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その恋、いくらで売れますか? ~私には時間がありません~

作者: 長坂

 私の名前は名糠海(なぬかうみ)。中学二年生だ。かなり特殊な苗字のため、名前を憶えていてもらえるのは利点だと思っている。

 とにかく昔から自己管理ができず、それが嫌で嫌で仕方がなかった。自分が持てる時間も、周りの環境も、体調も管理がままならない。持てる時間の管理ができない私は、常に用事に振り回され、まれにできる自分の時間も睡眠に費やしてしまう。

 そんな生活を繰り返していくうちに、娯楽の時間に無頓着になっていった。対応するかの如く、恋愛にも無頓着になっていく。頭の中には今日こなさなければならない用事が常に渦巻いているような人間には、もともと恋愛なんて無理だとあきらめていたところもあるのだろうが。



 夏休みともなれば、いくら私でも暇な時間はできる。ずっと寝ているわけにもいかないので、今日は映画を見に行くことにした。本来なら暗い場所でスクリーンを見ていると体調不良を起こすため、あまり映画館は好きではない。したがって、映画もあまり見ない。

 しかし、見たい映画が映画の巨匠田中彼方(たなかかなた)監督によるものだというのだから、見に行かないわけにはいかない。今までの作品はミシシッピプライムですべて見返した。見れば見るほど、スクリーンで見たいと思った。だからこそ、視聴後に起こる体調不良は考えず、実際に見る必要があると思ったのだ。

 新作の題名は「Aを選んだだけなのに」。題名だけではわからない感じが好奇心をそそる。発表されている情報は主演俳優と公開日だけで、あらすじは一切発表されていない。主演の俳優である細間響(ほそまひびき)君は、私たちと同じ中二にもかかわらず今を時めく人気俳優である。彼の演技力には私も納得だ。細間君と田中君のコラボということも、この映画への期待を高めている。


 自宅から徒歩15分、私の町唯一の映画館の前に立つ。かなり古い映画館だが、内装は常に綺麗だ。この映画館では、とにかく人によく会う。映画自体は苦手でも、そのような偶然は好きだ。

 公開初日ということもあって、チケット売り場には行列ができていた。ほとんどの人が「Aを選んだだけなのに」のチケットを買っていく。映画館側はそうなることが分かっていたのか、手元には大量のチケットが積み上げられていた。

「今回はどんな内容なのだろうか?」

私の少し前を並ぶ同級生の吉田知衣(よしだちい)ちゃんと、彼女の祖父である吉田友(よしだとも)さんを見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。知衣ちゃんはたしか細間君の大ファンだったと思う。先ほどの内容予想は、田中監督の映画を見る前に必ず行うようにしている。あらすじがないゆえに、題名しかわからないのだが、その題名も前述の通り謎である。頭の中で物語を膨らませ、予想斜め上の本物を楽しむ。時間のない私の待ち時間の精一杯の楽しみ方だった。


 5分ほど並んで、ようやく私の順番が来た。店員さんがにこやかに尋ねる。

「おはようございます。どの映画にいたしますか?」

「田中監督の新作でお願いします。」

「了解しました。未成年の方は1000円となります。」

千円札と引き換えに1枚のチケットをもらって進む。場所は一番後ろの席だった。ここなら後ろからの目線なども気にならないだろう。私は少し安堵する。


どうせなら映画館気分が味わいたい。そう思い、入ってすぐのポップコーン売り場に向かう。こちらもかなりの行列だった。いつもならイライラするところだが、今日はワクワクのほうが上回っていた。

私の2つ前に並ぶ秋川刀也(あきかわとうや)君に目線を動かす。彼はボカロ曲がとても好きらしく、ほかのボカロ好きの仲間とともに語り合う場面をよく見かける。一人で並ぶ彼は、イヤホンで曲を聞いているようだ。きっとボカロ曲だろう。秋川君も田中監督の映画が好きだということは、結構意外だった。

この学年田中監督の映画好きすぎる。


 することもないので、私はカバンの中からチケットを出す。しかし、何か様子がおかしい。1枚の紙にしては太いのだ。映画館にほとんど来ないため、これが普通なのかと思い冷静になろうとするも、やはり疑いが隠し切れない。指と指でチケットをこすってみる。チケットがずれ、2枚目のチケットが目に入る。

 頭が真っ白になった。瞬時に2つの考えが頭を回る。返しに行くべきか、しかし秋川君もポップコーンを買い終わったし並びなおすのは大変だし、、、2秒ほど考えて、オークション行きを決意した。

 これを犯罪行為だと言って執拗にたたく輩もいるかもしれないが、私の中での選択肢はこれだけだった。


 何事もないことを装い、ポップコーンとジュースを買う。何事もないことを装い、シアターの入り口の店員さんにチケットを見せる。何事もないことを装い、一番後ろの席に座る。罪悪感もあるといえばあるのだが、目先の新作だけに集中して、なんとか紛らわす。


 2時間の上映が終わり、私はシアターから出る。上映前の気持ちなど吹っ飛び、今は満足感とめまいが頭を満たす。今回の内容も、田中監督らしい予想斜め上の内容だった。心理テストでAを選んだ結果おかしな回答になってしまいほかの人からの見る目が変わってしまった男のはなしなんて、ほかの人が同じものを作っても需要などないだろう。しかし監督は、シナリオ、カメラアングル、すべてにおいてこだわっている。その演出が、視聴者の心をつかんだのだ。


 映画館を出る前に、新城螢(あらぎけい)田沼疾風(たぬまはやて)にあった。螢は私を見つけると、話しかけてきた。

「名糠さんじゃん。終業式ぶりだね。田中監督の新作見終わったの?」

「そうね。面白かったわ。ちょっと今体調悪くて、ごめんね。」

「そっか。家でゆっくり休みなよ。僕はこのあと疾風とゲーセン行くから。じゃあね!」

手を振って彼らは出ていった。なんだか雑な対応になってしまったが、今は家に帰ることが最優先だ。どんどん頭痛がひどくなる。15分も歩いて帰れるのかはわからない。


 おぼつかない足取りで出口へ向かうと、今度は別の人が話しかけてきた。同じクラスの西田泰(にしだたい)だ。彼とは結構仲がよく、しゃべることも多い。

「な、名糠。ちょっとついてきてくれないか。」

 私に何の用事だろうか。今は時間があるが、体調的には持ちそうにない。しかし、断れぬまま映画館を出て近くの公園へ向かう。螢の時もそうだったが、あまり私は体調が悪いことが外に出ないらしい。やはり声に出すべきなのだろうが、泰は振り向かずに歩いていく。私は必死でついていく。


 昼前の公園は人気がなかった。公園に着くと、彼はこちらを向いた。顔が真っ赤だ。対する私の顔は真っ青。彼が口を開く。

「名糠の、普段の雑談からみられる言葉遣いや気遣いが、す、好きだ!俺と付き合ってくれないか!」

 泰は一気に言い切った。泰が私のことを好きだというのだ。私は彼を友達としか見ていない。恋愛対象としてみたことも、というか恋愛について考えたこともない。特に何も考えずにカバンの中からチケットを取り出す。

「その恋、いくらで売れますか?悪いけど、私は買い取れないからソレ、受け取れない。代わりに田中監督のチケットあげるよ。もう一回見に行ってきな。」

 口から言葉が出る。

「え……」

 泰が絶句する。言ってから気づく。なんてことを言ってしまったのだろうか。恋と金を同列に見るなんて。今までに恋愛について何も考えずに無頓着になっていたことがいけなかったのだろうか。まずい、いろんなことを考えると頭痛がひどくなる。

「ごめん!このチケット受け取って!ばいばい!」

 一方的に言葉を発し、公園から出ようとする。頭痛がひどい。帰れない。出口のところで不意に視界が回りだす。あ、これホントにやb―――


「名糠?おい名糠!どうしたんだ!今すぐ人を!」

 泰の声がかすかに聞こえる。どうやら倒れてしまったようだ。しかし痛みも何も感じられない。頭が熱い。体中を焼かれている気分だ。

「救急です!お願いします!名糠!名糠!」

 泰が叫ぶ。しかし私の口は開かない。もう何も考えられない。意識が……途切……

(海!)

 最後に泰が私を下の名前で呼ぶ声がした。



 気が付くと、そこは病室だった。今は何時だろうか。目を開けて時計を確認する。映画を見てから、12時間ほどが経っていた。横を見ると、フルーツがたくさん並んでいた。知衣ちゃんや秋川君、螢、それに酌井文也(しゃくいふみや)、通称しゃふによるものらしい。深夜だが、病室には何人か人がいるようだ。カーテン越しに人影が見える。

「海は……もうすぐ起きるでしょうか。」

 泰の声が聞こえる。その声にこたえたのは両親だが、うまく聞き取れなかった。

 しかし、泰はその言葉を聞いて、「そんな……」と絶句する。


 あらかた、私の病気のことだろう。私にはもう時間がない。余命は残り1年。中学校を卒業することはできない。

わかっていた。私はあきらめていた。何もかもに対して無頓着になっていた。もうすぐで終わることに対し、どうやる気を出せというのだ。希望も時間も未来もない私を、泰はきっとあきらめてくれる。


 私は体を起こす。すると、カーテンの中の人影が動くのが見えたのだろう。

「海!」

 泰が大きな声で私を呼ぶ。

「あああ、無事で、本当に…!」

 両親は泣いて喜んだ。泰も感極まっている。でも、私はここで泰に言っておかなければならない。

「聞いたでしょ。私はもう生きながらえることはできない。付き合ったとしてせいぜい1年。そのあと、私は静かに消えていく。あなたにはもっと素敵な人がいる。私なんかよりも、もっと未来がある人を――」

「そんなことない!」

 突然、泰によってさえぎられた。

「俺にとって、海は唯一無二なんだ。そんなこと言わないでくれよ!俺に希望を与えてくれたのは、いつだって海だったんだ!」

 唯一無二、そう聞いて涙があふれる。泰が私のことをそんな風に思っていてくれたなんて、考えもしなかった。告白されたときは、罰ゲームか何かによってやらされたのだろう程度にしか考えていなかった。しかし彼は本気だった。私を必要としてくれる、そんな人がいるだけで希望が生まれる。そうだ、考えてみれば、このフルーツの山をくれた友人たちだって、私のことを何とも思っていないのなら、わざわざ届けに来たりなんてしない。自分の勘違いが情けなくなるとともに、嬉しさに心を震わせる。


「これさ、海からもらったのだけだと一枚だけだし、もう一枚買った。今度こそ2人で見ようぜ。」

 そういって泰は「Aを選んだだけなのに」の新しいチケットを渡す。今こそ、映画を観たい。自分から強くそう思うなんて考えもしなかった。「病は気から」とはよく言ったものだ。自分から強く望まずに行くからひどい症状が出る。2人で行けば、支えてくれる人もいる。私は、『未来』について明るい何かを感じた。



 私には、時間がない。頭の中では、彼と遊ぶ用事がうずまいているからだ。

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