爆発令嬢~婚約破棄されたので王宮を爆破します~
「ヨーエルシア・キューエルク! 貴様との婚約を破棄させてもらう!」
王宮で開かれていた晩餐会にて、ベルメス王子から私に婚約破棄が告げられた。
「何故ですかベルメス殿下! 私が殿下の別荘を爆破したからですか!」
「自分で言っているではないか! その通りだ! 貴様の爆発魔法にはうんざりだ!」
私の名前はヨーエルシア・キューエルク。18歳。
何世代も前から王国の魔導士の中心的存在であり、『魔導伯』の称号を持つキューエルク伯爵家の娘だ。
そして目の前にいるベルメス王子の婚約者だった。
「私と婚約しているにもかかわらず、殿下が別荘に女性を集めてパーティをしようとしたからです!」
私の反論にベルメス王子は顔をしかめた。まさか気付かれていないとでも思っていたのか。
「我は王子だ! 同年代の友人との親交を深めて何が悪い! たまたま集まった友人が女ばかりだったのだ! それを爆破するなど乱暴ではないか!」
「言っておきますけど、パーティが始まる直前、皆が別荘に入る前に爆破したので誰も犠牲になっておりません! まあ……多少の怪我は負われた方はいるようですが」
私は王子の右腕に巻かれた包帯を見ながら言った。
「とにかく、ヨーエルシア! 貴様との婚約破棄は確定事項だ! 国王陛下にも許可は頂いたからな!」
「魔導伯の娘である私との婚約を破棄するなど、本当に国王陛下がお許しになったのですか?」
この王国には魔力を持った人間が少数存在していて、基本的にはいくつかの魔導士の一族と王家の人間だけが魔力を持っている。
魔力は、それを持つ男女が子供を作った場合に遺伝する。
そのため、高い魔力を持つ『魔導伯』キューエルク伯爵家の娘は代々王家に嫁ぎ、王家の魔力を維持しているのだ。
「王家が民衆に慕われるのは魔力があるからこそ。私との婚約を破棄したら民衆から失望されますよ?」
「馬鹿め。魔力がある娘がお前だけと思うな! おいで、愛しのミランダ」
王子が名前を呼ぶと突然、風と光が発生し、私と同い年くらいの少女が目の前に出現した。
これはおそらく転移魔法だ。
「ベルメス殿下。やっとわたくしたちの結婚が認められるのですね。嬉しいですわ!」
「ミランダ! よく来てくれた!」
王子と、ミランダと呼ばれた少女が互いに近づいて、手を取り合い見つめ合った。
「ヨーエルシアよ。見ての通りこのミランダは転移魔法を得意とする、才能豊かな娘だ」
王子が私に見せつけるように言ってきた。
「どこの魔導士の一族にも、私と同年代の娘は居なかったはず。まさかその方は」
「私は平民出身よ。これからはヨーエルシア様に代わって私がベルメス殿下の婚約者になりますから、よろしくね」
ミランダが平民らしい軽い口調で私に言った。
魔力は両親からの遺伝だが、例外がある。
この国ではごく稀に、100年にひとりいるかいないかの確率で、両親が魔力を持たないにもかかわらず魔力を持った人間が生まれることがあるのだ。
ミランダもそのような天運に恵まれた人間ということだろう。
「なるほど。これほどの転移魔法を扱えるなら、一度も私の目に触れずにベルメス殿下と深い仲におなりになっていたのも納得です」
「見苦しいぞヨーエルシア! 爆発魔法しかまともに使えない貴様と違って、転移魔法は様々な使い道があり役に立つ! ミランダこそ我が妻に相応しいのだ!」
悔しいが、それには反論できなかった。
私には何かを爆破する爆発魔法以外の才能が無かった。
どこかの国が侵略して来るなら使い道もあったかもしれないが、今は周辺の国とも友好的な関係で平和な時代。
私の魔法は人や物を傷つけるだけの危険な力だ。
それでも私が王子の婚約者に選ばれた理由は、両親がなかなか子宝に恵まれず、女子が私1人しか生まれなかった上に、他の魔導士一族にも適齢期の女子がいなかったという偶然が重なった末の妥協でしかない。
だからって、この仕打ちはあんまりではないか。
「では、さらばだヨーエルシア! ほらミランダ、やれ!」
「はい、殿下」
ミランダが私に手のひらを向けると、私は転移魔法の光に包まれ、気が付いた時には王宮の正門の前に投げ出されていた。
正門の警備兵や往来の人々の戸惑いと好奇の視線に晒されながら、私は逃げるようにその場を去った。
自邸に帰った私を待っていたのは父からの激しい叱責だった。
「ヨーエルシア! 婚約破棄の件は聞いたぞ! なんて馬鹿なことをしてくれたんだ!」
「ですがお父様、私と同世代の平民の娘に魔力が発現していたなんて誰が予想できますか」
「だとしてもだ! 王子殿下の別荘を爆破などしなければ、嫌われずに側室くらいにはしてもらえたかもしれんというのに!」
父は私に怒鳴り散らした。
「王家にも嫁げず、爆発魔法しか扱えない無能なお前は何の価値もないどころか、王家から危険分子扱いされかねない! 勘当だ! 今すぐこの家から出ていけ!」
平民が数か月暮らせる程度の最低限のお金を押し付けるように渡されて、私は家を追い出された。
ふらふらと王都を歩く。
まずは今晩泊まる所を探さなければいけないが、婚約破棄の噂はすでに王都でも広がっていることだろう。
私を泊めてくれる宿などあるのだろうか。あったとしても、お金が尽きたらどこで働けば良いのか。
どう考えても良い未来が思い浮かばない。
「ヨーエルシア様!」
突然、背後から私の名を呼ぶ男性の声が聞こえた。
振り返ると、若い騎士がこちらに走って来るところだった。
「ヨーエルシア・キューエルク様ですね! やっと見つけた!」
騎士は息を切らしながらも笑顔で言った。
この整った顔立ちの、艶やかな黒髪の騎士には見覚えがあった。
「私はもうキューエルク家から絶縁されましたので、名字も無いただのヨーエルシアです。貴方様は確か……」
「申し遅れました。私は王宮騎士団の副団長、アウグスト・ケンフォレスです」
やはり、子爵令息で王宮騎士団のアウグストだった。
精悍な容姿に文武両道で誰に対しても礼儀正しく、理想の騎士として王宮では男性からも女性からも慕われている人物で、20歳にして副団長を任される実力者だ。
私も何度か顔を見たことがあったが、会話したのは初めてだった。
「王宮騎士団の副団長様が私に何の御用ですか? まさか、別荘爆破の罪で私を捕らえに来られたのでしょうか」
「滅相もございません! むしろ逆です! 私は、別荘爆破のお礼をどうしても言いたくて参上したのです!」
アウグストから意外すぎる言葉が飛んできた。
「貴女は、私の妹の恩人なのです! 妹は王宮で女官として働いていましたが、王子に目を付けられて別荘でのパーティーに強引に連れ込まれそうになったのです」
別荘へ連れて行かれる女性たちの多くは浮かない顔をしていた。
実家から期待されて王宮に働きに来ている女性たちは、権力を持つ王子の強引な誘いを断り切れなかったのだろう。
それを目撃した私は文字通り怒りが爆発して、皆が入る前に別荘を爆発魔法で爆破してしまったのだ。
あの女性たちの中にアウグストの妹がいたとは。
「ヨーエルシア様の爆発魔法のおかげで、妹も他の女性たちも王子に何もされずに済みました。本当に感謝しております」
アウグストが私に向かって膝をつき、最上級の礼をした。
「私が勝手にやったことですからそこまで感謝して頂かなくても……」
「感謝だけではなく、ヨーエルシア様にお伝えしたいことがあるのです」
アウグストは膝をつきながら私の手を取って言う。
「あの時、私は妹が連れていかれたことを知り国王にどうか王子を止めるようにお願いしたのですが、まったく聞いてもらえませんでした。こうなっては自ら強引にでも止めるしかないと、反逆者になる覚悟で別荘に向かったのです」
私の目を見ながら、一度息を吸った。
「そして、貴女が別荘を爆破する瞬間に立ち会い、爆炎に照らされるヨーエルシア様の美しさに一目惚れしたのです! 私は田舎の子爵の息子。貴女は魔導士の頂点である魔導伯の娘。婚約を破棄されても私ごときが求婚して良い相手ではありません。ですが、この気持ちだけは伝えさせてください! 私は貴女を愛しています!」
アウグストの手が震えていた。
私は戸惑いながら答えた。
「で、ですから……私は絶縁されたので魔導伯の娘ではありません。ただの平民です」
「では私と婚約してくださるということですか!?」
アウグストの顔がぱぁっと明るくなった。
そういうつもりで言ったわけではなかったが、今まで親からも王子からも貶されてきた私の魔法を初めて褒められたのは、純粋に嬉しかった。
「別荘を爆破した私と婚約してしまえば、アウグスト様のお立場が悪くなるのではないですか?」
「ご安心ください。私は父の事業を手伝うために、騎士団を辞めて妹と共に領地に戻る予定なのです。ケンフォレス家一同でヨーエルシア様を歓迎しますよ!」
アウグストの真剣な眼差しに、どう答えるか悩んだその時。
風と光が発生して、転移魔法でミランダが現れた。
「残念だけどそれは無理ね。ベルメス王子はお気に入りの女官たちを王宮で囲って外に出さないつもりみたいよ。もちろん貴方の妹もね」
「なぜ貴女がここに!?」
「妹を外に出さないとはどういうことだ!」
私とアウグストが口々に疑問を投げかけた。
ミランダは飄々としながら私たちに答える。
「転移魔法を応用した盗聴魔法で話は聞かせてもらったわ。王子は別荘を爆破されてお気に入りの女たちと楽しいパーティが出来なくなって、もともと歪んでた性格がさらに歪んだみたいよ。王宮で気に入った女官と、平民からも美女を権力で強引に集めてハーレムを作ると言い出したわ」
あまりの嫌悪感に私は絶句した。
「なんてことを……! 妹を助けなければ!」
アウグストが怒りに震えた声で言った。
今にも走り出しそうだ。
「なぜ、それを貴女が教えてくれるのですか?」
「私は盗賊なの。王子と婚約したのも王家の財宝の隠し場所を探るため。財宝を見つけたらとっとと逃げるつもりだったし王子が不倫しようがどうでも良かったけど、権力を使って無理やり女を集めて囲うなんてさすがに気持ち悪すぎて無理になったわ」
ミランダが盗賊だったとは。得意とする転移魔法との相性が良すぎる。
「というわけで交渉よ。転移魔法で妹を助けてあげるから私を貴方の領地で匿って欲しいの」
アウグストは神妙な面持ちだ。
「妹を助けてくれるのは嬉しい。だが、他の人たちを見捨てるわけには……!」
妹だけではなく、他人の心配もしている。優しい人だ。
「そう言われてもねえ。何人も転移魔法で運んだらすぐに見つかっちゃうわよ」
ミランダの言うことも尤もだ。
しかし、何か良い方法が無いものか。
転移魔法で何人消えても王子が気にしないような……そうだ、思いついた。
「アウグスト様、ミランダさん。私に考えがあります」
王宮の謁見の間には大勢の若い女性たちが集められていた。
皆、表情は暗い。
王家の権力を前に、従うしかなかったのだろう。
私はミランダと共に、その中に紛れ込んでいた。
「よく来てくれた! お前たちは平等に可愛がってやるから安心しろ!」
ベルメス王子が言い放ち、その後ろでは玉座に座った国王がこちらを見て下品な笑みを浮かべていた。
「国王も同類みたいね。親子揃ってどうしようもないわ」
ミランダが小声で私に話す。
「王妃が数年前に亡くなって、おかしくなってしまったようです」
私も小声で答える。王妃は私の伯母だ。国王の暴走を抑えることが出来る強い人だったが、病で亡くなってしまったのだ。
「じゃあ、行くわよ」
「ええ、いつでも」
私たちは大声で叫ぶ。
「みんな! 私の周りに集まって! 転移魔法でこの最悪な空間から逃がしてあげるわ!」
「必ず全員を助けます! 焦らずに落ち着いて集まってください!」
王子が驚愕する。
「ミランダ!? そしてヨーエルシア!? なぜそこに!?」
私はミランダから離れ、王子と国王のいる場所に歩いて近寄る。
「そうか、ヨーエルシア! まだ嫉妬しているんだな! だったらお前も私のハーレムに加えてやっても……」
爆発魔法を発動。
玉座が爆発して国王は消し飛び、王子は背後からの衝撃で前のめりに倒れ込んだ。
「ぐはっ! 貴様ぁ!」
王子が私を睨みつける。
その間も、ミランダが転移魔法で数人ごとに転移させて次々と逃がしている。
外ではアウグストとその部下が待機して彼女らを保護しているはずだ。
「ま、まさか女どもを逃がしているのか!?」
「今更気が付いても遅いですよ」
私はさらに爆発魔法を発動し、天井を爆破。
天井が爆発して瓦礫が降ってきて王子の足を潰した。
「ぐぁああ! や、やめてくれ!」
「ヨーエルシア! こっちは完了したわ!」
「では、行きましょうか」
私は王宮全体に爆発魔法をかけてからミランダの手を取り、共に転移魔法で謁見の間を去っていく。
王子が何かを叫んでいるが、もはや聞こえなかった。
「無事か! ヨーエルシア!」
転移魔法で王宮から少し離れた場所に出ると、アウグストが笑顔で出迎えてくれた。
「避難の誘導、ありがとうございます」
「あ、申し訳ありません! つい気持ちが昂ってお名前を軽々しく呼び捨てにしてしまいました!」
アウグストが畏まる。
私は微笑み返した。
「構いませんよ。旦那様が妻の名前を軽々しく呼んで何が悪いのです」
「え……では、良いのか? 婚約してくれるのか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
その瞬間、遠くに見える王宮が大爆発した。
轟音と共に立ち昇る爆炎は、なんだか私たちを祝福する花火のように思えた。
ミランダも、転移魔法で脱出した女性たちも、事前にアウグストが避難させた王宮で働く人々も、爆発する王宮と私たちを見ながら盛大な拍手をしてくれた。
その後。
私は、無事にアウグストの妻となった。
アウグストの両親や妹は私を歓迎してくれて、ケンフォレス子爵家の領地で仲良く暮らしている。
王都ではベルメス王子の弟で、外国に留学していた第二王子が帰還して王位を継いだ。
父や兄とは似ず善良な人物で、王宮の爆発は王家と民衆が近づく機会と考え、豪華な王宮は再建せずに民衆とよく話し合いながら国を治めている。
新たな王は、留学中に出会った魔力を持たない女性を妻にすることで代々の慣習を断ち切った。
魔力を誇示するのではなく民衆に尽くすことによって王家は慕われるべきであるとの新王の考えである。
『魔導伯』の権威を失ったキューエルク伯爵家は急激に没落し、父は多額の借金を背負って爵位を返還した。
今は、外国に流れてどこかの魔道具店で下働きをしているらしい。
ミランダはケンフォレス子爵領でしばらく過ごした後、ふらりと居なくなった。
同時期に、王都では悪辣な金持ちから財宝を奪って貧しい人々に与える謎の義賊がいるという噂が流れたが、関係があるのかはわからない。
「さあヨーエルシア。今日はこの岩盤だ!」
「ええ、全力で行きます!」
私は今、アウグストが手掛ける領内の鉱山経営を手伝っていた。
爆発魔法を駆使すれば、鉱山で働く人々と協力しながら危険を最小限に抑えつつ採掘を進めることが出来る。採掘効率が上がり、領内は以前よりも豊かになった。
人を傷つけるだけの魔法だと思っていた私の力が、これだけの人の役に立つとは思っていなかった。
そして私はいつしか、人々から親しみを込めて『爆発令嬢』と呼ばれるようになった。
私は、その呼び名をすっかり気に入っている。
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