王位継承者の食事
「ねえメルパ。私たち、まだどうしてこんな服を着ているのか聞いていないわ。」
ユリアはメルパを問い詰めた。
「あなたも、ビルソンさんも、ミルパ中佐も着ているし。
一体どういうことなの?
チスコの都に行くのなら、こんな服を着る必要なんてないじゃないの。
むしろ失礼になるだけじゃない。」
ユリアはメルパの返事を待ったが、メルパはなかなか口を開こうとしなかった。
いい加減イライラし始めた頃、メルパは口を開いた。
「都へは、参りません。山奥の田舎へ行くのです。
そこで村娘として暮らしていただきます。」
ユリアはまたエリアーヌと顔を見合わせた。
エリアーヌも、まだ涙目ではあったが驚きの表情を浮かべていた。
「山奥の田舎で、こんな服で暮らすの?
都に近いどこかの屋敷で暮らすのではないの?
これは国を出るために一時的に着ているのではないの?」
ユリアは攻めるような口調で問い続けた。
メルパは一瞬哀れみの表情を浮かべたが、すぐに厳しい表情で言った。
「ユリア様、これは戦争です。旅行ではないのですよ。
都はスチドニアに近すぎるのです。
確かに前の戦争でお父上は都近くの街に疎開されましたが、
今回はできる限りスチドニアから離れた方がよいのです。
王様は、ナカリアを守るために全力で戦われることでしょう。
国は焼け野原になるかもしれません。
それでも、一人でも多くの民を救おうと戦われるでしょう。
そんな王様が、姫様方だけでも無事に疎開して欲しいとメルパに命令なさったのです。
少しでも安全なところで、戦争が終わるまでお守りするようにと。
そんな王様のお心遣いを無視して、優雅な生活を送り、
命を無駄にしようと思われるのですか?」
ユリアは何も言い返せなった。
命を無駄にする。そんな言葉を、今まで使ったことがなかった。
ビルソン夫人が哀れみのこもった優しい眼で二人を見つめていた。
「私達は、スチーナという小さな山村で暮らすことになります。
スチーナもいい所だそうですよ。」
エリアーヌは顔を上げた。
「ビルソン夫人、スチーナについて教えて。
一体どんな所なの?」
「とても美しい場所だと聞いています。
酪農の村で、ミルクやチーズがとても有名な所ですよ。
空気もきれいで、草原には一年中美しい花が咲いているそうです。」
誰かが船室のドアを叩く音がした。
マリア・ビルソンは口をつぐんだ。
「誰だ?」
ミルパ中佐が低い声で尋ねると、若い男の声が返ってきた。
「夕食を持ってきた。開けてくれ。」
ミルパ中佐がドアを開けると、頭に青いバンダナを巻いた若い男が両方の手にトレイを持って立っていた。
トレイには小さなパンとミルクが入ったコップがそれぞれ二つと三つ乗っていた。
メルパとマリア・ビルソンがトレイを受け取ると男は出て行った。
「ここは狭いですから、私どもとミルパ中佐は別の部屋で食事をとります。」
ビルソン夫人は穏やかに言うと一礼し、三人分の食事が乗ったトレイを持ったミルパ中佐とともに出て行った。
しばらくは、誰も喋らなかった。
長い沈黙の後、メルパが力なく言った。
「姫様方、食事にしましょう。どうぞ召し上がってください。」
エリアーヌはトレイを見つめて溜め息をついた。
「まさか、こんなパン一切れとミルク一杯なんて食事が続くんじゃないでしょうね?」
ユリアも溜め息をついた。こんな質素な食べ物は、アフタヌーンティーにも劣る。
そもそもユリアはこんなものを食事とは呼びたくなかった。
「エリアーヌ様、ユリア様、あなた方が今まで召し上がってきたものは国内でも最高級品ばかり。
今はもうそんな暮らしはできないのです。」
ユリアは事の重大さを考えようとした。食べ物だけでこれだけ差があるのだ。
王族として敬われるべき自分たちがこれほど質素な食事をとらなければならないとは…。
王位第一継承者である自分たちは、しばらくその地位を捨てるのだ。
とにかく今は、プライドが人一番高いエリアーヌを鎮めなければならない。
心の中はともかく、言葉や態度に出してはいけないようだ。
「分かってはいるのよ。私も、エリアーヌも。ただ、体が受け付けないだけ。
徐々に慣れていくわ。すぐに慣れるわよ。」
建前としてね、と心の中で付け足し、無理をして笑う。
エリアーヌも悟ったのか、それ以上文句を言わずに微笑んだ。
「努力はするわよ。」
ユリアは固そうなパンを手に取った。そして力を込めて小さくちぎると口に入れた。
「前言撤回するわ。」
ユリアはむせながら言った。
そしてミルクをごくごくと飲み始めたが、また顔をしかめた。
「大分時間がかかるかもしれない。」
「どうしたの?」
エリアーヌが心配そうな顔で尋ねた。
ユリアはミルクを半分くらい空けると言った。
「このパン…とっても苦いの!」
それきりユリアはパンには口をつけなかった。