『第八十四話 裏切りと囚われの姉妹⑥~血統魔法~』
ローザンとティッセが決戦場に入った直後、ダイマスは教皇の部屋を脱出した。
室内にハリーを残してだが。
「おい、ダイマス!?」
「お前も早く脱出しろ! 教皇の部屋なんかで戦ったら、圧倒的に不利だろ!?」
ダイマスは叫んで、ティッセの指示通りに謁見の間の扉を開ける。
二段ほど高い位置にある豪華な玉座に近づき、そこにゆっくりと腰を下ろした。
「待て!」
「絶対に逃すな。ここで侵入者を捕らえるんだ!」
「なっ……!?」
半分――五十人の聖騎士たちが流れ込んだ部屋で見たのは、玉座に座るダイマス。
つまり、リーデン帝国の第二皇子の姿だった。
「しっ……侵入するだけならまだしも、玉座に座るなど許せぬ。お前ら、かかれ!」
「止まれ」
たった三文字の言葉だった。
しかし、ダイマスに飛び掛かろうとしていた聖騎士たちは動きを封じられる。
「な、何をした!」
「僕の能力の効果だよ。それにしても音叉魔法はよく効くよねぇ」
「音叉魔法だと?」
ダイマスは玉座から、なおも固まっている聖騎士たちを見回す。
先ほどから叫び声と疑問しか発さない彼らは、ダイマスにとって不快でしかない。
「リーデン帝国の皇子に代々継承される魔法だよ。言い換えれば“血統魔法”さ」
「ぬっ……」
「君たちのトップ、教皇猊下にも何かあるんじゃないの? 特別な魔法とやらがね」
ダイマスは王座から聖騎士たちを見下ろす。
聖騎士たちは今しがた起こった現象を理解できないのか、押し黙ったままだった。
これはこれで都合がいい、とダイマスは思う。
「武器を置け」
続いてダイマスはこう命令した。
すると聖騎士たちは自分の意志に反していながら、武器を次々と床に置いていく。
たった三十秒たらずで聖騎士たちは丸腰になってしまったのである。
「退出!」
力強い言葉は否と答えることを許さない。
聖騎士たちは悔しさに顔を歪め、武器を手放したまま部屋を退出していった。
やがて部屋の外で聞こえてくる悲鳴。
ダイマスの指示通りに部屋を出たハリーが、丸腰の聖騎士たちと遭遇したのだろう。
もちろん殺してはいないだろうが。
聖騎士は次期教皇であるローザンが持つ重要な戦力であり、傷つけたくはない。
ダイマスがわざわざ丸腰にしたのも、殺さなくてもいいようにである。
相手が殺す気できたら無傷で捕らえるのは難しいが、武器を持っていなかったら?
制圧にそれほど労苦を強いられることはないだろう。
あえて懸念を言うとすれば人数が多いことだが、潜入捜査のプロだったハリーは一対多数の戦闘に慣れている。
自分が直接戦うより、はるかに良い成果を残してくれるはずだ。
ここまで考えを巡らせたところで、外から聞こえてくる悲鳴が収まった。
少しの沈黙の後、ハリーが謁見の間に入ってくる。
「おおっ!? お前……何でそこに!」
「ハリーは知っているでしょ? 僕の血統魔法は玉座に座ることで効果が出るって」
「まあな。それで帝国を追放されたわけだし」
ハリーの口調が砕ける。
宰相時代のダイマスに同行することが多かったハリーは彼の数少ない味方だった。
ゆえにダイマスは敬語を厭い、お互い敬語抜きで話したいと申し出たのである。
同様に数少ない味方であったヒナタは別の意味で気を抜けなかったため、ハリーはダイマスが唯一打算抜きで話せる友人のような存在だったのだ。
「そろそろローザンたちが帰ってくるころかな?」
「ローザン殿は多種多様の能力を操り、ティッセとやらは魔剣を生成できる」
「二人ともとんでもない能力を持っているよね」
ダイマスがクスクスと笑う。
血統魔法を受け継ぐダイマスの方が凄いと思うハリーだが、言葉には出さない。
うわべだけで同意を示す。
「はい。今は離れていますがアリア殿も精霊使いとしては一線を画していますし」
「イリナだけはよく分からないけど……強い剣士であることは間違いないしね」
グリード姉妹――正確には姉妹ではないが――だけは追放されたわけではない。
高圧的な母(義母)に嫌気がさして、家出同然に飛び出してきただけである。
「――っ!? 隣の部屋に新たな魔力の反応が四!」
「落ち着きなよ。突然現れたのならティッセたちでしょ? 勝敗は分からないけど」
ハリーを宥めたダイマスは、念のため【支配者の分析】を発動する。
万が一にもスラダム教皇が勝利していた場合は、自分たちの命が危ないから。
ハリーを宥めはしたものの、ダイマス自身もかなり警戒していた。
そして謁見の間の扉が開き、入ってきたのはティッセとオックス聖騎士長だ。
「はっ……?」
「えっ……?」
ダイマスとティッセの視線が交錯し、お互いに間の抜けた声を上げる。
恐る恐るといった感じで、ティッセが口を開いた。
「えっと……どうしてお前が玉座に座っているんだ? そこは教皇が座るとこだろ」
「あっ」
ダイマスが固まる。
血統魔法を使うために、玉座に座ったままだったことに気づいたのだ。
隣にいたオックス聖騎士長も眉をひそめていた。
「ダイマスさん、そこに座るのは控えていただけますか?」
オックス聖騎士長が怒りの声を上げる前に、後方から凛とした声が響く。
他でもない、スラダム前教皇との戦いに勝利したローザンである。
ダイマスは必死に頭を回転させ、この窮地をどう乗り切るべきか考えを巡らせる。
血統魔法のことをティッセたちにはまだ知らせたくない。
しかも第三騎士団のメンバーだけならまだしも、ここには本部のメンバーもいる。
事は国家機密に関わるのだ。
しばらく思案した結果、相手に理解を求めることにしたダイマスはゆっくりと立ち上がった。
「勝手に玉座に座ったことをお詫びいたします。しかし理由を問うのは……」
「国家機密というわけか」
ローザンの横にいたスラダム前教皇が理解を示す。
つい先ほどまで一国の主にして、教会のトップだった彼にも秘密はたくさんある。
一番の側近であるオックス聖騎士長にすら話していないことも。
「ご配慮、感謝いたします」
「それはそうと……オックスと赤髪の少年がどうして一緒にいるのだ?」
「そうだよ、僕はそれが聞きたかったんだ」
ダイマスも、スラダム前教皇に便乗する形でティッセに問いを投げかける。
それを聞いたティッセ、オックス聖騎士長が揃って押し黙った。
「何があったのよ……」
ローザンの呆れたような言葉だけが、静寂に包まれた謁見の間の空気に溶けた。
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