『第八十七話 第三騎士団、決意の時②』
教会本部に戻った俺たちは教皇の執務室に向かう。
執務室に近づくにつれ、言い争っている声が廊下まで響いているのに気づく。
声の主のうち、一人は教皇のローザン。
もう一人は声だけでは判断できないが、恐らくは女性であろう。
「だから! 今すぐ奴隷を解放するべきでしょう!?」
「すぐは無理だって言っているわ! 誰が関わっていたのかを炙り出さないと……」
ローザンが苦々しい声を出す。
こういうのは膿をしっかりと出しきらないと、後で面倒なことになるんだよなぁ。
そんなことを考えながら執務室の扉をノックする。
「はい?」
「ティッセです。教皇猊下にお願いがあって参りました」
「来ると思っていたわ。入っていいわよ」
ついさっきまで言い争っていたとは思えないほど、冷静な声だった。
執務室に足を踏み入れると、椅子に座ったローザンのそばに一人の女性がいた。
聖女のロマネス=ピック。
先ほど第三迎撃地点の前で会った聖女が、ローザンの近くに立っていたのである。
「えっ!?」
「リーデン帝国への支援停止を要求しにきたのよね。分かっているわ」
「それと、勇者マンドとオックス聖騎士長がヤンバ―隊の治療にあたっています」
奴隷たちが解放されたところで、地下から勇者マンドと名乗る男が現れた。
俺たちは当然のように偽者を疑ったが、どうやら魔導書から召喚されたという。
そこで俺たちについてきたオックス聖騎士長と、治療にあたってもらったのだ。
ヤンバ―隊はアリアの能力とかで気絶させられたみたいだからな。
念のためということだ。
「オックスについては了解したわ」
「最後にロマネス様が解放した重病の奴隷ですが、全員が治療院へ搬送されました」
「ちょっ!」
彼女にとっては喜ばしいはずの報告に、なぜか慌てた様子を見せる聖女ロマネス。
その理由は聖女ロマネスの背後から発せられた。
「ロマネス……?」
「奴隷状態を解除しなきゃ治療できないじゃない! あの人たちを殺す気!?」
「私が怒っているのはそこじゃないわ。私に報告しなかった点よ」
話を聞くところによると、どうやら聖女ロマネスは昔から奴隷制度には反対派。
さらに一部の人たちのような選民思想も持ち合わせていなかった。
しかし、スラダム前教皇時代の本部は選民思想の持ち主が幅を利かせていたのだ。
そこで聖女ロマネスは擬態を覚えたという。
奴隷を蔑むような発言をしておきながら奴隷を解放したのは、擬態していたから。
「だって、勝手に解放したって知ったらお姉ちゃん怒るじゃん」
「はぁ……私が分からないはずないでしょ? というか余計に怒られているわね」
ローザンが呆れたようにため息をついた。
勝手に行動したことに怒られ、さらに報告しなかったことで怒られる。
「うっ……」
「まあ、それは後にしましょう。それで支援停止の件だけど……かなり厳しいわ」
「どうしてです!?」
今日だけで何度目か分からないが、再びアリアが叫ぶ。
イルマス教の勢力が一万ほどで、ヘルシミ王国内の教会が休息地になっている。
これを刈れるだけでも全然違うのだが。
「エイミー神官長を始めとした一部の派閥が強固に反対しているのよ」
「しかも彼らの裏に枢機卿がいるので、なおのこと厄介です。ほとんど覆せません」
聖女ロマネスが唇を噛む。
今代の枢機卿はオルビンという男で、前教皇のスラダムを崇拝しているという。
クーデターを起こしたローザンが許せず、今は反対派閥をまとめているのだとか。
しかし、確たる証拠はない。
敵派閥の情報を擦り合わせていくと、枢機卿が浮かぶといった程度のようだ。
「じゃあ、どうすれば……」
「明日の会議で説得を試みるといいわ。それなら面と向かって交渉ができるわよ」
ローザンが意地悪な笑みを浮かべた。
後任の枢機卿は見つかっておらず、オルビンを今すぐに解雇することもできない。
それなのに反対派閥を率いている黒幕なのだから、ローザンが苛立つのも頷ける。
「分かりました。出席させていただきます」
「一つだけ質問をいいか。枢機卿からエリーナという名を聞いたことはあるか?」
俺が大きく頷いた直後、べネック団長が問いを投げかけた。
エリーナって……。
「いいえ、聞いたことがないわ。ロマネスはオルビンから何か聞いている?」
「聞いてません。そもそもエリーナというのは誰なんですか」
「聞いたことがないなら大丈夫だ」
べネック団長はそう言うと、何かを思案するように虚空を睨み始める。
その状態は俺たちが執務室を出るまで続いた。
「べネック団長、どうしたんです? さっきから変な顔をしていますが……」
「そうですよ。明日の作戦も考えないといけないのに……」
ダイマスとアリアが恐る恐るといった感じで声をかける。
すると、べネック団長は我に返ったように目を見開いて、小さく首を横に振った。
「すまない……今日は少し休ませてくれ」
それだけ言うと、べネック団長は宿屋に入っていった。
ダイマスたちが声をかけた場所が宿屋の前だったらしく、街は活気づいていた。
しかしべネック団長には覇気がない。
活気に満ち溢れている場所を歩いているべネック団長の姿は、楽しそうな顔をしている住人たちとは、あまりにも対照的だった。
「べネック団長、大丈夫かしら」
アリアが心配そうに呟き、続いて虚空を睨んで一つの名前を口に出した。
「……エリーナ」
「どこかで聞いた名前だけど思い出せないわね」
「僕もどこかで聞いた覚えがあるな。エリーナというのは誰だっただろうか……」
どうやら三人ともエリーナという名前に聞き覚えがあるようだ。
そして俺にもあるのに、なぜ思い出すことができないのだろうか。
「とりあえず宿に入りましょう。ここにいると他のお客さんの邪魔になるわ」
「そうだな」
イリナの提案に従って、全員で宿屋に入る。
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと一日と十三時間。
このエリーナという人が、後の俺たちに大きな影響を与えることになるのだった。
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