけじゃ危ないよ。私も残る」
恵子は隆弘にそう告げると、真紀達に先に行くように促した。
「でも、恵子」
真紀は不安げな表情を浮かべるが、恵子は優しく微笑む。
「私は大丈夫だから、真紀と樋口さんは彼らを安全な場所まで連れて行ってあげて」
「わかった。二人も気を付けてね」
真紀と莉愛は恵子に頷くと、野盗達を連れてこの場を離れた。
魔物達は隆弘と恵子が引き付けてくれている。アルベルトはまだ魔女の影と交戦中だが、彼のことを信じて任せるしかない。
「こっちよ!」
真紀は先頭に立って走りながら、後ろを振り向いて野盗達に声を掛ける。彼らは不安げな表情を浮かべながらも懸命について来ていた。
幸い、魔物達が追ってくる様子は無い。このままなら、無事に逃げ切ることも可能だろう。
「ッ!」
真紀の背中にぞくりと悪寒が走った。
それと同時に、背後から魔法が飛んでくる気配を感じる。
「きゃあッ!」
突然のことに咄嗟に対応ができず、魔法の直撃を喰らってしまう。
「ちょっと瀬川さん、大丈夫?」
恵子が真紀を気遣う。しかしそんな彼女の後ろから、またも魔法が飛んできた。
「うあぁっ!」
今度は莉愛に当たってしまったらしい。彼女は地面に倒れ込むと、苦しそうに呻いた。
「樋口さん!」
真紀は彼女に駆け寄ろうと足を踏み出す。だがその時、彼女の手から杖が弾き飛ばされた。
「いたっ……!」
真紀は急いで杖を拾い直そうとするが、その前に首を掴まれてしまう。
首を絞められる苦しみに、真紀は苦悶の表情を浮かべる。いつの間にそこにいたのか、魔女の影は彼女のすぐ目の前にいたのだ。
「瀬川さん!」
莉愛が叫びながら、杖を突き出す。しかし魔女の影はそれをひらりと躱すと、真紀の首に回した手にさらに力を込めた。
「うぅっ……」
苦しい……息ができない……。意識が遠のいていく。
(こんなところで、終わるわけにはいかない)
真紀は必死に抵抗しようと、魔女の影の手に爪を立てる。
「う……うわあああッ!」
突然の事態に野盗達は混乱しているようだった。その中でも一番に動いたのは莉愛だった。
莉愛は魔女の影に向かって飛びかかると、彼女の体にしがみつくようにして取り押さえる。
「あんたねぇ、その手を離しなさいよぉ!」
莉愛は必死に訴えかける。けれど魔女の影は全く動じない。それどころか簡単に莉愛を引き剥がすと、その体を勢いよく投げ飛ばした。
「きゃああぁっ!」
莉愛は悲鳴を上げながら地面に叩きつけられる。魔女の影は高笑いを響かせながら、真紀の首を絞め続けた。
(もう、ダメ……!)
真紀が意識を手放しかけた、その時だった。
「やめろ!」
アルベルトが勢いよく魔女の影に攻撃を仕掛けた。
彼の一撃は女の背中を切り裂いた、彼女は苦悶の声を漏らしながら真紀から手を離す。ようやくのことで拘束から解放され、真紀はその場に崩れ落ちる。
(助かった)
安堵したのも束の間、真紀は立ち上がろうとして失敗する。足に力が入らず、上手く立つことができないのだ。
「大丈夫?」
「う……うん、なんとか」
真紀はさっき取り落とした杖を拾うと、肩で息をしながら答える。だが莉愛はアルベルトに文句があるのか、物凄い形相で彼に詰め寄った。
「ちょっと、なんであの女がここにいるのよ! ちゃんと足止めしておいてよ!」
莉愛は不機嫌そうに声を荒げる。
「すまない、油断してしまったんだ」
アルベルトは謝罪の言葉を述べると、魔女の影の方に向き直った。
魔女の影は忌々しそうにアルベルトを睨みつけるが、すぐに皮肉気な笑みを見せる。彼女は両手を天に掲げ、空に大きな魔法陣を展開させたのだ。
「あ、あれって」
その光景には見覚えがあった。はじめて魔女の影に襲われた時も、同じような魔法を使っていた。
早く逃げなければと、頭ではわかっている。けれど疲れ切った体は言うことを聞いてくれなかった。
「い……嫌あああぁッ!」
激しい風が巻き起こり、真紀の体を宙に舞い上げる。どれだけ両手をじたばたと動かしてもがこうとも、今の彼女にはどうすることもできない。
「瀬川さん!」
莉愛が心配そうに声を上げるのが聞こえた。
けれど真紀にはそれに答える余裕すら無い。
真紀は魔女の影の作り出した風の渦に巻き込まれ、天高く飛ばされてしまうのであった。




