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『第八十話 閑話 未熟な少年は亡骸に誓う』

「ティッセ様、素晴らしいです。今の魔法ならば首席で入学できるでしょう」

「本当!? ホッとしたよ……」


 俺付きのメイドであり、魔法の師匠でもあるアンの言葉に、俺は胸を撫でおろす。

 今日は、家から馬車で一時間ほどの岩場で魔法の訓練をしていた。


 俺は得意な魔法が火魔法のため、屋敷の近くで練習すると火事になる危険がある。

 そのため、魔法の練習をするときは必ずその岩場にいっているのだ。


 屋敷の門を潜ると、衛兵が庭を駆け回っていた。

 どう考えてもおかしい。

 何か異変が起こったのかと思って首を傾げると、衛兵が俺たちに視線を向けた。


「ティッセ様、お逃げください! アンさんは力を貸して!」

「落ち着きなさい。何があったんです?」

「教会の者が魔力検査の名目で屋敷に侵入し、豹変して当主殿を襲っているのです」

「はっ?」


 衛兵の言葉にアンが固まる。


 レッバロン子爵邸は警備が厳しく、今まで不審者の侵入を許していなかったが。

 教会の者ならば追い返すのは不可能。

 優秀な衛兵たちも信用しきってしまい、対応が後手に回ってしまったのだろう。


「分かった。アンはお父様を助けて。誰か安全なところまで案内してくれる?」

「承知いたしました」

「分かりました。ティッセ様、私についてきてください」


 アンはこの屋敷の中で一番魔法に長けている人物であり、衛兵からの信頼も厚い。

 しかし、護衛対象の俺がいては満足に力が出せないだろう。

 ここは俺という足手まといを消滅させるに限る。


 俺の指示を聞いたアンは一礼したあと、大急ぎで屋敷に走っていった。

 アンを見送った俺は衛兵の後に続き、義母が隠れているという倉庫に案内される。


「ティッセ、無事だったのね」

「お母様……俺は無事です。援軍にアンを向かわせました。ハルはどこに?」


 ハルは俺の一歳年下の妹である。

 この時間は屋敷の中で勉強に励んでいるはずなのだが……倉庫に彼女の姿はない。


「ハルは専属メイドとともに街に向かったわ。まだ帰ってきてないみたい」

「そうですか。それにしても、どうしてお父様が教会に?」


 俺が知っている限りでは、教会とお父様に特別な繋がりはなかったように思う。

 そんな疑問に答えてくれたのは、お母様の横にいたメイド長のアンジェラだった。


「当主様の能力が原因です。【暗黒の息吹】……闇魔法の威力を増加させます」

「光魔法を主体とする教会にとって、闇魔法が邪魔だったってことか」


 一ヶ月ほど前に、家庭教師に習った内容だ。

 俺の言葉にアンジェラは悲痛な面持ちで頷き、涙を流し始めるお母様を宥め始めた。


「教会は狙った奴は絶対に逃がさないわ……ああ、レンドルフ……」

「レジェン様、お気を確かに。アンが向かったのなら勝ち目があるかも……」

「勝ち目なんてないわよ!」


 レンドルフというのがお父様の、レジェンというのがお母様の名前である。

 アンジェラの言葉を、お母様は怒声で中断させた。


「逃げる途中に聖騎士長のオックス=レーラが見えたわ。あの『闇殺し』がね!」

「確かに当主様とアンが対抗するには厳しいですわね」


 オックス=レーラは聖騎士を統率する団長であり、その能力はまさに圧巻の一言。

 噂では隣国の騎士団長を殺害したとも言われており、ついたあだ名が『闇殺し』。

 闇の能力を持った者は一度たりとも殺し損ねたことがない、という意味らしい。


 一時間ほど経つと、ようやく外の騒ぎが収まってきた。

 聖騎士長が返り討ちで殺されたのか、あるいはお父様やアンが殺されたのか。


 俺は気が気ではなかった。


 お母様やアンジェラと一緒にゆっくり倉庫から出ると、先ほどの衛兵がいた。

 彼の表情はどこか影があるように思える。


「衛兵、事態は収束したのかしら」


「ええ。レンドルフ様の執務室にご案内いたします。そこで結果が分かるはずです」


 今の発言で、大体は察してしまった。

 お母様は必死に涙をこらえているように見えたし、アンジェラも苦い顔だ。

 二人も覚悟は決めているのだろう。


 予想通りというべきか、執務室ではお父様とアンが胸元を貫かれて絶命していた。

 子爵邸にあるものにしては高級なソファーが真っ赤に染まっている。


「ああああああああ! レンドルフゥゥゥゥゥ!」


 お母様が絶叫し、その場に崩れ落ちた。

 横では声こそ出さないものの、メイド長のアンジェラも静かに涙を流している。

 部下と上司を一気に失ったのだから、彼女が涙を流すのも必然といえた。


「アン……嘘でしょ……また魔法を教えて。素晴らしいですって褒めてよ……」


 俺は夢遊病にかかったようにアンに近づく。

 先ほどまで一緒にいたせいか、俺はお父様よりアンの死にショックを受けていた。


「ねえ、目を開けてよ……俺が首席で合格するまで死なないんだろっ!」

「ティッセ様……」

「アン、目を開けろっ! 手作りのお菓子だって、まだ作ってもらってないぞ!」


 俺は慟哭するしか出来なかった。

 しかし、同時にどこかで諦めていたのかもしれない。


「ティッセ様!」と叫びながら、俺を引き剥がしたアンジェラに抵抗する気は起きなかった。


 俺は冷静になって再びアンとお父様を見下ろす。

 こんな光景を見たら、ハルはきっと卒倒してしまうだろうから……カクサナキャ。


 ――カンペキニ、カクサナキャ。ゼッタイニサトラレナイヨウニ。


「アンジェラ、お父様を庭に。まだ幼いハルにお父様の遺体なんて見せられない」

「確かに……すぐにお運びいたします」


 俺の言い分に、納得したのであろうアンジェラがお父様の遺体を庭に運んでいく。

 お母様もついていき、一人だけになった薄暗い部屋でアンの遺体に近づいた。


「アン……きっとこれから生活は苦しくなるんだろうね。俺も頑張らないと」


 これが最後の別れになるであろうことは分かっていた。

 だって、俺が自ら遺体を処理する指示を出そうとしているのだから。


 だからこそ、俺の気持ちを包み隠さず伝えておこうと思ったのだが、結果的にはこれが俺の運命を大きく変化させることになる。


 なんと、今まで亡くなっていたと思っていたアンは虫の息ではあるものの、まだ生きていたのだ。


「ティッセ様……?」

「アン!? 生きていたのか!? すぐに治癒魔法の使い手を連れてくる!」

「ティッセ様こそお待ちください!」


 最後の力を振り絞ったのであろう叫び声に、俺は逆らうことが出来なかった。

 彼女は俺の教育係であり。

 本当の両親よりも長い時間を一緒に過ごしたパートナーでもあるのだから。


「治癒魔法の使い手はどこから連れてくるおつもりですか?」

「そんなの近所の教会からに決まって……あっ!?」

「やっと気づきましたか。この期に及んで敵を連れてこようとするなど……」


 バカでございますか、とアンは続ける。

 その顔には悲哀がありありと浮かんでいて、俺は泣き笑いのような表情になった。


「ティッセ様、きっとあなたは大変な人生を送ることになるでしょう」

「うん、覚悟はしている」

「私からヒントを与えます。冒険者になりなさい。あなたはきっと……最強の……」


 言葉が途切れ途切れになってきた。

 命の灯火が消えかかっているのだろうと、まだ経験値が少ない俺でも分かる。

 死というものをよく分かっていない俺ですらも。


「魔剣士になれます!」

「魔剣士……? それってアンのお父様がなったっていう……」


 アンの父親は有名な魔剣士で、隣国のヘルシミ王国のギルドで働いているらしい。

 現在は引退していて、ギルドマスターになっているらしいが。


「ええ。一ヶ月後に伝えようと思っていたのですが……あなたには素質があります」

「そうか」


 一ヶ月後は俺の誕生日であり、魔法大学に入る資格が手に入る日まであと二年だ。

 きっと記念すべき日のサプライズだったのだろう。


 俺が魔剣士に憧れているのを知っているからこその、最高のサプライズ。

 誕生日当日に聞けたら、俺はどれだけ喜んだのだろうか。


「分かった。俺は誕生日になったら冒険者になる。そして最強の魔剣士になる!」

「ええ。ティッセ様の雄姿を天から見守っております」


 アンがそう言って微笑んだ瞬間、彼女の目から光がどんどんと失われていった。

 俺が家族以外で最も信頼し、最も大好きだった師匠。


 レッバロン家のメイド、アン=スチュアート死亡。享年は三十一。


 多くの人に可愛がられた彼女の最期を見たのは、唯一の弟子である俺だけだった。

 これも……運命だというのか。

 あれだけ優しかった師匠が、自分とは関係のない相手に殺されてしまうのも!

 その散り際が孤独だったのも!


「師匠……今までありがとうございました」


 俺はアンの亡骸に縋りながら目を閉じる。

 アンの腕に涙をこぼしながら、俺は二つの目標を設定した。


 一つ、最強の魔剣士になる。

 二つ、最愛の家族を二人も殺害した教会に復讐する。


 この二つの目標を達成するまで、俺は何度でも立ち上がるのだろう。

 最愛の師匠という存在を失ったという喪失感と、教会への恨みを思い出して。


「ティッセ様、アンの遺体も運びましょうか」

「頼む。その後は執務室を掃除して……ハルには長い出張だと説明しておこう」


 俺はアンの腕から手を放し、執務室を出る。

 お墓参りで再びアンと会うのは、先ほど設定した二つの目標を達成してからだ。

 俺は自室に入るまで、決して背後を振り返ることも、涙を流すこともなかった。

少しでも面白いと思ってくださったら。

また、連載頑張れ!と思ってくださったら、ぜひ感想や評価をお願いします!

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