夜の反省会
その夜、ユリアとエリアーヌは並んでベッドに腰掛けた。
「ダンって、スチドニア人でしょ?」
エリアーヌが言った。
「そうよ。だからどうしたの?」
「今、ナカリアとスチドニアは戦争してるわよね。ということは、ナカリアとスチドニアは敵同士ってことになるわよね。」
「そうよ。だからどうしたっていうの?」
ユリアは繰り返した。
「彼は、私たちの敵なの?」
エリアーヌはまっすぐユリアを見つめてきた。ユリアはひるんだが、すぐに答えた。
「違うわ。ここは、スチーナ。チスコの山村なのよ。こんな外国の田舎で出会った子供同士が敵になんかならないわよ。」
「じゃあ大人なら敵なの?」
エリアーヌは自分の意見を通そうと、質問をやめなかった。
「私たちのおじさんと彼のお父さんは敵同士?」
ユリアは困ってしまった。彼は軍人だ。ダンの父親は軍人ではないだろうが、敵国人と仲良くはなれないだろう。
「今回はスチドニアがナカリアに攻めてきたのよ?ナカリアがスチドニアと戦いたいわけではないんだから、こちらから敵対することはないとおもうわ。」
ユリアは静かに言った。今回の戦争は、スチドニアが侵略してきたことで起こった。ナカリアに非はないはずだから、堂々としていればいい。
「本当にそうかしら?」
エリアーヌは立ち上がると窓のそばに行った。空には雲が広がり、月は見えなかった。
「ダンは私たちを馬鹿にしてるでしょ。ナカリアを。私は、彼が嫌いよ。彼とは仲良くできない気がする。」
「でも、それは戦争相手とは違うわ。私も彼と戦いたいなんて思わない。もし彼が私たちを敵だと思ったとしても、彼は私たちをどうすることもできないわ。」
ナカリアからの移民とスチドニアからの難民。どちらも国を出てしまった者同士のはずだ。
「表向きにはね。」
エリアーヌが静かに言った。
「私たちが誰なのか、彼が知らなければそうかもしれないわ。」
「でも、エマ、彼は知らないでしょう、私たちが誰なのか。知りようもないもの。」
声が上ずってしまい、ユリアは口を抑えた。
「マリア、声を低くして。ばあや達に聞かれたらどうするのよ。きっと怒られるわ。」
エリアーヌがささやいた。
「ただね、エマ、変じゃない?」
「何が?」
ユリアは、今日一日ずっと気にかかっていたことを口に出した。
「だって、無防備すぎるわ。もし、ここがスチドニア軍に知れたらどうなるの?」
「どういうこと?」
「分からない?国の重要人物が二人もこんな田舎にいるのよ?それも、村の娘たちと一緒に子供だけで遊びまわっているのよ。」
エリアーヌは頷いた。
「ええ、それは私も気になっていたの。おじさんは御者として一日中村の外にいるわ。すると、私たちを守る男の人が一人もいないことになるわ。」
「何か策があるのかしら。絶対に変よ。」
もし、この瞬間にスチドニア兵がやってきたらどうしよう?
「ねえ、もしかしたら。」
エリアーヌがささやいた。声が震えている。
「私たち、さらわれたたのかもしれないわよ。」
「誰にさらわれるというのよ。」
「ばあやとおじさんに、よ。」
エリアーヌは息を潜めて外の様子を伺った。物音はなかった。
「そんなことないわ。第一、私たちがドレスではなくこんなボロボロの服を着て城を出たのよ?裏門からだったけど、私たちの顔を知らない人は城にいないと思うわ。誰か気づくわよ。」
ユリアもその可能性は考えていたが、口では即、否定した。否定したかった。
「そもそも、その場合は真っすぐにスチドニアに連れていかれると思うわ」
「そうよね。きっと何か考えがあるに違いないわ。聞かなかったことにして」
エリアーヌは飛んできた羽虫を追い払って言った。
「でも、戦争がチスコの山奥にまで争いを運んでいるのね。ダンと私達は喧嘩で済んでも、大人達は殴り合いで済むかしら。」
「叔父さんたちは大丈夫でしょうよ。見識ある立派な人たちだもの。それにしても、マーサはあんなこと言われて平気なのかしら?」
ユリアは今日の昼の出来事を思い出していた。ずっと無言でエリアーヌを見つめていたマーサ。ユリアには、彼女がずっと疑わしげに自分たちを観察していたように思えてならなかった。
「エリアーヌ、マーサのことなんだけど。」
「マーサがどうかしたの?おとなしい感じのいい子じゃない。」
「彼女、今日の昼間に丘の上で話してたとき、じっとあなたのことを見つめていたわ。」
「だからどうしたっていうの?」
エリアーヌは何も気づいていないらしい。ユリアはマーサが見つめていたことを説明した。加えて、彼女とは昔、王城で会っているのでいつかは気付かれる可能性がある。
「考えすぎよ。彼女はあまり喋らない方なんじゃない?」
「いいえ、彼女はあなたが秘密を漏らしかけた時、疑わしそうに見ていたのよ。それに、彼女は大臣の孫でしょ?」
「彼女は王位継承者としての教育を受けてきたわけじゃないし、国のことは詳しく知らないんじゃないかしら?」
エリアーヌが髪をなでながら言った。
確かに、自分達は王位継承者として最高レベルの教育を受けてきた。しかし、貴族の子供もかなり高レベルの教育を受けているはずある。
「とにかく油断ならないわ。もっと気をつけなければいけないと思う。」
ユリアは立ち上がると窓を閉めた。
「さあ、もう寝ましょう。」
エリアーヌはおやすみを言って出て行った。
ユリアはベッドに横になった。寝返りを打っただけでギシギシと鳴る古いベッドは埃っぽい匂いがする。
ユリアは目をつむった。今日のダンの言葉が頭に浮かぶ。
スチドニアの兵の数が、今までの比ではなく、ナカリアは不利。だから、自分たちはこんな田舎の村までやってきたのだ。
彼が言ったことは、間違ってはいない。
「父上が、ナカリアを守ってくださるわ。」
ユリアはつぶやいた。今は戦争中なのだ。自分は戦火の届かない山奥で静かに眠ろうとしている。
しかし、国王を始め兵士たちは、敵を警戒し神経を張り詰めて横になっているのだろう。
ユリアは、自分は王位継承者である前に女なのだ、と自分に言い聞かせようとした。戦場に赴き、剣を振るうわけにはいかない。
しかし、どこか納得できなかった。女だからなんなのだ、という思いが捨てられなかった。
将来自分が国王になったとしたら、自分はやはり指揮を摂って戦わなければならないのだろう。しかし、戦場に女は不要だと言われている。
昔、兵を率いて国を守った女性がいたそうだ。聖女と呼ばれた力強い乙女でさえ、戦のあとに魔女として火あぶりにされたらしい。
自分は、国王として胸を張って国を守れるような人間になれるのだろうか。
ユリアは父のことを思った。こんな娘を王位継承者にして、大丈夫なのだろうか。今回の戦争で万が一のことになったら、自分とエリアーヌは王位を巡って争わなければならないのだ。
もちろん、国が存続していることが前提だが。
二人を継承者にした理由を、二人は散々聞かされて育った。たった数秒の差で生まれた二人に、直ぐに優劣をつけることはできない。どちらが本当に王位継承者に相応しいのか、十八歳で決めるのがよい、と父が決めたのだと。
しかし、その試験について詳しい話を父から聞いたことはなかった。なんとしてでも国王である父の口から聞かなければならない、とユリアは思った。
そのために必要なことは、ユリアが無事に帰国することと、帰国したときに国と父が無事であることだ。
「父上、どうかご無事で。」
ユリアは小さくつぶやいた。
何か一つ出来事があるたびに、心が揺れる二人。
疑心や不安を感じつつも、表面上は少しでも前向きに、いい子になろうとするユリアと、
常に自分に正直なエリアーヌ。
ひとつひとつの出来事を振り返り共有することで、
本音と建て前を二人で確認する大事な作業になっています。
二人の声が薄い床から階下に聞こえても、大人たちは何も聞こえないように振る舞う優しさを持っています。




