赤いバラと青いユリ
「エリアーヌ、この花、とってもきれい。」
ユリアは、離れた花壇の間を歩いていたエリアーヌを振り返った。
見事に手入れされた広い中庭には、ユリアの瞳の色に合わせて真紅のバラがたくさん植えられている。
昼の勉強が終わった後、城の広い中庭を散歩するのがユリアとエリアーヌの日課だった。
今日は、今年一番のバラが咲いた。ユリアはこの赤いバラが大好きだった。
エリアーヌはユリアの横に立つと、赤いバラを見つめた。
すぐそばにはエリアーヌ瞳のの色に合わせたユキゲユリの青い花もたくさん咲いている。
「本当ね。」
ユリアとエリアーヌの視線が合った。
エリアーヌの海のように青い瞳がユリアを見つめる。
自分とそっくりな顔が自分を見つめるのには、もう慣れっこだ。
双子に生まれたのだから、当然といえば当然である。
長い金髪をゆるくウェーブさせた二人は瓜二つで、違うところといえば目の色くらいだ。
小さい頃は顔を隠してよく世話係の侍女をからかったものだ。
今はもう十歳なのだから、そんなことはしないけれど。
「ユリア様、エリアーヌ様、こちらでしたか。」
二人の世話係で、二人に国語を教えているビルソン夫人が走ってきた。
五十を超えたばかりの彼女が、いつもと違って息を切らせている。
いつもならそんなことは絶対にしない。
彼女はいつも長い黒髪をきっちりと結い上げ、礼儀作法にも厳しく、規律正しく動く。
城の中を走るなんてもっての他だ。
「おしとやかに。」
これが彼女のモットーなのだとユリアは思っている。
今日の彼女は少しおかしい。
「どうしたの?そんなに慌てて。」
エリアーヌが驚いて尋ねた。
ビルソン夫人は息を整えると言った。
「メルパさんがお呼びです。姫様方、急いでお部屋にお戻りを。」
ユリアとエリアーヌは顔を見合わせた。
「とりあえず戻りましょうよ。」
ユリアはエリアーヌの手を取ると部屋に戻る階段へと向かった。
石の階段は磨かれ、塵ひとつ落ちていない。
ナカリアの王宮は五百年ほど前に建てられたもので、
新しいとは言い難いが、城中に手入れが行き届いているために古さはほとんど感じられない。
柱は今も光っているし、大理石の壁はいつもユリアの顔を映し出す。
二人は廊下を通り抜け、談話室へと向かった。
すれ違う人々は皆、立ち止まって礼をし、二人が通り過ぎるまで待つ。
これをしないのは王である父と王妃である母だけだ。
二人は談話室の扉を開け、中に入った。
正確に言うと、二人は扉の前に立っただけだ。
侍女が待っていましたとばかりに扉を開いてくれた。
広い室内には、足の長い、赤い絨毯がしかれ、
脚に赤いバラと青いユリの装飾が施された大きなテーブルと、五脚の椅子が置かれている。
テーブルの横で二人の世話係のメルパが立ち、二人を待っていた。
メルパを見た二人は心底驚いた。
彼女は、城の中では着ることが許されないほどに質素な、
といよりボロ切れのような服を着ていたのだ。
心なしか、顔がいつもより茶色く見える。
誰かの体調が悪そうに見えても、すぐに声をかけるのは必ずしも気遣いではない、
と昔誰かから教わった記憶がある。メルパだったか、それともビルソン夫人だったろうか。
ユリアは口に出さないことに決めた。
「戻られましたか。とにかくお掛けください。」
六十に近い白髪交じりの老婦人は、二人が最も信頼し、実の祖母のように慕っている人物だ。
彼女も規律には厳しいが、たまに見逃してくれる時もあるので、
ユリアはマリア・ビルソンよりも彼女といる方が気が楽だった。
ユリアとエリアーヌが腰掛けると、メルパは二枚のぼろ切れを持ってきた。
「お二人とも、これに着替えてください。」
メルパはユリアとエリアーヌにそれぞれ1枚ずつぼろ切れを渡した。
ぼろ切れだと思ったのは、メルパが着ているものと似た、貧しい村娘が着るような粗末な服だった。
ユリアは渡されたくすんだ黄色い布を広げた。エリアーヌの布は暗い緑色だった。
「これは何かの冗談?」
ユリアはメルパを睨んだ。
こんなぼろ切れ、着ることはおろか触ったことさえない。
生地は薄く、いつでも破れそうである。
自分が貶められることは、国が貶められることだと教えられてきた。
王位継承権を持つ自分がこんな布を纏うなんて、冗談でもありえない。
しかし、メルパは真剣な顔つきをしていた。
冗談ではなさそうだ。
メルパはこんな冗談を言うような人ではない。
ユリアは生まれたときからメルパを知っているのだから、間違いない。
ビルソン夫人もメルパも、今日は様子がおかしい。
何かが起こっているのだ。
「一体何事なの?説明して。」
エリアーヌがメルパに詰め寄った。
「どうか急いで着替えてください。説明は出発してから移動中にいたしますので。」
メルパはそれだけ言うとユリアを鏡の前に立たせ、手早く着替えを手伝い始めた。
ユリアは改めて渡された服を見た。
今にも破れそうな薄い生地に飾りはなく、その上色も地味なのでユリアは渋った。
そもそも、どこに腕を通せばよいのかさえ見当もつかない。
「私は王位継承者よ?こんな格好で国の中を出歩けというの?」
「目的地はナカリア国内ではなく、チスコです。
あなた方にはこれから港へ向かい、船に乗っていただきます。」
メルパが早口に言った。
「同じことよ。」
ユリアが鏡を覗き込みながら言った。
髪飾りを外され、質素な身なりをしたユリアはまるで別人のようだ。
ユリアが寝るとき以外で髪飾りも冠もつけずにいたことは、記憶の限りではない。
「説明は後でいたします。」
メルパは繰り返した。
今度はエリアーヌを鏡に向かわせ、手早く装飾具を外していった。
「やめて。どうして私がこんなぼろ布の袋みたいなものを着なくちゃいけないの?」
エリアーヌは抵抗し、服を引っ張ったのでぼろ切れは破れそうになった。
「王様のご命令です。どうかこの服で我慢してください。」
メルパはやっとのことでエリアーヌに服を着せた。
「ばあや、私たちはすぐに出発するの?」
ユリアは時計を見ながら頷いた。
もうすぐ夕方になろうとしていた。
「はい。すぐに裏口から出発いたします。」
メルパが早口に答えた。
「なら、今のうちに父上にご挨拶に行かなくちゃ。
チスコでしょう?すぐには帰ってこられないもの。
でも、この格好で父上の前になんか出られないわ。どうしましょう。」
エリアーヌが鏡を見ながら服の裾をつまんだ。
「姫様、いけません。私たちは今すぐに出発しなければなりません。」
メルパがすまなさそうに言った。
エリアーヌは怒って拳をテーブルにぶつけた。
「ばあや、説明してよ。
どうして私たちは急にこんな服を着せられてチスコに連れて行かれるの?
どうして父上にご挨拶もできないのよ。
ちゃんと納得できるように説明して。
納得しないと私、ここから動かないからね。」
ユリアとメルパはエリアーヌの癇癪にはなれっこだったが、
メルパはいつものようにご機嫌を取りながら戒めようとはしなかった。
少し声を荒げるとメルパは言った。
「エリアーヌ様、メルパが信用できませんか?
今まで何度も実の祖母のようだと慕ってくださっていたのですが?」
ユリアはメルパが動揺しているのが分かった。
メルパ自身も大変なショックを受けている上にエリアーヌの癇癪で、
どうしたらいいのか分からなくなっているようだった。
エリアーヌが怒って言い返す前にユリアは口を挟んだ。
「エリアーヌ、落ち着いて。でもばあや、説明してくれないかしら。
やっぱり、どうしてこんな格好でチスコに行くのか分からなければ行くのは怖いし、嫌だわ。」
息を荒くした哀れな老婦人は、何度か大きく息を吸ってから静かに言った。
「お見苦しい所をお見せして、申し訳ありませんでした。
それでは、簡単に説明させていただきます。詳しい話は船の中で致しますので。」
物語は既に完結していますが、書き貯めた文章をアップ用に改行修正するのに時間がかかるかもしれません。