早すぎる知らせ
とにかく、今はマーサを何としてでも引き止めなければならなかった。
「マーサ、お願い。他の人には黙っていて。何もかも話すから。あなたのお母さんがしたことは、黙っているから、お願いよ。」
ユリアは叫んだが、マーサは冷たく笑うだけだった。
「ドンケル家は、代々王家に仕えてきた。でも、それが無意味だってことが分かったわ。こんなろくでなしの継承者しかいないなんて、ナカリアも堕ちたものだわ。あなたたちのどちらが王位についたとしても、いつか、ドンケルの名を思い出す時がくるでしょうよ。その時は、マリア、覚悟しなさいよ。」
マーサは行ってしまった。力が抜けて、ユリアは地面に座り込んだ。本当は、すぐに帰ってメルパや中佐にこれからのことを相談しなければならないと分かっていたが、立ち上がることができない。
エリアーヌは、何てことをしてくれたのだろう。自分たちの正体は絶対に知られてはいけないのに。プライドを捨てて、田舎で暮らそうと誓ったではないか。こんな些細なことで正体を知られてしまってはいけないのに。
ユリアは、後ろから近づく人影に気づかなかった。突然、頭に鈍い衝撃が走った。振り向くと、地面にりんごが一つ落ちている。さっきまでここには何もなかったのに。
「ユリア姫にりんごを投げたなんて、俺はスチドニアのヒーローか?」
そこに立っていたのはダンだった。ダンに聞かれてしまったのだ。彼が黙っていてくれるはずがない。
「もう一発いくか?」
ダンがりんごをかまえる。
その時、誰かの足音が聞こえた。ダンがりんごを投げる手を離すのと、人影がユリアの前に現れるのは同時だった。気付いた時には、ミルパ中佐がりんごを手ではらいのけていた。
「君は、仕事中ではないのかね?こんなところで道草をしていていいのかい?」
中佐が静かに言った。
「ナカリア人が、俺に指図するんじゃない」
「今、この村で暮らす者として言う。村の外で買ってきた貴重な食料を、こんなことで無駄にするんじゃない」
中佐は地面に転がる二つのりんごを拾い上げると、荷車の袋に戻した。
「幸い、大きな傷はついていない。黙っていれば、親父さんには気付かれないだろう」
ダンと中佐の体格はまるで違う。どう頑張っても、ダンに勝ち目はない。
「覚えとけよ。」
ダンは舌打ちをして行ってしまった。離れて見守っていたのか、エリアーヌが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「ごめんなさい、マリア!」
そしてユリアに抱きついて泣き出した。中佐が代わりに説明する。
「彼女は、帰ってくるなり言ったんです。正体を明かしてしまったこと、そしてダンが話を聞いていたことを。」
中佐が敬語を使っている。ユリアには、結論が見えているような気がした。
「とにかく、家に戻りましょう。詳しく話をします」
二人は、中佐に抱えられるようにして家に戻った。
家に戻ると、メルパとビルソン夫人が待っていた。
「とにかく座って。」
ビルソン夫人が水を出しながら言った。二人は言われるままに腰を下ろし、水を飲んだ。
「ごめんなさい。」
エリアーヌがささやいた。メルパがエリアーヌの肩に手を置いた。
「気にすることはない、とは言えませんけれど、いずれにせよ、私達はもうこの村を出ることになりました。」
「どういうこと?村を出ることになるって。私たちが狙われたかもしれないから、逃げるの?」
エリアーヌが正体を明かしてしまったとき、上手く否定しておけばよかった。大臣だったマーサの祖父はここにいないのだから、マーサが相手なら、上手く誤魔化せたかもしれないのに。
ユリアの後悔を知ってか知らずか、メルパは微笑んだ。
「知らせが届いたのです。戦争は終わりました。長引くと思われた今回の戦争ですが、王様と将軍のお力で、スチドニア軍を追い返したそうですよ」
中佐が嬉しそうに言った。ユリアはエリアーヌと顔を見合わせた。エリアーヌは、自分の失敗の重みが軽くなったような安堵の表情を浮かべている。もちろん、この失敗が許されることではないのは双方が招致しているのだが。
「でも、ダンの噂が本当なら、どうしてこんなに早く終戦になったの?こんなにタイミングよく帰国だなんて、あまりにも早くないかしら?」
ユリアは尋ねた。それが納得いかなかったのだ。
「ああ、それはですね、どうやらガセだったようですよ。」
中佐は口ごもった。きっと、中佐は、いや大人たちは皆、自分たちに嘘をついているのだろう。もちろん、そんなこと口には出さないくらいの分別はある。中佐の好意を無駄にし、エリアーヌを怒らせるだけだと知っているからだ。
「さあ、とにかく、荷造りです。馬車は用意できています。今夜、出発しますよ。」
メルパが威勢良く言った。とにかく国に帰れるのだ。二人は大急ぎで部屋に駆け上がった。




