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『第八十三話 裏切りと囚われの姉妹⑤~二年越しの復讐~』

 聖騎士長とティッセは同時にフィールドに入る。

 この二人は無言で距離を取り、無言でお互いに剣を構えて向き合った。


 ティッセにとって聖騎士長は親の仇。

 聖騎士長にとってティッセは信頼する教皇を糾弾する不届き者。


 両者とも、相手に抱く感情は最低に近いものである。

 それに伴って雰囲気も重くなり、二人の間には一触即発の空気が漂っていた。


「……教皇様のお気持ちを知っての凶行か?」

「悪いが、俺はそっちとは関係ない。俺の目的はお前に復讐することだからだ!」


 ティッセはきっぱりと言い切った。

 一方、いきなり復讐対象だと非難された聖騎士長は焦った様子で言葉を紡ぐ。


「ちょっと待て。なんで俺が復讐されなければならない」

「は? すっとぼけてんのか? レンドルフ=レッバロンに、アン=スチュワートと

 いう名前に心当たりがあるだろ?」


 二年前に殺された義父と専属メイドにして魔法の師匠の名前を出すティッセ。

 しばらく視線を宙に向けていた聖騎士長だったが、ふいに手を叩いた。


「あいつらか。殺すのに一番苦労した貴族当主と魔法をバンバン飛ばしてきたウザったいメイドのことだな。あいつらは穢れた闇使いのくせに随分としつこかった」


 聖騎士長は悪びれもせずにそう言う。

 ティッセはその姿に《《とある人物》》を重ね合わせ、嫌悪感を露わにした。


「俺は二人の息子にして弟子だ。聖騎士長、オックス=レーラ。この場所で復讐させてもらうぜ!」


 ティッセは剣に魔力を纏わせ、鬼のような形相のまま恐ろしい速さで突っ込んだ。

 聖騎士長――オックスはため息交じりに剣を突き出す。


 すると、まるで予定通りとでも言わんばかりにティッセの剣とオックスの剣がぶつかり合う不快な金属音がフィールドに響きわたった。


「どうして……」

「貴様の剣技がその程度だということだ。その程度で復讐など笑止千万。潔く死ね」


 オックスが剣のスピードを一段階早める。

 ティッセも反応して捌いていくが、防衛に手いっぱいで攻めに転じる余裕がない。

 ここでティッセが違和感に気づく。


(誘導されている……? 俺の意思とは別に動くんだとしたら……少し厄介だな)


 真っすぐに剣を振ろうと思ったのに、いざ振ってみたら大きく左に逸れている。

 右に向かって斬撃を放ちたいのに、正面に向かって放っている。


 全ての攻撃が自分の意図していない方向――言い換えればオックスを傷つけない方向に逸れてしまう。


(皇妃に化けたローザンにダイマスの魔法が当たらなかった原因もこれかっ!)


 皇妃に化けたローザンによって拉致されたアリアを助けようとダイマスが魔法を放ったものの、どの魔法も逸れてしまい、一発も当たらなったことがあったはずだ。


 これについてティッセは、ローザンがオックスの能力を【模倣】していたからだと推測した。


 そして、それは正解である。


 オックスの能力は【害意誘導】という能力であり、自分に害を与えようという目的で放たれた攻撃を無条件で回避できるというものだ。


 これは復讐に身を焦がすティッセとは相性が最悪ともいえるだろう。

 彼の攻撃の全てがオックスを傷つける目的で放たれたものなのだから。


 あまつさえ息の根を止めたいと考えているティッセの攻撃は、【害意誘導】により当たることはない。


 ――つまり復讐が完遂できない。


 ティッセは舌打ちをしながら、対抗策が浮かぶまでは防御に徹することに決めた。

 すると、この選択に焦ったのはオックスだ。


 彼は、素早く勝負をつけようと本気で戦っているため、当然ティッセよりも早く体力が尽きる。


 能力を発動させるのにも体力がいるため、疲れたら【害意誘導】を切らないといけないが、その瞬間からティッセの逆襲が始まるだろう。


「ちっ……能力解除。水遁術の弐、【波断斬】!」

「やっと迷惑な能力を解除してくれたんだな。グリード式剣術の弐、【円武斬】」


 イリナから教えてもらった技を使って、オックスを圧倒するティッセ。

 能力を切らないと不利になってしまうのだが、能力なしではティッセの方が強い。

 オックスは意外にも追い詰められていた。


「水遁術の参、【流れる剣身】」

「魔剣発動、〈獄炎の薔薇〉。魔剣士の一番手……その身で受け止めろ!」


 オックスが慌てて防御を固めると、ティッセは魔剣を発動した。

 それは二年の冒険者生活で彼が手に入れることが出来た唯一無二の武器であり。

 かつて慕っていた魔法の師匠――アンとの繋がりを感じられるものでもあった。


「咲き誇れ、【赤い薔薇】」


 ティッセは、オックスの防御を崩そうと炎系統の魔剣で猛攻撃を仕掛けていく。

 しかし、オックスは大きく劣る水の魔力を上手く使って攻撃を受け流していた。


(マズイ……このままだとこっちが先にやられる……)


 ティッセは顔には出さないが、内心では先の見えない打ち合いに焦っていた。

 魔剣という切り札を切ったことにより、体力面で不安が出てきたのである。


 先ほどまでとは完全に形勢が逆転した状態にティッセが歯噛みしていると、今まで受け流していただけのオックスがいきなり攻勢に出る。


 慌てて防御技主体に切り替えるティッセだったが、オックスの攻撃は変だった。


(魔剣を狙っているのか?)


 オックスは水の魔力を含む剣を使って、ティッセが持つ魔剣をひっきりなしに叩いていたのだ。


 叩かれても魔剣自体はビクともしていないが、このまま魔剣を攻撃され続けるのもイラついたティッセは魔剣を強く握りしめる。


「鬱陶しいな。【火炎放射】」


 オックスを引き剥がすべく魔剣を一振りすると、剣から炎が噴き出してきた。

 これにはさすがのオックスも眉をひそめて、一時撤退せざるを得ない。


「【刺突・緋色の幕】


 退いたばかりのオックスに向かって、炎を纏った剣を握ったティッセが突っ込む。

 魔剣を使っていなかった時とは比べ物にならないほどの刺突。

 オックスは慌てたように防御態勢を整えた。


「なんてな……能力発動!」

「無駄だ。魔剣交換、〈一陣の風〉」


 すると、今まで赤かった刃が一瞬で元の色を取り戻し、続いて暴風が吹き荒れた。

 あまりの強さにオックスは姿勢を崩す。


「あっ……」

「【風神刺突】。能力を無視できる魔剣士の二番手……ありがたく受け取りな!」


 二番手――つまりもう一段階ほど強い技があるということだ。

 しかし【風神刺突】の威力にオックスは耐えきれず、簡単に地面を転がった。


「グッ……」

「これで瀕死だろ。――お父様たちは【害意誘導】を攻略できなかったんだんだな」


 ティッセが寂しそうに呟く。

 特殊な場所にいるので時間の感覚はないが、戦闘開始から三十分が経っていた。

 三十分も戦い続ける。つまり動き続ける。


 一対一でこれだけの時間がかかったと聞けば、ティッセとオックスがどれだけの死闘を繰り広げたのか分かるはずだ。


「まさか下賤な闇使いの息子に負けるとは……私は未だに力不足だったな」

「家族を“下賤な闇使い”呼ばわりするな。何なら今すぐ殺してもいいんだぞ?」

「殺したいのなら殺せ。なぜ殺さないのだ。私はお前にとっては親の仇なのだろう」


 オックスがすべてを諦めたような表情で言う。

 しばらく無言だったティッセは、やがてオックスを冷めた目で見下ろした。


「お前だって同じだろうが。闇魔法を使う男に父親を殺されたんだろ?」

「なぜ……そのことは教皇猊下しか知らないはずじゃ……」

「犯人を知っているからさ。パンバドール=レッドス。お前が憎んでいる男の名だ」


 パンバドール=レッドスはティッセの実の父親である。

 彼は六歳のとき、レッバロン家で父親が酒に酔ったときの会話を聞いてしまった。


 その際にオックスという男の父親を殺してしまったという話をしていたのだ。

 しかも、まったく悪びれることなく。

 その時から、ティッセにとって、実の父親はただの恐怖の対象になってしまった。


 先ほどのオックスに重ね合わせていたのも、この男である。


「俺は、お前にとっては親の仇の息子ってわけだ。それにお前にも息子がいる」

「それがどうした?」


 オックスが目を瞬かせる。

 戦闘中は険しい表情ばかりしていたオックスが、初めて見せた素の顔だった。


「ここでお前を殺したら、お前の息子にとって俺は親の仇になるだろ。復讐に来られたら面倒だからな。俺が親の仇を魔剣で圧倒したという事実だけで勘弁してやる」


 ティッセ自身が復讐者だから、親を殺されたときの無力感と怒りは理解している。

 それは二年という月日が流れても同様だ。


 オックスの息子が自分のように復讐にやってこないという保証はなく、この場で殺してしまうのは危険と判断した。


「そうか。随分と計算高いことだ。完敗を認めるとしよう」


 オックスは静かにそう言うと、フィールドから退出していく。

 ティッセが復讐を完遂したのは、義父と師匠が死んでから二年が経った時だった。


少しでも面白いと思ってくださったら。

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