21 魔物の洞窟
真紀達がアルベルトと共に魔物の根城へと向かったのは、その次の日の早朝のことだった。
森の中にあると言う洞窟へ道中、アルベルトはこの世界について色々聞かせてくれた。今からずっと昔、この世界に魔女が現れた。魔女は美しい女性の姿をしており、不思議な力を持っていたという。
彼女が何者なのかはわからない。ただ、その力でこの世界を混沌に陥れたことは確かなようだ。気まぐれに町や村を襲い、人々を恐怖と混乱の渦に陥れた魔女。
彼女を倒す為に、この世界を守る女神によって人間の女性の中から一人の聖女が選ばれた。聖女は多くの人々から崇められ、彼女を守る騎士や魔法使いと共に魔女の討伐に向かうことになる。
そして長い戦いの末、聖女はついに魔女を倒すことができたのだ。
「それが魔女と聖女との最初の戦い。今から数百……いや、もしかしたら千年くらい前になる話かもしれないね」
アルベルトは感慨深げに言った。
「聖女が魔女を倒した後、世界には平和が訪れた。けれどそれから二百年も経たない内に、魔女は再び現れたんだ」
魔女は前回と同じように人々を襲い、前回と同じように女神が聖女を選定した。
彼女達の戦いは熾烈を極め、激しい戦いの末によ再び魔女を倒すことができた。けれどその後も時と共に魔女は何度となく復活を繰り返し、そのたびに聖女はそれを阻止しようと立ち上がることになる。
「魔女が現れる度に、この世界の人々は絶望の淵に立たされた。しかしその度に、聖女の活躍によって救われてきたんだ。魔女は聖女にしか倒すことができない。聖女がいるからこそ、人々は希望を失わずにいられるんだ」
アルベルトの視線が恵子の方へ向けられる。恵子はちょっぴり頬を赤くして、恥ずかしそうに俯いた。
足元の草を踏みつけながら、一行は洞窟へと向かって歩いていく。
目的地まであと少し。自ら魔物の根城へと向かうなんて初めてのことなので、真紀は緊張で体が固くなるのを感じていた。
「そういえば、魔物も魔女が作ったって話だよね。魔女を倒せば、魔物もいなくなるのかな」
「確かに魔女が消滅すれば、この世界に蔓延っていた瘴気や穢れも消えると言われている。けれど魔物が完全に消えることはない」
「えぇー、そうなの?」
莉愛は不満げな声を上げる。
「魔女が死んでも、彼女が作った魔物達は残り続けるよ。まるで亡き主を弔う為に、彼らはこの世界に留まり続けるそうだ」
アルベルトは静かに語りながらも、一行を安心させるように微笑んだ。
「でも大丈夫。魔女がいなくなった後の魔物達は、それまでよりも大きく弱体化するんだ。それこそ普通の人間の手でも十分に倒すことができるから、少しずつ数を減らしていけるよ」
「それを聞いて安心したわ」
莉愛はほっとしたように胸を撫で下ろした。
「つーか女神ってさ、今までも別の世界から聖女になる奴を召喚してたのか?」
隆弘が疑問を呟く。
「いいや。女神様が別世界から聖女を召喚するのは、今回が初めてだ」
「まじかよ。なんでまた、俺らの世界から呼んだんだよ?」
「それはもちろん、魔女を倒す為だよ。異世界から召喚された人間には、強い力が宿ると言われているからね」
アルベルトは当然のように言うが、真紀達は揃って怪訝そうな表情を浮かべた。
「そうだったの?」
「ああ。今回の魔女は、これまで現れたどの魔女よりも強力だという話だ。事実、ここ数年で魔物の凶暴化は今までの比ではないくらいに加速している。だから女神様はこの世界の人間だけでは手に負えないと判断したんだろう」
アルベルトは淡々と語った。
つまりこの世界の住民の中から新しい聖女を選ぶより、他の世界から来た女性の方が、魔女を倒すのには向いているということか。
「異世界から呼んだ奴の方が優れてるなんて言われてもよ」
隆弘は納得いかない様子だった。
「よりによってそんな危険な役回りを藤木に押し付けなくてもさ。つーか、魔女なんて女神が倒してくれればいいのに」
「そうだね……女神様は、確かに強い力を持っているよ。けれど、魔女を倒すことが出来るのは人間だけだ。女神様は人間に力を与えることはできても、直接魔女に手を下すことはできない」
だからこそ女神様は聖女を選ぶのだと、アルベルトは語った。
「だからって、なんでそれを藤木が」
隆弘はぶつぶつと文句を言っている。
やがて洞窟の入り口が見えてきた。中は真っ暗で何も見えないが、奥の方から不気味な音が響いてくるのがわかった。それは風の音なのか、それとも魔物の呻き声なのだろうか。
「この奥に、魔物達がいるよ」
アルベルトは真剣な眼差しで言う。
真紀達はごくりと唾を飲み込んだ。いよいよ乗り込む時が来たのだ。
洞窟内はじっとりと湿っていて、空気が澱んでいるように感じた。じめっとした嫌な臭いがして、真紀は思わず顔をしかめる。
アルベルトが魔法で光の玉を出現させると、洞窟の中が明るく照らされた。
「足元に気を付けて」
アルベルトの後ろを真紀達はぞろぞろと付いていく。
洞窟内は想像していたよりもずっと広いようだった。天井も高く、通路にも幅がある。足元がよく踏みしめられていることから、これまで何体もの魔物がこの洞窟を出入りしていたことがうかがえる。
歩いているとやがて大きな影が見えてきた。真紀達は慌てて立ち止まり、戦闘態勢を取る。
その影が動いた瞬間、魔物の姿が露になった。それは人の形をしていたが、明らかに人間ではなかった。体は筋肉質で、肌は灰色。鋭い牙を持っており、目はぎょろりと大きく見開かれている。
「僕に任せて」
アルベルトは素早い動きで魔物に斬りかかった。
真紀達が応戦する隙すらない程の見事な剣捌きで、彼はあっという間に魔物を仕留めてしまった。
「す、すごい」
真紀は呆気に取られて呟いた。
恵子も目を丸くして、アルベルトのことを見つめている。
「よし、この調子でどんどん行こう」
アルベルトは満足げに言うと、さらに奥へと進んでいった。
それからも何度か魔物が現れたが、アルベルトの敵ではなかった。さすがは英雄と言われるだけのことはあり、彼は剣や魔法を駆使して敵と戦っていく。
けれど、いくら倒しても魔物は次々と現れた。
「さすがに多すぎじゃない? まさか魔女の影がいるんじゃないでしょうね」
莉愛は顔をしかめて言った。
「その可能性もゼロではないよ」
アルベルトは真剣そうな面持ちで言う。そんなことを言われても不安になってしまうのだが、彼の強さは本物だ。真紀達とは比べ物にならないほどの力で魔物を薙ぎ倒し、どんどん先へと進んでいくのだ。
「アルベルトくん、すごいね。魔女の影と戦っても勝てそうだよ」
恵子は尊敬の眼差しでアルベルトを見つめていた。満更でもなさそうにアルベルトは微笑み、すっかり打ち解けた様子の二人を隆弘が恨めしそうに睨んでいる。
「んだよ……俺だって、あれくらいの魔物」
「あんた何ぶつぶつ言ってんのよ」
莉愛が不思議そうに問い掛ける。
「何でもねーよ」
隆弘は吐き捨てるように言うと、先へと進んでいってしまった。
「あ、香坂くん待って」
「ちょっと隆弘!」
恵子と莉愛が慌てて追いかける。真紀もすぐに後に続いた。
「あーあー。タカヒロの奴、相当焦ってるなぁ」
クレアは呆れたような声で言った。
「たぶん香坂くんは、あの二人が仲良くしているのが気に入らないんだよ」
真紀は小声で言う。
元の世界にいた時は、隆弘と恵子が話しているところなんて見たことがなかった。それどころか、隆弘は莉愛と一緒になって真紀や恵子をからかっていたくらいだ。
それが今では露骨なくらい、彼は恵子に執着しているように見える。
「恵子は香坂くんに恋愛感情はないみたいだけど……香坂くんの方は、恵子が気になってるんだろうね」
「あの二人が付き合い出したら面白そうじゃない? きっと莉愛が大荒れするだろうね」
クレアは意地悪くにやにやと笑った。
「やめなよそういうこと言うの」
真紀は呆れたように答える。
でも内心、あの二人が本当に付き合い始めたらどうなるのだろうという疑問はあった。仮に恵子と隆弘が恋人同士になったとしたら、莉愛はどんな反応を見せるのか。
想像もつかないけれど、きっと穏やかではいられないはずだ。
「気を付けて、何か来るよ」
アルベルトが険しい表情で言った。
「グルルル……」
低い唸り声を上げて奥から何かが出てくる。
真紀が身構えた次の瞬間には、狼のような頭をした魔物が勢いよく飛びかかってきた。隆弘はアルベルトよりも先に駆け出すと、剣を構えて魔物に斬りかかる。
しかし隆弘の剣は空を切った。魔物の素早い動きで、攻撃が避けられてしまったのだ。
「うおっ」
隆弘は慌てて体勢を立て直そうとするが、間に合わない。鋭い爪で肩を引き裂かれてしまう。
「隆弘!」
莉愛が悲鳴を上げた。
「この野郎!」
隆弘は怒りに任せて魔物に斬りかかる。今度はしっかりと狙いを定め、魔物の胴体を斬り裂いた。魔物は墨のような血飛沫を上げてその場に倒れる。
「大丈夫?」
アルベルトが駆け寄ってきた。
「ああ、これくらい平気だ」
隆弘は肩を押さえながら、痛みに顔をしかめた。
「あんた、無理しないでよ!」
莉愛が心配そうに声を掛ける。
「だから、これくらい平気だって――」
隆弘が言いかけている途中で新たな魔物が姿を現した。
「きゃあっ!」
恵子が悲鳴を上げた。隆弘は咄嗟に攻撃を仕掛けるが、しかし先ほどと同じように素早い動きでそれを避けられてしまう。
「くそ!」
がむしゃらになって隆弘は剣を振るうが、やはり当たらない。それどころか、今度は背後から別の魔物が現れて、鋭い爪で彼を引っ掻こうとした。
「危ない!」
アルベルトが叫んだ。
隆弘はとっさに身を屈め、魔物の攻撃を避ける。そのまま魔物の懐に潜り込み、勢いよく剣を突き刺した。
「グウゥッ!」
苦しそうな呻き声を上げて魔物は地面に倒れた。それでもまだ息があるようだったが、アルベルトがすかさずとどめを刺してくれた。
「危なかったね」
アルベルトは安堵の息を吐いた。
「チッ……あれくらい、自分で倒せたっつーの」
隆弘は不機嫌そうに呟くけれど、その顔は明らかに青ざめていた。
「待ってて、今回復するね」
恵子が治癒魔法をかけると、隆弘の傷がみるみるうちに塞がっていく。
「悪いな、助かった」
隆弘は礼を言った。
「少し無茶をし過ぎだよ。命に関わるかもしれないし、もっと慎重に行動して」
アルベルトは隆弘に釘を刺したが、隆弘は不満げに顔を逸らしてしまう。明らかに聞く耳を持たない様子の彼に、アルベルトは困ったように肩を竦めた。
その後も何度か魔物との戦闘があったものの、真紀達は何とか勝ち進みながら洞窟の奥へと進んでいった。
「もうすぐ最深部だ」
アルベルトは険しい表情で言う。
おそらくこの先に、魔物の親玉が待ち構えているのだろう。
真紀達はやがて開けた空間に出た。そこは円形の広間になっており、天井は高く吹き抜けになっている。
そこに、巨大な魔物が佇んでいた。全身の毛は黒くぼさぼさで、目は血走っている。口は大きく裂けていて、鋭い牙が剥き出しになっていた。
「いよいよだよ。準備はいい?」
アルベルトが声を掛けてきた。
真紀達は無言で頷く。緊張で手が汗ばんでいるのがわかったが、それでもしっかりと杖を握りしめる。
「行くよ!」
アルベルトの合図と共に、真紀達は一斉に駆け出した。




