噂と昼食
それからしばらく、特に変わった事もなく、平和に時が流れていった。ダンは相変わらずナカリアの危機を警告し続けていたが、二人は耳を貸さなかった。
前に二人がダンの言葉で心を乱し、昼食の支度を全く手伝わなかったのでメルパにこっぴどく叱られたのだ。王である父を信じなかったことに対してではなく、昼食の支度を全く手伝わなかったことに対してである。そして、二人のスープに入っている肉の欠片が、何だか少し小さいような気がした。
働かざる者食うべからず、ということらしい。おかげでその後3日間は外出禁止で、掃除、洗濯、食事の支度は二人でやった。洗濯はメルパが監督し、合格点が出るまで何度も干し直しになった。見かねたビルソン夫人が手を出そうとすると、メルパの待ったがかかった。結局、全ての用事を済ませると夕方になっており、食事の時間に間に合わないのでビルソン夫人が一人で先に作り始めることになったのだが。
そんなわけで、二人はダンの話と昼食を常に天秤にかけるようになった。今のところ、昼食の支度を犠牲にしてまでダンの話を聞きたいと思ったことはない。それでも、ダンは相変わらずナカリア兵がいまだ減少し続けているといい続けたし、二人は完全に無視した。
ダンがナカリア兵はとうとう三分の一に減ったと告げた日、シモン・ミルパ中佐が珍しく昼食に帰っていた。しかし、もう他の皆は昼食を終えたところで、メルパが中佐の食事を用意しようと立ち上がるのを制して腰かけた。何か話があるらしい。
「それで、一体どうしたんです?」
メルパが恐々と尋ねた。中佐は、情報が入ったので急いで戻ってきたらしい。話をしようとも肩で息をしていたので、メルパは水を出そうとしていた。しかし、昼食後に汲みに行くつもりで桶の水を使い切っており、メルパは恐縮しながら昼食のスープを出した。
受け取ったスープを一気に飲み終えると、中佐は深呼吸をした。
「町で情報が入りました。」
中佐はまだ息を荒げていた。ユリアは中佐を見つめた。中佐は暗い表情でユリアの方を見た。
「何の情報なの?」
場の雰囲気に耐え切れなくなったエリアーヌが再び尋ねた。中佐は溜め息をつくと思い切ったように言った。
「かなり危険な状態です。」
それだけ聞けば十分だった。全員の表情が一瞬で暗くなった。
「それじゃあ、あの噂は本当だったのね。」
ユリアが中佐の目を見て言った。
「あの噂?」
「ええ、ナカリア兵は半分も残っていない、父上もお怪我をなさった、それに側近が一人…」
黙りこんだユリアに代わって、エリアーヌが呟くように言った。ミルパは何も言わなかったが、そ
れは肯定しているのと同じだ。
「どうしてそれを?」
短い沈黙の後、ビルソン夫人が言った。
「ダンが言ってたわ。薪を拾いに森に行ったときに。」
ユリアが言ったが、声がかすれた。ビルソン夫人が思い出したように頷いた。
「ダンは、親切にも私たちにも同じ話をしてくれましたよ。だから、王様のお怪我についても小耳に挟んでいました。もちろん、あくまで噂として、ですが」
「王様は、お怪我なさいましたが、命に別状はないということです。」
皆を安心させようとした中佐の一言は、結果として安心よりも不安を煽る結果となった。命に別状はない、という言葉が、国王がいつ死んでもおかしくない戦場にいるということを実感させたようである。
誰も口を開かなかった。今度はかなり長い沈黙が続いた。
どれだけ時間が経ったか分からなくなった頃、ユリアが口を開いた。
「本土や国民の状態はどうなの?」
これは、将来国を治めるものとして聞いておかなければならないことだった。いかなる時も、平常心を忘れず、国のことを考える。王家に生まれた者の務めだ。
ユリアが父の怪我にもっとショックを受けると思っていたのか、中佐は驚いてユリアを見たが、すぐに報告者の顔に戻って答えた。
「城は破られていません。スチドニア兵は、ナカリア島南部に上陸し、そこで戦闘が起こっています。南部は洞窟も多く、砂地で、そこで足止めしているようですが、海上戦でナカリアの船かなりやられたらしく、兵が少なくなったようです。」
「では、まだ南部にしか被害は出ていないのね?」
エリアーヌが安心したように言った。
「はい。しかし、このままだともっと攻め入られるでしょう。かなり危険な状態です。」
中佐は硬い表情で詳しい戦況を話し出した。ユリアは頭の中でナカリア国内の地図を思い浮かべながら、攻め落とされた拠点を確認した。上陸を許した砂地の地域は、確かあまり広くない。数で押されたら、内陸部に攻め込まれるのも時間の問題である。
「皆は父上と、ビル・アンダーソンを信じないの?私たちには、信じることしかできないのに」
唐突に、エリアーヌが言った。全員がはっと顔を上げた。
「私たちには、優れた能力を持った指揮官がいるわ。きっとナカリアに良いようにしてくれる。私達は今は何もできない。信じることしかできないでしょう?」
エリアーヌが言った。ユリアも後を続けた。
「そうね。信じることしかできない。信じるわ。ナカリアは、なくならないわ。」
エリアーヌは無表情でユリアをじっと見た。安心、不安、そして、それ以外の何かが含まれている
ような、何か言いたげな目線。
「え?」
エリアーヌが何を考えているのか分からなかったが、ユリアが何か言う前に中佐が頷いた。
「そうですな。私たちの役目はあなたがたを守ること。ナカリアには王様とアンダーソン将軍がおられる。ナカリアを守る偉大なお方ですよ。私も信じます。」
エリアーヌは、今度は寂しそうな表情をした。ユリアは何を言ったらいいのか分からないので、黙っていた。双子でも、やはりお互いが考えていることが全く分からないこともあるらしい。
「さあ、洗濯物を取り込みましょう。」
メルパが勢いよく立ち上がった。
「今日は私も手伝いましょう。」
中佐もメルパとビルソン夫人について外に出て行った。
「さあ、エリアーヌ。」
二人きりになったので、ユリアはエリアーヌに向き直った。
「何、マリア?」
エリアーヌはもう普段の表情に戻っていた。ユリアは思い切っていってみた。
「さっきから何を考えているの?」
「何って、国は大丈夫か、とか、父上はお元気かしら、とかそういうことよ。」
エリアーヌはさらりと答えた。
「そんなはずないわ。あなたは何か違うことを考えている。皆が父上と将軍を信じるって言ったとき、一体何を考えていたの。」
エリアーヌが一瞬ぎくりとしたのを、ユリアは見逃さなかった。
「さっきから言っているでしょう。国や父上のことよ。」
エリアーヌはどうしても答えたくないようだった。確かにエリアーヌは何か違うことを考えていた。十年も一緒に暮らしていたのだ。ユリアには確信があった。
「どうしても話してくれないのね。」
「話すことなんて無いもの。父上と民の無事を信じて祈る、それだけよ」
ユリアは立ち上がると無言で外に出た。後ろでエリアーヌが何か呟いているようだったが、何を言っているのかは分からなかった。




