19 英雄
真紀達がルカナの町にやって来たのは、それから数日後のことだった。
ルカナは今まで見てきた町よりも規模が大きいようだ。建物や道の整備もしっかりしており、人々の暮らしも豊かそうに見える。
一行は町に入るとまずは宿を探すことにした。幸い、すぐに泊まる場所を見つけることができた。真紀は部屋に荷物を置くとベッドに腰かけて一息つく。
窓から外を眺めると、そこには活気のある街並みが広がっていた。
(そういえば、あの人達……どうなるんだろう?)
真紀は先日会った深淵の民によって消し去られた、あの野盗達を思い出す。彼らがどこへ消えてしまったのかは結局わからずじまいだ。あんな小悪党に同情する気は起きないが、それでも彼らが消えてしまったことには少し心苦しさを覚える。
「おーいマキ、どうしたのさー?」
クレアが真紀の顔を覗き込んでくる。
「うん……前にあったあの野盗のことなんだけど、どうなったのかなって」
「深淵の民に連れてかれちゃったんでしょ? かわいそーだけど、生贄かなんかにされるんじゃないかな」
「やっぱり、そうなっちゃうよね」
クレアの言葉に真紀は複雑な気持ちになる。
深淵の民には会えたが、蓮也の安否はよくわからないままだ。殺されてはいないみたいだが、どんな扱いを受けているのかは想像がつかない。
エリィが面倒を見てくれているようだから、彼女が蓮也を守ってくれているのを祈るしかなかった。
コンコンと部屋のドアが控えめに叩かれる。
「真紀、そろそろご飯食べに行こうよ」
恵子の声が聞こえた。
「わかった、すぐ行く」
真紀は返事をするとクレアと一緒に部屋を出た。
宿の一階にある食堂にはたくさんの客が集まっており、店内は賑わっていた。真紀達はどうにか空いている席を確保すると、適当に料理を注文して料理が運ばれてくるのを待った。
こういった人が多く集まる場所には、色々な噂話も集まってくる。真紀達は周囲の人々の話に耳を傾けていた。
「――なあ、聞いたか? アルベルト様が今この町に来ているんだってよ。この辺りの魔物を討伐する為に、わざわざ来てくださったらしいな」
「さすがは俺達の希望の星だよ。最近は魔物も凶暴化してきて、みんな不安がってたからな」
「あの方がいてくれて助かったぜ」
そんな会話に聞き耳を立てている内に、料理が運ばれてきた。美味しそうな匂いに食欲をそそられて真紀達は食事を始める。
「アルベルトって人……この前会った旅のおじさん達が話していた英雄のことだよね」
目の前のパスタをフォークに巻きつけながら恵子が呟く。
「藤木、そいつのこと気になんの?」
隆弘がどこか不機嫌そうに言う。
「うん。すごい人だって話だし」
「俺はあんまり興味ねーな。どうせいけ好かねぇ野郎なんだろ?」
隆弘は吐き捨てるように言うと、乱暴にパンをかじった。
「でもみんなの為に一人で頑張っているみたいだよ。すごく立派だと思うな」
「そりゃ……英雄って言われるぐらいだからな。けど、だからって偉いとは限らねぇだろ」
隆弘がムスッとした顔で言うのを見て、恵子は不思議そうに首を傾げる。
「その人、この町に滞在しているみたいだね。会えるといいね」
真紀がそう言うと、恵子は嬉しそうな表情を浮かべた。そんな彼女の態度を見て隆弘はますます不機嫌そうになり、そんな彼の態度に莉愛は呆れ顔になっていた。
食事を終えた後、一行はルカナの町を見て回ることにした。
町はたくさんの人で溢れている。活気のある声が飛び交い、とても賑やかで楽しそうだ。真紀達はまず旅に必要な物を揃えるために商店を回った。
保存のきく食料や水、薬や衣類などを買い揃え、旅支度を整える。
その後はゆっくりと町を散策することにした。露店が立ち並ぶ通りを歩くと、多くの人々が行き交っているのが見えた。
道行く人の表情は明るく、皆生き生きとしているようだ。
そしてどこへ行っても、英雄アルベルトの噂話が聞こえてきた。
「アルベルト様は本当に素晴らしいお方だな」
「あの方がこの町にいてくださるだけで、安心できるよ」
人々の話題はもっぱらアルベルトのことだ。だが時折、魔女を倒す為に旅に出た聖女の話も耳にした。
「聖女様は今頃、どこで何をしているんだろう?」
「いくらアルベルト様でも魔女を倒すことはできないしな」
「一体どんなお方なんだろう? 一度、お会いしてみたいものだ」
そんな人々の言葉を耳にする度に、恵子は複雑そうな表情を浮かべていた。
「なんか変な感じだなぁ。自分のことが噂になってるなんて」
「そりゃあケイコは聖女様なんだから興味を持つのは当然だよ」
クレアがそう言うと、恵子は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
一行は町の広場までやって来ていた。木陰にあるベンチに腰掛けて果物のジュースを飲みながら、のんびりと休憩をしていた。
「それにしてもアルベルトって人はすごい人気があるみたいだね。みんな彼を尊敬してるみたいだし」
恵子はそう言って、ジュースを一口飲む。
彼女がアルベルトに興味がある様子を見せている為か、さっきから隆弘は面白くなさそうだ。そしてそんな隆弘の態度に、莉愛は苛立ちを隠せない様子だった。
「あーあ……もう、いい加減にしてよね!」
「あ? どうしたんだよ急に」
突然莉愛が大きな声を出したので、隆弘は驚いて目を丸くする。
「あんた、ここ最近ずっと藤木さんのこと気にしてるじゃない! 一体、どういうつもりなの」
莉愛が問い詰めると、隆弘は動揺した様子で目を逸らす。
「べ、別にそんなつもりねぇよ」
「はぁ? 明らかに意識してるでしょ!」
莉愛が鋭い視線で睨みつけると、隆弘は居心地悪そうに身じろぎした。
「樋口さん?」
不安そうに名前を呼ぶ恵子を睨み付け、莉愛はベンチから立ち上がる。
「お……おい、莉愛」
莉愛はそのままどこかへ歩いて行ってしまい、隆弘は後を追おうか迷いを見せている様子だ。
「香坂くん、追い掛けようよ。こんな広い町の中で一人になったら、きっと危ないよ」
真紀はそう言うが、隆弘は迷っているようだった。
「けどあいつ、俺のこと怒ってるみたいだし」
「行ってあげてよ。喧嘩したままなんて嫌でしょ?」
恵子が諭すように言うと、隆弘は観念したように立ち上がる。
「わかったよ……すぐ戻るからお前らはここで待っててくれよ」
渋々といった様子で隆弘は莉愛の後ろ姿を追い掛けていった。残された真紀は、隣に腰掛けている恵子に視線を向ける。
「恵子……あのさ、香坂くんのことをどう思っているの?」
「香坂くんは、仲間だよ。前みたいに意地悪なこと言って来なくなったし、少しは仲良くなれた気がする」
「いやいやそーゆーことじゃなくってさー」
恵子の答えに不満気な様子で返事をしたのは、真紀ではなくクレアだった。彼女はふわふわと宙を漂いながら真紀と恵子の間に割り込んでくる。
「マキが聞いてんのは、ケイコがタカヒロを好きかどうかってことでしょ」
「わ、私は……別に、そんなつもりじゃないよ。それに香坂くんは樋口さんと付き合っているみたいだし」
「でも肝心のタカヒロの方は、リアよりもあんたに興味津々って感じだよ」
クレアの言葉に、恵子は困った様子で俯いた。
「私は……香坂くんとそういう関係になりたいとは思ってないよ。それこそ樋口さんみたいに快活な人の方が彼には合ってるんじゃないかな」
恵子はどこか寂しげな様子で言う。
もちろん、隆弘が思っていたよりも優しい人物だと知れたことは嬉しい。しかし、隆弘と交際している莉愛からしたら、やはり複雑な心境なのだろう。恵子は自分のせいで二人の関係がギクシャクしてしまうことを気にしているようだった。
彼らが仲直りしてくれることを祈りつつ、真紀達は二人が戻ってくるのを待った。
「きゃーッ!」
すぐ近くで悲鳴が上がり、真紀達は慌てて声のした方に向かう。
そこには大きな魔物がいた。そいつは熊のような姿をしており、牙を剥き出しにして涎を垂らしていた。
「うわぁ、なにあれ! めちゃくちゃ強そうじゃん!」
クレアが魔物を見て驚きの声を上げる。
「う……嘘だろ。町の中に魔物が現れるなんて!」
「いやあああああああ!」
周囲にいる人々は突然のことに悲鳴を上げながら我先にと逃げていく。けれどその途中で転んでしまったり、恐怖のあまり足が竦んで動けなくなってしまった人もいるようだった。
「大変、なんとかしないと!」
真紀は咄嗟に指輪から杖を呼び出し、魔物に向かって振りかざした。杖が放ったのは電撃魔法だ。直撃を受けた魔物は大きく怯んだが、致命傷には至っていないようだった。
「そ……そんな」
真紀は杖を持つ手が震えるのを感じた。
それでもなんとかしなければと必死で魔法を放つが、決定打にはならなかった。
(落ち着いて真紀。落ち着くの。魔法は想像力が大切なんだから)
真紀は己を叱咤しながら、あの魔物を倒せそうな方法を考える。例えば相手を凍らせてしまうのはどうだろうか。
真紀はどうにか頭の中でイメージを固め、杖を魔物に向ける。
「えい!」
杖の先から吹雪のような冷気が放たれ、魔物の体を凍らせていく。そのまま全身を氷漬けにされた魔物は呆気なく動かなくなった。
「や……やったぁ!」
真紀は杖を握りしめたまま、歓喜の声を上げる。
「真紀すごいよ! あんな大きな魔物を倒しちゃうなんて!」
恵子が嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「うん、上手くいってよかった」
「ほんとやるじゃーん! さすがはマキだよ」
クレアが褒めるように飛び回ると、真紀は照れ臭く思いながら頬を赤らめた。
「とにかく無事でよかった。あとは、怪我人が出てないか確認しないと――」
恵子が言いかけていると、ピシ、という嫌な音が聞こえた。
まさかと思って振り返ると、次の瞬間には魔物を包んでいた氷が砕けていた。
「うそ、そんな……!」
真紀は絶望に声を震わせる。氷漬けになっていたはずの魔物は何事もなかったかのように動き出し、鋭い爪を振りかざしてきた。
「きゃあっ!」
二人は悲鳴を上げた。
魔物の攻撃はすぐそこまで迫っている。
このままでは避けられない。そう思った、次の瞬間のことであった。
突然、光の線が走った。
何が起こったのかを咄嗟に理解できない。真紀の目の前で、魔物の体が真っ二つに裂けていたのだ。傷口からは墨のような黒い血が噴き出し、その巨体は地面に崩れ落ちて霧のように消えていく。
そしてそこに、一人の男が立っていた。
「キミ達、大丈夫?」
その男は白銀の剣を手に持ち、穏やかな笑みを浮かべていた。
年の頃は真紀達と同じくらいだろう。短い黒髪に、切れ長の黒い瞳。顔立ちは整っており、とても優しそうな雰囲気を漂わせている。
彼は黒い外套を羽織り、その下には銀色の鎧を身に着けていた。
一見優男にも思えるが、その眼差しからは研ぎ澄まされた強さを感じさせる。
「あ……アルベルト様だ!」
周囲から歓声が上がった。
「アルベルト様が魔物を退治してくださったぞ!」
人々はそう言って喜び合い、アルベルトを称えた。
そんな声に応えるように彼は爽やかに微笑むと、真紀と恵子の方に向き直る。
「怪我はない? キミ、とても勇敢だったね」
「は、はい。大丈夫です」
真紀が戸惑いながらも返事をすると、アルベルトは満足げに頷いた。
ぼんやりとした眼差しで彼を見つめていた恵子は、突然ハッとした様子で声を上げる。
「あっ! あ、あの……あなたが英雄のアルベルトさん、ですよね」
そう言いながら恵子は慌てて袖を捲り、腕に刻まれた紋様を見せる。
「私……この世界へと召喚された聖女です。あなたに、お会いしたいと思っていました」
緊張で顔を強張らせながらも、恵子は懸命に言葉を紡いでアルベルトを見つめるのであった。




