薪と未来
ほどよく風が吹き、汗ばんだ肌を乾かしていく。。
四人は、今度は昼食作りに取り掛かった。マリア・ビルソンは遊んできてもいいと言ってくれたのだが、メルパがそれを許さなかった。
「あなた達も、ここでは仕事を覚えなければいけないの。十歳にもなって、毎日遊んでいるだけの子供はこの村にはいないの。ミリやマーサは、何か家の仕事を手伝っているでしょう?」
ユリアは手伝う気が満々だったので、黙って頷いた。エリアーヌは、もう諦めているらしく、何も言わない。
「じゃあ、森に入って薪を集めてきてくれないかしら。今日の昼と夜の分をお願い」
マリア・ビルソンが言った。いつの間に持ってきたのか、腰にはエプロンをつけている。
「わかったわ」
二人は森の入り口に行って薪を集め始めた。奥まで行かなくても、たくさん枝が落ちている。
村に続く道に近く、ときどき馬車が通る音がする。
「エマ、どんな枝がいいんだったかしら。」
「忘れたの?叔母さんが言っていたじゃないの。乾いた、これくらいの長さの枝よ。」
エリアーヌは近くに落ちていた枝を拾い上げた。指の先から肘くらいの長さだ。
「私だって少しくらい忘れることもあるわよ。わかった、そんな枝ね。」
二人はしばらく無言で枝を集めていた。薪は細くても案外重く、両手に持てないほどに集まった。
「エマ、このくらいでいいんじゃない?」
そのとき、誰かの足音がした。
「ナカリア人じゃないか。」
ダンだった。野菜を売りに行った帰りらしく、空の荷車を引いている。
「何の用なの?」
エリアーヌが顔も上げずに刺々しく言った。
「お前ら聞いたか?ナカリアが負けそうだってよ。」
「何ですって?」
エリアーヌが顔を上げた。ダンはいつものように嫌らしい笑いを浮かべている。
「詳しく教えて」
ユリアが思わず命令口調で言った。ダンは薄笑いを浮かべたまま言った。
「ナカリア兵は、もう半分しか残っていないらしいぜ。ナカリアが堕ちるのも時間の問題だ。早く戦争が終わるといいな。ナカリアがスチドニアの一部になれば、もう他国も攻めてこないだろうに。」
「ナカリアは、負けたりはしない。他国を侵略して資源を奪い、それを我が物にして儲けようとしている嫌らしい国になど、負けはしないわ。」
エリアーヌが早口で言った。ダンはぽかんとしている。エリアーヌの言ったことが理解できていないようだった。
「何を言っているんだ?スチドニアは、ナカリア国民を少しでも助けてやろうとしているのに。お前たちがただ抵抗しているだけだろう?皆、本心はナカリアがスチドニアの一部になることを望んでいるはずだ。その方が、安心して暮らせるんだ。」
「馬鹿なことを言わないで。ナカリアは永世中立国よ。どこにも属さず、どこも侵略せず、他国の侵略も許さない。それがナカリアよ。」
エリアーヌが叫んだ。そろそろ危ない、とユリアは思った。エリアーヌが身分を明かしてしまいそうな気がして怖かった。
場を収めようと自分が何か発言しようとも、同じリスクをはらんでいる。つまり、残されたのは逃げの一手だ。
「エマ、もう薪は十分集まったわ。帰りましょう。ばあやたちが待ってるわ。」
ユリアは薪を持って歩きだしたが、エリアーヌは動かなかった。
「エマ、行きましょう。」
エリアーヌは黙ってダンに詰め寄った。
「何だ?俺は嘘は言ってないぞ。スチドニア国民なら誰でも知っていることだ。俺は昨日町に出たときに聞いたんだ。もう皆が知っているんだそ。この山奥の村には情報は入ってこないだろうがな。」
エリアーヌは手を振り上げた。まずい、とユリアが思ったとき、パン、と乾いた音が響いた。
言わずもがなである。ダンの頬が赤く腫れあがった。
「父上は、ナカリアを守ってくださる。お祖父様だって、前回の戦争では海軍を率いて勇敢に戦ったそうよ。私達は、全力でナカリアを守るのよ。それが定めなのよ!」
もう限界だ。これ以上エリアーヌに何かを言わせるわけにはいかない。父は国王、祖父は王位を譲った後は軍師として国に尽くした。そんなことが知られれば、自分たちの立場が知られてしまう。
ユリアはエリアーヌの手に薪を押し付けた。
「エマ、行くわよ。薪を拾うのに時間を取りすぎてしまったわ。早く戻りましょう。」
実際には、思っていたよりも大分早く薪は集まったのだが、とにかく二人はダンに背を向けて歩きだした。
ダンは頭が悪そうだが、今の会話で自分たちが国の重要人物の娘であるということは分かってしまっただろうか。分かっていないまま、家族にでも話されたらそこから分かってしまうかもしれない。もちろん王位継承者だとは思わないだろうが、今は少しでも疑わせてはまずい。
ユリアは足を速めた。
「まだ情報があるんだけど聞くか?」
ダンが意地悪く言った。
「ナカリア王の宿営テントに火矢が命中したらしい。テントから出てきた王の側近は次々にスチドニア兵に殺されたらしいぞ。王は殺されはしなかったが、矢で深手を負ったらしい。矢を射たのは三等兵らしいぞ。ナカリアも落ちたもんだな。」
とうとう、エリアーヌが泣き出した。ユリアは必死にこらえてエリアーヌの手を引き、全速力で家までの道を走った。ダンが何か叫んでいたが、何を言っているのか分からなかったし、分かりたくもなかった。
「どうしたんです。」
真っ赤な目をして走ってきた二人を見て、外の釜戸で料理の支度をしていたビルソン夫人とメルパは驚いている。二人は無言で薪を竈の傍に置くと、部屋に戻った。
「ねえ、マリア。」
ユリアのベッドに腰掛け、エリアーヌがささやいた。
「父上は大丈夫かしら。」
ユリアは自分もエリアーヌの横に腰掛けて言った。
「大丈夫よ。ダンが言っていたでしょう?父上の命は大丈夫だって。」
「でも、ユリア。かなりの深手を負われたって言ってたわ。」
エリアーヌは鼻をすすった。
「ダンが言ってたのは出鱈目かもしれないでしょう?何でも物事を良いように考えたらいいのよ。どうせこんな田舎では、大した情報なんて入ってこないわ。町に出ている叔父さんが何も言わないのよ。きっとダンがでたらめを言ったのよ。」
事実確認が取れない以上、ユリアは、何としてでもさっきのダンの話は嘘だと思いたかった。
「皆、本心はナカリアがスチドニアの一部になることを望んでいるはずだ。そのほうが、安心して暮らせるんだ。」
エリアーヌが呟いた。
「え?」
王族としてあるまじき発言に、ユリアは聞き返した。
「覚えてるでしょ?ダンが言ってたこと。本当にそうなのかしら?」
エリアーヌが真剣な口調で恐ろしいことを言った。
まさか、エリアーヌはそんなことを真に受けているわけではないだろう。確かに自分もその言葉にははっとした。でも、それは絶対に違うと言い切れる。
「馬鹿なことを言わないで!」
思わずユリアは叫んだ。
「エリアーヌ、そんなことを言うと承知しないわよ。」
「だって、そうじゃないの!」
エリアーヌも叫んだ。
「今、ナカリアの国民は何をしていると思う?戦って、傷ついて、あるいは死んでしまった人だっているでしょうよ。兵じゃない女子供だって、何もしていないのに傷ついて、殺された人だっているかもしれない。スチドニアに降伏したら、もう争いは起こらないわ。平和に暮らせるのよ。」
ユリアにはエリアーヌの言葉が信じられなかった。ナカリアの王位継承者として同じように教育を受け育った者が、そんなことを言うとは思えなかった。
「エリアーヌ、何を言っているの?あなたは自分の立場が分かっているの?もし父上があなたの言うとおりになさったら、私達はどうなると思う?スチドニアに捕まって牢に入れられるか、もしかしたら殺されるかもしれないわ。」
「ユリア!自分のことばかり考えるのはやめなさいよ。私たち治める者は、自分を犠牲にしてでも国民を守らなきゃいけないのよ。」
「でも、国民はそんなことを望んでいると思う?中立国家ナカリア王国が滅びることをほんとに願ってると思うの?スチドニアはナカリアの自然を奪うわ。そしたら、豊かな自然も消える。私たちの暮らしは変わってしまうわ。」
「でも、それは命あっての話よ。ナカリアがいつまでも戦争を続ける限り、国民は死んでいくのよ!」
「エリアーヌ、とにかく落ち着いてよ。」
ユリアは深呼吸をして言った。
「私たち、落ち着かなきゃいけないわ。私たちのうちどちらかが王位に就くんだから、王位に就いた方が決めればいいわ。今の国王は父上よ。今は、父上がお決めになるわ。」
エリアーヌは何か言おうと口を開いたが、思い直したように口を閉じ、自分も深呼吸した。
「そうね。落ち着かなきゃいけないわ。こんなところで大声で叫ぶなんて、私としたことが、うっかりしていたわ。ここで身分がばれたら、二人とも、王位につくことができなくなる」
二人は一瞬息をひそめて外の様子を伺った。変わった様子はない。メルパが上がってくる気配もない。窓もドアも閉まっていた。ユリアは安心して溜め息をついた。もちろん、心の底まで安心しているわけではないけれど
。
「ねえエマ。父上は、何を考えて国を治めておられるのかしら。」
ユリアは静かに言った。エリアーヌは目を閉じて三十秒ほど考えてから答えた。
「父上は、いつもおっしゃっていたでしょ、『奥の意思を読み取れ』って。どういう意味かしら。」
確かに、父はいつも二人に何かを尋ねてはそう言っていた。ユリアもずっと悩んでいるのだが、意味は分からなかった。
ユリアは、最近父から出された問題を思い出した。
「半年くらい前、庭を散歩しているとき、父上がこうおっしゃったわ。『この庭に、一体何匹の虫がいるのか数えてごらん』って。」
エリアーヌは遠くを見る目をしてしばらく考えていた。そして、思い出したように頷いて言った。
「そうそう、それで、私が『そんなの数えられるはずがありません』って言ったわ。そしたら、父上は『じゃあ、お前たちが庭を歩くたびに死んでいく虫は何匹いるだろう』っておっしゃった。」
「私は、『私は虫を殺したりしません』って言ったわ。父上は、黙って私が少し前まで立っていたところを指指された。そこに、蟻が一匹つぶれて死んでいたわ。」
「そうだったわね。私はそれからしばらく庭を一歩歩くごとに虫を踏み潰してはいないかって確かめながら歩いたものだわ。」
ユリアは少し迷いながら自分の考えを打ち明けた。
「もしかして、父上が伝えたかったことって、こういうことなんじゃないかしら。つまり、私たちが何かをしようとすれば、必ずどこかに影響を及ぼすって。ナカリアがスチドニアと戦い続ければ、国民が死んでいく。スチドニアに降伏すれば、占領されてナカリアなんて存在しなくなる。国がなくなってしまうわ。故郷がなくなるのと同じよ。」
「でも、私は気をつけて庭を歩いている間、蟻を踏み潰しはしなかった。気をつけていれば、被害は最小限になるか、なくなるんじゃないかしら。」
エリアーヌが言うことも一理ある。つまり、自分達はいつも気を抜いてはいけないということだ。
「昼食ができましたよ!」
メルパが叫ぶ声がした。ユリアも叫んで返事を返す。人を間に挟まない、便利で直接的な連絡スタイルが確立されつつある。
「行きましょう。」
エリアーヌは先に出て行った。ユリアも少し遅れてエリアーヌを追いかけた。
この大きさの声で、1階から2階まで十分に声が届くのだな、と思いながら。
当然、二人が興奮しているときの会話は全て、階下に筒抜けです。
大人たちは、聞かなかった振りを貫きながら、外に聞かれていないか注意しています。




