表面と内面と可能性
次の日、ユリアはエリアーヌとマーサの家の片付けを手伝いに行った。メルパは二人が焼け跡に近づくことに顔をしかめたが、マーサを元気付けるためと説得し他結果、ミルパ中佐が一緒に行くということで話がまとまった。
マーサの家があったところに近づくにつれ、焼け焦げた匂いが強くなっていく。
「ああ、マリアとエマじゃないの。手伝いに来てくれたの?」
父親や他の大人たちに混じって焼け跡の中にいたマーサが、二人を見つけて沈んだ表情に無理に笑顔を取り繕った。見ていてとても心が痛む笑顔だ。
「そうなの。何か手伝えることはないかしら?」
気付かないふりをしてユリアが尋ねると、マーサは首を振った。
「少し…話さない?」
「いいわ。」
エリアーヌが答えると、マーサは目線を反らして何かを考えている。
「場所を変えましょう。ここでする話ではないわ」
三人は昨日の花畑に移動した。昨日と同じ場所に並んで腰掛けると、マーサが言った。
「家事の原因は、何だと思う?」
ユリアはエリアーヌと顔を見合わせた。
「火の不始末?」
ユリアが最初に思いついたことを言ったが、マーサは何も答えない。
「自然の火事とか?ほら、山火事みたいなものかも…。」
エリアーヌも無難な答えだ。マーサは泣きそうな顔で首を振った。これも違うらしい。
「あなたたちも気をつけないといけないわ。」
マーサが声を震わせた。
「どういうことなの?気をつけないといけないって。」
ユリアが聞き返すと、マーサはまっすぐにユリアを見た。
「ダン・マケドニアが火をつけたのよ。」
「何ですって?」
ユリアが叫んだ。
「そうかもしれないわ。」
一方のエリアーヌはしきりに頷いている。
「エマ、何を言い出すの?火をつけるところを見たとでも言うの?」
エリアーヌは何を言い出すのだろう。
「マーサ、証拠はあるの?なぜダンが火をつけたって言えるの。」
思っていたよりも激しく問い詰めてしまい、ユリアは後悔した。マーサは家が焼け、住む場所を失ったのだ。家が焼けたのを誰かのせいにしたいのも当然かもしれない。
時既に遅く、マーサの頬を涙が一筋伝っていた。
「マリア、消火リレーの時、ダンを見た?」
ユリアは目を閉じて昨日のことを思い出そうとした。あの時、ユリアは湖と家の間を駆け回って人々に指示を出していた。当然消火リレーに関わった全ての人を見ているはずである。しかし、その時ユリアは効率良く火を消すことだけに集中し、誰に指示を出したのかはよく覚えていない。しばらく考えてみたが、ダンを始めマケドニア一家は見ていない気がする。
「いいえ、見ていないわ、多分。」
ユリアは首を横に振った。
「ほら、みてごらんなさいよ。火をつけたんなら、火を消すのに協力するわけないじゃないの。ダンか、ダンの家族がつけたに決まってるわ。」
エリアーヌが勝ち誇ったかのような顔をしている。
「他に、誰がいなかったの?」
ユリアは静かに尋ねた。
「どういうこと、マリア。誰がいなかったかですって?じゃああなたは誰がいたのか皆言えるの?」
マーサが真っ赤な目をして言った。
「言えないわ。言えないから、誰がいなかったかも分からない。ダンがいたかも分からないわ。もしかしたら、いたけど私が見なかっただけかもしれないし。」
「あなたはダンを見なかった。私たちも見かけなかった。さっき、ミリにも聞いたのよ。ミリも見ていないって言ってたわ。だから、あいつが火をつけたのよ。」
「ミリは、ダンが犯人だって言ってたの?」
スチドニアを愛するダンを庇う発言をしていたミリまで、ダンを見かけなかったというだけで犯人と断定はしないだろう。
「ミリは言ってたわ。私たちに花畑で会ったとき、ダンは火をつけたあとだったんじゃないかしら。それで、私たちを見て、あざ笑ったんだ、って。」
「そんな…。」
したのか。確かに、ミリだってダンを嫌ってはいるだろう。しかし、ダンもかわいそうなのだ、と彼をかばっていたではないか。それなのに、花畑で会ったという理由だけで犯人にされている。
「いいかげんにしてよ!」
何とかして、この邪推を止めなければ。この話が間違って広まったら大変なことになる。
「あなたたちは、ダンが嫌いだから犯人に仕立て上げているんだわ。火事が起きる直前に私たちに会ったからって犯人なの?消火リレーの時に見かけなかったから?彼が火をつけた証拠でもあるの?言ってごらんなさいよ!」
ユリアはエリアーヌを睨んだ。エリアーヌはキッとユリアを睨み返してきた。
「マリア、あんたはダンの肩を持つの?あいつがどんなに人でなしかよく分かっているでしょう?あいつは私たちの国を侮辱した。あいつは父上を、将軍を…」
「エマ!」
ユリアは思わず叫んだ。エリアーヌははっと口をつぐんだ。
気まずい沈黙が流れた。何とかこの場をしのがなくては。
「私も彼は好きじゃないわ。でも、だからって犯人だと分かるの?どうして?」
自分が冷静でないのは分かっている。それでも、エリアーヌの発言を掻き消さなければ。心の中でマーサに謝る。
謝罪が通じなかったのか、マーサは無言で立ち上がると、しゃくりあげながら立ち去った。追いかけようとするエリアーヌを、ユリアは引き止めた。
ユリアは声を低くした。
「彼女は落ち着かなければならないわ。冷静にならないと、ちゃんと考えられないものよ。」
エリアーヌは無言だ。
「エマ、帰りましょう。」
ユリアは立ち上がった。エリアーヌは動かない。
「エマ?」
「この村で、あんなことをするのはあいつだけよ。私はあいつが犯人だって信じてるわ。」
エリアーヌはユリアの方を見た。自分にそっくりの瞳が睨んでくる。
「エマ、父上の言葉を忘れたの?『何事も、表面から考えるな』って。奥の意思を読み取らなきゃ。」
「何の意思なのよ。今、どこに意志があるというの?ナカリアを見下したい意思?」
「しっかりしてよ。私達は、将来もっと重要なことを考えなければならなくなるでしょう?その時、証拠も無いのに感情だけで話を進めていいの?冷静になって。」
「冷静も何も、論理的に考えての結論よ。」
「表面的に考えて、でしょう。」
「一体何が言いたいの?一体何の意思があるっていうのよ。私の考えが表面的なら、内面的な考えって一体何?友達の家が火事になったことと、私たちの立場と、いったい何の関係があるというの」
エリアーヌは顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうだ。
「しっかりしてよ、エマ。可能性よ。ダンが犯人である可能性はあるわ。でも、ダンじゃない可能性もあるわ。私が犯人だっていう可能性もあるわ。」
「あなたは犯人じゃない。あなたがそんなことしないって、私が知ってるわ。」
エリアーヌが驚いて言った。
「じゃあ、ダンが犯人じゃないってことも、誰かが知っているでしょうね。」
エリアーヌは、まだ納得いかないようだった。
「でも、私達は彼が火をつけそうだってことを知ってるわ。」
ユリアは、もうこれ以上エリアーヌを説得するのは無理だろうと思った。
「ダンが犯人だと思うなら、勝手に思っていらっしゃいよ。でも、そんな根も葉もない噂を人に広めることだけは止めて。きっとすぐに犯人が分かるわ。」
そう言うとユリアは立ち上がり、家に向かって歩きだした。エリアーヌが着いてくる気配はなかった。




