『第九十話 閑話 家族が崩壊した日(べネック視点)』
ここで、べネックの過去編を三話ほど挟みます!
ああ、イライラする。
先ほどお茶を持ってきたメイドに対して、私は言いようのない怒りを覚えていた。
いつもグズグズしているし、あろうことかお気に入りの絨毯の上にお茶をこぼしたのだから、これがイライラせずにいられるだろうか。
「ちょっと、お菓子はまだなの!?」
職務の怠慢を指摘してあげると、近くでこちらを伺うように見ていた執事が軽く飛び上がり、そして脱兎のごとき速さで厨房に消えていった。
「まったく……使えない奴ばっかりね」
「いや、使用人たちはよくやっている。使えないのはお前だけだよ。べネック」
「はっ!?」
随分と失礼なことを言う奴もいるものだと思って振り返ると、扉から父上が入ってくるところだった。
父上が私の前の席に座ると、一分も経たないうちにお茶が運ばれてくる。
我が家の当主だから仕方ないとはいえ、あまりにも対応の差が顕著ではないか?
「そう思われるのは、父上が我が家の当主だからですわ」
「使用人への態度については一旦置いておくとして……お前は何をしたんだ!」
突然の怒号に思わず後退りをしてしまう。
今まで、決して声を荒げることのなかった父上に何があったのかしら。
「ど、どうしたのですか?」
「お前のせいでロッカス家が破滅するんだよ! は・め・つ!」
はめつ……破滅?
ロッカス家の財政状態が悪いのは知っていたが、私のせいで破滅って……?
「その顔は何も分かっていないな。モーズ家のご令嬢に何をしたんだ!」
「モーズ家のご令嬢というとララですよね。別にこれといって何もしていませんわ」
ララ=モーズはうちの近所に住んでいる令嬢だ。
ハルックという騎士を目指している兄がいて、自身は魔法大学に通いたいらしい。
モーズ家も我が家と同じくリーデン十二家の一つなので、何かするはずもない。
仮に手を出した場合、それこそ破滅してしまう。
しかし、父上は私の答えに納得していないようだった。
「この期に及んでとぼける気か!? ララ嬢によると濡れ衣を着せられたらしいぞ」
「はっ? 私は一ヶ月ほどララには会っていないはずですが」
ララは来年に受験資格を得ることが出来るため、勉強や訓練が忙しいのである。
しかもララだけでなく、他の魔法大学を志望している友人にも最近会っていない。
そんな状況で、どうやって濡れ衣を着せることが出来るというのか。
あの子、何か勘違いしているんじゃないかしら。
「それじゃ壺に覚えはないか? 確か壺が関係していると言っていた気が……」
父上の言葉にピンときた。
いや、きてしまったと言ったほうが正しいだろうか。
四日前、パール公爵家で行われたお茶会のときに壺を割ってしまった私は、近くにいた令嬢に濡れ衣を着せることでどうにか難を逃れたのである。
後から文句をつけられないように家格の低い令嬢にしたはずが、ララだったのか。
たった一ヶ月ほどで変わりすぎじゃないかしら。
いつの間に安物のドレスを着なければならないほど落ちぶれてしまったのだろう。
「確かに……ありますわ」
「やっぱりお前が原因か! おかげで俺は残りの十家の当主から総叩きだ!」
父上の目は血走っていた。
喉から短い悲鳴が飛び出したとき、なぜか扉が開いて黒服の男が入ってきた。
ちょっと、変えたばかりの絨毯を汚さないでよ!
「ちょっとあなたたち誰!? 勝手に入ってくるなんて非常識だわ!」
「申し遅れました。私はリーデン帝国第一騎士団長のバルダス=モーズです」
あら、バルダス=モーズってララの父親じゃない。
何をしに来たのかしら。
「べネック=ロッカス公爵令嬢。そなたを皇女暴行による不敬罪として捕縛する」
「皇女暴行って……そんなことしてないわよ!」
「おやおや。うちの可愛い義娘であるマリアに暴行を加えた分際で何を言うのだか」
「マリア?」
モーズ家にマリアなんて娘はいなかったはずだけど。
そんな疑問を感じ取ったのか、バルダスさんは険しい顔で自身の後方を示す。
「見てみろ」
「えっと……あら、ララじゃない。来てたなら言ってくれたらいいのに」
示された先にはララが立っていたが、彼女は無言で一歩横にずれる。
ララに隠れていた令嬢の姿が視界に入った瞬間、やっと私は自分の失敗を悟った。
「あんたは……!」
「ロッカス公爵令嬢ですよね。初めまして、マリア=リーデンと申します」
マリア=リーデンは肩口で整えられた青色の髪を揺らして、カーテシーをした。
これは、どう見ても低級貴族の所作じゃないわね。
パール家のお茶会のときはあんなに自信なさげだったのに……騙されたわ。
「なるほど。友達と思っていたのは私だけだったみたいね、ララ!」
「…………」
お茶会の主催者であるパール家のヒナタ=パールとララは仲が良いことで有名だ。
つまり私を嵌めたのだろう。
「今になって思えばリーデン十二家の令嬢の中で、私だけ下級貴族に近い席だった」
「確かに、その席に案内したのは私だったわね」
ララが小さく頷く。
その後のあらすじはこうだ。
まず、ヒナタ=パールが私の席の後ろに一見すると高価そうな壺を置き、マリアを私の隣の席に案内する。
同時進行でララがマリア以外のお茶に飲むとトイレに行きたくなる魔法をかけた。
これは闇魔法がそこそこ使えるララなら可能である。
ただし、魔法の効果が発動するまでの時間は私のだけが遅くなっていたはずだ。
お茶会が始まると、お茶を飲んだ令嬢たちが闇魔法の効果によってトイレに立つ。
少し遅れて私が席を立ったところで、ヒナタが風魔法で壺を割った。
これで、椅子を引いたときの衝撃で壺を割ってしまった令嬢の完成である。
「ロッカス家の財政では弁償なんて出来るはずがない。つまり誤魔化すしかない」
ララは何も言わない。
高価そうな壺を壊してしまったと思った私は、近くにいたマリアを生贄に選んだ。
彼女こそ、私を破滅させるために送り込まれた刺客であるとも知らずに。
「あんたはマリアを一時的に預かっている皇女ではなく、低級貴族だと誤解させた」
「ふふっ……ようやく成功したわ」
ララは私の推理にも怯むことはなく、喜々とした表情で自分の父親を見据えた。
バルダスさんも、父上を愉悦の表情で見下ろしている。
「あんたたちは、そうやって頭の回転だけは早かったから面倒だったわ」
「だから私まで出ることになったんですよ?」
マリアが頬を膨らませる。
彼女と同年代の男子が見たら可愛いと思うのだろうが、私はそうは思えない。
むしろ殺意が湧いてくる。
「だから父上にも協力してもらって、マリアとヒナタにも事情を話して……本当に大変だったのよ」
ララが顔を歪めた。
その瞳は隠しきれないほどの狂気に彩られていて、私は無意識に一歩後退する。
「でも、これでロッカス家の事業を引き継げると思ったら安いものさ!」
「おのれ、バルダス!」
ついに父上も我慢の限界を迎えたのか、バルダスに向けて猛然と突進していく。
私はその隙に、裏口から逃れるべく動き出した。
「ちょっと、裏口からべネックが逃げるわよ! すぐに追いかけなさい!」
ララの声が聞こえるが、振り返ってなんてやらない。
走りにくいハイヒールも脱ぎ捨て、必死の思いで家の前の荷馬車に飛び乗る。
その後、何人もの足音がしたが、幸いにも私を見つけられた人はいなかった。
ようやく足音が落ち着いてきたから、そろそろ降りようと思ったところで馬車が動き出してしまう。
「ちょっと……」
飛び降りてもいいが、もし怪我でもしようものなら今度こそ奴らの魔の手に堕ちてしまうことになる。
しょうがないから、次に止まるまで待つしかないか!
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