プライド
メルパは洗濯物を干しに外に出たようで、家の中にはいなかったが、近くにはいるのだろう。戻らないうちに、ユリアは急いで家の外に出た。マーサもこちらに向かってやって来る。
「マリア、話があるの。あなたたちに聞いてもらわなければいけないわ。もう一度花畑に来てくれないかしら。」
「どうしたの?エマと一緒にいたのではないの?」
「父が呼びに来たから、エマとはすぐに別れたの。エマは剣にする枝を探しに行くと言っていたわ。昨日の枝は、探しても見つからなかったみたい」
マーサが力なく笑う。あの枝は、ダンを倒した後にユリアが遠くに放り投げてしまった。すぐには見つからないだろう。
「もう、そんな必要もないんだけれど」
まさか、犯人が分かったのだろうか。ユリアは冷静になろうと自分を抑え小さく深呼吸した。マーサは、何故か自称気味に笑うと歩き出した。マーサが足を速めて何も言わないので、ユリアは黙って付いていくしかなかった。
花畑には誰もいなかった。エリアーヌもどこかに行ったようだ。二人は並んで腰を下ろした。しばらく、沈黙が訪れた。
「エマはどこまで枝を探しに行ったのかしら」
沈黙を破ろうとユリアは言った。今、森の奥まで入るのは危険だ。
「知らないわ。」
マーサは無表情に答えた。また、沈黙が訪れた。
しばらくして、マーサが口を開いた。
「さっき、誰が犯人なのか、って話をしたわよね。」
「ええ。それがどうしたの?」
犯人が分かったの、と言ってしまいそうな自分を必死に抑えて、ユリアは不思議そうな顔を作った。
マーサは何かをためらうような素振りをしたが、思い切ったように言った。
「犯人は、犯人はね、ああ、マリア。犯人は、私のお母さんだったのよ。」
ユリアは愕然とした。焼け落ちる家のまえで、呆然と座り込んでいたマーサのお母さんが、自分の家に火をつけたというのだろうか。
「まさか、嘘でしょう?自分のうちに火をつけたというの?」
「本当よ。さっき、父さんから聞いたの。家で一人でいたときに、火をつけたらしいわ。私、ダンに悪いことをしたわね。彼は犯人ではなかったのよ。私たち、きっと村を出ることになる。もうここにはいられないんだわ。」
マーサの頬に一筋の涙が流れ落ちた。祖国から遠く離れた田舎町でできた同郷の友達が、こんな形で住む場所を失ってしまうのだろうか。何とか止める方法は無いのだろうか。
「マーサ、どこに行くというのよ。このことを誰かに話したの?エマはまだ知らないのね?でも、どうしてお母さんは火なんかつけたの?」
「落ち着いて、マリア。」
マーサが微笑んで言った。目に涙を溜めて微笑むマーサを見て、ユリアは何も言えなかった。
「マリア、聞いて。母さんは、ここの暮らしに馴染めずにノイローゼになってしまったの。ずっと体調が悪かった。ナカリアとは違うもの、何もかもが。それで、家が無くなれば国に帰れると思ったみたいよ。私達は、国にいられないからここに来たのにね。祖父が職を失って、父もそのせいで職を失ったわ。それで、生きていくためにこんな田舎に来たのにね。」
こんな田舎、という言葉がユリアに刺さった。やはり、マーサもここの暮らしが辛かったのだ。
ユリアは不安になった。父は平和にナカリアを治めていると思っていたが、国にいられなくなって、こうも苦しんでいる人がいる。自分に、ナカリアを治められるだろうか。
「そういうことだったの。」
後ろから鋭い高い声が聞こえてきた。マーサは、ユリアが言ったと思ったらしく、驚いてこっちを見ているが、ユリアではない。ユリアは振り返った。
「エマ・・・。」
そこには、エリアーヌが険しい表情で立っていた。
「そういうことだったの。」
エリアーヌは繰り返した。手には、昨日ユリアが見つけた剣代わりの枝を持っている。
「私たち、あなたに振り回されてたわけ。」
エリアーヌが冷たく言った。
「ダンを犯人だと宣言しておきながら、実は濡れ衣で、家族ぐるみの自作自演。ちょっと親しくなったからって、私たちの同情を誘おうと思ったの?いい気なものね。」
「エマ、やめなさいよ!」
ユリアが叫んだ。火を付けたのはマーサではないし、マーサだって今までこの暮らしに耐えていたのだ。
マーサが声を出して泣き出した。エリアーヌは軽蔑するような目でマーサを一瞥すると、背を向けて歩きだした。しかし、すぐに立ち止まってマーサを振り返った。
「恥をかかせてくれたわね。私たちが誰だか知ってのこと?自国の民の前で恥をかかせるなんて、とんでもないことをしでかしてくれたわ。」
「エマ、お願いだからやめて。」
自国の民、今の自分たちは人前でそんな言葉を使ってはならない。このままでは、エマは感情に任せて正体を明かしてしまう。
エリアーヌは、ユリアを見て首を振った。
「そうはいかないわ。あなたは、こんな恥をかかされて平気なの?私は耐えられない。しっかりと教えてやらなくちゃいけないわ。」
エリアーヌが早口に言った。ユリアはエリアーヌの腕を掴んで連れて行こうとした。しかし、エリアーヌは腕を振り払って叫んだ。
「マーサ、あんたが侮辱したのは、ナカリア王国王位継承者、エリアーヌ・リリア・スメリアータ姫と、ユリア・メトーズ・スメリアータ姫なのよ。」
エリアーヌは枝をマーサの顔の前に突き付けた。マーサは何も言わない。エリアーヌは、踵を返すとそのままどこかへ行ってしまった。
ユリアはマーサの反応を見た。マーサが黙っていてくれれば、自分達はまだこの村にいられるかもしれない。
マーサは、驚いたように去っていくエリアーヌを見つめていた。そして、笑った。
「そういうことだったの。」
普段のマーサからは考えられないほどの冷たい声だった。
「そういうことだったの。」
マーサは繰り返した。ユリアは、マーサに懇願した。
「お願い、マーサ。このことは皆には黙っていて。お願いよ。」
マーサは冷たい目でユリアを見た。風が吹き、マーサの前髪が顔にかかった。マーサはそれを乱暴にかきあげた。
「そうじゃないかとは思ってたわ。だって、何から何まで条件がぴったり合うもの。戦争直前に移住してきた双子。瞳は赤と青。私が昔、お城で見たお姫様と、あまりにも似ているのよ。あのときの姫と、あまりにもそっくりなのよ!」
ユリアはすがるような思い出マーサを見た。何とかマーサをなだめて、黙っていてもらわなくては。
「お願いよ、マーサ。国に帰ったら、あなたが戻れるように何とかする。約束するわ。」
マーサは軽蔑するような目でユリアを見て、首を振った。
「お姫様って、プライドが高いのね。権力を使ってでも、不利益なことを隠そうとするのね。自国の民?私たちはナカリアを追われたのよ。ナカリアにいられなくなったから、こうしてスチーナで暮らしていたの。それを、何?今でも権力者気取りで偉そうに。マリア、いえ、ユリア・メトーズ・スメリアータ。もう一人に言っておいて。ナカリアは、あなたたちのせいで敵を増やした、って。」
一息に言うと、マーサは大きく息を吸った。
「あなたは王位継承者とはいえ、この戦争を生き残ったとしても王になると決まったわけではないのでしょう?」




