姫たちの洗濯
朝、ユリアは早く目が覚めた。数か月もすると、メルパに起こされる前に、日の出とともに自分で目が覚めるようになった。
とはいっても、メルパたち大人はユリアより早く起きていることが多いようだが。
ユリアは枕もとの置時計を見た。
ユリアとエリアーヌの部屋には、小さな木の置時計がひとつずつ置いてある。長方形で、時計版の周りにはナカリアの国家であるアジサイの彫刻が施されている。
この時計は、父がユリアとエリアーヌのために特別に作らせたもので、二つの時計の彫刻は、左右対称になっている。メルパが城を出るときに持ってくることを許した数少ない荷物の一つだ。
時計は、普段ユリアが起きる時刻よりも1時間ほど早い時間を示している。外の湖に、昇ったばかりの朝日が眩しく反射している。
ユリアは足音をたてないようにエリアーヌの部屋の前に行った。耳をすますと、エリアーヌの静かな寝息が聞こえてくる。
ユリアはエリアーヌを起こそうと思ったが、朝の一時を独り占めするのも悪くない。
足音を立てないように、そっと階段に向かった。
階段は古いので足音を立てずに下りることはほとんど不可能だったが、ユリアは全神経を集中して静かに下りていった。
居間をのぞくと、ミルパ中佐はもういなかった。もう御者として町に出たのだろう。メルパは居間のすみで椅子に座って眠っている。
本当に無防備だ。今、スチドニア軍が攻めてきたら、一体どうするのだろう。
そう思うならば家の中にじっとしているべきなのだが、ユリアは湖の方に行ってみたくなった。
ユリアは居間の端に置いてある桶を手に取ると外に出た。
朝の静かな草原が風になびいている。終わりかけた朝焼けが、まだ朝の早い時間だと告げている。
「気持ちいい。」
ユリアは思わず声に出して言った。こんなに早くに外に出たのは、本当に久しぶりだ。ユリアは少し散歩してみることにした。
この辺りは一面の牧草地だが、朝早いので誰もいない。緑の草が風に揺れているだけだ。
空に浮かんでいる小さな雲が、のどかな牧草地を見下ろしてゆっくり流れていく。周りには誰もいない。
ユリアはこの美しい景色を独り占めしたような満足感に満たされていた。
数回深呼吸をすると、ユリアは裏の湖に行った。桶に水を汲み、更に顔を洗おうと湖に両手を水に浸した。水は冷たく、心地よかった。
「あら、早いのね。」
いつの間にか桶を持ったマーサが後ろに立っていた。
「おはよう、マーサ。今日は早く目が覚めたの。あなたはいつもこんなに早いの?」
ユリアはマーサに微笑んだ。微笑みの練習だ。今回は自然に微笑めたのではないかと思う。
マーサは自分も水を汲むと、自分もユリアの横に腰を下ろした。
「早起きって気持ちがいいわね。私はいつもこの時間よ。母さんが起きれないから・・・水汲みと朝食の支度は私の役目なの。」
「お母さん、具合でも悪いの?」
「そうではないんだけど・・・あんまり外に出たがらないのよ。困った人ね。」
ユリアが口を開こうとしたとき、ビルソン夫人が走ってきた。
「マリア!ここにいたの!」
「どうしたの、そんなに慌てて。」
ユリアが驚いて尋ねた。マーサもぽかんとしている。
「どうしたの、じゃないわ!さっき二人を起こしに行こうと思ったら、あなたがいないから探していたのよ。」
「そんなに慌てなくても、すぐに戻るところだったのよ、ねえ?」
マーサが助け舟を出してくれた。しかし、ビルソン夫人は二人を睨んだ。
「マリア、勝手に出歩いてはだめよ。」
「だって、こんなに気持ちがいい朝なのよ。外に出るなと言う方が無理なんじゃない?」
ユリアが言い返したが、ビルソン夫人はそれで許してくれる人ではないことをユリア走っている。
ビルソン夫人はユリアの背中を押して歩き出した。
それを見て、マーサも引き際を感じたのだろう。
「私も早く戻らないと、母さんが心配してしまうわ。朝食の支度もあるし、話なんてしている暇はなかったんだわ!じゃあね!」
そう言うとマーサは走っていってしまった。
ビルソン夫人はが背中を押す力が強まる。ユリアは諦めて家に向かって歩くことにした。
「ユリア、どうして私に言ってくれなかったの。私も行きたかったわ。」
家に戻ると、エリアーヌが怒って詰め寄ってきた。
「だって、起こすと悪いと思ったんだもの。」
「悪いことなんかないわよ。起こしてくれたらよかったのに。」
エリアーヌが膨れた。
「それなら、これからは毎朝二人が水汲みをしたらいいでしょう。」
メルパが二人をなだめた。
「わかったわ、そうしましょう。でも、交代でやりましょうよ。一人で歩くのは気持ちがいいわよ。」
ユリアが言った。朝の空気に完全に魅了されてしまったのだ。
「それはいけません。」
ビルソン夫人が即答した。
「なぜ?どうしてだめなのよ。私も一人で行ってみたいわ。ユリア、そんなに気持ちがいいものなの?」
エリアーヌが身を乗り出して尋ねるので、正直に答える。
「ええ、もう最高よ。ナカリアとは違って、一面の草原と、遠くに見える山。ほんと最高よ!」
「だめです。」
メルパも口を挟んだ。
「あなた達、自分の立場を理解していないようだけれど、一人で出歩くのは危険ですよ。」
口調は柔らかだったが、断固拒否という姿勢は崩さない。
ユリアは、気になっていたことを質問してみることにした。
「ねえ、二人ならいいの?私たち、二人で遊びに出掛けるけれど、それは大丈夫なの?叔父さんは町に働きに出ているでしょう?護衛といいながら、今私たちが襲われたらどうするの?」
一瞬メルパとマリア・ビルソンは顔を見合わせた。マリア・ビルソンが穏やかに言った。
「私達は、片時もあなた達から目を離しませんよ。叔父さんも、何かあればすぐに駆けつけてくれるでしょう。なにも心配はいらないわ。さあ、早く朝食を食べて。今日は忙しいんですからね。」
「どうしたの?」
「ユリア、昨日言ったように、今日は洗濯をしなきゃいけないの。手伝ってね。」
「ええ、いいわ。」
ユリアは、外に出られるなら何でもいいと思った。
ビルソン夫人が運んできた洗濯物をメルパが手際よく洗い、ユリアとエリアーヌがそれを木と木の間に張ったロープに干していく。
しかし、これが案外難しい。ユリアは、城の中で洗濯物を干しているところなんて見たことがない。
当然、城の中ではそんなものは下女がどこか隠れた場所で行っている。
見様見真似で干していったが、ユリアが干した洗濯物を見て、ビルソン夫人がなかなか合格を出してくれない。
「そんな干し方では、型崩れするわ!」
「それでは乾かないわ。ちゃんと干して。」
「地面にすっているわ。洗い直しよ。」
と片っ端からダメ出ししていく。
癇癪を起こして、エリアーヌがロープから乱暴に洗濯物を外した。
すると、ロープの結び目が解け、洗濯物が全て地面に落ちてしまった。
「何をしているんです。もう一度洗い直しよ。エマ、あなたが洗って。」
エリアーヌは渋々洗濯物を集め始めた。メルパとビルソン夫人が手際よく洗濯物を干していく。
「上手ねぇ。」
ユリアが感心していると、メルパが洗濯物の山をユリアに押し付けた。
「まだまだあるんですよ。さあ、あなたもするのよ。」
ユリアは二人の真似をして洗濯物を干し始めた。さっきよりは上手にできたように思った。しかし、
まだビルソン夫人は合格点を出してはくれなかった。
「しわをちゃんと伸ばさないと、乾いたときにしわくちゃになってしまうわ。」
服やシーツなど全ての洗濯物を干し終わると、既に太陽は高くなっていた。
洗濯というのは、かなりの重労働らしかった。
嘘です。
洗濯だけで半日もかかるのは、メルパとビルソン夫人が二人に洗濯という仕事を覚えさせたかったから。
ユリア目線だと、見守ってくれる大人のことをあまり書けないから残念。




