いかり星
秋の夜は、とても静かだった。雲はなく、月が家の屋根を照らし、風の音と虫の鳴き声だけが聞こえてくる。そんな中、馬車が一台、静かにスチーナ村の入り口に停まった。
ミルパ中佐が駆け寄り、御者の男と二言三言会話すると急いで全員分の荷物を積み込んだ。そしてユリアが促されて馬車に乗り込もうとした時、誰かが走ってくる足音が聞こえた。
中佐と御者の男が腰や懐に手をやって身構えたが、そこにいたのはミリだった。
「大丈夫、お二人のご友人だ」
中佐が御者の男にささやき、男は頷いて少し離れた。彼も、ナカリア軍かチスコ軍の関係者なのだろう。
「待って、マリア、エマ。」
ミリは男たちの殺気に一瞬怯んだが、構えを解くのを見てすぐに二人に駆け寄った。
「村中の大人たちが噂しているわ。あなたたちがナカリアの…」
「ミリ、それを口に出しては駄目だ。本当は、出ていくところを君にも気付かれてはいけなかった。もっと声を低くして、手短に」
中佐がミリの言葉を遮った。ミリは戸惑ったような顔をした。
「あなたたちが今夜出ていくことは、私の両親も気付いているわ。出ていくところが見えたもの。それでも、気付かない振りをすると言われたわ。行くなら私一人でこっそり行くようにって。それが、あなたたちを守ることになるから、って」
村で騒ぎにならないようミリの両親が配慮してくれたのだろう。
「ありがたいことです。明日の朝になってから、私たちが感謝していたと伝えてください」
メルパが皆を代表して言った。恐らくは、ユリアかエリアーヌが言わなければならないことだったのだろうが。そしてその言葉は、噂が真実であるということを正式に認めたのと同じなのであって。
「私たちは、国に帰らなければならないわ。」
ユリアが低い声で言った。ミリは何か言おうと口を開いたり、閉じたりを繰り返したが、やっと言葉をひねり出した。
「マーサも、家族で村を出ると言ってたわ。私は一人ぼっちになってしまう。お願いよ、行かないで。」
泣きつかれても、ユリアたちは王位継承者だ。戦争が終わったのだから、早く国に帰らなければならない。
「ミリ、元気を出してよ。また会えるわ。」
ユリアはミリの肩に手を置いた。マーサは頷くと、北の空を指差した。
「見て。いかり星よ。」
ミリの指差す方向には、北斗七星が輝いている。
「え、あれは北斗七星でしょう?」
エリアーヌが驚いて尋ねた。
「この地方では、あれをいかり星というの。あの星を見たら、この村のことを思い出してね。」
「わかったわ。」
メルパがユリアに目配せをした。他の村人に気付かれる前に、早くこの村を出なければならない。ユリアは頷いた。
「ミリ、私たちそろそろ行かなくちゃ。誰にも気付かれずに戻ってね」
ミリは頷くと二人の側を離れ、数歩下がった。ユリアとエリアーヌが馬車に乗り込むと、ミリが叫んだ。
「さよなら、田舎暮らしも似合ってたわ。」
馬車が動き出した。ユリアとエリアーヌはミリに手を振った。ミリも振り替えした。三人は、お互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
スチーナは山の中にある。村を出ればすぐに木が生い茂っているので、すぐにミリの姿は見えなくなった。
「本当に、お別れなのね。」
エリアーヌが呟いた。ユリアは静かに頷いた。
「でも、また来られるわ。王女として来るか、王として来るかは分からないけど、私はもう一度来るわ。ここの暮らしは楽しかったもの。だって田舎生活よ?城にいてはできないことだわ。城の中で洗濯や掃除なんてしようものなら、大臣たちや父上が目をむくわ。」
次は、ミリ目線でのお話。




