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ナカリアの剣  作者: 滝壷 実
16/23

秋の剣術

「本当に久しぶりだわ。」


 マーサが草の上に寝転んだ。


「本当、四人で来るのは半年ぶりだわ。私たちが引っ越してきたとき以来だもの。」


 エリアーヌもマーサの横に寝転んだ。


 スチーナ村はもうすっかり秋だ。草は茶色を帯び、森の木も葉の数が少なくなってきた。春に咲き乱れていた色とりどりの花は消え、夏の緑の面影もなく、今はコスモスよりも紅葉が目立つの季節だ。ナカリアの秋も、山が赤や黄色に変わって美しい。


そして秋は、ナカリア王国を挙げての収穫祭が行われる季節でもある。国中に色とりどりの果物や焼いた魚の匂いが漂い、そして都の広場で行われる美しい舞いを城の窓から眺め、時間になると両親と共にバルコニーに出て国民に挨拶をする。来年の秋は、きっと再び賑やかな祭りが再開されるに違いない。


「ナカリア人、まだ国が恋しくならないか?祖国の最後を見届けないのか?」


せっかく人が秋の感傷に浸っていたのに、タイミング悪く、その場の雰囲気を壊す奴が現れた。今日も空の荷車を引いている。汗をかいていないので、これから町に出かけるところだろうか。お仕事ご苦労様です、邪魔はしないので、早く取り掛かってください。


「ダン、殴られたくなかったら、帰ったほうがいいわ。」


 ユリアが静かに言った。そして、都合いいことに自分の足元に折れた木の枝が落ちているのを見つけてしまった。剣の稽古に丁度いい。


「ナカリアの兵は、もういなくなるんじゃないか?まだスチドニアに抵抗し続けている。降伏した方が利口なんじゃないか?」


 ユリアが枝を拾い上げようとしたとき、マーサが叫んだ。


「あんたこそ、国に帰って兵士になったらどう?それで、ナカリア兵の返り討ちに合って殺されればいいのよ!」


「え」


 ユリアは驚いてマーサを見た。マーサがナカリアを恨んでいなかった、ということが衝撃的で。ダンを含むその場の全員が驚いていたので、思わず声が出ても特に目立たないことが幸いだった。マーサは今まで、こんな穏やかでない発言をしたことはユリアの知る限り無かった。元大臣の孫なので、それなりに良い家で躾られていたのだろう。村の生活に馴染みながらも、仕草や言葉選びも上品

だった筈なのに。


そして、ユリアはナカリア王国を誇りに思っており、ダンが嫌いだったが、死んでしまえばいいなんて思ったこともなかった。ましてや、本人に直接死ねばいいなどと言おうとも思わない。


「マーサ、馬鹿なこと言わないで」


 ミリが咎めた。しかし、一番驚いているのはマーサ自身らしかった。衝撃からいち早く復帰したダンは、言質を取ったと嫌らしい笑みを浮かべている。


「とうとう本性が現れたな。ナカリア人は凶暴なのか?人を殺したいから、降伏せずにずっとスチドニアと戦い続けるのか?ナカリアはいずれ負けるんだ。最後まで戦って、全て滅ぼされたあとで、スチドニアの一部になればいいんだ。」


 ここまで言われて、黙っていては国王を継ぐことはできない。


「もう一回言ってみなさいよ、ただじゃおかないわ。」


 ユリアが言うと、ダンは声を出して笑った。


「ただじゃおかないって、俺は何されるんだ?」


 ユリアは枝を拾った。エリアーヌも足元を見るが、他に良い枝は無い。仕方なく、エリアーヌは何も持たずに間合いを取った。


 殺気を放つ二人にダンは少し怯んだが、薄ら笑いを浮かべて一歩下がった。そして、息を整えるとユリアに殴りかかってきた。男の力技で押し切るつもりらしい。



 ダンは知らなかった。ユリアとエリアーヌは幼い頃から剣術を始めとする、体を鍛える訓練をかなり受けてきたのだ。曲者から身を守るための素手や短剣での護身術が主だが、戦闘用の剣も扱える。

殴り合いのケンカなどはビルソン夫人やメルパに怒られるのでしたことがないが、田舎のガキ大将程度なら楽勝に勝てる自信があった。


 ダンの拳は、向かう先が女だからか迷いがある。ただの脅しのつもりで、当てようと思っていないのだろう。ユリアはダンの拳を右に避けると、向かってくるダンの左足を右に払った。ダンがバランスを崩し、地面に倒れる。その首筋にユリアが枝を突きつけると、ダンは身動きがとれない。勝負ありだ。


「これからは二度と、ナカリアを馬鹿にしないことね。」


 出番がなかったエリアーヌが構えを解いて言った。ダンはがくがくと頷いた。ユリアがダンの首筋から枝を離すと、ダンは走って逃げていった。


「私の見せ場が無かったじゃないの。」


 エリアーヌが不服そうに言った。


「ねえ、お願いだから暴力だけはやめてよ。」


 ミリが懇願するように言った。


「それに、女の子らしくないわ。」


「二人とも、ありがとう。あなたに倒されて身動きが取れないダンを見て、何だかすっきりしたわ」


 調子を取り戻したらしく、マーサがいつも通りにこやかに言ったが、言っていることは中々物騒である。その物騒な状況を作り出したのはユリアなので、何も言えないのだが。


「これで一件落着ね。」


 そう言うとユリアは草の上に寝転がった。遠くの山が赤と黄色に染まり、緑はほんの僅かしかない。山羊の声が聞こえ、家の屋根に雀が止まっているのが見える。そしてその向こうから立ち上っているのは―――


「煙だわ。」


 ユリアが呟いた。


「え?」


 ミリが驚いて聞き返す。


「煙よ。ほら、向こうで上がっているわ!」


 ユリアは煙を指差して叫んだ。


「火事だわ!」


 エリアーヌも叫んだ。


「私のうちの近くよ!」


マーサが叫び、4人は蒼白な顔で先頭を走るマーサに続いて煙が上がる方向に急いだ。


 一軒の家が、勢いよく燃えている。人が集まって呆然とその家を見ている。


「本当に、私のうちが、火事だわ…」


 マーサが泣き出した。マーサの家は、炎を上げて燃え続けている。


「誰か中にいるのか?」


「両親は無事だ!」


「マーサはどこだ?」


 誰かが叫んでいるが、マーサには聞こえていないようだった。


「マーサ!」


 一人の男性がマーサを見つけて走ってきた。短い黒髪で、目元がマーサそっくりだ。おそらくマーサの父親だろう。すぐ側に、地面に座り込んで炎を呆然と見つめている女性がいた。


「お母さん…。」


 マーサが女性に駆け寄った。


「一家は全員無事だ!」


「早く水を!」


 男たちが近くの川から水を運んでは掛けていく。しかし、火は一向に消えない。


「消火リレーだわ。」


 男たちを見つめていたユリアは呟いた。


「え?あの消火リレー?戦の時に火を消すのに使われる、あれ?」


 エリアーヌが聞き返した。


「そうよ。村長さんを探さなきゃ!」


 ユリアは辺りを見回した。そして、水を掛けている村長を見つけた。リーダーは自分が動くだけではいけない。人を動かすのが仕事だ。ユリアはそう教えられてきた。


ユリアが国の知恵だとバケツリレーについて村長に手早くバケツリレーの説明をすると、村長は、すぐにその場の全員を集めた。


「同じ説明を、この場の全員にしてくれ」


ユリアは頷くと、叫んだ。


「全員でここから湖までを2列に並んでつなげて。さあ、早く!」


 村人達は首をかしげたり何かをつぶやいたりしてなかなか並んでくれない。


「私が効率のいい火の消し方を説明するわ!」


 ユリアがもう一度叫ぶと、誰かが子供の無駄話を聞いている暇があったら水を運べ、と叫んだ。


「村長の話なら聞くじゃろう。」


 村長が村人たちの前に立った。村人達は急に静かになった。


「すぐにこの子の言う通り並ぶんだ。早く!」


 村人達は首をかしげながらも2列に並んだ。これが人徳というものだろうか。とにかく今は火を消さなければ。ユリアは湖の近くに並ぶ人たちに叫んだ。


「湖の側の二人だけが水を汲むのよ。他の人は右に桶を回すだけ。いい、動かずに桶だけを回すのよ。エリアーヌ、あなたは列に並んで、バケツの回し方を実演して。」


「分かった」


 エリアーヌの実演もあり、ゆっくりと桶が動き出した。ユリアはマーサの家サイドに戻った。


「家の側の二人が水をかけるのよ。それ以外の人は動かないで桶を右に回し続けて!」


 村長とユリア以外の全員が2列になって桶を回し始めた。村長は、空になったバケツを湖まで走って戻している。見かねた若い男性が村長と代わり、村長もバケツリレーに加わった。ユリアは駆け回って指示を出し続けた。騒ぎを聞きつけたのか、ビルソン夫人とメルパもバケツを回してるのに気が付いた。ユリアは驚いたが、今は話をしている暇はない。


 日が傾き始めた頃、火はやっと消えた。人々は安心したように焼け落ちた家の周りに集まった。まだ周囲には熱気が残っており、焦げ臭かった。村長がユリアの方に歩いてきた。礼を言うためか、あるいはバケツリレーをどこで知ったのか尋ねるためだろうか。ユリアは気づかないふりをしてマーサの方に歩いていった。村長は、まずマーサの両親と話をするべきだ。


「ああ、マリア。ありがとう。」


 マーサは弱々しく微笑んだ。マーサの側にはマーサの母親が座り込んで泣いていた。正確に言うと、マーサの母親は最初から動いていないので、火を消した後にマーサが母親の元に戻ったのである。


「ありがとう、マリア。君のおかげで被害が大きくならずにすんだ。」


 マーサの父親がやってきて言った。村長はどこに行ったのだろう。


「私たち、これからどうすればいいの?家が焼けてしまって、住む所がなくなってしまったわ。」

 マーサが母親から目を離し、焼けた家を見つめている。


「幸いこの村には空き屋が多い。移住して言ったかつての村人の家に引っ越せばよかろう。今夜はもう暗い。今夜はわしのうちに泊まって、それからまた考えればよかろう。」


 いつの間にか村長がすぐ側に立っていた。


「はい、ありがとうございます。」


 マーサの父親は頷くと、家族を促して村長の後について歩いていった。


「私達は戻りましょうか。」


 エリアーヌがそっと言った。ユリアは頷くと、家に向かって歩き出した。メルパとビルソン夫人が二人を追って歩き出したのを背後に感じた。

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