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『第七十五話 聖都イルマと心理戦(Ⅱ)~イリナ視点~』

「光の精霊よ、私の求めに応じて皆のものを起こせ。【ウォークアップ】」


 全身を黒一色に染め上げたアリアが光魔法を放つ。

 光の精霊を十分すぎるほど捕獲していたからか、かなり強い光が部屋中を包んだ。


「うぉっ!?」


 しかし、起きたのはたったの一人だけ。

 残りの百人を超えるであろう聖騎士は未だに地に伏したまま、動く気配を見せなかった。


「まずはそなたの名を教えよ」

「ひっ、『精霊使いの女帝』!? わ、私はヤンバ―=ローレライと申します」

「ではヤンバ―、お前は教会に捨てられた。まずはその事実を受け止めよ」


 アリアは居丈高な態度のままヤンバ―の目を見据える。

 ヤンバ―は顔を引きつらせ、ゆっくりと辺りを見回したことで状況を把握したのだろう。

 胸にかかっていたロザリオを強く握りしめた。


「もう大丈夫です。それで……『精霊使いの女帝』様は私に何をしてほしいのですか?」

「ほう、交渉のためにお主一人を起こしたことに気づいたか。なかなかの慧眼だな」

「はっ、ありがたき幸せ」

「私はお礼を言われるような人間ではない。それで、お主に頼みたいのは戦力の増強だ」


 アリアがそう言った途端、ヤンバ―の目がキラリと光る。

 まるでやり手の商人のような目に、彼と対峙しているアリアが息を呑んだのが分かった。


「戦力の増強とは?」

「分かっているくせに、お主も食えない奴だ。エイミーだっけか。あの神官長が去り際に『区画Aから区画Dまでの奴らにやらせておけ』と言っていたのだ。つまりここから出たら交戦状態になることが予想される。いくらこちら側に勇者や私がいるとはいえ……正体不明の相手と戦うにあたって、まとまった戦力は欲しいところだ」


 アリアがゆったりとした口調で話し終えると、ヤンバ―はなぜか顔を青ざめさせた。

 私の横ではヒナタも気づいたのか、アリアに何かを耳打ちしている。


「ほう、区画Aから区画Dという単語に聞き覚えがあるようだな」

「はい。区画Aから区画Dというのは奴隷の区画です。しかも“重い病気などで命の灯火が消えかかっている奴隷たちが隔離されている区画”といえば察しがつくでしょう」

「まさか……ろくに動けないような奴隷たちを肉壁にするつもりか!?」


 アリアが素っ頓狂な声を上げる。

『精霊使いの女帝』スタイルには慣れているのか、話し方を変えないのはさすがプロ。

 妙なところに関心していると、勇者マンドが剣を床に突き刺した。

「ひっ」という悲鳴がヤンバ―の口から漏れる。

 勇者マンドは怯えるヤンバ―を無視して、耳の後ろをゆっくりと触った。


「【気配感知】によれば、この建物は聖都イルマのほぼ真ん中に位置するようだ。構造からして恐らく宿屋の地下といったところか? その宿屋を囲むようにして五十人ほどの気配を感じるな。そこの聖騎士の言う通り、病気の気配が圧倒的に濃い」


 勇者マンドの言葉に、顔が歪むのを止められなかった。

 重い病人をわざわざ引っ張ってきて肉壁にするなんて……しかも教会が主導するなんて。

 絶ッ対にありえない!


「ヤンバ―、外に出るための道を案内しなさい。教会の奴らは絶対に許さないわ!」

「イリナお姉ちゃん、一旦落ち着いて。まずは戦力を整えることが必須だよ」

「どうして! ここでグズグズしている間にも、奴隷のみんなは辛い思いをしてるんだよ!」


 アリアの言葉に苛立ちを感じた私は、思わず声を荒げてしまう。

 しかし、アリアは私なんかよりもずっと先を見通していた。

 アリアだけではない。

 ヒナタさんも、勇者マンドも、そしてヤンバ―でさえも、ずっとずっと先を見通していた。


「じゃあ逆に聞きますが……あなたは奴隷の戦力を掴んでいますか?」

「えっ? そんなの知らないわよ」

「だったら、どうやって奴隷たちを助けるのです? それに、私たちだけで勝てる保証があるんですか?」

「病人の奴隷ですよ? 私たちなら勝てるに決まっているじゃないですか」


 私は自信満々に言った。

 後から考えると、この言葉は実に愚かだと言わざるを得ない。


「個々の能力は千差万別。すべての能力を把握することは現実的に不可能である」

「何を言っているのよ」

「だから、病気が重いほど魔力が強まる能力とかがあるかもしれないってことだよ?」

「簡単に言うと、病気だから弱いだろうという考えがそもそも間違っていますわね」


 アリアとヒナタの言葉に、私は冷や水を浴びせられたかのように冷静になった。

 そして今までの発言を思い返してみる。


 ああ……私は怒りで我を忘れていたのか。


 絶対に勝てるなんて絵空事を堂々と嘯くなんて……剣士の風上にも置けない奴だ。

 私に剣術を教えてくれたお父さんなら、今ごろ二回は張り倒されているだろう。


「みんな、ごめん。また迷惑をかけちゃった」


 この前は、リリーという名前に堪えきれないほどの恐怖を抱き、廃人になってしまった。

 今回は戦力確認を怠ろうとして、貴重な時間を無駄にしてしまった。

 何が、「ここでグズグズしている間にも、奴隷のみんなは辛い思いをしてるんだよ!」だ。


 グズグズさせた原因はそもそも私じゃないか。


 一度深呼吸してから腰を下ろす。

 まるで見えない円卓を囲んでいるかのように、アリアたちもそれぞれの位置に座った。


「それじゃ戦力の確認をするぞ」

「前衛は私たち聖騎士が行います。確認が終わったら転がっている奴らも起こしましょう」

「中衛にアリア以外のダンジョン攻略メンバーを配置します」

「後衛が私一人? まあ、いいか」


 ヤンバ―、ヒナタ、アリアがそれぞれ発言し、ポジションについてはひとまず決定した。

 残りの問題は一つだけ。


 ――アリアが最初に話しかけた際に、ヤンバ―が見せた商人のような目。


 それだけは確認しておかないと、討伐した直後に請求書が飛んでくる可能性すらある。

 教会は、味方になる代わりに莫大な礼金をもらっているという疑惑があるからな。

 先手を打っておいた方がいい。


「ヤンバ―さん、聞きたいことがあります。あなたは何を企んでいるんですか?」

「随分ストレートな質問だね。嫌いじゃないな」


 ヤンバ―は苦笑いを浮かべる。

 すると次の瞬間には信じられないようなスピードで走り出し、とある人物のもとに向かった。


「なっ!?」

「あなた……べネック団長に何をする気!?」


 ヒナタとアリアの叫び声には答えず、ヤンバ―はべネック団長の鎧に手を添えた。

 添えられた手が緑色に光る。


「最初は報酬をもらおうと思ったが……奴隷を出したと聞いてね。考えが変わったよ」

「考えが変わった?」

「そう。僕たち聖騎士第十二隊は無償であなたたちに協力するよ。これはサービスさ」


 ヤンバ―がそう言うと、今まで目を閉じていたべネック団長がピクリと動く。

 そして目をパチリと開けて辺りを見回し始めた。


「あれ……私は何をしていたんだ?」


 ヘルシミ王国の王都が占領されるまで、あと一日と二十時間。

 べネックが目を覚ましたのだった。


少しでも面白いと思ってくださったら。

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