友達の笑み
太陽が高くなり昼食時になったので、ひとまず解散することにした。
「ちょうど昼ごはんができたところですよ。」
二人が家に入ると同時に、メルパが机の上にグラタンのようなものを置いた。
「これは、この村の伝統料理だそうで、野菜にミルクをかけて、この村の近くにある森の中でしか取れない貴重なハーブと、この村で作ったチーズをのせて焼いたものです。ハーブのいい香りだこと。」
二人は席に着いた。今までのスープばかりの食事に飽きていたユリアは、この料理がかなりのご馳走のように思えた。
「さあ、召し上がれ。」
メルパが二人に木のスプーンを渡した。ユリアは香りにつられるように一口食べた。
「おいしいわ!」
「とってもおいしい!」
ユリアとエリアーヌが同時に叫んだ。
ミルクの濃厚さと、バジルにも似たハーブの爽やかな風味が混じって心地よい。
チーズの塩気がそれを更に引き立てている。
メルパは嬉しそうに微笑んだが、こう付け加えた。
「ただ、この材料は特別に頂いたもので、毎日これを食べられるわけではないですよ。」
ユリアは聞かなかったことにした。
チーズの下には、昨日のスープの中に入っていた葉野菜や、見たこともない根菜が入っていた。
どれもチーズとハーブによく合う。
ユリアは昨日までとは違う意味で、無言で食べた。あっという間に皿が空になった。
「そうそう、叔父さんが、御者として働くことになりましたよ。」
メルパが言った。
「御者?どうして?」
身分を隠して生活するとはいえ、自分達は王族、中佐は護衛ではないか。
なぜ、金がないのだろう。
「どうしてって、働かなくちゃ食べていけないじゃないの。」
メルパが驚いたように言った。
「私たち、働かないといけないの?」
「叔父さんが稼いでくれますよ。それだけで十分です。」
メルパが声を低くして言った。
「見も心も、貧しい村娘になってください。」
家の外で、ミリが二人を呼ぶ声がした。
「暗くなるまでに帰ってくるんですよ。」
メルパは突然表情を変えて微笑んだ。祖母バージョンに切り替わったのだ。
また二人を呼ぶミリの声が聞こえる。二人は急いで外に出た。
外には、ミリと一緒に黒髪の長い痩せた少女が立っていた。
「マーサ・ドンケルよ。半年前にナカリアから引っ越してきたの。よろしくね。」
少女が微笑んだ。この微笑は、さっきの自分たちとは何かが違う、とユリアは感じた。
ユリアは、礼儀上の愛想笑いと自分の感情表現以外の笑みを知らない。
「友達」というやつなのだろうか。
「マリア・エカープスよ。こっちはエマ。よろしくね。」
ユリアはマーサの真似をして微笑もうとしたが、できなかった。
「ねえ、私たち、この村に来たばかりだから、この村の中を案内してもらえないかしら?」
エリアーヌが言った。付き合いの長いユリアには分かる、エリアーヌの微笑みは完全に、初対面の人に向ける礼儀上の笑みだ。
本音を見せず、表面を取り繕うための笑み。マーサと「友達」になれたら、自分たちも彼女と同じ笑みを習得できるのだろうか。
「そうね。じゃあ、丘の方に行ってみる?」
ミリはそう言うと歩き出した。
「ミリって少しせっかちなところがあるのよね。」
マーサが二人にだけ聞こえるようにささやいた。
そのまま十分ほど南に歩くと、小高い丘に着いたので、四人は腰を下ろした。
黒い模様がある白い蝶が優雅に飛んでいる。
「ここっていいところね。のどかで、本当にのんびりできるわ。」
エリアーヌが草の上に仰向けに寝転んだ。が、すぐに体を起こした。
「少し虫はいるけど。」
エリアーヌの頭があったところのすぐ横を、小さな羽虫が一匹這っていた。
「そんなんじゃ、これから大変よ。これから沢山の虫が出る季節なのに。」
ミリが虫を払いながら言った。
「え、そんな、嫌よ、虫なんか。」
慌てるエリアーヌを見てミリが笑った。
「皆そう言うわ。でも、きっとすぐに慣れるわよ。」
「慣れる、ねえ。」
マーサがぽつりと言った。
「私ね、半年前にここに引っ越してきたでしょう?でも、まだ慣れないの。ナカリアにいた頃は、毎日学校に通って、友達と遊んで、帰ったら家政婦が出してくれるお茶を飲んで、そんな暮らしをしていたの。でも、急に引っ越すことになって、友達にさよならも言えなかった。」
「ナカリアのどこにいたの?」
ユリアが尋ねた。
「都よ。お城の近く。私の祖父は大臣だった。私も王宮に行って、二人のお姫様を見たことがあるわ。でも、祖父が大臣を辞めた後、ナカリアでは暮らせなくなったのよ。」
「どうして?」
ミリがそんなことは初めて聞いたという顔をして尋ねた。
「祖父の仕事に反対する人が多かったの。祖父は、役人達がほとんど儲けないで、民が利益を得られるようにしたいと考えていたの。だから、役人は祖父を嫌ったのね。」
マーサは草を三本ほど抜いてもてあそび始めた。
沈黙。短く簡潔な身の上話だった。大臣が左遷され、一家は国にいられなくなった。
しかし、そんな一家が移住したと知っていれば、誰もこの村を王族の疎開先になど選ばなかっただろう。恨まれ、最悪の場合は命を狙われることも考えられる。
メルパたちに相談するべきだろうか。もしかして、今夜のうちに村を出ることになるのかもしれない。
ユリアの沈黙を、気まずさで話が続かないのではと一人困っているのは、ミリ。
「マリアとエマは?」
沈黙に耐えられず、話題を変えるためこちらに話を振ったのだろう。
ユリアはそばに生えていた白い花を摘んで時間を稼ぎながら、話す内容を決めた。
「私もナカリアではいい暮らしをしてきたの。庭には私たちの目の色に合わせて赤と青の花が植えられていた。私たちが欲しいものは何でも手に入った。」
言ってから、しまった、と思った。ここは田舎で何もない、と主張し村人の前で主張しているのと同じだ。
「私は、大抵の貴族とその子供の顔は知っているわ。でも、エカープスなんて聞いたことがないのだけど。」
マーサの言葉にしまった、と再びユリアは思った。しかし、とっさに言い訳が口から出た。
「私は、本当は貴族なんかじゃないし、金持ちでもないの。ただ、その、事情があって、貴族の家に住んでいたのよ。養子ってわけじゃないんだけど、住まわせてもらってたの。」
「ふうん。」
ミリはそれ以上、何も言わなかった。国外移住にはそれなりの事情があるものよ、とマーサは深追いせずにその場を収めた。
突然、後ろから少年の声がした。
「お前ら、ナカリア人だな。またナカリア人が来やがった。」
振り返ると、荷車にリンゴを沢山積んで引っ張っている小柄な少年が立っていた。
「野菜売りのダン・マケドニアよ。スチドニアからの移民なの。」
ミリがささやいた。
「ナカリア人はアクセントで分かる。今回の戦争はスチドニアに有利だ。ナカリアの戦略も、スチドニア兵の前では無意味だ。俺も早くスチドニアに帰って兵になりたいなあ。」
ユリアは言い返そうとしたが、エリアーヌの方が早かった。手を出すのが。
パンッという音が響いた。
「あんたなんかには、あの国の素晴らしさは分からないでしょう!」
エリアーヌは叫んだ。
「大佐の戦略も、兵の信頼の厚さも!」
「だから、その戦略が無意味だって言ってるんだろ?今回のスチドニア軍は兵の数が今までの比じゃないんだ。それに、ナカリアもスチドニアの一部になれば、もう他国から侵略される心配もないんだ。スチドニア兵が全力をあげて守ってくれるだろうよ。」
「スチドニアに侵略された後は、侵略の心配がない?馬鹿なことを言わないで!ナカリアは永世中立国家として存在するのよ!これまでも、これからも!」
「エマ、やめて。」
ミリが割って入った。
「ダンに関わらない方がいいわ。」
「でも、あいつはナカリアを侮辱した。将軍を、父上を!」
エリアーヌは言ってから、しまった、という顔をした。ユリアはマーサが疑わしそうにエリアーヌを見ていることに気付いた。一瞬マーサはユリアの方を見たが、すぐに目を反らした。
「ダンも、紛争で村を出たの。詳しくは知らないけど、オストウェルとの国境近くに住んでたみたい。それで、戦争で村がなくなってしまったのよ。それで、ここまで逃げてきたのよ。彼も、スチドニアが、故郷が好きなのよ。」
「でも、あいつはナカリアを侮辱した。私、あいつとは仲良くできないわ!」
エリアーヌの声は荒いままだ。
「あなたも、ナカリアが好きなのね。」
ミリは悲しそう笑った。
チスコやこの村のことも好きよ、と返すべきなだろうが、ユリアにはまだその言葉は言えなかった。
この村に敵国の人間がいることは、マーサ以上に問題視されるかもしれない。本当に、誰がこの村を疎開先に選んだのだろう。
代理戦争の真似事はするべきではない、と頭では分かっていたが、その上で、ダンは二人に敵認定されたのだった。
子供たちの年齢が10歳なので、会話の内容や思考回路が10歳で、なおかつ国とか戦争とか王位継承だとか難しい話もしている。なんというか、子供らしい過ごし方が出来ていないというか、大人びているというか、望まずして当事者になってしまった彼らが真っすぐに育ってくれることを祈りたい。作者だけど。




