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『第八十九話 宿屋の乱』

「それっておかしくないか。奴隷商売は教皇猊下が主導していたんだろ?」

「俺も自分の目がおかしくなったんじゃないかと思ったさ。でも本当だったんだよ」


 クーデターで教皇が変わったからだよな。

 そのクーデターを起こした張本人である俺たちは、顔を見合わせて苦笑いする。


「そうなのか。教会はどうして解放したんだろうな。金策の一環だったんだろ?」

「確かに。人身販売は恐ろしく儲かるらしいからな」

「おい! 軽々しく喋るな。聖騎士に聞かれてたらマズいぞ……」


 他国の騎士は近くでバッチリ聞いているんですけどね。

 笑いを堪えているアリアの顔をしばらく眺めていると、料理が運ばれてきた。

 湯気を立てている料理はとても美味しそうだ。


「お待たせしました。オークのステーキです」

「シチューにオーク肉とパンのセットを二つですね。ごゆっくりどうぞー」


 一礼して去っていく店員を見送ったイリナが目を輝かせる。

 どの料理もメチャクチャ美味しそうなんですけど。


「しばらく情報収集を忘れて、みんなでゆっくり食べない?」

「そうですね。早く食べたいです」


 アリアが困ったように眉尻を下げながら、目の前に置かれた料理を見つめる。

 その姿を見たダイマスが苦笑して言った。


「じゃあ、そうしようか」

「ありがとうございます……ってメチャクチャ美味しいじゃないですか!」


 思わずといった感じでアリアが声を上げたとき、店内に大きな音が響く。

 イリナがパンを手に持ったまま振り向き、顔を強張らせた。


「何をしているの!?」

「聖騎士第十二隊所属のダイマスです。とりあえず、その子から手を放して」


 机の上の料理を名残惜しそうに一瞥したダイマスが、嘘を混ぜながら駆け寄る。

 カウンターの奥では、真っ白な外套を着た男二人が嫌がる少女の肩を掴んでいた。


「何でここに聖騎士が!?」

「いや、十二隊ぐらいならどうにかなるだろう。オックス聖騎士長をお呼びしろ」


 オックス聖騎士長も一応こちら側なんですけどね。

 ゴチャゴチャと言い合う男二人から少女を引き剥がした俺は、後方を振り返る。

 そこでは、アリアが氷の精霊を待機させていた。


「いざとなったら拘束しよう。罪人の捕縛は第一隊から第三隊の仕事なんだけどね」

「ええ。逃がすのだけは避けないと」


 アリアが同意して、なおも言い合う二人の男に狙いを定める。

 俺は男たちを観察していたが、胸元に翻るものに気づいたときには叫んでいた。


「みんな、そいつらは教会本部の者だぞ!」

「本当だ。胸元のペンダントは本部勤めのものではないか!」


 近くにいた冒険者の一人が叫び、この場にいる全員が教会本部の存在を把握した。

 嫌がる少女を無理に連れ去ろうとしたという悪評付きである。


 民衆はスラダム政権が続いていると思っているし……悪評を流させてもらおう。

 ローザン政権への期待値を高めるためにな。

 そんなことを考えていると、食堂に凛とした声が響き渡った。


「あなたたちは何をしているのです!  拘束……いや、斬り捨てなさい!」

「ちょっと!?」


 俺の脇にいた冒険者の女性の指示で、その女性の隣にいた冒険者の男が剣を抜いた。


「アリアっ! あいつらが斬る前に氷魔法を放って!」


 顔を歪めたイリナが叫ぶ。

 アリアは大きく頷くと、厳しい表情を冒険者の男に向けた。


「分かった。精霊よ、私の求めに応じて氷の壁を作り出せ。【氷壁】」


 剣はアリアが作った氷の壁を粉々に砕き、なおも勢いは止まらなかった。

 凶刃が白い外套の男たちに迫る。


「ちっ、このままじゃ証言者が殺されちまう! 火焔流二閃、【焔斬】」

「我々を第三騎士団ごときが邪魔をするな! 水遁流三閃、【暴れ水】」


 女冒険者の水を纏った斬撃が、俺の斬撃を無残にも消し飛ばす。

 イリナとダイマスは女冒険者が手出ししてくるとは思えなかったのか、硬直状態。

 凶刃はついに白い外套を紅に染め上げた。


「ああ、エイミー神官長に栄光あれ!」

「神の洗礼を受けしこの身、朽ちても精神は尽きず!」


 最後まで教会への信仰心を唱えながら死んでいった男を認めた女冒険者は嗤う。

 凶刃を振るった冒険者の男は無言で白い外套を捲った。


「エリーナ様、この男たちはDクラスの者だと思われます。別に問題はないかと」

「そう。余計なことを喋ってないかだけが心配ね」


 エリーナと呼ばれた女は何でもないかのように呟き、二人の男を足蹴にして転がす。

 その姿はまるで死んでいるかを確かめているかのようだった。


「ちょっとあなたたち、どうして重要な証言者を殺してしまったんですか!?」

「というかあなたは誰です!?」


 再起動を果たしたイリナとダイマスが詰め寄ると、エリーナは一歩下がる。

 怯えているようであり、近づかれるのを嫌っているようでもあった。


「ヘルシミ王国第一騎士団長のエリーナ=パー二。暴徒討伐は私たちの管轄よ」

「へ、ヘルシミ王国の第一騎士団長ですって!?」


 アリアが目を見開くと、ため息をついたエリーナが真剣な目でこちらを見やる。

 彼女の瞳には呆れが籠められていた。


「あなたたちも騎士なら、重要な人物は覚えておきなさい。第二騎士団長とかね」

「確かに顔を知りませんね」

「相手を覚えないと、手柄の横取りをしたとか文句を付けられて面倒臭いわよ」


 エリーナは諦めたような顔でそう忠告してくれた。

 しかし俺たちが欲しいのは、貴重な証言者を殺してしまった理由である。


「忠告ありがとうございます。ですが、知りたいのは不可解な行動の真意ですね」

「へぇ……第三騎士団員が第一騎士団長に意見ねぇ。面白いじゃない」


 エリーナが不敵な笑みを浮かべる。


 べネック団長は彼女の名前が教会内で知られていないと分かると、様子がおかしくなったから、エリーナは教会と内通している可能性が高かったということだろう。


 そしてローザンたちが知らないとなれば、彼女と繫がっている派閥は一つ。

 枢機卿が関わっているといわれている派閥だ。

 自白を引き出すのは不可能だが、手がかりだけでも吐かせられないだろうか。


「意見じゃないですよ。単なる質問です」

「それでも殺さないほうが良かったと思っているのでしょう? 立派な意見よ」


 まあ、そういう一面もあるということは否定しないが。

 裏の意味は『なぜ殺したのか、ちゃんとした理由を聞かせてください』だしな。


「ま、まあ……そうですね」

「不愉快だわ。私たちに意見だなんて……自分の立場をわきまえなさい!」


 エリーナが声を張り上げた。

 このまま収穫なしかと思われたその時。


「ちょっと待ってください」


 ダイマスが去ろうとしているエリーナを引き留め、指を一本立てた。


「もう一つだけ。どうしてヘルシミ王国の第一騎士団長が聖都イルマに?」

「俺たちは不可抗力だったが……」

「団員もしっかりといるところを見ると、不可抗力には見えませんしね」


 アリアの言葉に、男は苦々しい表情をエリーナに向けた。

 対するエリーナは涼しい表情を崩さない。


「国王陛下から聞いていないの? 極秘任務よ。イルマス教国の教皇を潰せってね」

「いや、それは嘘だな」


 不意に割り込んできた声。

 それはエリーナよりもさらに凛とした声で。

 俺たちには越えられない、身分の壁を乗り越えることが出来る味方の声だった。


 ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと一日と十時間。

 事態は風雲急を告げるようなスピードで動き出す。

少しでも面白いと思ってくださったら。

また、連載頑張れ!と思ってくださったら、ぜひ感想や評価をお願いします!

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