『第九十三話 師匠の影を追って』
第四章はこれで終了です!
エリーナは、面倒そうな表情を隠そうともしないで呟いた。
「べネック……」
「久しぶりだな。ようやくお前と会うことが出来た」
べネック団長は今まで部屋で休んでいたはずなのに、なぜか鎧を着こんでいた。
まるで、これから模擬戦でも始めるかのような佇まいだが……。
「――っ!?」
帝国城で初めて会ったときのように、穏やかな表情で銀髪を揺らしているべネック団長。
しかし、彼女の瞳には隠しきれないほどの憎しみが込められていた。
その姿はアンが殺されたときの俺を彷彿とさせる。
用心のためとかじゃなくて……べネック団長は仕掛けようとしているんだ!
「アリア、ちょっといいか」
遠距離攻撃が得意なアリアを呼び寄せ、氷の精霊を待機させておいてもらう。
べネック団長に間違いは犯させない。
エリーナとやらはどうでもいいが、べネック団長が悪者になるのは嫌だからな。
もし、その時が来たら全力で阻止してやる。
「私は断じてあなたに会いたくなんてなかったわよ。今さら何の用なわけ?」
「ようやく分かったんだよ。レル師匠が戦死したときに共闘していた人物がな!」
レル=ブラス。
先代の第三騎士団長であり、べネック団長に剣術を叩き込んだ人物でもあった。
今もなお、多くの人に死を惜しまれているらしい。
「それで?」
「とぼけるな、エリーナ=パーニ。お前がレル師匠とともに戦っていたんだろう!」
話が見えてきた。
べネック団長は、エリーナが劣勢のレルさんを見殺しにしたと思っているのか。
「確かに私はレルと共闘していたわ。それだけよ。見殺しになんてしていない」
「嘘をつけ。複数の教会関係者から証言は取れているぞ」
べネック団長は一枚の紙を突き出す。
一見すると穏やかな表情を崩していないが、エリーナを見据える瞳は鋭い。
「あの時に出されていた王命。それは魔力溜まりを抑えることだったんだ」
「それがどうしたの?」
「お前とレル師匠は、アマ村の地下から魔力溜まりが作られた迷宮に忍び込んだ」
アマ村のスタンピードは俺たちが初めての依頼として対処した。
ところが、予兆を感じ取ったヘルシミ王国の上層部は人を送り込んでいたらしい。
なのに俺たちが対処せざるを得なかったということは、任務は失敗したのだろう。
ここら辺りにべネック団長の怒りの原因がありそうだな。
「だが、その迷宮は教会と直接繫がっていたんだ。魔力溜まりを捜索していた途中、マスナン司教の一派にあったお前とレル師匠は命を狙われるはめになってしまった」
マスナン司教は俺たちが尋ねた教会にいた司教だったよな。
つまり、俺たちが三手に分かれて攻略した迷宮に魔力溜まりがあったのか。
あそこがアマ村に繋がっていたようには思えなかったが。
「マスナン司教の部下には高ランクの冒険者が二人いて、お前とレル師匠に一人ずつ付いたんだろうな。お前はレル師匠と相談して、二手に分かれることにした」
俺が元Sランク冒険者だと知っていて、反撃を止めたシスターたちだな。
そしてレルさんたちは一対一で戦おうとしたのか。
迷宮の通路は狭かったし、敵が一人であれば仕掛けを使って逃げることも簡単だ。
なかなか利にかなった作戦である。
「分かれ道に差し掛かったとき、レル師匠を真ん中に行かせたのはお前だろ?」
「そうね。確かに私が提案したわ」
何が言いたいのか分からない、という表情のエリーナ。
しかし、その表情は次のべネック団長の言葉によって苦々しいものへと変化した。
「お前はそれぞれの道の先に何があるのか知っていた。だから真ん中を避けたんだ」
「真ん中に何があったというの?」
「イリナとアリアは分かっていると思うが、隠し部屋を見つけないと扉が現れない」
つまり行き止まりというわけだ。
エリーナの作戦により、マスナン司教の一派は片方――エリーナの捕縛を諦めた。
「行き止まりの道に行ったということは、確実に捕まえられるということだからな」
「加えて言うと、隠し部屋も入り口は一つだけだったから……」
アリアが指を一本立てる。
そのまま進もうが、隠し部屋に入ろうが、敵と破壊不能の壁の挟み撃ちだ。
「結果、追い込まれたレル師匠は自決した」
「ぐっ……」
エリーナが唇を噛む。
彼女の脇に控える部下の男も、厳しい表情で腕を組んでいた。
「分かっただろう。レル師匠を殺したのは確かにお前ではないが……原因を作ったのはお前だ! エリーナ=パー二公爵令嬢!」
厳しい口調でエリーナを詰ったべネック団長が腰に携えていた剣を引き抜く。
白銀の刃が店の薄明りに照らされて鈍く光った。
「何をする気なの!?」
「お前をここで殺す! 師匠の仇であり、なおかつ教会と繫がっている醜い犬め!」
髪を振り乱したまま叫ぶ姿はまさに鬼だ。
復讐鬼となってしまったべネック団長は、いつもの冷静さはどこへ行ったのか。
部下の男に向けて、躊躇いなく刃を振りかぶった。
「アリア!」
「氷の精霊よ、私の求めに応じて刃を凍らせよ。【アイス・カバー】」
俺が叫ぶのと同時にアリアが魔法を発動させ、べネック団長の刃は氷に覆われた。
このままでは鈍器としてしか使えない。
べネック団長は舌打ちをして剣を放り出し、恨みがましい視線をアリアに向ける。
「なぜ邪魔をした! お前も教会と繫がっているのか?」
「そんなわけないでしょう。誰が仲間を平気で見捨てるような奴と繫がるんですか」
「じゃあどうして!」
うーん……べネック団長が正気を失っているようにも思えるな。
普段の彼女からすると、いささか不自然だ。
例えば誰かが能力で操っているとすると……【精神操作】とか【怒気増幅】か。
どちらも術者にまで影響を及ぼすものだから心配だが、今はべネック団長だ。
能力で操られているのだとしたら、本来の思考パターンを思い出すようなもの。
つまり、べネック団長の心に強く刻みつけられている思い出が必要だ。
「だけどな……」
べネック団長は過去、特に令嬢時代を人生で最大の汚点と考えている節がある。
そのせいか、俺たちはべネック団長の過去をほとんど知らない。
知っていることは、前第三騎士団長のレル=ブラスを師匠と仰いでいたこと。
レルの死により第三騎士団は解散に追い込まれたこと。
そしてべネック団長が第三騎士団を復活させたという、この三つだけだ。
一応、令嬢時代はべネック=ロッカスという名前だったことも知っているが。
この中からべネック団長の信念を見つけ、言葉で説得しなければならない。
「ダイマス、ちょっといいか」
俺が考えてもいいが、駆け引きが苦手な俺が話したところで大した成果は出ない。
だったら魑魅魍魎の王城で生き抜いてきた英傑、ダイマスに任せた方がいい。
「なるほどね。誰かが操っている可能性か……」
「べネック団長らしくないと思ったんだよな。それに彼女はしばらく一人だった」
「目撃者も期待できないね」
術者がはっきりしていれば、能力を解かせた上で治療院に運びこめばいいのに。
べネック団長が一人になったせいで、術者の手掛かりが何一つとして残ってない。
「うん、間違いない。べネック団長は何者かに操られている」
「やっぱりか」
【支配者の分析】を使ったダイマスが眉をひそめる。
今から二階に向かっても術者は逃げてしまっているだろうし、特定は不可能。
駆け引きで正気に戻すしかない。
「それじゃ駆け引きを始めよ……あれ、通信石が光っている?」
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと一日と八時間。
第三騎士団に、新たな敵が出現した。
いつも『成り上がれ、最強の魔剣士〜失墜した冒険者は騎士としてリスタートします〜』を読んでくださっている皆様、ありがとうございます。作者の銀雪です。
さて、2020年の8月にこの後書きを使って、作者多忙のため第四章の完結――今日投稿分の『第九十話 師匠の影を追って』をもって、一時休載とさせていただくことをお知らせしました。
大変お待たせ致しました。
2021年の1月1日より、奇数日(一日おき)に第五章『エリーナ=パー二という女』を投稿いたします。
ぜひ、またお読みいただけると幸いです。
また、12月30日に第一章と幕間を加筆、修正いたしました。
ぜひお読みください。
よろしくお願いします。
2020.12.30 銀雪




