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クロース  作者: ぷかぷか
3/16

 花金のS谷の夜。気が緩んでいたのかもしれない。

まさか、これから色々ややこしいことになるとは思わなかった。


「ち、ちょっと」


「いいから、いいから」


「乾杯じゃ、乾杯」


「せ、専務。飲みすぎですって!」


 得意先の接待中、得意先の専務がすっかり出来上がっていて、酔っぱらっている。酒グセ悪いとは知らなかった。


「大上くん! どうじゃ、わしんとこに来ないか?」


「勘弁してください!」


「大上くんになら、娘の婿にしたいくらいだよ、ヒック」


「いやいやいやいや。ご冗談を! ほらほら、こぼれてますって!」


「うぃ~っ! 大上くん!」


 真っ赤な顔で、からになったおちょこを振り回してくる。

 専務の腕をやんわりと受けて抑え、おちょこをはずした。


「専務、そろそろお開きにしましょう。お帰りのお車をお呼びしましたんで」


「大上く~ん!」


 50も回ったおっさんがへべれけになりつつも立ちあがり、あろうことか俺に抱きつこうと迫ってきた。


 やべっ!?


 体が無意識に動いて逃げをうった。

 とっさにでた右足に激痛が走る。


 !?


「大上く~ん?」


 あまりの痛みにしゃがみこんだ俺に構わず乗っかってくる。


 うっわ~っ


「大上さま~っ、タクシーが来ましたよ~」


 天の助け!


「はい、ここですっ。ちょっと専務、専務……。あいてて」


「お手伝いしますね」


店のガタいのいい兄ちゃんが正体をうしなったオッサンを背負っていく。


 助かった……でも、右足がジンジン痛む。

座敷の畳で滑らせて柱に打ちつけてしまったみたいだ。畳は間違えるとすごく滑る。柱があったから止まれたけれど小指に体重と勢いもかけてしまった。


「大上さま、先程の人乗せました。またせてますんで」


 そうだった、専務の家まで送らないといけなかったな。


 今回の商談はオークの紹介があって、成立したものだった。オークは気配りができて、色々なものの見方を教えてくれる。行き詰まっていてもオークと話してるとこんぐらがった問題が整理できてしまう。頼りがいある仲間だった。お陰で仕事も順調だと思った……けど、これは予想外。お酒が入ると人が変わるとは聞いていなかった。

 げんなりしながら、あらかじめ聞いておいた専務の住所を運転手に伝えた。右足がジンジンする。熱を持ち始めたかな。


 専務の家についた。専務はすっかり寝入ってしまっていた。仕方なく、呼び鈴を押して、家の人が出てくるのを待った。


「はい? あら、お父さん、呑んできたの? すみません、お酒、弱いんですよ。ほら、お父さん、しっかりして」


 出てきたのは、専務の娘みたいだ。


「運びますんで、場所を教えていただければ……」


 俺はは足の痛みをおして、運転手と二人で専務を運びいれた。


「本当にすみません。大上さんですよね? 見たところ、足、怪我されたんじゃないんですか?」


「あ、打っちゃったみたいで、ハハ」


「お手当てしますよ?」


「いやいや、このままタクシーを待たせるのはアレだし、帰ります」


 専務のお嬢さんが俺の名前を知っていたことにあれ? と思ったが、足の痛みは半端なくなっている。これはヤバいかも……。


「大上さん、いつも父がお世話になっているんです。お手当てしますし今夜はお泊まりくださいな。タクシーは帰ってもらいましょう」 


「え……」


「そうしてくださいな」


 いつのまにやら専務の奥さんまで出てきた。


「いえ、そういうわけには……」


 うろたえているうちに、専務のお嬢さんがさっと立ち上がってタクシーのほうへいったみたいだ。あわてて追いかけようとしたが、足に激痛が走りうずくまってしまった。


「足を見せてくださいね」


 戻ってきたお嬢さんが椅子をすすめてくる。思いがけない展開に頭を抱えたくなるが、今夜は仕方ない。ついてねぇな……。


「小指、腫れていて、熱をもっていますね……。これは明日、病院に行くべきですね」


 手際よく湿布材を貼って包帯をまいてくれるが、痛みは引きそうになく、骨かな……と内心肩を落とした。


「本当にすみません。父がこんなに酔ったのは久しぶりなんです。きっと嬉しいことがあったんでしょうね」


「そうでしたか」


「いつも大上さんのことを話してくれます」


「はぁ」


 ちょうど専務の奥さんが寝間着をもってきてくれて、客間に案内してくれた。もうお布団が敷いてあった。


「お風呂はやめておいたほうがよいと思います。明日、私が病院へ送りますので。」


 あれよあれよとお嬢さんのペースに流されて、気がついたら布団の中だった。

 あ~あ、今夜はTDGにログインすらできないわ。

 布団を被りなおし、足の痛みにうめきつつ意識がもうろうとしてきた。


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