『第七十八話 裏切りと囚われの姉妹①~因縁の過去~』
ティッセたちがまだダンジョンにいる時の事。
「ああ。確かに奴隷を買ったよ。獣人の奴隷だったかな?」
「あなたとも会ったわ。あの時は死んだような目をしていたから印象に残ってるの」
ダイマスとローザンが目を合わせる。
俺は謁見のたびにダイマスと顔を合わせていたが、獣人の姿など見ていない。
それどころか城内で人族以外の姿を見たことがない。
ダイマスが購入した奴隷はどこにいったのかと思っていると、ローザンが嗤う。
ねっとりとした笑みに全員が背筋を凍らせた。
無意識に一歩退く俺たちを視界に入れながら、ローザンの顔が険しくなる。
「“皇帝の操り人形”……第二皇子、ダイマス=リーデン。あなたのせいで私はっ!」
「“無表情の聖女”……ピック家長女、ローザン=ピックは聖女の地位を失った」
ダイマスの言葉に全員が息を呑む。
俺たちのような当事者以外の共通認識は、ローザンより妹の方が優秀だったから。
現聖女、ロマネス=ピックの前代の聖女は教会によって秘匿されていると聞いた。
もし、その前代の聖女がローザン=ピックならば。
そしてローザン=ピックから聖女の地位を奪ったのがダイマスだとしたら。
「すべての原因は獣人の奴隷……?」
俺の呟きに、今まで飄々としていたダイマスが目を大きく見開いた。
教会の指導者である教皇の立場で考えてみると、この状況が説明できてしまう。
ローザンは真っ赤な顔で感情を吐き出した。
「ええ、そうよ! 獣人の奴隷はリーデン帝国を崩すための布石だったの!」
「そして、それを見破ったのが僕だ」
ダイマスが冷静な口調で付け加える。
その言葉で、今まで起きたすべての出来事が一本の線に繋がった。
「だから何だっていうんだ?」
「それは俺から説明しましょう。すべて分かりました。ローザンが何をしたいかも」
「なっ!?」
ローザンが険しい声を上げた。
その声からは少しの拒絶も垣間見えていて、俺は密かにため息をつく。
「まず、イルマス教の教皇はリーデン帝国の皇帝から奴隷の依頼を受けます。しかし自国の奴隷市場は“皇太子”によって次々と潰されていました」
当時、民に認められるために、何とか実績を作りたいと思っていた皇太子、オリバー=リーデンは、国民を攫っていた奴隷商を次々と潰していた。
そのため、皇帝は奴隷を自国の商人から購入するわけにはいかなかったのだ。
「そこで皇帝はイルマス教の教皇に目をつけて、接触してきた」
これがローザンの悲劇の始まりなのだ。
なぜなら……。
「皇帝から注文を受けた教皇は獣人の奴隷を見繕った。そして彼には重大な任務が課せられた。“リーデン帝国の様子を探れ”と。そして奴隷を受け渡す役を請け負ったローザンにも“奴隷を何としてでも送り込め”という任務が課せられた」
イルマス教国は、国力が大きいリーデン帝国を警戒していたのだ。
そして同時に、どうにかして落とせないかと画策もしていた。
教皇が出した結論は、奴隷に城内の様子を把握させ、報告させようというもの。
一度失った信頼は簡単には取り戻せない。
スパイを送り込み続けるためには、万が一にも見破られるわけにはいかなかった。
しかしローザンは失敗してしまう。
受け取りに現れた第二皇子、ダイマス=リーデンにすべてを見破られて。
「その奴隷は【通信】という能力を持っていた。恐らくローザンの様子を把握するためだろうが、常に通信が繋がっている状態だったから、不自然に魔力が流れていた」
「そして【支配者の分析】ですべてを見抜かれて……奴隷は受け取りを拒否された」
ダイマスとローザンはそう言って、お互いに俯く。
失敗したローザンは教皇の怒りを買ったが、罰は大司教への降格にとどまった。
新聖女の姉だということも大きかったのあろう。
「そして本部からヘルシミ王国に左遷されたことで、とある能力を覚醒させた」
「とある能力?」
「【双璧】……二つの能力を同時に使えるうえ、相手から技を盗めるレアスキルだ」
一般的には二つの能力を同時に使える能力としか言われていない。
しかし、相手から技を盗めるというのが、とある特徴を持つ彼女の強みとなった。
「ローザンはさらに特殊で、“ダブル”だったんだ」
ダブルというのは、ごく稀に能力を二つ持っている人物のことである。
かなり珍しく、俺も能力持ちに会ったのは初めてだ。
「つまりローザンは【双璧】と【模倣】、二つの能力を使えるんだ」
ここまでならまだいいのだが、彼女の場合はまだまだ秘密がある。
【模倣】は【双璧】とは別に自分が持っている能力のため、【双璧】に干渉しない。
「ローザンがなぜ俺と互角に渡り合えたのか。それは能力を三つ使えるからだ!」
「そうか! 【模倣】で一つ。【双璧】で二つ使えるから、同時に三つ使えるな」
ハリーが目を見開く。
普通の人は一つしか使えない能力を三つも使えるのだから、強いに決まっている。
もちろん【双璧】が技を盗める条件も深く関わっているのだが。
「そして【双璧】は技を盗めるといったが、条件がある。……知っていればいい」
「知っていればいい?」
「ああ、そうだ。その能力がどんな能力なのか。その効果さえ知っていれば使える」
だから恐ろしいのだ。
【模倣】でその人の能力を使ってしまえば、効果を知ることが出来るから使える。
ローザンはいくつの能力を扱えるのだろうか。
「例えば【模倣】で俺に化ける。そしてダイマスに触れればダイマスに化けられるようになり、能力を使うことで【支配者の分析】を習得できる。そのままイリナに触れればイリナに化けられるようになって……といったように芋づる式に使える能力が増えるからな」
俺が一息つくと、ローザンが白い服の裾を摘まみながら呟いた。
「私が使える能力……多分だけど百以上はある」
「はっ!?」
ダイマスが素っ頓狂な声を上げる。
慌てるダイマスの様子を見たローザンがニヤリと笑い、ソファーに腰を下ろした。
「やっと君を驚かせられたか。ずっとこの日を待ってた」
「くそっ……それでお前の目的は何だ? お前がここに僕たちを運んだんだろ」
ダイマスが鋭い視線を向ける。
ローザンは躊躇うように視線を彷徨わせていたが、やがて大きなため息をついた。
「私はイルマス教国を掃除したいの。腐りきったあの国を」
「腐りきった……? 確かに奴隷を売買している時点で良い国ではないだろうが」
「アマ村の魔力溜まりも教会の仕業だしな」
ハリーとダイマスの言葉に頷きながら、ついにローザンが本来の目的を口に出す。
全員が口を噤んで、彼女の言葉に耳を傾けた。
「まどろっこしい言い方は好きじゃないから単刀直入にいうわ。私はクーデターを起こしたいのよ」
ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと一日と二十時間。
現教皇の孫の言葉に、部屋内にいる全員が固まった。
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