『第八十一話 裏切りと囚われの姉妹③~直接対決~』
俺たちは資料室にあった首輪をつけて、教皇の執務室に向かった。
マスナン司教は奴隷を教皇に引き渡しており、今回はそれを真似させてもらう。
「マスナン司教、ローザン大司教を知りませんか?」
「知らないな。まだ王都の教会にいるんじゃないか?」
「そうですか……」
マスナン司教に化けたローザンは、自分の名前が出ても表情を崩すことはない。
神官らしき男性が去っていくと、呆れたようにダイマスが呟く。
「それにしてもマスナン司教を神官に化かすなんて……あなたは何者なんですか」
「【双璧】を使えるだけの大司教よ。使える能力の多さだけには自信があるわ」
実際、ローザンは聖女になった時にたくさんの人と握手を交わしているはずだ。
もちろんヘルシミ王国の統括になった時にも。
つまり、彼女が握手をした人数分の能力が使えると考えると……本当に恐ろしい。
下手をすれば『闇殺し』の聖騎士長よりも強いんじゃないだろうか。
そんなことを考えて戦慄していると、ローザンは一つの扉を軽くノックした。
俺たち四人が並んで入れそうなほど大きい扉の奥から、低い声が轟いてくる。
「何者だ」
「ヘルシミ王国支部、アマ村担当のマスナンでございます」
「入れ」
「失礼いたします。今回は新たな奴隷を三人ほど連れてきました。どうぞご確認を」
ローザンがそう言って、さっと脇に退く。
この部屋に入る前から、ずっと俯いている俺の視界に綺麗に磨かれた靴が映った。
「ほう……赤髪の剣士か」
「もちろん剣を抜いても調度品や教皇様に危害を加えることは出来ませんよ」
嘘である。
俺たちがつけている首輪が、確かにそのような効果をもたらすのは間違いない。
しかし、ローザンは首輪のスイッチを入れていないのだ。
「手入れもしっかりされているし、四千万ロブの値をつけても全然売れるだろうな」
「………」
ただただ不快だ。
百ロブでパンが一つ買えるくらいなので、四千万ロブは上級貴族にとっても高価。
逆に言えば、教皇が俺のことをそれだけの価値があると認めてくれたわけだが。
復讐の対象に言われても、魔法が暴走したときのように殺意が膨らむだけである。
「こっちの青髪は二千万ロブ、紫髪の子は不気味だからな……三百万ロブ程度か」
「ええ。そのくらいかと」
ローザンの顔がわずかに引き攣った。
俺たちが殺意を膨らませているのを感じたのか、視線で抑えるよう指示している。
「認めよう。さっさと高級奴隷のエリアに置いてくるがいい。下がれ」
「恐れながら、もう一つだけ話がございます。秘匿すべき話ですので、防音結界を」
「張ったぞ。何だ?」
確かに防音結界が張られた感じがあるな。
教皇が資料から顔を上げた直後、ローザンが変装を解除して元の姿に戻った。
「なっ、ローザン!?」
「お爺様、今回はあなたの不正を暴きに参りました。あなたを辞職に追い込みます」
「謀ったのか!」
教皇が怒りに目を吊り上げ、なぜか机の上にあるランプのスイッチを入れた。
その瞬間、防音結界が解けた感覚があり、ランプが赤く点滅を始める。
「緊急時に使う魔道具だ。さっさと話を進めないと聖騎士どもが駆けつけてくるぞ」
「分かったわ。それではこちらの資料をご覧ください」
ローザンが資料室で見つけた奴隷売買の資料を教皇の机の上に置いた。
教皇の顔がわずかに歪む。
「奴隷を売買して利益を得ていると、資料とともに全教会に発信しましょうか?」
「なっ!?」
教皇が焦ったような声を上げる。
神の名の下に人々を助けることを理念としている教会本部が奴隷を売買していた。
まず、間違いなく批判が殺到するだろう。
「それだけではありません。闇魔法を使える人たちを何人も処刑しましたね?」
「そんなものは歴代の教皇もしていた!」
「いいえ。ここの資料室を舐めているんですか? そんな事実はどこにもない!」
ローザンはキッパリと言い切る。
しかし、今も緊急時に使うランプが点滅している状態での言い合いは悪手だった。
すぐに聖騎士長を筆頭として百人ほどの聖騎士がなだれ込んできたのだ。
「マズイ!」
「聖騎士長、こいつらはクーデターを起こそうとしている。すぐに処刑しろ!」
「承知いたしました」
悲痛な声を上げたローザンに向かう聖騎士長を、俺は剣を突き出して阻止する。
ついに巡ってきたのだ。
二年という歳月を経て、父親と師匠を殺した聖騎士長に復讐する機会が!
「現在、本部内のみ時間が止まっております。今のうちに賊を処刑しまいましょう」
「ああ。ローザンは儂とだ。お前は赤髪の剣士とやればいい」
「承知いたしました」
ダイマスとハリーは手下に任せろということなのだろう。
俺としても、家族を殺した聖騎士長と一対一で戦えるのなら文句はない。
「ダイマス、ハリー、お前たちは謁見の間で戦え!」
残る問題は、教皇の部屋が意外に狭いということである。
味方同士の誤爆があり得るため、ダイマスたちには出来るだけ離れてもらいたい。
「心配は無用だ。これで決着がつけられる」
「何だ、これは」
聖騎士長が妙な球体を取り出した。
見れば、窓際でローザンと睨み合っている教皇も同じような球体を持っている。
「これは自分か相手か、どちらかが死ぬか降参するまで出られない決戦場を作る」
「一対一用に作った、特注品の魔道具だ」
教皇がニヤリと嗤う。
対峙しているローザンをチラッと見た瞬間、俺は何もない、広い空間にいた。
「何だ、ここは!?」
「だから言っているだろ。一対一で戦うための場。言い換えれば魔道具の中だ」
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと一日と二十時間。
俺たちはそれぞれの相手と戦うのだった。
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